Nicotto Town



アスパシオンの弟子26 誘惑の声(後編)

『かしこい。かしこいぞ、師の体に入った少年よ』

 籠の中のバーリアルはしゅうしゅうと息をたっぷりふくんだような声で褒めてきました。

『そなたはおろかではない。我はそなたのしもべになろうぞ。そなたこそ我が主。我が王』

 甘ったるい声がざわざわと僕の体にまとわりついてきました。

『特別に教えてやろう。だが我を放す約束を必ず果たすと誓ってくれ』

「な、内容次第です」

『大丈夫だ。必ずそなたはよみがえる。そなたの師は戻ってくる。ほらそこに。そなたの師の魂がある』

「えっ!」

 僕は思わず振り向きました。なにか光のもやのようなものが空中に見えます。

 あれはまさかお師匠さま? わかりません。灯り球の残像かもしれません……。

『さあ誓え。我に誓え。我を放すと』

「だから、内容を判断してからです」 

 内容を聞くだけ。そして「ダメだそんなの」とつっぱねればいいのです。そうすればいいだけです。

『誓え。かしこい主』

「ち、誓い……ます。それが実現できる内容なら」 

 甘ったるい声がやさしく笑いました。

『いい子だ。かしこい子だ。教えてやろう。白の技の真髄を』 

 次の瞬間。

 かぐわしい芳香があたり一面に漂いました。

 花のような。果実のような。甘い甘い、優しい香りが。

『この匂いを知っているか?』

「これは……メニスの……」

 鳶色の髪の少女の香り。メニスの匂い。

 僕は鼻を抑えました。なぜこの匂いを今感じているのでしょう?

 少女はすごく離れたところで眠っているのに。

『癒しの白き技は。すべてメニスより生まれた。遠い昔、人間より先にこの星に来たやつらの寿命がとても

永いのは、やつらが癒しの技を持っているからだ』

「なるほど……」

『白の技とはメニスの技。生き物を癒す白き衣の導師は、みなメニスであった』

「でも、今はいない。白き衣の導師は存在しない」

『我が生まれた時代にすでにメニスは姿を消した。人の目から隠れて生きている』

 甘い香りがどんどん強くなっていきます。

 バーリアルの甘い声もほとんど息のような音だけになっています。

 なんだか、頭がくらくらしてきました。

 視界がなんだか変です。

『なぜなら人間が求めたからだ。永遠に生きられるその技を。死者をよみがえらせるその技を』

「その技は……メニスが知っている?」

『いや。メニス自身が持っている。その体のうちに。メニスの甘露。中でもその白き血液は。何者もよみがえらせる力を持っている』

 僕は思わず頭を抑えました。なんでしょう、この頭痛は――。

「まさかメニスが隠れた理由は……」 

『メニスは狩られた。人間に狩られた。甘露を求める人間に。黒の技を持つ人間に。韻律の護りを

崩し去れる者どもに』

 バーリアルは告げました。甘い囁きで。恐ろしい言葉を。


『かしこい少年よ。すぐそこにいるぞ? メニスの娘が』

 


 むせかえるような甘い香りが僕の全身を包みました。

 この香りは籠から出ている? まさかバーリアル自身が出している?

 いえ、これは幻覚! バーリアルが出す声音のせい……!  

「うう……!」

 ぐわんぐわんと視界が揺れています。そばに横たわる兄弟子さまが何重にも見えます。

 まずいです。思えばこいつは、あの我が師に取り憑いた奴。

 初歩的な結界では、奴を封じ込めるのには不十分だったのです。

『あの娘が張った結界など、今のそなたには簡単に崩せるものだ。さあ、』 

 甘い囁きが僕の脳を刺しました。

『結界を破れ。かしこい子よ。甘露を得よ。そして誓いどおりに我を放すのだ』

「い、いやだ」

 言葉とは裏腹に僕の体が勝手に動きました。

 視界がぐらぐら揺れる中。

 僕の……我が師の右手が突き出されて、勝手に韻律が口からほとばしりました。

 

『その言葉は無に帰した』 

 

 とたんに右手から大いなる言霊の力がほとばしり。

 白い結界に亀裂が入ってあっという間に溶け落ちていきました。

『かしこい子よ。さあ、甘露を得よ。白き血をそなたの冷たき体内に入れれば、そなたはよみがえる』

 僕は歯軋りすらできませんでした。甘い声に囚われた僕の……我が師の体は、勝手に動き出しました。

止めようとしても止まりません。

 落ち葉を踏みしめ。キノコを蹴散らし。けなげに咲いた花を踏みつけ。ずんずん、鳶色の髪の少女が

眠る場所へ近づいていきました。

 少女は湾曲した木の寝台の中ですやすや眠っています。

 結界が破られるとは露ほども思わずに。  

 鉄の鳥たちは……ああ、一羽もいません。自分たちの寝床に飛んで行ってしまったのでしょう。

『さあ、殺せ。メニスを殺せ。屠って血を吸い尽くせ』

 まさかバーリアルは。かつてメニスを狩ったことがある?

 いや、狩った人間に使われていた?

 そんなことを思う間に、僕の両手が少女の首に伸びました。

「だっ……だめだ! くっ……!」

 少女の首に手がかかりかけたその刹那。

 長い灰色の衣の裾をふんづけて僕の体がつんのめりました。そして。

 

 びりっ

 

 大きな音を立てて、灰色の衣が裂けました。

「ぐ……ぐ……ああああああああ!」

  僕が搾り出すようにあげた悲鳴に少女がハッと目を覚ましてくれました。

 よ、よかった! なんとか危機回避できました! で、でも。

「っきゃああああああああ!」

 腰がキチキチだったんです。胸はスカスカでしたけど。肩幅も合わなくて。

 腕を伸ばしていたものですから、もう見事に背中からべりっと衣が破けてしまっていました。

 当然、上半身は――。

「すっ……すみま……ごめっ……!!」

 ああああ、上手く喋れなくてすみません! これには事情が!!

「夜這い!? これ夜這い!? いやああああ! 変態いいいいい!」

「ちっ! ちがっ……ぐふっ!」

 少女の白い足が僕のみぞおちに入りました。続いて毛布がバッと襲い掛かってきて、毛布ごと僕は

蹴り倒されました。怒り狂った少女が僕をすまきにしようとしています。

 そのとき。

『光弾を放て、かしこい子』 

 バーリアルの声が頭に刺さってきました。

 とたんに僕の腕は勝手に動き、にょきりと右手を外に突き出して韻律を唱えました。

 

『雷放て我が右の同胞』

 

 少女の悲鳴が毛布越しに聞こえました。

 くそ! 今の韻律は高位呪文! お師匠さまが僕を鍾乳洞から助けた時に使ったやつじゃ?

 なんでこんな韻律を!

『やったぞ、かしこい子。とどめを刺せ』

 僕の左手が勝手に毛布をはだけました。ちらりと見えた後方に、籠の上に浮き上がった青白い

光の玉が見えます。

 ああやはり。僕の結界が破れて、バーリアルが出てきてしまっています。

 今の韻律を唱えたのは、きっとこいつです。僕の口を借りて……!

 すぐ目の前には、まっぷたつの寝台。少女は直撃は避けたようですが、その衝撃で気を失って倒れてしまっています。

『さあ、とどめを!』

「い、いやだ!」

 僕の右手が。またにょきりと突き出されました。

「いやだ……!」

 

 僕の口が無常に動いて――

 

『雷放て右の同胞』

 

 まばゆい光の矢が、ほとばしりました。

 倒れている少女めがけて。一直線に。




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2016/02/18 19:22
少女はヒロインなのでしょうか
強い存在感があります
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2014/11/28 10:29
かいじんさま

読んでくださりありがとうございます><
最後の場面は出崎さん風に、劇画タッチの静止画ですん止めのイメージ・ω・
さて次回どうしましょう……(ェ
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2014/11/28 10:27
よいとらさま

読んでくださりありがとうございます><
まっさら純粋培養の魂は、老獪な魔王にかたなしでした^^;
甘い言葉もさることながら、魅惑の声音は聴くだけでふらふら~になっちゃうようです。
たぶん特殊な周波数の音をだしているんだろうなぁと思います。
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2014/11/28 10:23
夏生さま

読んでくださりありがとうございます><
ヒロイン、かわいく元気いっぱいに描けたらいいなぁと思って書いています^^
主人公と楽しくかけあいする仲になるといいのですが……
執筆がんばります・ω・>
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2014/11/28 10:19
MC202さま

読んでくださりありがとうございます><
ヒロインはラブコメ風少女をめざしています。
ウサギより年上ですし、今後ウサギたちの尻を叩きながら
ぐいぐい引っ張って行ってくれるのかなぁと思っております。

黒の技はダークな攻撃魔法やネクロマンサーなどなど、まさにおっしゃるとおりの黒魔術です^^
白は癒し系、
そして灰色は魔道メカ生産系です^^;(別名ボヤッキー職)

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2014/11/28 10:14
優(まさる)さま

読んでくださりありがとうございます><
甘い声は魅惑の旋律。
きっと耳を塞いでいても聞こえたのだろうなぁと思います。
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2014/11/26 22:47
緊迫の次号ですね@@
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2014/11/22 12:26
おはようございます♪

エネルギー保存則。
質量保存則。
代償。
状態を変化させるには必ず代償が伴う。
救済には生贄。
命には命。
命を喰らいて命をつなぐ。

人の心を操ることに長けた魔物の前に、
ペペさんはひとたまりもありませんでしたねぇ^^;

目の前に提示された解決策が唯一の方法だと思い込む、
心の罠、スキマを衝かれてしまいました。

ぺぺさんもピンチ、メニスの少女も大ピンチ!
次の瞬間、次の展開、わくわくしながら待っています♪
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2014/11/21 18:23
今晩は!

予想以上の展開になって、これは面白くなってきたと喜んでいます。
登場人物がイキイキしていますね。
今後、どうなるのでしょうか。
o(^-^)oワクワクしています。

次作を鶴首してお待ち申し上げます。
m(_ _)m

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2014/11/19 21:54
少女が シティーハンターに登場する気の強~ぃ女性達に思えてきた (;¬_¬)
黒の技...英国の黒魔術を連想してもた
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2014/11/19 19:59
聞いたのが駄目だったですね。

今後の展開はどうなるかですね。
アバター
2014/11/19 19:57
カテゴリ:友人
お題:ちょっと変わった友人

兄弟子さまと師匠の漫才コンビもいけるかもしれない・ω・;




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