アスパシオンの弟子25 墜落(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2014/11/12 17:04:02
あまりの事態に僕は愕然としました。
我が師の体に僕が入ってしまうなんて……。
うろたえおののく僕に、兄弟子さまは洞窟の岩にどっかり腰を下ろして仰いました。
「ここは湖の都からだいぶ北の山中だ。本気出して飛んだから、金獅子家の軍は追いかけて
これねえはず」
湿った洞窟はひんやりしていて氷室のよう。とても寒くてこごえそうです。
「まあ、これ以上北州が破壊されることはないだろう。バーリアルとハヤトは回収したし、
バルバトスは俺様が遠くに放り投げてきてやった。他の導師たちはハヤトにやられてたな。
瀕死になってたから死んだかも。ああ、ユスティアスってやつは確実にダメだった」
僕は魔法陣の中に横たわる自分の体を見やりました。
胸にひとすじの深い傷。体には血の気がまったく、ところどころに紫の痣。
魔法陣が何度も描き直されている痕跡があります。
我が師はなんとかして、僕の体をよみがえらせようとしたのでしょう。
でも黒の導師の技に治癒系のものはほとんどありません。
きっとどうにもできなかったから、やむなく自分を身代わりに……。
「しっかしハヤトの野郎、俺様を認識するなり呪いを次々かけてきやがった。ほんと勘弁しろってやつだ」
兄弟子さまはこきこきと首をならして肩を回しました。ぼろぼろの黒き衣から出ている手足が
傷だらけです。まるで取っ組み合いのケンカでもしたかのように。
「でもなんとか説得したらハヤトは大人しくなったし、バーリアルも外に引き出せた」
僕のそばに光の結界の玉が浮かんでいます。
兄弟子さまが作ったものらしく、その中に黒いもやもやした影が渦巻いています。
「人工魂『宵の王』バーリアル。そいつがハヤトに取りついてたやつだ」
『だまれ導師。我を解放しろ』
もやもやした影から声が漏れてきました。
『主人はどこだ? 我を主人のもとへ連れて行くのだ』
兄弟子さまはからからと笑いました。
「そいつをハヤトからひきはがすの、超カンタンだったわ。俺様の方が強いぜーって言ったら、
ほいほいハヤトから出てきやがったんで、ふんづかまえて閉じ込めた。こいつを寺院の封印所に
つっこめば、めでたしめでたし。あとはヒアキントスをぶっとばすだけだな」
「めでたし? どこが!?」
僕の視界がぼやけました。自分の体も洞窟の壁もバーリアルの影も、涙でよく見えません。
いますぐ、我が師の魂を連れ戻さなければ。この体から飛び出して、あの白くて暖かい
ところに戻らないと!
僕は兄弟子さまの胸倉をひっつかみ、僕の魂をこの体からひっぺがしてほしいと懇願しました。
導師見習いの僕の力では、まだ幽体離脱はできないからです。
しかし兄弟子さまはひどくめんどくさそうに鼻をほじりだしました。
「せっかく戻ってきた魂はがして天上にもどす? それ、まじで殺人行為よ?」
「何言ってるんですか! 元の持ち主に返すだけです!」
「大丈夫だって。ハヤトはちゃんと輪廻して、なにかに転生するってば」
「簡単に言わないでくださいよ! 『この』人生は、ハヤトとしての人生は、たった一度きりなんだから!!」
僕は頭にきて、思わず短い呪いの言葉を吐いてしまいました。
すると兄弟子さまはひっと声をあげて僕から離れました。
「おい! ハヤトの体は魔力が強いんだぞ。気をつけろ!」
「えっ?」
「ほらみろ! 血が出た! ひい!」
兄弟子さまは鼻を押さえてわめきました。
うわ。ほんとに鼻血が出ています。
魔力の根源となるものはふたつ。物質的なものと精神的なもの。すなわち体と魂です。
この二つから糸をより合わせるようにして言霊を顕現させる力が出てきます。
どちらにも全く魔力が備わっていなければ不才。韻律の行使は不可能です。
どちらか片方だけでもだめです。
両方になみなみと魔力が備わっていれば、韻律は使えません。
つまり今の僕は、我が師の体のおかげで以前よりはるかに強い魔力を持っているということ?
「も、もしかして! 幽体離脱できるかも!」
「あー、むりむり。ペペの魂の魔力はその体とバランス取れてないから」
僕は兄弟子様を無視して氷のような岩の上にあぐらをかき、瞑想を始めました。
心をなんとか落ち着けて、天上へと飛び上がるイメージを思い描きました。
しかし……。
「うううう。やり方が、よくわかりません」
「ムリだって、ペペ。導師になっても実はできない奴なんてごまんといるんだから」
「いますぐ教えて下さい!」
「ぺぺ、ハヤトは操られていたとはいえおまえを殺したんだ。その償いをしたんだから
受け入れてやれよ」
「償いなんていりません!」
「ハヤトを無理やり引き戻したって、あいつは納得しねえぞ? おまえの体はもう完全にダメ
なんだから――あいつはまたガンコに同じことをするだけだ」
――『少年の体をよみがえらせればよかろう』
僕のそばに浮かぶ光の結界の玉から、不気味な声が響きました。
「ば……バーリアル?」
『死した体を治すなど簡単なことだ』
「だまれ」
兄弟子さまがすっと目を細め、黒くもやもやした影を睨みつけました。
「ペペに余計な知恵をつけるな」
『余計ではなかろう。死者など簡単によみがえる』
「今の時代、その方法はほとんど失われてるぜ。白の技なんかあとかたもない」
『嘘をつくな、強い導師』
光の結界の玉から、せせら笑いがもれてきました。
『白の技の真髄は、決して滅びることはない。導師の中に入った魂よ、我がその真髄を教えてやる。代わりに我を外へ放せ。取引をしようぞ』
「ぺぺ、こいつの言うことを聞くんじゃねえ。誘いにのるな」
ひょうひょうとしていた兄弟子さまの声が、ひどく厳しいものに変わりました。
僕は眉をひそめました。
いつもふざけて余裕をかましている兄弟子さまが、こんな真面目な顔をするなんて。
まさかバーリアルの言うことは……本当のこと?
「その方法」というのが、今なお存在する?
ぐらぐら揺れだした僕の心に、兄弟子さまの言葉が刺さりました。
「ぺぺ、ハヤトもこいつに誘惑されたが耐えた。おまえも耐えろ」
『ふふふ、導師よ、もうろくしたな。六枚翼の時代のおまえなら、我などひと薙ぎで
消し飛ばしたであろうに』
「だまれ。おまえみたいな危険な人工魂を輪廻の流れに乗せちまったら、けったいな魔王として
転生しちまうだろうが。だから成仏させないで封印してるんだよ」
『しかしおまえは我を閉じ込めるだけ。我の言葉は封じられぬ。おまえは転生して
ひどく弱くなったのだ。弱い奴だ』
「バーリアル、挑発はやめような?」
兄弟子さまはひくりと口の端を引き上げ光の結界玉を手に乗せました。
とたんにその手からバリバリと雷光が放電し、玉の中の影にまとわりつきました。
『ぐあああああ! おのれ! おのれレイズラ……!』
兄弟子さまは疲れたような顔で仰いました。
「ぺぺ、おまえの体はここに埋めていく。北の塩湖へ行くぞ。ヌシに会ってから寺院に
殴り込みだ」
「い。いやです! お師匠さまをこの体に戻しますっ!」
「ったく。めんどくせえ。ほんっとめんどくせえ!」
兄弟子さまが舌打ちした瞬間。
僕はバチリとひどい衝撃を全身に受けて倒れました。
「ぐ……!」
「ごめんな。俺様、ハヤトに泣いて懇願されたのよ」
ドッと倒れこんで気が遠くなる僕を見下ろしながら、兄弟子さまは申し訳なさそうに
ささやきました。
「『どうかぺぺのことを頼む』ってな」
コメントをありがとうございます><
いまどきは、本の読みすぎとかガリ勉とか死語かもしれませんね;
私も目が悪いので、メガネはずしたらぼんやりもやもやで何がなにやらです汗
大昔じゃと 本の読み過ぎと疑われるじゃろなぁ (-o- )
洞窟...中学ん頃の修学旅行先が山口県の萩じゃったから 途中下車で 秋吉台と秋芳洞いった
乱視じゃから 暗い秋芳洞の風景が見えにくかった ><
コメントをありがとうございます^^
超文明が廃れた後で医術もかなりすたれている世界。
しかも残っているものは……かなりやばいものかもしれません。
超文明の時代には再生も簡単にできたのだろうなぁと思われます。
コメントをありがとうございます^^
誰かの犠牲の上で、というのは本当にこたえますよね><