Nicotto Town



アスパシオンの弟子25 墜落(後編)

『師匠! これおいしいっすね。なんですか?』

『ほうほう、雲のウィンナコーシーじゃ。うまいじゃろ』

『うまいっす! 最高っす!』


 白い雲間に白い髭の翁がいます。ふわふわの雲にちょこんと座ってニコニコ顔です。

 雲のテーブルの向かいには虹色の人の形をしたものがいて、やはり雲の椅子に座っています。

 カップの形をした雲を持って、ふうふう息をふきかけて雲を飲んでいます。

 あれは……僕の創造主と……我が師?


『師匠! これなんっすか?』

『ほうほう、雲のワタアメじゃ。屋台ちゅうもんでよく売られるんじゃ』

『おお! これが! 俺、これ一度食べてみたかったんすよ。お祭りとか、行ってみたかったなぁ』

『うむうむ。そなた、城住まいでは庶民の祭りは体験できなかったろうの』


 我が師はピンクや青や黄色の綿菓子のような雲を幸せそうにほおばっています。

 白い髭の翁が、とても優しいまなざしで我が師を眺めています。


『いやでも師匠はやっぱすごい!』

『副業で屋台をはじめようかとおもっとる。魂たちの休憩場所になればよいかと思ってのう』

『それいいじゃん! 俺、師匠の屋台手伝おっかな』

『そうじゃのう、そなたの魂はしっかり人の形をとれるからの、ここにいようと思えば

いくらでもおれるじゃろう。まあ、しばらくゆっくりしておいで』

『うひ。じゃあ、お言葉に甘えてぬくぬくのんびりしよっと。師匠、お酒ってある?』

『もちろんじゃ。星屑の露でできとるもんだが、ちゃーんとあるぞ?』

『じゃあ俺が一献注いでさしあげまっす』

『おうおう、なんとそりゃあうれしいのう』


 二人は雲に座って楽しそうに語らい。雲を食べて。飲んで……。




「う……ううっ?」 

 まぶたの裏がとても明るくなったので、僕は呻きながら目を開けました。

 今のは、なんだったのしょう? 夢だったのでしょうか?

 それとも……?

 気づけば、瑠璃色の大鳥がまっ白に凍った空を飛んでいて、僕はその背に乗せられていました。

 自分の手足が白い獣のものになっています。

 目方の軽いウサギに変じられて搬送されているようですが、籠の上に縄でくくりつけられて

動けなくされています。

 真っ白い空はキンキンに凍っており、ちらちら雪が降っています。

 大鳥はどんどん北へ向かっているのでしょう。 

 魚と酒がすっかりなくなった籠の中には、明るい結界玉がひとつ。

 バーリアルを封じている玉です。この玉の光が急に強くなったので僕は目を覚ましたようです。

 黒いもやもやの魔王は、不気味な声をあげていました。 

 僕が気を失っている間にもかなりぼやいていたらしく、結界玉の力を強化した兄弟子さまは

いらいらと瑠璃色の翼を動かしています。

『やはりおまえは弱い、導師』

「へいへい」

『なんだこの結界は。ぬるいぞ。我はまだ喋れる』

「へいへい」 

『おや? おまえの弟子が起きたようだ』

「へい……へっ?」

「この人の弟子じゃありませんっ」

 僕はウサギの鋭い前歯で縄をガジガジかじりながら否定しました。

「僕は、アスパシオンの弟子です!」

「ちょっとぺぺ、なにしてる」

「とりあえず体の自由を確保します」

「おいやめろ」

「体を自由にしたいだけです」

「やめろって!」

 僕は無視して我が身を縛る綱を噛みちぎりました。

 すると。

 ぶちりと綱が切れると同時に、籠ががっくり傾きました。

「え」

「うわちゃあ。だからやめろってー!」

「えええええーっ?!」

 もしかして、籠をくくりつける縄で僕も一緒に縛ってたんですか?!

 僕はバーリアルが入った籠と一緒に空中に投げ出されました。大鳥が文句を言いながら

追いつこうと飛んできます。

 ところが。

 突然、大鳥のはばたきが止まりました。

「あ、兄弟子さま?!」

 瑠璃色の巨体が目の前を落ちていきます。大きな鳥のまぶたが力尽きたように閉じられています。

 まさか気を失った? どうして……

「兄弟子さまー!」

『くはははは!』

 一緒に落ちゆく籠から、バーリアルの勝ち誇った笑い声が聞こえました。

『弱いくせに、神獣のように力を使うからだ! もうただの人間なのに! おろか!

おろかぞ!』

 僕らはどんどん落ちていきました。眼下の、薄く氷の張った寒々しい湖へ。

 見るからに心臓麻痺になりそうな、冷たそうな青白い水面へ。

 水中に入れば溺れる前に凍死してしまうかも……

 僕があわてて籠に入り込むと同時に、籠はどぶんと湖に着水しました。草で編んだ籠はうまいこと

浮かんでくれましたが、続けてざぶんと水しぶきをあげて落ちた大鳥は湖の水底へ……

「兄弟子さまあああ――!」

 ぶくぶくと空気の泡が水面にあがってきます。でも、鳥の姿はあがってきません。 

 一瞬躊躇しましたが、僕は思い切って湖へ飛び込みました。冷たい水をがむしゃらに掻いて

いるうちにウサギの毛がなくなり、体が大きくなり、手足が人間のものになってきました。

 まずいです。術がとけたということは、兄弟子さまの意識が消えたということ……。

 視界のおぼろげな水中で、僕はなんとか兄弟子さまを見つけました。

 人間の姿にもどっており、完全に意識を失っています。

 刺すように痛くて冷たい水を必死に掻いて、なんとか岸辺にひきあげると。

 いまいましいことにバーリアルの入った籠はすでに岸辺に流れ着いていて、高らかに

僕らに嘲笑を浴びせてきました。

『くっははは! 六翼の神獣も人となれば型なしだな』

「し、神獣?」

『光の使者レイズライト! 鳥人を改造して作られた神獣!』

 僕はハッと気づいて急いで籠に這いより、中を覗きこみました。

 兄弟子さまの意識がなくなったために結界が消え失せています。

 やばい! 蓋をしないと!

『ひと目見て分かったぞ。六枚の翼をもつ鳥人は唯一人、奴だけだ。よもや奴が人間に

生まれ変わるとは。くっははははは……は?』

 ふううう。あぶないところでした。ひどく初歩的な韻律でしたが、我が師の体に備わる

力のおかげで、とても分厚い結界で籠を覆うことができました。

『おのれ! 出せ!』

 わめく魔王を背に、僕は急いで兄弟子さまのそばに這い寄り、その頬を叩きました。

 息をしていません。だいぶ水を飲んだかも。  

 僕は迷わず兄弟子さまの鼻をつまみ、口に息を吹き込みました。


――「きゃああああ!」


 そのとき。すぐ後ろで甲高い悲鳴があがりました。

「なにこれ! なんなの一体!」

 おそるおそる振り返って見ますと。

 大きな桶をたんがえた鳶色の髪の少女が、顔面蒼白で僕たちを指さしあわあわしていました。

 菫色の瞳が大きく見開かれています。

 あれ? この少女、どこかで……

「あっ! あなたは!!」

「あんたたち、うちの洗濯場で何してるのおおお!」 

「えっ?」

 見りゃわかるでしょう、僕は今、瀕死の兄弟子さまに人口呼吸を……

 あ。

 そういえば僕も兄弟子さまも変身が解けてて……外見はいいおじさんで……すっ裸……

 う、うわあああああああ!!!!

「すっ! すすすみません! 無我夢中で気づきませんでし――」

「いやああああ! 気持ちわるいいいい! 来ないでええええ!」

 鳶色の髪の少女の手から、力いっぱい桶がぶん投げられました。

「あぐっ!」

 桶は見事に僕の顔面を直撃し、桶の中からばらばらと洗濯物がふりかかってきました。

 僕はもんどり打って倒れました。

 甘い甘い香りのする、女の子の服の中に――。 

 

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2014/11/28 10:00
MC202さま

コメントをありがとうございます。
舞台ははるかな未来でしかも……
文明発展の頂点に達した状態からだいぶ経ち、この時代はとても衰退している感じです。
太古から残っているものもあれば、完全に失われてしまったものも多数。
ワタアメは生き残り組・ω・?

>使用不能にナラナイように避けてね m(_ _)m

あわわわ。桶投げ・蹴ったぐり、気をつけます~・ω・;
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2014/11/19 21:32
(;¬_¬) ワタアメ??? ワタアメ作る機械が有った時代を想定しても 何世紀頃の設定じゃろなぁ

置いといて...

桶を投げる場合 1ヵ所は使用不能にナラナイように避けてね m(_ _)m
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2014/11/19 18:27
かいじんさま

読んでくださってありがとうございます^^
>天然
お師匠様仕込みですので筋金入ってると思います・ω・!
前最長老様から綿々と受け継がれた伝統芸かと思われます(
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2014/11/19 18:26
夏生さま

読んでくださってありがとうございます^^
アスパのテーマのひとつは輪廻とその絆です。
今回のお話を書いて、
前最長老さまと再会できた師匠の、雲の屋台でのバイト話など、
後で書いてみたいなぁと思いました^^
いろんな方々がやってきそう^^
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2014/11/19 18:23
kobitoさま

読んでくださってありがとうございます。
アニメのように情景が頭に浮かんで来たものを描くように書いています^^
なので、カメラワークが大事だなぁと思うこのごろです。
もっと細かいところにこだわったり、反対にダイナミックにしてみたり。
緩急のついた描写ができるようになりたいです;
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2014/11/19 18:19
よいとらさま

読んでくださってありがとうございます。
雲屋台のメニューを考えるだけで楽しかったです^^
わたしもぬくぬくしたい~。
ヒロインが出てきましたのでお約束のエピを……
ラブコメ風ってこんな感じでよいのでしょうか・ω・;

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2014/11/19 18:17
優(まさる)さま

読んでくださってありがとうございます。
良かれと思ってやったことが通じない……
いわば親の心子しらずですよね><
どちらとも納得できるような結末になるとよいのですが・ω・
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2014/11/18 21:33
何気に主人公も天然芸人?
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2014/11/17 06:20
おはようございます!

小説は拝読していましたが、コメント遅れました。
面白い切口ですね。
人の魂と体はこうして結びついていくのでしょうか。
物語と言い切れないものを感じています。
どこかに記憶が残っているような・・・・。

m(_ _)m
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2014/11/16 22:57
イメージがはっきりと思い描けているのが伝わってきます。
セリフを書いた後で、情景を書き込む製作方法かな?
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2014/11/14 00:23
こんばんは♪

あぁ、立ち飲みでもいいので雲の屋台でぬくぬくしたいっス^^

思わぬ形で少女の生活圏に入り込んでしまった師匠の姿のペペさん、
動かない兄弟子さま、結界の中のバーリアル。
この状況ではどんな申し開きや説明も無力ですねぇ^^;
とりあえず、服を着ないと・・・

このあと、少女はどんな行動に出るのでしょうか。
続きをわくわくしながら待っています♪
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2014/11/12 19:30
墜落してこの後どうなるのですかね。

この物語のペペさんは、わがままという感じですかね。
アバター
2014/11/12 17:38
カテゴリ:仕事
お題:やってみたい副業

ぬくぬく白い雲間でがんばった魂さんたち相手に屋台。
おつかれさま・ω・っ元気が出る魔法のお水をどぞ!




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