Nicotto Town



自作12月・1月/車 『星霊魚』 中 

 目を開けたら一面、雪が積もっていた。

 林檎の匂いのする花ではない。

 白綿蟲でもない。

 ほんとうに本物の雪だった。

 首をかしげて手にすくいとってみたら。

 ほんとうの雪だからすごく冷たくて、

 手のひらの上でふわりと溶けていった。

 考えてみれば雪はひさしぶりで、

 たぶん数十年ぶりぐらいで、

 最後の思い出は海の上で、

 その時のことはすっかり忘れていた。

 忘れていた方がいいのだが。

 あの時私は丸木舟を漕いで。

 がむしゃらに漕いで。

 さらわれた私の子を必死で追いかけた。

 あれはかなりな黒歴史で、

 今もあのまがいもの確定なくっちゃべるくそ剣をへし折って、

 海の底に投げ捨ててやればよかったと、後悔ばかりが沸き起こる。

 思い出せば思い出すほどむかつくので、やっぱり忘れていた方がいい。

 しかし、ちょっとうたた寝してるあいだに雪が積もっただと?

 ありえない。島中まっしろだ。黒い衣一枚ではかなり寒い。

 庭の円堂の床に古文書をたくさん広げてたが、そこにもだいぶ侵食している。

 壁が無いから、風も雨も雪も盛大に吹きこんでくるわけだが。

 う。足の踏み場が無い。すこし片付けるか。

 このところ徹夜で仕事していたから、円堂は書物と巻物でぐちゃぐちゃだ。

 む……籠にリンゴ? 私の子が差し入れてくれたのか? 

 資料を調べるのに夢中で、全然気づかなかった……

 しかしものすごく寒い。だいぶ北に来てるようだ。

 島の軌道は常春のところを周回するように設定していたはず。

 私の子は寒いのが苦手だ。

 猫みたいに丸まって木の下で寝るのが大好きだ。 

 しかも雪はかなりまずい。特にまっ白な山は鬼門だ。

 だから北の地方は避けるようにしていたのに。

 なぜ、島の軌道が外れた?

 設定は家の地下室と映し見の鏡の遺跡の二箇所でできる。

 操作板で行き先を指定する簡単設計だ。

 まさか私の子が自分で変えた? 

 それは……考えられない。

 積雪はどのぐらいだ? 足がずいぶん沈む。

 まずい。まじであの子、埋もれてるんじゃないか?

 うちにスコップってあったか? 

 だめだそんなものじゃ追いつかない。

 だが除雪車なんて便利なものはここにはない。

 日が沈んで辺りが暗い。灯りも要るな。

 銀の杖は、どこだ? ……あった。

 ずいぶんほこりを被ってるが使えるだろう。

 導師ではなくなってだいぶ経つが、韻律の呪文はまだ覚えている。

 杖の先に光を灯す。また雪が降り出している。見上げれば、一面白い雪雲。

 雲の下にいるなんて!

 私の子を確保したら、すぐに軌道をもどそう。

 暖かく。高いところへ。



「レク!」 



 呼んでみる。……返事が無い。

 杖から白熱球を飛ばして雪を溶かす。……熱すぎた。

 地面の花まで焼いてはまずい。

 よい香りのする花を、私の子は丹精こめて育てている。

 なんだあの雪玉は。ずいぶんでかいぞ。

 私の子が作ったのか? 二つあるがそのひとつが割れてつぶれている。

 ああ、もう一方の玉の上に載せようとして失敗したんだな。

 顔だけの雪だるまにできるか。うちにニンジンはあっただろうか?

 なんだこれは。小さな雪の玉がたくさん転がっている?

 木の幹に何個も雪玉をぶつけたあとがある。

 ぶ。木の幹に私の似顔絵が貼ってあるじゃないか。

 どへたくそな絵だが、黒髪の人間の顔。

 あれは確実に私だ。雪まみれ……標的にされたか。

 やばい。

 仕事にかまけて、最近あの子を放っていた……。

 どのぐらい? 一週間? 一ヶ月? いや……もっと?



「レク!」



 呼んでみる。……返事が無い。

 足跡がある。たどってみるか。

 おや? 下界が見える映し見の鏡の遺跡に光の玉がたくさん?

 光飾りだ。小さな玉の中に魔力を入れて輝かせるもの。

 赤 蒼 黄色 緑 紫。

 すごい数だ。しかもぴかぴか点滅している。

 とん・つー とん・つー

 何かの信号みたいに。

 そのすぐそばで――

 ざく、ざく、と雪を掘る音がする。

 見つけた。長い銀髪の後ろ姿。

 小さな小さな私の子は、しゃがんで雪を掘っている。

 あちこち掘っている。何かを……探しているように。 

「レク!」

 呼んでみる。……返事が無い。 

 まずい。思い出したか……。

「レクリアル」

 近づいて、後ろからそっと腕を回す。

「いやあ!」

 ううっ。いきなり手足バタバタ八連打。

 みぞおちに数発入ったがなんとか耐える。

 しかしずいぶん掘ったな。あたりが穴だらけだ。

「はなして!」

「ここにはいないよ」

 優しく囁いてやる。きつく抱きしめながら。

 かわいそうに手が真っ赤だ。

 そっと両手で包み込んでさすってやる。

「山のパパは、この島にはいない」

「わかってる! でも、そばにいるような気がして……

 すぐそこに埋まってるような気がして……」

 しゃくり上げて泣きながら、私の子はまた雪を掘ろうとする。

 かじかんだ手を伸ばして掘ろうとする。

 その腕ごと抱きしめ直し、ぎゅうと力をこめて阻止する。

 思い出したら、探さずにいられなかったんだろう。

 ここにはいないとわかっていても。

「生き返らせたかった……僕にはそれができるのに。

 涙のひと粒でそれができるのに。なのにどうして……」

 はらはらと真っ赤な涙が、紫色の瞳からこぼれおちた。

「どうしてパパは、みつからなかったの?」





 私の子は、メニスという種族の純血種だ。

 本人がそれを知ったのは、ごく最近のこと。私と出会ってからだった。 

 メニスはとても長命で、何十年たっても老いない。

  私の子はその中でもとても血の濃くて、ずっと子どもの姿のまま。

 私と出会うまで、この子は男の子のふりをして生きてきた。 

 いつまでたっても背が伸びず、涙が血のように紅いから、長いこと人から隠れて生きてきた。 

 石を投げられないように――。  

 それは結果的に賢い選択だった。  

 とりわけ血の濃い純血の子の紅い涙は、人をよみがえらせる奇跡の力を持っている。 

 その力を求めてメニスを狩る者どもが、下界には溢れかえっている。 

 だから私は、この子を守るためにここに住むことにしたのだ。 

 だれも昇って来れぬ天の島に。 

 私におのれの奇跡の力を教えられたレクは、かつて一度、養い親を生き返らせようとした。

 大昔に、幼かった自分をかばって盗賊に殺された人を。

「僕を拾わなかったら、パパは死ななくて済んだんだ」

 私の子はそのことでずっと自分を責めていた。

 どうしても償いたくて、もういちど優しかったパパに遭いたくて、 大きな山へ探しにいった。 

 場所はしっかり覚えていたはず。

 雪を掘って。深く深く掘って。

 涙ひとつこぼさずに、その人の亡骸を自分の手で埋めたから。

 だが。

 その人の体は、どこにも見つからなかった。 

 正直、ほっとした。

 もし本当によみがえったら、そいつに私の子をとられると思ったから。

 私と出会ってこの子は泣くことを覚えた。

 笑うことも覚えた。

 この子は、私の子だ――。

「レク、パパは大丈夫だよ。今はきっと幸せでいる」

 思い出して嘆く私の子。どうしたら泣き止んでくれる?

「きっともう、どこかの誰かに生まれ変わっている。

だから、よみがえらせなくていいんだ」

「ほんとにそうだと思う? ちゃんと生まれ変わったと思う?」

「また人間に生まれたかどうかはわからぬが。きっと幸せでいるよ」

「ほんとにそうだといい……でも、なぜかそんな風に感じられないの」

「レク……」

「パパの魂はまだ、この世界のどこかをさまよってるんじゃないかって……

 天上にいけなくて、迷ってるんじゃないかって……」



 

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2015/01/08 03:06
ヒロインで
前に登場した子のような…
アバター
2015/01/06 22:59
大丈夫だと思うのですがね・・・。




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