アスパシオンの弟子26 誘惑の声(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2014/11/19 17:49:15
ちりちりり
広い広い洞窟のような大樹の洞の中。鉄でできたムクドリたちが、ぴんと張られたつる草にとまって
機嫌よく鳴いています。
ちりちりり
突き出たでこぼこのくぼみにも、たくさんの鉄の鳥。
洞の入り口から鳥たちがせわしく出入りして、様子を見に来ては帰っていきます。
鳥たちの間でまた、「ニュース!」が広がっているのでしょう――。
鳶色の髪の少女が、菫の瞳でむっつりとこちらをにらんでいます。
とても広い樹の洞の中で、はるかむこうの木の椅子に座ってじいっとにらんでいます。
朽ち果てて久しく、しかも外側がカチカチに凍っている巨木。大人が二、三十人ほど手を繋いで
ようやく一周するほどの太さ。
そんな大樹の洞の中は巨大な洞窟のようになっており、柔らかな落ち葉が敷きつめてあって、橙色の
光を放つ灯り球がいくつも置かれています。
球は光だけでなくほんわり熱を放っており、おかげでとても暖かい空間になっています。
家具めいたものが、はるかむこう側の壁際に見えます。
緩やかに湾曲した卓や椅子。本棚に寝台。タンスのようなもの。
洗濯物は、ついたてで隠されたところに干されているようです。
意識不明の兄弟子さまを抱える僕、そしてバーリアルを封じた籠は、この洞に入ることを特別に
許されました。
そう。少女の家に。
心優しい美少女は、裸で極寒の外にいるのはかわいそうだから、と僕らを哀れんでくれたのでした。
すっぱだかのおじさんへの嫌悪より、同情が勝ったのでしょう。
とても暖かいせいか、落ち葉の絨毯の間から大量のキノコや草が生えています。
あ、花まで咲いて……。
「動かないで。そこでじっとして!」
「は、はいっ」
少女が命じたので僕はびくっとかたまり正座し直しました。
目の前には一線に並べられた木の枝。そこから先へは入ってくるな、だそうです。
僕のかたわらには兄弟子さまが目を固く閉じて横たわっています。呼吸はしているのですが、死んだように
眠ったまま。
兄弟子さまの黒き衣も僕の草の服も籠の中。籠に蓋をするようにバーリアルを封じたため取り出せ
なくなってしまいました。
そのため少女はこの洞に入るなり、二人分の服を僕らに投げてよこしてくれました。
灰色に染められた寝間着のような貫頭衣です。
サイズは……全然合いません。肩幅がキチキチ。腰もキチキチ。なぜか胸はスカスカ。
どうみても女性用。ですが丈はすごく長く、少女のものではないようです。
僕は苦労して兄弟子さまに衣を着せてやりました。
少女は椅子に座って本をぱらぱらめくっていたのですが、当然こちらが気になるらしく、兄弟子様を
ちらちらうかがってきました。
「どうなの?」
「昏睡してます。魔力を使いすぎたんだと思います」
「その籠の中からケタケタ嫌な笑い声がするけど、それはなんなの?」
「バーリアルです。前に説明したと思いますが、古代兵器で鉄の兵士を操る魔王です」
「説明したのはもっと背の低い少年だったわ。あなたはだれ? あの少年はどうしたの?」
「ややこしいんですけど……僕があのときの少年です。この体は僕の師、アスパシオンの体なんです」
我が師が僕の身代わりに天上へいったことを話すと、少女はたちまち眉根を寄せました。
「私てっきりあの少年……ええとあなたは、その変態の弟子だと思ってたわ」
「いいえ違います。この人はちょっと変わった……友人というか、我が師の兄弟子なんです」
僕はひきつりながら眠る兄弟子さまを見ました。
変態。そうですね。初めて少女に会った時も裸攻撃してましたね、この人。しかも確信犯で。
「黒の技の禁呪を使ったのね。まだそんなことができる導師がいるんだ」
「禁呪、なんですか?」
「やってはいけないことよ」
「僕もそう思います。戻したいんです、我が師をこの体に」
やはり我が師はかなり無茶なことをしていたようです。
「でもお師匠様をその体に戻したら、中のあなたは死んでしまうけど。それでいいの?」
「構いません。我が師の人生を奪うなんてそんなことできません。でも兄弟子さまはそうさせてくれなくて……」
「私の母様なら、あなたの師匠を引っ張ってこれるかもしれないわ」
そういえばこの少女の母親は、鉄の鳥たちを作っている不思議な人。
古代の技術を知っていて何百年も生きているとなれば、相当の韻律使いに違いありません。
「でも母様は森を見回ってて留守にしてるの。帰って来るまであなたも休んでるといいわ。顔が真っ青よ」
洞の中にはかまどもあるようです。
ついたての向こうから少女はほかほか湯気を立てるきのこのスープを二皿持ってきて、木の枝の線のところに置いてくれました。
「そっちの人にもあげて」
僕は兄弟子さまの上半身を起こして、木の匙でスープを飲ませました。
兄弟子さまは飲みこんでくれたものの、その目は開かれませんでした。
「よく休ませて。知ってると思うけど、魔力の回復には眠らせるのが一番よ」
『人間。おろかな人間』
どこからか……つぶやき声が聞こえます。
『我の声が聞こえるか? 師の体に入った少年よ』
僕は目をこすりました。お腹が暖かく満たされてうとうとしていました。
籠の中のバーリアルの声のようです。
『起きたか?』
灯り球の光が落とされていて、少女は寝台で眠っています。
無警戒?
いいえ。
境界線の枝が置かれたところに、結界が張られています。
淡く白い弾力のある壁。物理的なものを遮る、空気を圧縮したもの。
音を遮断する結界は導師見習いでも比較的簡単に作れますが、これだけ厚く物を遮る壁を作るのは
至難の技。少女は相当な韻律使いのようです。
あ。そういえば、いまだに彼女の名前を聞いてなかったような……。
――『少年よ。我を出せ』
籠の中のバーリアルが囁き声で語りかけてきました。
『おまえの体をよみがえらせる方法を教えてやる。だからここから出せ』
僕はため息をつきました。
「まだそんなことを。僕の体はもう埋められちゃったんでしょうに」
『埋めてないぞ。兄弟子とやらはだいぶ疲れていたからな。穴を掘って埋めるのをあきらめて、洞窟の
中で草をかぶせてそのままだ』
「なんですって?」
『おまえの体は岩の上で凍りついておるだけよ。我が教える方法を行えば、すぐに生き返る』
「あなたのいうことは聞きません」
『師を助けたいだろう?』
「う」
バーリアルはネコなで声で囁いてきました。ねっとりと、甘い声で。
『おまえがおのれの体に戻れば、師の魂はたちどころに戻る』
「嘘でしょう?」
『嘘ではない。体と魂の絆はそうそう切れるものではない。邪魔するものが入っているから、離れているだけだ』
邪魔するもの……それは僕の魂。
僕がこの体からいなくなれば、我が師は天上から戻ってくる?
『体と魂の絆はたとえ切れてもすぐに復活する。おまえの体が元通りになれば、おまえはたちどころに
体に戻れるぞ』
しゅうしゅうと反響する甘い声。
柔らかい吐息を何重にも重ねたような心地よい囁き。
『しごく簡単だ。すぐにできる。だれにでもできる』
聞いてはいけないと思いながら、僕は思わず乞うていました。
「そ……その方法を先に……」
おろかにも。
「その方法を先に教えてください。そうしたらあなたを放すかどうか考えます」
コメントをありがとうございます。
ここで引っかからないとw
とても未熟な魂なので世間知らずでだまされやすいんだと思われます。
経験、大事ですね>ω<
コメントをありがとうございます。
未熟な魂ゆえでしょうか。
免疫がないので、誘惑に弱いのだろうなぁと思います><
コメントをありがとうございます。
トルコの地下都市は……カッパドキアにあるものでしょうか?
岩の形が面白いところですよね^^
伝書鳩は 日本でもアッチでも飛ばしてたもんなぁ
駄目なのにね。