アスパシオンの弟子28 影絵 (後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2014/12/05 16:27:39
翌日僕はフィリアの寝台を解体して、導師がくれた図面とにらめっこしながら
再修理に挑みました。
大工道具を使うのもなんとか慣れてきて。
「いびつだけど、足の高さは揃ってるわね」
その日の夕刻にはフィリアが渋々納得してくれる出来栄えになりました。
しかし兄弟子さまは相変わらず工房に入り浸り。
夜は夜とてまた灰色の導師と「夜通し語り明かす」からと、上にくる気配がありません。
その夜フィリアは洞の一番奥に寝台を置き、僕自身は洞の穴を埋めるべく積み上げた
瓦礫の山に寄りかかりました。
ありがたいことに、フィリアは洞の大穴に継ぎはぎした灰色の布を壁掛けのようにかけ、
外気が吹き込むのを防いでくれました。
「母様の衣だけど、古くてもう着ないから使っていいって。だから縫い合わせたの」
そういえば僕らにくれた灰色の衣も、灰色の導師のものでした。
年がわからぬ容姿のまま、老いることなくずっとここで暮らしている人。
一体、何百年?
灰色の布のすきまから星が見えます。フィリアがそっと空を垣間見てまた悲しげな顔をしました。
星見の結果は、やはりかんばしくないのでしょう。
「この布、ちょっと幅が足りなかったわね。隙間風が入っちゃう」
「すみません、あったかくしてもらって」
「か、勘違いしないで。私の方にまで風が入ってくるから寒いの」
フィリアの顔が真っ赤になったのをまじまじ見てはまずいと思い、僕は自分の足元に
視線をずらしました。
「そ、そうですか」
「工房からあったかい灯り球をもっと持ってくるわ」
「あ、僕がもらってきます」
ほわりと暖気が上がってくる工房の中は、灯り球の光が落とされてほとんどまっくらでした。
奥棚のバーリアルの籠がうっすら光っています。
灰色の導師と兄弟子さまは?
工房の奥に淡い光を放つ灯り球がひとつ。そのそばの、薄い垂れ幕がかかってるところにいるようです。
二人の影が橙色の淡い光によって垂れ幕に映し出されていて、まるで影絵のように見え――。
……。
……。
……は?
と、とりあえず。あらぬ形にひっついてる二人の影絵は見なかったことにしてと……。
僕がどぎまぎしながら近くにある灯り球を拾おうとしたとたん。
垂れ幕の向こうから、ばっちーんという景気のいい音が響き渡り、兄弟子さまらしき影絵が
はじけるようにうしろへのけぞりました。
「ひいいいい!」
「真面目にやれ!」
「すみませんっ!」
「手加減無用だ」
「でもそしたらだんなさま、すぐ負けますぜ?」
だんなさま?
「黙れ。この百年間娘を相手に修行してきたんだ。そうそう負けぬ」
「でもすごろくは運の要素があってですね」
すごろく? まさか盤すごろくをやってる? ああ、だから頭寄せてたんですね。
び、びっくりしました。ふう。
「しかし一万歩譲って人間はともかく、なぜ男に転生した?」
「さぁ? なんでかわかんねえわ」
「ケンカを売ってるのか?」
「売ってねえよ」
「娘をほったらかしてふざけるな」
「し、しかたねえだろうがっ。俺様はもう死んでこの森の地下で眠ってるんだから」
娘? この森の地下で眠ってる?
フィリアが前に言っていたのはたしか、森の地下で眠っているのは大鳥グライアの女王で……
灰色の導師はその女王から鉄の鳥の面倒をまかされたと……
「これではずっと私が母親役をせねばならないではないか」
「そんでいいだろうが。メニスの純血種なんだから父親でも母親でもどっちでも
ノープロブレムだろ。両性具有なんだからよ」
「大問題だ!」
どがしゃんと、すごろくの盤上で一斉に石が弾む音がしました。
「我がうるわしき六翼の女王が、なんでこんなむさい男に!?」
え。
「こんなちんけな人間の男が、あのグライアの女王? 私がこの手で神獣に改造して生まれ
変わらせ、かの六翼の鳥人となった、世にも美しき我が最愛の妻? ふざけるのもほどがある!」
「あ、アミーケちょっと落ち着こう。な?」
「約束が違う! 今度は絶対メニスの美少女に転生し、私と永遠に添い遂げると誓ったはずだ!」
「あー、そうだったっけ?」
「なのに百年も行方をくらまし、やっと目の前に現れたと思ったら……」
灰色の導師の影がわなわなと震えています。
兄弟子さまの影が面倒くさげに頭をぼりぼりかいています。
信じられない話に僕は息を呑みました。
二人の話しぶりからすると、フィリアを生んだのは灰色の導師ではなくグライアの女王。
導師は本当は父親? で、その鳥の女王の生まれ変わりが……兄弟子さま?!
「そういえばいまわのきわに、そんなこと言ったような気もするわー」
「気もするだと?! 一体何年、その言葉をよすがに私が生きてきたと? ちくしょう!
やはりおまえが死んですぐに、わが常若玉《オチダマ》で生き返らせるべきだった!」
二人の会話に固まっていた僕はハッとしました。
生き返らせる。死んだ者を、生き返らせる。灰色の導師にはそれができる?
「今からでも遅くない。おまえミーセルフラウレンの体に戻れ。我が妻の体はちゃんと保存してある。
本気で生き返らせるから、とっととそのむさい体から離れろ」
「ええええー、めんどくせえええ! 大体、常若玉《オチダマ》って……」
――「どうかお願いします!」
垂れ幕をかき分け二人の前に飛び出し、僕は夢中で叫びました。
「お願いします! どうか僕の体を生き返らせてください! 僕の師を、アスパシオンを
この世に戻すために!」
灰色の導師と兄弟子さまはぽかんと僕を見上げました。
僕が乱入したところは、灰色の導師の寝台の上でした。
灰色の敷き布が敷かれた上にすごろくの盤が置いてあり、二人は向かい合って座って
いたのですが。気づけば無我夢中の僕は、灰色の導師にずいずい詰め寄っていました。
「どうか頼みます! なんでもしますから! なんでも!」
「ぺ、ぺぺ?!」
「う? うわあああっ?!」
指にむにっと食い込んだ柔らかい感触に僕はあわてて美しい人から離れ、血がのぼった
鼻を抑えてしゃがみこみました。
銀の髪の美しい人は怒りを帯びた紫の目で僕をきつく睨み下ろしてきました。
一糸まとわぬ姿で。
「おろかなウサギ……我が胸に触れるとは無礼な奴。生き返らせろ? なんでもする? ほう? 本気か?」
「は、はい!」
何とか答えると。灰色の導師は目を細めて僕の肩を掴みました。
「ウサギよ。おまえはどれぐらい本気だ?」
甘ったるい香り。頭が疼くほどのかぐわしい芳香……。
頭がくらくらする中で、僕は必死に答えました。
「なんでもします……なんでも! だからどうか力を貸してください。僕はどうなってもいいんです。
でも今のままじゃお師匠様が……あの人がこの体に戻ってこれない……だから!」
「アミーケ、だめだ! 無視してくれ」
「だまれ! おまえは口を出すな」
兄弟子さまにぴしゃりと言い放ち、美しい人は鋭い眼で問うてきました。
「ウサギよ、では聞く。我が奴隷となれるか?」
「ど、奴隷?」
美しい人の体はほんのり光を帯びて輝き、まるで神々しい女神のようでした。
「未来永劫、我が奴隷となれるか?」
「ぺぺ! 早まるな!」
しばしの沈黙の後。僕は答えました。
震えながら。
「……なれます」
でも。一瞬も迷わずに。
作中の導師は神を信仰しませんので、仏教思想のある国の人々とかなり似ている精神構造かも^^
もしかしたら、神を信仰している別の国の別の職業の人たちには、ペペたちが見ている天上世界は
まったく別のものに見えるかもしれません^^
きらきらすごろく石。素敵な想像をしてくださってありがとうございます^^
盤すごろく、はまるとあぶないあぶないノωノ*
すごろくものの原型っていろいろあるようで、ウィキでうきうきしながら調べてました。
メソポタミアの「ウルのゲーム盤」?というのがものすごくきれいで美しいです^^*
メニスに性別がないというのは、うらやましいですよね。
恋愛とか、すてきにフリーダムなんだと思います^^
読んでくださってありがとうございます><
前世の記憶、私は残念ながらないのですが……
うちの坊は亡くなった義父とそっくりの言動をすることがあります汗
(2才ごろ、教えてもいないのに銃の装填をする仕種をしたときはびっくり。とてもリアルでした)
遺伝的なもの? ともちょっと言いがたく、不思議な感じです^^
身に余る励ましのお言葉、本当にありがとうございます。
続きの執筆、がんばります^^>
読んでくださってありがとうございます><
ええ、私もそう思います。止めといた方が身のためですよね><;
読んでくださるばかりか、
楽しみにしてくださってありがとうございます><
何よりの励ましのお言葉です^^*
がんばります。
西洋の世界観の中に転生の思想を組み込むというのも、ファンタジーの雰囲気を増す良いアイデアだと思います。^^
時代、世界、種族をこえて愛される盤すごろく。
日本でも古代から親しまれていて、賭博性を理由に何度も禁止令が出るほどの
ハマリゲー。
こんなところにも、さりげなく登場するとはっ^^
きっと石やサイコロはピカピカのキラキラなんだろうなと想像します。
そして、ペペさんの前で明らかになっていく兄弟子さまの輪廻。
メニスにとっては性別さえも役割を演じているに過ぎないものなのですねぇ。
ちょっとだけ羨ましいような^^;
灰色の導師の奴隷となる決意のペペさん、
灰色の導師を激しく落胆させた兄弟子さま。
二人の運命やいかに。
明日は、どっちだ。
続きがとても楽しみです。
一段と面白さが増してきました。
前世の記憶がSianさんにもおありなのでしょうか?
(*^▽^*)
コミカルな場面を挿入しつつ、あれぇれぇと読者の新しい関心を惹きつけるなど
プロ作家的な技法もみられますね。
なかなかの文筆家だと感心しております。
次回を、引き続き鶴首してお待ちしております。
m(_ _)m