Nicotto Town



アスパシオンの弟子27 歌柱(前編)

 真っ白くまばゆい閃光が僕の目を焼きました。

 光が四方に飛び散り、ゆっくり周囲に溶け込んでいったあと。

 視界にようやく、じわじわと無残な光景が浮かび上がってきました。

 ぽっかりあいた大穴。

 穴の先にべったり広がる宵闇。 

 大きく破壊された木の洞から、外の寒気がびゅうびゅう流れ込んでいます。

 メニスの少女の姿は……見えません。

 どこにも。どこにも――。

 僕の両手が勝手に肩の上に上がり。口から恐ろしい笑い声が飛び出しました。

『わははははは! さあ、メニスの肉を拾おうぞ!』

 大穴に向かってゆっくり歩き出すた僕の体のそばに、影の塊がゆらゆら近づいてきます。


 来るな……来るな!


 叫ぼうとしても声が出ません。僕は心の中で念じました。


 いやだ! いやだ! 入って来るな――!

 

 僕は必死に念じ続けました。

 こわくて哀しくて頭がどうにかなってしまいそうでしたが、強く念じ続けました。

 バーリアルをこの体に入れてなるものかと。

 光の玉が僕の――我が師の胸に触れ、ずぶずぶ入りかけたそのとき。

 体がぶわっと虹色に光りました。 


 来るな――!

 

『ぐあっ?!』 

 虹色に光に触れたバーリアルがひどく身震いしました。

 とたんに閉じかけた扉をなんとかこじ開けるような感覚がして。

 僕の口から、僕自身の言葉がほとばしりました。

「ちく……しょう! ちくしょう! 来るなあああ!」

 こわくてたまりませんでした。

 自分がやってしまったことが恐ろしくてたまりませんでした。

 僕は渾身の力をこめて虹色に輝く右手を無理やり動かし、影の塊に向かって突き出しました。

『討ち放て! 光の矢!』

 これまでに覚えた攻撃と呪いの韻律が、次から次へと頭の中によぎってきて。

『引き裂け! 鋼の帯!』

 無我夢中で唱えていました。  

『吠えよ! 天の光!』

 必死で唱えていました。

『吐き出せ! 深淵の息吹!』

 何度も、何度も、唱えていました。

『凍りつけ! 蒼の咆哮!』


 ……消したかったのです。

 

 自分がしてしまったことを。あとかたもなく消したかったのです。

 だから僕は、唱え続けました。

 憎いバーリアルが木の洞にびたりと貼りつけられ。すさまじい悲鳴を上げ。ぶちぶちにちぎれても。

 僕は、唱え続けました。

 声が枯れても唱え続けました。

 魔力が無くなっても叫び続けました。

 

「消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろおおお!!!!」

 

――「ぺぺ! もういい! やめろ! そいつを輪廻させたらだめだ!」

 

 目覚めた兄弟子さまが僕の腰にがしりとタックルをかけて。

 地に押し倒すまで。

 

 


 気づくと。

 僕は落ち葉の絨毯の上に寝かされていました。

 やぶれた灰色の衣が脱がされてそばに畳まれて置いてあり、草で編んだ服を着せられています。

 兄弟子さまが籠から取り出して着せてくれたのでしょう。

 半身を起こすと、ずきりと後頭部に痛みが走りました。ひどいたんこぶができています。

 どうやら兄弟子さまに倒された瞬間、頭を打って気を失ってしまったようです。

 すぐ近くには、ほのかに光を放っている籠……。

 いまいましいことに、バーリアルはまたもとのように封じられていました。

 喋らないのは僕が放ったありったけの韻律で瀕死になっているからでしょう。

 兄弟子さまはどこに?

 僕はよろよろ歩いて大穴があいた木の洞から出ました。

 外は、吹雪でした。風と雪が吹き荒れていて、恐ろしい寒さです。

 僕が吹き飛ばした幹の残骸は、恐ろしく広範囲に飛び散っていました。

 寒さではなく恐怖のせいで、僕の全身がぶるぶる震えました。

 

 なんてことを……僕はなんてことを……!

 

 兄弟子さまは大穴のすぐ近くにいました。

 籠から出した黒き衣をはおっており、幹の破片が山のように積み重なったところにしゃがみこんでいます。

 まさか。

 まさか。

 その下に?

 「あ、兄弟子さま……」

「あ、ぺぺ。起きたか?」

「ご、ごめんなさい!」

「いや、バーリアルの結界が解けたのは俺が動けなくなっちまったせいだ。ほんとすまねえ」

「そ、そこに……?」

「ん。埋まって――」

  返事を聞く前に僕は破片の山に飛びつきました。

 その山には、少女の家具の破片がたくさん混じっていました。

 祈るような気持ちで瓦礫を取り払っていくと、瓦礫の下からまっ白な手足が垣間見えました。

 真珠のようにほんのり光る白い肌を見て、兄弟子さまがホッと息をつきました。

だれかに加護の結界をかけられてる。母親か? 肌がほんのり光ってるのはそのせいだ。かすり傷ひとつ

負ってないぜ」

 でも、息は? 呼吸は?

「うーん。意識の方はやばいかもな」 

 そんな……お願いだから……頼むから……

――ちるりりりり

 吹きすさぶ風の音に混じって、笛の音のような音が聞こえてきました。

 鳥のさえずりです。

 ちるりりりり

 少女の鳥たちが……鉄の鳥たちが飛んできたのです。

 大木が吹き飛んだ爆音を聞いて、夜のまどろみから覚めたのでしょう。

 次から次へと飛んできた鳥たちは、あっという間に群れなして、雪が吹き荒れる空をぐるぐる飛び回りました。

 悲しげに鳴く鳥たちの下で、僕らは瓦礫の山をすっかり取り除きました。

 メニスの少女の顔が現れると。兄弟子さまは頭を横に振って深いため息をつきました。

「……がんばってみるわ」 

 がんばってみるって……それって……

「体は大丈夫だが、魂が抜けちまってる。引き戻すぜ」

 蒼ざめる僕の肩をなぐさめるように叩いた兄弟子さまは、右手にぽうっと青白い光の玉を灯らせて、

はてしなく長い韻律を詠唱しました。

 始めのおどろおどろしい部分を聞いただけで、「禁忌」とわかる呪文でした。

 青白い玉がぱりぱりと放電し始め。玉の色がじわじわ変化して黄金色になったとき。

「さあ、体へ戻る道しるべを作ったぞ。帰ってこい!」

 兄弟子さまは手のひらに乗せた玉を少女の額の上にかざしました。

 次の瞬間――

 どおんと、はるか前方から恐ろしい爆音が響き渡りました。

「う」「え?」 

 何かが、雪の積もった地を一直線に走ってきます。

 雪が舞い上がり、その周囲で渦巻いています。

 これは……何かの波動? 地走り?

 一瞬でやってきたその突風の息吹に、僕らはあっけなく吹き飛ばされました。

「な?!」

「ちょ……待ったあああ! せっかく本気出して玉を作ったのにいい!」

 兄弟子さまの手の上にあった黄金の玉がぱりんと音をたてて砕け散りました。

 僕らの体は空高くに放り上げられ。ぐるぐる回転し。きりもみしました。

 天と地が幾度も逆になり。そして上昇が止まり……。

 僕らは落ちました。悲しげに鳴く鳥たちの間をすりぬけて、まっさかさまに落ちました。

 積もった雪が削られているその始まりのところに、暗い人影があります。

 僕らはその人影のまん前にどどっと折り重なって倒れ落ちました。

「……これは、どういうことだ?」 

 人影から、突き刺すような厳しい声が放たれました。

「我が娘に何をした? 答えよ不埒者!」

 僕は震え上がりながらその人の足元を見つめました。

 長い衣の裾がじわじわと炎のように輝いていました。  

 淡い灰色に――。

 

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2014/12/05 16:31
かいじんさま

コメントをありがとうございます^^
人工の魂もしっかり輪廻してしまいます。
どこへいくかわからずどんな害を及ぼすかもわからないので
何か物に封じちゃうのが一番のようです・ω・;
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2014/12/05 16:28
優(まさる)さま

コメントをありがとうございます。
こわい保護者が登場してまいりました><;
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2014/12/01 22:44
滅ぼすと輪廻するんですね。

一難さってまた^^
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2014/11/27 23:54
怖い結果に成りましたね・・・。




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