Nicotto Town



自作12月・1月/車  『星霊魚』下

 ぽろぽろこぼれる紅の涙。

 ふるえる銀色の頭にいくつも口づけを落としてやると。

 私の子がふりむいてすがってきた。

 ぎゅうと黒い衣をつかんで。私の胸に顔をうずめて。

「レナは、いなくならないで」

 離れるものか。

「パパみたいに死んだら、嫌だ」

「大丈夫。死なないよ」

 顎を掴んで上向かせてそっと唇に口づけてやる。

 唇を離すと、薔薇色の唇から私の名が幾度も漏れてきた。

 もう一度口づけてやる。

 もう一度。

 もう一度……。

 ああ……やっと、涙が止まった。

 もう一度……。

 おや? 島の高度が少し上がったか? 雪雲の中に入った?

 白い雲海であたりがまっ白だ。

 ひどく重たい雲だ。濃く霧がかって何も見え……

 ああ、色とりどりの光の玉が浮かび上がっている。

 映し見の遺跡につけられた、たくさんの光飾り。

 赤 蒼 黄 緑 紫

 とん・つー とん・つー

 まるで信号のように点滅している。


 ……信号?


 そういえば古い文献に、エレキテルの信号表があったな。

 たしか点滅で通信文を送るものだ。

 短い点滅と長い点滅の組み合わせで言葉を作る――

「あ! 見てレナ」

 私の子がまっ白な雲海の只中を指差した。

 赤 蒼 黄 緑 紫

 無数の光飾り? 

 ぴかぴか光る玉が集まった、巨大なかたまりが頭上にいる。 

 点滅しながらこちらに近づいて来る?

 ととん・つー ととん・つー

「やった……成功した……!」

 私の子が、とてもうれしそうな声をあげた。

 恐ろしく巨大なものが目の前をゆっくり横切っていく。

 まっしろい気体を凝縮したような、半透明の巨体。

 なんという大きさだ。クジラよりもでかい。

 全身を覆う色とりどりの光の玉。

 その点滅は、またたく星たちのよう。

 これ……は……!

「星霊魚だよね? これがそうだよね?」

 私の子が、私の胸元にぴたりと銀色の頭をひっつけた。

「凍った雲の中に住んでる、魚の亡霊」

 とん・つー とん・つー

 遺跡にまきつけられた光飾りの輝きに、

 巨大な白い『魚』についた光る玉が応えている。

 ととん・つー ととん・つー

「はるか北の、凍った雪雲の中にしかいないんだよね? 

 もしかしたら、光飾りの玉で呼べるんじゃないかって思ったの」

「なんだって?」

「だってレナは、あの魚がすごく見たかったんでしょ? ずっと調べてたじゃない」

 ……!  私の子。まさか君が、島の軌道をいじったのか? 

 私の……ために?





 そういえば、星霊魚の資料を円堂に広げまくっていた。

 そいつを見て、レクは私が魚を見たがってると無邪気に解釈したのか。

 実は下界には、私が後見している大きな王国がある。

 とある女神が治めている国が。 

 今その国には、強力な神獣が必要になっている。

 他の国の神獣、竜王メルドルークや六翼のルーセルフラウレンが

 たびたび王国を襲っているからだ。

 だから私はこのところずっと、国を守るにふさわしい巨獣を探していた。

 星霊魚は、有力な候補。

 あらゆる文献と情報を取り寄せて、徹夜で調べ倒した。

 どの文献にも、巨大な魚の亡霊ではないかと記されている。

 死んだ巨大魚が、雲の中を海だと勘違いして泳いでいると。

 しかしこれは……この『魚』は……

「レク、これは……巨大な魚の霊じゃない」

 近くで見れば一目瞭然。

 あの色とりどりの光のひとつひとつこそ。あの大きな塊の正体。

「あれは、いろんな生き物の魂だ」

「まさか……迷い玉なの?」

 迷い玉。天に昇れずさまよう魂。

 この『魚』は、その集合体のようだ。

 魂たちがお互いに身を寄せ合っているらしい。

 しかしなぜこんなにたくさん?

 島がゆっくり昇って、雪雲を抜け始めた。

 星霊魚が点滅しながらついてくる。

 しかし雲の中から姿を出してはこない。

 何かを探すように雪雲の中をぐるぐる回っている。

 島の光飾りの光を見失ったようだ。

 雪雲は、とぐろを巻いていてとても分厚い。 

「外からの光が届かない? そうかだから、天へ上る道がわからず迷ってしまうのか」

 いくつもいくつも。魂が雲に捉えられて。

 何年も何年も。光が届かず出られなくて。

 そんな魂たちが徐々に増えて、できたものなのだろう。

 すると。私の子がいった。

「ねえ、天へ上げてあげられる?」

 ついさっき、私の子が言った言葉が耳によみがえる。

『パパの魂はまだ、この世界のどこかをさまよってるんじゃないかって……

 天上にいけなくて、迷ってるんじゃないかって……』

 まさか、あそこにはいないだろう。

 だが私の子は、そんな気がしたのかもしれない。

 せっかく浮かんだ笑顔が消えている。

 また泣き出しそうだ。

「導きの歌を唄おう」 

 銀色の頭に口づけを落として私は同意した。

「歌と光であの『魚』を導こう」

 やってみよう。私の子の笑顔のために。





 銀の杖を円形の鏡に立てる。

 私の子と一緒に銀の杖を持ち、唄い始める。

 流れる韻律とともに銀の杖が輝きだす。

 いにしえから伝わる偉大なる導師の杖は、音と光を増幅させる。

 まばゆい光と旋律がふわりと広がり。遺跡の周囲をめぐり。

 島を覆うように広がっていく。

 赤 蒼 黄 緑 紫

 流れる光につる草のように絡まる歌声。

 光と音の洪水が島を包む。

 輝け。もっと。もっと。響け。もっと。もっと。 


 ついておいで

 ついておいで


 私の子がかわいい声で一所懸命歌いながら呼ぶ。

 すると、分厚い雲から星霊魚がぬっと顔を出した。

 歌が聴こえたようだ。  

 歌声に呼ばれてぴかぴか点滅しながら、島の横にひたりとついてくる。


 のぼっておいで

 のぼっておいで


 輝く島はゆっくり昇っていく。

 『魚』もゆっくりついてくる。

 寄り添うように。

 輝け。もっと。もっと。響け。もっと。もっと。

 『魚』が、完全に雲から抜けた。 

「あっ……」 

 星に手が届きそうなぐらい昇ったとき。

 突然、『魚』の形が崩れた。

 白い巨体がほろほろほろけて。

 光の玉がうわっと散って。

 一斉にふわふわ飛んできた。

 赤 蒼 黄 緑 紫

 色とりどりの光の玉が、島の上にやって来て。

 ぐるぐる鳥の群れのようにめぐりめぐって。

 次々と天へ昇っていった。

「見てレナ! 見て!」

 私の子が目を見開き、光の散華を指さした。

「みんな飛んでいく!」

 ひときわきれいな紫の玉がひとつ、ぐるぐる何度も私の子の周りを巡り。

 それからものすごい速さで天へ飛んでいった。

 私の子はじっとその点滅する玉を見つめていた。

 私もその玉を見つめていた。

 その玉が星の流れの中に消えたとき。

 私の子は天に手をさしのべた。

 誰かに別れを告げるかのように。


 私の子はその晩、星の大河をずっと見上げていた。

 私の腕の中で。

 いつまでも。いつまでも――。



 

 ねむいよ

 もうちょっと

 え? だめ?

 わ 毛布とらないで

 やだ 枕ひっぱらないで

 さむいから さむいから 

「そんなに寒いのか? ずいぶん南に来たのに」

 さむいよ。まだ雪がのこってるもん。 

「おいで」

 うん。 

 レナ。レナ。ぎゅうってして。

「ひどい甘えん坊だ」

 レナが笑ってる。

 僕もねむりながら笑う。

 金のリンゴの木の下でうとうと。

 レナとうとうと。

 ねむりながら笑う。

 レナに魚を見せてくれてありがとうっていわれた。

 僕も魚を調べてくれてありがとうっていった。

 でも、僕の王国に神獣はいらないよ。

 そういったら、微妙な顔をされた。

 それより、そばにいて。

 そういったら、たちまち抱きしめられて、たくさんたくさん口づけされた。

 だから今日は、さびしくない。

 きっとこれからも、ずっとずっと、さびしくない。


 そしてもう

 雪を見て泣くことは、きっとない。





―星霊魚 了―




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2015/02/03 15:35

読んでくださってありがとうございます><
歴史や博物学的なものが大好きなので、ついつい
こんなのがあったら楽しいなぁといろいろ想像してしまいます^^
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2015/02/02 19:31
壮大な世界ですね
どこまで広がっているのだろうかと
感心して読ませていただきました
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2015/01/12 16:28
夏生さま

一気に読んでくださってありがとうございます><
特に初恋は心の中に永遠に残るものですよね。
人それぞれ昇華させる形は違えど、とても大事にいつまでも
とって置かれるものだと思います。
これはレクという子の初恋の人に対する想いをどうにかしてあげたくて書いたお話です^^
楽しんでいただければ幸いですm(_ _)m
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2015/01/11 14:02
今日は!

一気に3巻を通読しました。
読みながら不思議なことを考えました。
愛って不滅なのだなぁ~~・・・。

m(_ _)m
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2015/01/10 16:21
紅之蘭さま

読んでくださってありがとうございます><
呼びましたー(ノωノ蘭さまかもーん

星霊魚の中に実際にパパの魂がいたのかどうかは
曖昧なままにしました。
でもレクの心の中では、いたんだろうなと思います^^

この二人の王国のお話をハードな頭脳戦ものの戦記にしたいなぁと思うのですが、
レクのほんわか思考のせいで土台ムリそうですOrz
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2015/01/10 16:08
E.Greyさま

読んでくださってありがとうございます><
登場人物は別人なのですが、でも雰囲気は似ているかも。
こちらはアスパシオンの時代よりもっと未来の設定なので、
もしかするともしかするかもしれませんね^^
それに、たしかに夢見る世界の中かもしれません。
天に浮かぶ島は、もうすっかり忘れ去られている存在なので……
素敵な想像をありがとうございます^^

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2015/01/10 16:03
ぼうぼうさま

読んでくださってありがとうございます><
狙ったわけではないのですが詩のようになりました。
ちょっと変わった世界を楽しんでいただければ幸いです。

レクの思考はいつも冒頭・ラストのような感じで、
無邪気なのにしっかり大事なことは把握していてこわいです@@;
長年一緒にいるせいで伴侶のレナもかなり影響を受けていますが、
下心がありすぎなので永遠に無邪気で無垢な思考にはなれないと思います^^;
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2015/01/10 15:51
Carrieさま

読んでくださってありがとうございます。
世界に入っていただけて、とてもうれしいです><
天の島にくるまでの過程はかなり長く厳しかったのですが、「僕」は今、幸せです^^

しかしシンメトリー構成で視点が途中で変わるので、かなりややこしいですよね。すみません><
ご意見を参考にさせていただいて、冒頭に注意書きを添えました・ω・>
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2015/01/10 15:45
よいとらさま

こちらこそいつも読んでくださり、そして素敵な感想をくださりましてありがとうございます><
ぴかぴか点滅する星霊魚のイメージはずっと前からあったのですが、
雪が降るまで形になりませんでした。
長年の友であるレクレナの話として書くことができてよかったと思います。
この二人には長い長いお話があるのですが、
いつかこちらにあげられるようなものにできればいいなぁと思っています^^
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2015/01/10 15:38
優(まさる)さま

読んでくださってありがとうございます。
レクという子はかなり哀しい過去を背負っていて、
時々フラッシュバックがあるようです><
でもこうやってひとつひとつ、ゆっくり自分の中で昇華させて
少しずつ幸せになっていくのだと思います。


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2015/01/10 08:44
紅の涙……呼びました?
謎めいたままのラストですが
あたたかな終わり方ですね
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2015/01/09 00:33
最後にでてくる「僕」というのがアスパシオンの弟子?
この子が見る夢世界が天上界?
そんなふうに想像しながら読んでました
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2015/01/07 16:01
独特の不思議な世界観に満ちたお話ですね。

一章目は詩のリズム、二章、三章で世界観に一気に
ひきこまれていく感じでした^^
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2015/01/07 10:07
ステキなお話です!
星霊魚、迷い玉、、、、読んでいて美しい想像の世界に入り込みました。ぼく、良かったね★

途中レナとレクが同じ人だと勘違いして、一人あほな混乱をしていましたー。(笑)
次作も楽しみです~(*´ω`*)
アバター
2015/01/07 00:08
こんばんは♪

美しいお話をありがとうございます^^

永遠にも等しい時間を旅する二人にとって
一瞬にも等しい出来事の中で
停止していた時間が動き出す無数の魂。

魂の輝きでかき消される心の影

流れる音と光・・・


なんというか、読み進めていくうちに
自分自身が天の島の住人だったのではないかと、
お話自体が遠い過去の記憶なのではないかと錯覚するような
気持ちになっていきます。
溢れる映像感は、ストーリーの傍観者であることを許しません。


入院前のお忙しいときに、本当にありがとうございました♪
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2015/01/06 23:05
何だか、悲しいお話ですね。

そんな感じがします。
アバター
2015/01/06 22:50
大遅刻の12月お題です;

長編で書いた物の(完結済み)のクリスマス番外編を改稿しました。

登場人物
レク:メニスの純血種。女神様。僕っ子。
   かつて癒しの力で人々を救った折に御礼として捧げられた領土を沢山持っている。
レナ:もと黒の導師。溺愛パパ。アスパをお読みの方はうすうすお分かりかと思いますが、
    自ら望んで常若玉を飲んで不死になり、愛する伴侶を守っています。




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