Nicotto Town



アスパシオンの弟子31 楽園(後編)

『ウサギ。私のウサギ。おまえが見えぬ』

 僕、ここです。

『どこにいる? 私の声が聞こえないのか?』

 ここです……よ……


――「ぺぺ、大丈夫?」

 フィリアの声で僕はハッと目が覚めました。

 うとうとして眠っているうちに、朝日が昇っていました。

「さすがに何か食べないと」

「は、い」

 芳しい芳香と一緒に漂ってくる爽やかな果物の匂い。

 リンゴや葡萄や桃。果物がたくさん盛られた籠がちらりと視界の端に見えました。

「ここの温室、ほんとにいろんな種類の果物が成ってるわね。世話する人は誰もいないのに、

勝手にたくさん実ってるの」

「フィリアちゃん、俺が弟子にごはんやるよ」

 ギヤマンの窓を開けて、我が師が割り込んできました。

「大丈夫よ、ハヤトさん」

「いや俺、アスパシオン様。そう呼んでくれるかなー?」

「でも兄弟子さんが、ハヤトでいいって」

「ちっ。あのやろうううう」

――「まーたここに来てやがる。映し見の鏡で周囲を探れって言っただろうが」

 兄弟子さまが我が師を回収しにきました。我が師首は根っこをつかまれて、再びあえなく

ずるずると温室から引きずり出されていきました。

「うああああ、俺の弟子いいいい」 

「本当に二人は仲がいいわね」

 くすくす笑いながらフィリアが僕の口に葡萄をひと粒入れてくれました。

 昨晩三人は温室の隣にある神殿で眠ったのですが、兄弟子さまと我が師は一晩中ケンカ

――というか、かけあい漫才をしていたそうです。

「私、腹を抱えて笑っちゃったわ。あの二人、ゲキリン・ポーズ合戦とかいうのしてたのよ。

どっちがより似てるかって」

 ああ、芸人リューノ・ゲキリンのモノマネですね。なんてしょうもないことを。まったくあの二人は……。

「ぺぺ、もっと食べる?」

 はい、いただきます。なんだかお腹がとてもすいてきました。

 体はとてもいい感じです。すぐにでも起き上がれそうな……。

 ……。

 ……。

 うう。ぴくりとも……。

「あせらないで。お母様の命令を遮断する方法が、きっとあるはずよ」

 フィリアは優しく励ましてくれたのですが、僕の体はずっと「はいつくばった」ままでした。

 メニスの純血種の魔人になるということは、なんと恐ろしいことなのでしょう。

 少しでもまどろむと、灰色の導師が僕を探す声が聞こえました。

 どこにいるのかとしきりに聞いてくるのです。

 強力な島の結界はかの人の命令を防ぐことはできないものの、しかし僕が送る返事は

完璧に遮断してくれているようでした。

 つまり僕は、ここの結界を破るほどの力を持っていないということ。未熟者であることが、

今は幸いしているようです。

 灰色の導師の飛空船は一日に何度か、僕が眺める空を横切っていきました。

 僕らが天に浮かぶ島々のどこかにいる、ということは突き止めているのでしょう。

 周りにはいくつも島があります。つぶさに探して周っているのです。

 いつまで見えない結界でごまかし通せるか――。

 動けぬ僕が温室で不安を募らせている間に、フィリアと二人の黒の導師は島をくまなく

探検して、実にいろんなものを発見しました。

 下界が見える泉。神殿の地下に作られた大きな格納庫や書庫。小山の中に隠された砲台。

 フィリアは足繁く僕のもとへ通ってきて、見つけたものを詳しく教えてくれました。

 しかし、工房を見つけた、と教えてくれた夜から彼女はぱったり姿を見せなくなりました。

 すると待ってましたとばかりに我が師が、僕の世話をしにやってきました。

「フィリアちゃん、工房を見たら目を輝かせてさ。ずーっと入り浸ってるわ。弟子、かわいそうにおまえフラれちゃったなぁ」

 我が師はとても嬉しそうな顔でそう言って、一日中暖かい寝椅子でごろごろしていました。

 しかもことあるごとにグチグチぐちり始めるのです。

「弟子は俺が選び取ったのに。なんでこんなことになるわけよ? 導師の弟子は、

師の所有物なんだぞ? 所有者の俺の承諾を得ないとだめだよなぁ? てことで俺は絶対、

あの純血のバケモンが弟子の所有者だってのは絶対認めないからな」

 我が師の顔はなんだか腫れぼったく、ひどく泣いたあとのような顔でした。

 たしかにショックだったでしょう。所有権が移ったどころか、僕は我が師に右手を

吹き飛ばされ、「はいつくばった」まま、少しも動けないのですから……。

 



 三日ほど経つと、どす黒かった僕の肌の色はだいぶ元の色に近づいてきて、ぐじゅぐじゅと

いう嫌な音をたてることがなくなりました。 

 僕は我が師に背負われて、ようやく温室の外に出ることができました。

 滝が落ちる泉の向こうは広い庭になっていて、その真ん中にはぽつんと円堂がひとつ。

 そこは大変見晴らしのよいところで、うっすら輝く結界を通して、一面に広がる雲海が

見えました。

 周りには同じような浮き島がたくさん。

 その壮観な眺めに、僕はただただ、ため息をつくばかりでした。

「素晴らしい楽園ですね」

「楽園? いやいや。この島、かなり物騒よ?」

 鼻をほじりながら、我が師が言いました。

「地下に大地を穿つ光の柱とか、神獣を入れとく格納庫とか、毒の雨の弾とか、

いまだにあったわ」

「そ、そんなものが? こんなに美しい島なのに」

「空飛ぶ乗り物がほとんど無くなった時代になってよかったよな。誰も来れないから、

誰にも使われないで済んでる」

 ふいに、雲の中から銀色に光るものがぷわぷわと見え隠れしました。

 光るヒレのようなものを見せては雲に潜り。またヒレを見せては雲に潜っていきます。

 おびただしい数で、まるで魚の群れのように見えます。

「お、風イルカだな」 

「生き物ですか?」

「いや、空飛ぶ鉄のイルカだ。かつては島を守る警備隊みたいな役目を負ってたようだけど。

今は島の回りを自由に泳いでるみたいだぜ」

 雲の海を泳ぐ人工の魚の群れ。その見事な群泳に、僕は眼を奪われました。

 魚はまばらにうかぶ天の島の周りをぐるぐる巡り、縫うように飛んで、こちらに

向かってきました。

「すごいよなぁ。ほんと生きてるみたいだよ」

 フィリアが愛でる鳥たちのように、イルカたちもまるで本物のように精巧にできています。

 イルカたちは僕らの目の前までがぶりよると一斉に飛び上がり、方向転換してぐるりと

島を回って遠のいていきました。

「今は自由で幸せそうですね」

「そうだなぁ。うん、人に使われなきゃ、無害だなぁ」 

――「ぺぺ!」

 そのときフィリアが僕らのところに駆けて来て、目を輝かせながら僕の右腕をつかみました。

 顔も手も、そして白い服もすすだらけ。金属を焼いたような匂いが甘露の芳香に

混じっています。

 彼女はするすると僕の右腕に巻かれた包帯を外しました。

「できたわよ。ほら、はめてみて」

「はめる?」

「工房で作ってみたの。どう?」 

 次の瞬間。彼女が抱えてきた銀色のものが、すうっと僕の右腕に吸い付いてきました。

 精巧な、金属の右手が。

 それは日の光にキラキラと輝いて。そして。 


「動いた……!」


 僕はグッと拳をにぎりました。

 その手は、とても自然に動きました。

 僕の望んだ、その通りに。


 こうして僕は、銀色に輝く右手を得たのでした。

 恐ろしい主人の命令に支配されない、

 自分自身の手を。

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2015/03/05 20:23
E.Greyさま
読んでくださってありがとうございます><
人がいなければ、そこにはただ平和があるだけなのです^^
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2015/03/05 20:21
紅之蘭さま
読んでくださってありがとうございます><
島を丸ごと引き揚げて、その回りにいる生き物も改造~みたいな感じなのでしょうか・ω・?
今は使う人もなく、何百年と平和に回遊していたのですが……><;
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2015/03/04 00:49
のどかな世界ですね
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2015/02/28 20:15
海ではなく空に鉄イルカやお魚が…
島自体が空にうかんでいるからそうなるのでしょうね
天敵がいないから幸せそう
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2015/01/25 12:50
かいじんさま

読んでくださってありがとうございます><
超文明時代のものがいろいろと残っているみたいです^^
これからまた大騒ぎになるのでしょうか^^;
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2015/01/24 22:02
不思議な場所がたくさんあるんですね^^

つかの間の休息でしょうか?
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2015/01/14 08:16
月読の鏡さま

励ましありがとうございます><
がんばって行ってきますね^^>
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2015/01/14 08:15
よいとらさま

読んでくださってありがとうございます><
空調設備完備な、ぬくぬくブレイクタイムーの章です^^♪
先に更新しました「星霊魚」の時代より、アスパの方が三百年ほど過去の設定です。
オプト(八番目)の島と、未来でレクレナのいる島はもしかすると……な感じです。
確率は五十分の一・ω・♪

末広がりになるよう努力せねばー・ω・♪
日々精進^^


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2015/01/14 08:05
優(まさる)さま

読んでくださってありがとうございます><
見えなくする装置、とても古い時代のものですので壊れないとよいのですが^^;

ガチャみたいなので出てくるものやら棒を引くものや水に浸すものやら、
引き方も色んなやり式があって面白いですよね。

幸多き年になりますよう^^
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2015/01/14 00:02
入院ですか!
大変ですね;;まずはご自愛ください!そして元気なかたちで戻られることを待ってます!
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2015/01/12 22:44
こんばんは♪

これまでの秒単位で動いていた展開から一転、
時間も気持ちもゆっくりと流れる光景になって
ホッと一息です^^

光あふれ、色彩豊かな天空の島。
温室で寛ぎたくなるお師匠様の気持ちはとてもよくわかります^^

だが同時に装備満載の要塞の島。
気配や存在さえ隠せる忍者仕様の結界装置に守られながらの安寧のうちに
操り糸を切る手立ては見つかるのでしょうか。

この穏やかさは永遠なのか、それとも嵐に囲まれた台風の目なのか・・・
続きを楽しみにしております♪

いつも楽しいお話をありがとうございます^^
おみくじは末吉でしたか。
末広がりでこれから良くなる一方の運とみました。
よいとらはおみくじを引きません。けっこう小心者です^^;
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2015/01/12 21:30
良い島ですが、見えない事を祈りたいですね。

私の新年の初詣でのおみくじは、川崎大師と成田山へ回って両方とも吉、昨年も吉、嫌な事が無ければ良いなあ~と思っています。
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2015/01/12 20:03
カテゴリ:お笑い
お題:初笑い

フィリアさん、師匠と兄弟子の漫才で相当に笑った模様。
ゲキリンポーズ合戦なんてほんとに未知の領域かと@@

私は……初詣の神社で水に浸して浮き上がるおみくじを引いて
見事に水にひたす場所をまちがえましたw
石のおひつのお水にひたさないとなのに、
建物を出てすぐのたたきに置いてあった防火水バケツのお水にひたしちゃいましたww
「水どこ? あ、あったわこれか。バケツにくんであるのね。じょぼ」
「かーちゃん、そこ違う。あっちや」
「ぉあ!?」
(ちなみに末吉)




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