Nicotto Town



アスパシオンの弟子28 影絵(前編)

 青く澄み渡る快晴の空と白い木立が広がる雪景色の森。

 幹が半分吹き飛んだ巨木の洞からきらめく冬景色が見えています。

 洞の中では少女の声が響いています。

「そこ! 曲がってるわよ」

「はい!」

「もっと右」

「はい!」

「そこでとめて」

「はいっ!」

 僕は今、懸命にトンカチを叩いています。

 メニスの少女フィリアがふかふかの落ち葉の絨毯の上にちょこんと座り、銀色の

メガホンで命じています。

「板が足りないわよ」

「もらってきます!」

 フィリアは元気です。目を覚ましてすぐに、僕と兄弟子さまを思いっきり蹴り飛ばせたぐらい。

 母親の灰色の導師が彼女に加護の韻律をかけてくれていて、本当に幸運でした。おかげで

僕らの首はつながっているのです。

 吹き飛ばしてしまった少女の住まいを直す。

 それが、僕がいの一番に始めたつぐないでした。

 とはいえ家具はほとんど木っ端みじん。修理不可能なものばかり。かろうじて原形をとどめる

寝台が直せるかどうかといったところ。

 幹に開いた大穴も、瓦礫をかき集めて山にした壁で三分の一埋まるかどうか……。

 僕は老木の幹の外側に回り、落ち葉に隠された大きな円形の蓋を開けました。

 そこは灰色の導師が住まう地下工房への入り口で、石階段をまっすぐ下ると暖かい空気が

ほわりとあがってきました。

 円形の工房はかなり広いのですが、鉄の鳥たちを作ったり修理したりする工具や金属板、

材木、作業台、あやしげな瓶が並んだたくさんの棚、部屋主の家具などが所せましとひしめいています。

 聞けば少女の家具はみな、灰色の導師がここで作ったものだそうです。

「失礼します」 

 灰色の導師はまっ白な作業台にいて、とても細い金属の工具で鉄の小鳥の金属羽を広げて

修理しているところでした。

 鳥の胸が開けられており、機械仕掛けの内臓がほのかに青く光ってとくとく動いています。

 感心してしばし見惚れていると、灰色の導師が美しい顔をちらとあげました。顔の片面に望遠鏡のようなものをつけています。

「木材が要るのか?」

「あ、はい、寝台の足になるものを探しています」

「見繕ってとっていけ」

「はい、ありがとうございます」

 工房の奥棚には、ほのかに光るバーリアルの籠。

 灰色の導師が、「私がしばし預かる」と宣言してそこに置きました。

 そのすぐそばで兄弟子さまがふんふんと鼻歌を歌いながら木の板にカンナをかけています。

 薄く美しい削りクズがするすると流れ出て床にふわふわ落ちています。

 なかなかの腕前。さすが十五年間、自給自足の生活をしていただけのことは……

 あれ? なんだか板がものすごく薄っぺらくなってるような……

「兄弟子さま、フィリアさんの寝台をちょっと見てくれませんか」

「あー、忙しくってムリムリ」

「じゃあ兄弟子さま、そこの角材取ってくださ……」

「あー、ムリムリ。しかしこれ、すんげーおもしれえなぁ」

 やっぱり。この人、同じ板をずうっとカンナで削ってるだけじゃないですか! 

 完全に遊んでるでしょう!

 兄弟子さまに文句を言おうとすると。

――「母様、お茶を淹れたわよ。台所はかろうじて壊れずにすんでよかったわ」

 フィリアが湯気立つカップを盆に載せて工房に降りてきました。

 灰色の導師はちらと顔をあげ、小鳥の内臓のネジを工具で器用に巻きながら言いました。

「修理の具合はどうだ?」

「かなり微妙ね」

「では、とっておいた家具の図面をアスパシオンのペペに渡そう。寸法がキッチリ書いてある

からそれでやれるはずだ」

 にらむような母娘の視線がこちらに……。

 あわてて僕はしゃきっと背筋を伸ばしました。

「誠心誠意やらせていただきます!」




 それから数時間後の夕刻。

「ちょっと、どうみても傾いてるわよ? これじゃベッドじゃなくて滑り台よ?」

 僕は呆れ顔のフィリアの前に力なくつっぷしていました。

 生活道具を作る寺院当番をもっと真剣にやっておくべきでした。

 大工仕事がこんなにむずかしいなんて。図面どおりにいかないとか、どういうことなの……。

「これじゃ使えないわ。母様の工房で寝るしかないわね」

「す、すみません。もうしわけありません!」

「フィリアちゃーん」

 工房から兄弟子さまが上がってきて、崩れた洞のむこうから少女を呼びました。

 なんだか居心地悪げにそわそわしています。

「ありゃあ、寝台の修理うまくいかなかったか。でもさぁ、申し訳ないんだけど、今夜は上で眠ってくんない?」

「はあ?」

「君のお母さんが俺様と夜通し語り明かしたいそうで。そのお、二人きりで」

 少女も僕も怪訝な顔をしましたが、兄弟子さまはそそくさと地下工房に行ってしまいました。

 その晩。

「母様にも言われたわ。上で寝なさいって。二人で語り明かすってどういうことかしら」

 メニスの少女は仕方なげに工房から持ってきたマットレスを洞の一番奥に敷き、暖かい

灯り球を周囲に何個も置きました。

 僕はその反対側、ぽっかりあいた幹の穴のそばで滑り台のような寝台を背もたれにして

毛布にくるまりました。灯り球をひとつ恵んでもらいましたが吐く息は白くかなりの寒さ。

晴れた宵空が頭上にあり、無数の星がまたたいています。

「暁の明星。竜の涙。真珠の首飾り……」

 ふっと口から星座の名前が出てきました。

 僕が寺院に入りたてのころ、岩の舞台で我が師が教えてくれました。夜空を指さし、目を輝かせて。

 我が師の専門は星見。つまり星占いですが、ついぞ真面目に占ったことはありませんでした。

 今考えれば長老たちに目をつけられぬようにするため、わざとその能力を隠していたのでしょう。

――「戦神の剣の柄が燃えてるわね」 

「え? あ、フィリアさん?」

 ふわっとした甘い香り。気づくと、メニスの少女が毛布を肩にはおってそばに来ていました。

 宵空を見上げるその顔は仄かに悲しげでした。

 戦神の剣の柄とは、赤い巨星を中心とする十字型の星座のこと。

 エティア王国の建国英雄、戦士スイールの剣に見立てられています。その剣の柄には大きな赤鋼玉が嵌められていたのだそうです。

「あまり良くないしるしだわ」

「星見ができるんですか?」

「あら、あなたはできないの? 導師の基本だと思ってたわ」

「おはずかしながら……」

 ため息が僕の……我が師の口からもれました。

 役立たずを装うのは仕方ないですが、少しぐらいは教えてくれてもよさそうなもの。

 やはり我が師はめんどくさがりなのかも。

「日頃から見るようにするといいわ。とても役に立つから。慣れると、今年の気候とか読めるようになるわよ」

「星を見て気候がわかるなんてすごいですね」

「星じゃないわ、空の色を見るの。星の輝きの色は星自体の発光だけじゃなくて、この星の大気の色で変わるのよ」 

「なるほど、空気の色か」  

「この星の息吹が不穏になれば星は濁ってみえる。平和になれば美しく輝く」

「今は……濁ってる?」

 僕が星空に目を凝らすと。メニスの少女はきれいな菫の瞳をふせました。

「ええ。竜の涙が本当に涙のように見えるわ」


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2014/12/12 14:15
かいじんさま

コメントをありがとうございます^^
ころころころがる第三章。まだまだ艱難辛苦がいっぱい・・?
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2014/12/12 14:14
よいとらさま

コメントをありがとうございます。
おお天文好き様がここにもー>ω<ノ♪
私も夜にお外へ出ると空を見上げてしまいます。
街灯のない田舎に越してきてよかったとその都度思います^^*
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2014/12/12 14:12
優(まさる)さま

コメントをありがとうございます。
すんでのところでプラプラーと繋がってますよね^^;
血縁関係のコネもあるかもしれません^^;
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2014/12/07 22:10
相変わらず多難ですね^^
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2014/12/06 16:40
こんにちは♪

はい!天文学は楽しいです^^
高校では地学部でしたし、実家にいるころは地元の
天文同好会で活動していました♪
信号待ちのとき、バスを待っているとき、
どうしても空を見上げてしまいます。

お星様を見よう^^/
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2014/12/05 20:12
首の皮壱枚、繋がっているようですね。

ペペさんはあんな失敗しておいてこれからどうするのでしょうかね。
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2014/12/05 15:45
カテゴリ:勉強
お題:日常生活で役立ちそうな勉強

お星様をみよう・ω・♪
天文学はたのしいですね




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