Nicotto Town



アスパシオンの弟子29常若玉(前編)

 

「なれます。あなたの奴隷に」

 迷うことなく僕が答えたとたん。

 銀の髪の人はまるであざけるように声をあげて笑いました。

「そんなに簡単にうなずいてしまっていいのか? 奴隷の意味も解らずに?」

「たとえ手足をよこせといわれても、生贄になれといわれても、」

 僕はきっぱり答えました。

「僕はそうします。それで我が師が、この世に戻ってこれるなら」

「ほう?」

 すると灰色の導師の笑い声がすっと止まり。

 暗い深淵のような紫紺の瞳が、僕をじっと見つめてきました。

 心の奥底まで穿ってくるような視線。そして。

 あたりに充満する甘い香り……。

 頭がくらくらしてきて、僕はぶるぶる首を振りました。

 純血のメニスの芳香は、メニスの少女よりもさらに甘く強烈なものでした。

 鳥の女王との混血であるフィリアとは、甘露の濃度が違う?

 この人は、僕たち人間とは根っから体の組成が違うようです……。

「ペペ、だめだ! アミーケから離れろ」

 兄弟子さまは僕の背中を引っ張り寄せようとしたのですが。

 その手はすかっと空を斬り、僕は灰色の導師に腕をぐいと引っ張られ、芳香立ちのぼる

胸に抱かれました。

 ほんのりふくらんでいる胸はとてもやわらかく。頬に触れたそれはとても熱く。

 僕の脳髄は一瞬のうちに麻痺して、天と地がわからぬほどの心地よさに包まれました。

「まずは、そなたの体を持ってこなければな」

 耳元をくすぐる甘い囁きに、僕の――我が師の体はぶるっと反応しました。

 まるで愛の告白でも受けたかのように。

「アミーケ! 冗談はよせ!」

「冗談? このウサギは本気だぞ? 裏切り者のそなたより、よっぽど真面目だ」

 灰色の導師は楽しそうに目を細めました。

「本物のウサギはいくつだ? フィリアから少年だと聞いたが」

「じ、十六、です」

「もう少し小さい方が好みだったが、まあよかろう。そのゆるぎない意志。気に入ったぞ」 

「よくねえ! そいつのほっぺた撫で撫ですんじゃねえ!」

 兄弟子さまが僕らを指さして憤慨している姿が、ゆらゆら揺れています。

 酒でも飲んだ時のごとく、ものの形がはっきり見えません。

 まるでかげろうか蜃気楼のようにゆらめいています……

「ペペを放せ! いじくるな!」

「我が妻の成れの果てよ、もしかして嫉妬しているのか?」

「するわけねえだろ!」

「……。ならば黙っていろ」

「ぐわっ?!」

 兄弟子さま? あれ? どこに……

 まさか寝台から蹴り落とされた? 

 あ……あれ……視界が暗く……意識が遠く……

「ウサギよ。そなたに我が恩恵を与えようぞ」

 とろけるように甘い魅惑の囁きと。

「ぺぺ! ぺぺー!!」

 兄弟子さまの声が交錯しながら遠のいていきました。

 あっという間に。はるか彼方へ。




 ごんごん

 ごんごん


 なんだか聞いたこともない音で僕は目覚めました。

 何かが回転しているような。金属がこすれあっているような。

 目を開ければ、一面びっしり水晶が生えている天井。

 まっ白透明で、キラキラきらめきを放っています。寝かされている台にも、床にも、壁にも、

水晶がいたるところにニョキニョキ生えています。

 足の踏み場がないほどひしめきあう水晶の空間のなかに、ぽっかり開いた円い穴がひとつ。

 その窓から見えるのは、白雲浮かぶ蒼い空。

「飛んでる?!」

 どうやらここは、空を飛ぶ乗り物の中。足元に気をつけながらそろそろと窓にはりついて

みれば、ごんごんというのは、乗り物についている巨大な金属の飛行翼が動く音でした。

 乗り物の外観は大きな鳥の形をしているらしく、前方にくちばしらしき形の大きな船首が

見えます。乗り物のかたわらに、鉄の鳥がぴったりついて飛んでいます。

 目を凝らしてその鳥の背中を見れば、手綱を持つメニスの少女フィリアの姿があり、何か必死に

叫んでいます。

「……めて! お母様! やめて!」

 白いスカートがひるがえり、スカートの中が見えそうで見えなくてもどかし――っていやいや、

そんなことを思っている場合ではないような。

 おそらくこの乗り物は灰色の導師のもので、僕の体を復活させるのを止めにきている?

 兄弟子さまだけでなく、フィリアも血相を変えるような反応をするなんて。

 灰色の導師の奴隷になるということは、もしかしたら相当にまずいことなのかも……。

――「目を覚ましたか。よく眠っていたな」

 背後から美しい人の声がかかり。僕は腕をぐいと引っ張られて窓から引き離されました。

「おまえの体の居場所を我が妻に吐かせ、ついさきほど北五州の洞窟から回収したぞ。全身そっくりそのまま、彫像のように凍っていた」

――「母様! お願い! 思い直して!」

 窓から聞こえる少女の叫びを、灰色の導師は完全に無視しています。

「隣の船室に寝かせている。来るがいい」

「……はい」

 ごくりと息を飲みながら、僕は灰色の衣をまとった美しい人のあとに続きました。

 この空飛ぶ乗り物の中は、どこかの洞窟をそっくりくり抜いたような様相です。

 通路も隣の部屋もびっしりと水晶の結晶が生えており、よく見ればその壁面はごつごつした岩。

 歩くとすぐにけつまずきそうなぐらい、床はでこぼこ。

「この船は、普段は雲の間に隠している。統一王国時代に作られた小型の飛空艇だ」

「統一王国? ということはこれ、千年以上も前のものですか? すごい水晶ですね」

「水晶ではない。浮遊石の結晶だ。この船は飛空挺の初期型で、浮遊石の鉱脈をそっくり内包

している。つまり、天空に浮かぶ島の一部を削りとって作られたのだ」

「天空の島? それって本当にあったんですか?」

「今もあるぞ。人間がそこへ行く術を忘れただけで、いまだにいくつもの島が空に浮かんでいる」

 灰色の導師は一瞬すうっと遠い目をしました。

 この人にとっては「なつかしい」と感じる、神代の時代に思いを馳せたのでしょう。

「ウサギよ、この体で間違いないな?」

 灰色の導師は船室の真ん中にそそり立つ台座を指差しました。

 血の気の抜けたまっしろい少年の体。

 間違いなく。僕の体がそこに置かれています。

「あの、兄弟子さまは?」

「ああ、あのむさい奴は我が家に鎖で縛って置いてきた」

「そ、そうですか」

「しかしおまえは、なかなか可愛い顔をしているな」

――「母様! やめて! 魔人を作るなんて!」

 円く削られた船窓から、フィリアの声が舞い込んできます。しかし灰色の導師はまるで

何も聞こえぬかのよう。ちらとも目を向けようとしません。

「あの、フィリアさんが何か叫んでますけど」

「気にせずともよい。それとも、決心が鈍ったか?」

 いいえ、と僕は自分の顔を見下ろしながら首を横に振りました。

 実はフィリアの声を聞いて少し怖気づいたのですが。目の前の美しい人の紫紺の視線に

睨まれると、僕の迷いはパッと消え散りました。

「お願いします」

「では、始めるぞ」

 美しい人はうなずくなり。身にまとう灰色の衣をはだけ、おのが胸に両手を押し当てました。

「え……?」

 次の瞬間。

 白魚のような手が、白い真珠の肌の中に入っていきました。 

 ずぶずぶと。深く。深く。その体を穿つように――。


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2014/12/20 22:35
すごい展開になってきましたね@@
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2014/12/20 15:36
むぅさま

コメントをありがとうございます><
読みやすいといっていただけてとてもうれしいです^^!

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2014/12/20 15:35
優(まさる)さま

コメントをありがとうございます。
これからとんでもないことに……なるのかもしれません・ω・;
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2014/12/13 14:19
わくわく です。

とっても読みやすい♪
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2014/12/13 08:22
これからどうなるのですか?




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