Nicotto Town



ソラのイルカ(後編)

 

~Caelis DelphinusⅡ~

  ソラのイルカ②



 紅色の大地がどんどん近づく。着地点まであと何ペース?

 だめだ。計算できない。緊急救難信号――だめだ。出せない。

 脳の一部を貫かれたらしい。

 俺は、つぶれるのか。俺の動きは止まるのか。 

 大地が目前に――

 ……。

 ……なんだこれは。

 大地ではないのか? どんどん沈んでいく。

 この重苦しいものはなんだ? 土ではないのか? 岩ではないのか?

 成分を分析したいのに、脳の一部が壊れていて調査できない。

 紅色の、ゆらゆらゆらめく空間。

 どこもかしこも液体だ。底の方は暗い。青くて暗い。

 ここは、なんだ?

 もがいてみる。体が上の方へ上がる。ざぷんと音を立てて頭が出る。

 ざん、としぶきをあげて仲間がそばに落ちてきた。

 あっちにも落ちてきた。こっちにも。

 だめだ。俺も、また沈みそうだ。

「大丈夫?」

 白いカモメが、俺の頭の周りを飛んでいる。

「なんだこれは!」

「あら、喋れるじゃないの」

 幸い発声装置は無事のようだ。

「ここはなんだ!」

「海よ」

「ウミ?」

「知らないの? イルカのくせに。水を得た魚っていうでしょ。ちょっと泳いでみなさいよ」

 カモメが笑う。けらけら笑う。

 泳ぐ? ここで? どうやって? わからない。わからない!

 ああ、沈む。……沈む!



 液体の中はとても暗い。底の近くで何かがうごめいている。

 群れを成してぐるぐるめぐっているのは、なんだ?

 赤鋼玉の眼が、赤外線の視野にならない。通常光しか映らない。

 だが、そのうごめくものはこちらに近づいてきてくれた。

 そして俺のまわりをぐるぐる巡り始めた。

 なんとそれらは、俺と同じ形をした生き物だった。

 本営の情報体にアクセスしなくとも、おのれの模型となった生き物だから知っている。

 科名デルフィニダイ、属名デルフィヌス、種名デルフィス。俗名、イルカ。

 俺の周りをぐるぐる巡る彼らの中から一頭、大きな奴が近づいてきて。

 俺の尻尾を鼻で押し上げた。

 ああ。これを動かすのか? 全身をしならせればいいんだな?

 体が沈んでいくのがようやく止まった。


 ツイテオイデ


 待ってくれ。まだそんなに早くは泳げない。

 待ってくれ。待ってくれ……

 

 



 空は黒。夜だから。

 紺碧の海の水面を、イルカの群れが渡っていく。

 一頭ひどく遅れて泳ぐものがいる。

 その背ビレの色は、透き通った銀色――。



 

post annos centum quinque ......

(五百年後)


 巨大な三本マストの帆船の甲板に、三、四十人の少年少女が乗っている。

 どの子も袖に紺の線の入った白い制服を着ていて、双眼鏡を持っている。

「鯨見物なんて、だるいー」

 船尾近くで双眼鏡を見ながら褐色黒髪の少年がぼやくのを、かたわらにいる少年がたしなめた。

「見物するんじゃないですよ、殿下。れっきとした海洋調査実習です」

「殿下呼ばわりするなってば。ここは王宮じゃないんだぞ。制服着てる時には、俺とおまえは

王子と侍従じゃなくて、海軍士官学校の同級生なんだからさ」

「あ、すみません」

「うお? あれなんだ?」

 黒髪少年が望遠鏡をのぞきながらはるか沖合いを指差した。

 かたわらにいる少年も急いで目に望遠鏡をあてる。

 二人の視界にキラキラ輝く水面を斬っていく灰色の背びれがたくさん映った。

「サメか?」 

「いえ、あれはイルカですね。ほら飛び上がった」

「おい、なんだか毛色の違う奴がいるぞ」

 殿下と呼ばれた黒髪の少年がおお、と声をあげた。

「背びれが半透明だ。見たか? 赤い目をしたイルカだ!」

「見えました。きれいな赤鋼玉の眼ですね」

 半透明の背びれがキラリと光る。群れの先頭を切っているそれは、とてつもなく速い。

 まるで水面を切り裂くように、見事に泳いでいる。

「あれってもしかして……」

 創立百年を誇る海軍士官学校に伝わる話を、二人の少年は同時に思い出していた。

 数百年前に天の島から落ちてきたイルカが、今もこのはるか南洋の多島海を泳いでいるというものだ。

 そのイルカは半透明の金属の体と、赤鋼玉の眼を持っているという。

 もしその姿を運よく見ることができたら―― 

「俺、まじで士官試験に合格するかも!」

「殿下、それはまずいんですけどー」

「だから殿下って呼ぶなって!」 

「あ、すみません。でも、完全にジンクスですからね? 

伝説のイルカを見たら、あの超難しい試験に一発合格するなんて」

「また飛び上がった! うひゃあ。二度も見ちゃったよ。こりゃあご利益てきめんだな」

「合格したって、父王陛下が士官になるのを許してくれるとは思えないんですけどー。

学校で学ぶのはいいけど、就職先は玉座だぞって念押されたじゃないですかー」 

「だまれ。俺は絶対、海の男になるっ!」

 大きな帆船が帆に風を孕み、ゆっくりと回頭する。

 船は煌めく蒼い海の彼方へと走っていく。

 水平線の、彼方へ。




 

 空は、青。朝だから。

 うねる白波の中に潜る。

 濃く深い下へ潜っていくほどに冷たく重くなる。

 心地よい水圧。赤鋼玉の眼を凝らして水底を睨む

 つるりとした銀の体をうねらせ、底まで泳ぎ着いたら

 今度はずんずん昇る。あっという間に昇りつめる。

 まっ青な海面を、突きぬける――。

「おはようイルカの大将」

 白カモメが宙に舞う俺に挨拶してくる。

 こいつは、何代目だ?

 俺が初めて出会ったカモメの子の。その子の。その子の。そのまた子の……。

「やっぱり大将の泳ぎが一番上手ね。ほれぼれするわ」

「まだまだ、のろいけどな」

「まあそんな! 謙遜でしょう?」

 俺はぽすんとまた海に潜った。

 謙遜じゃない。もっと速く泳ぎたい。

 速く。速く。速く――!

 俺は楽しいのだ。すごく楽しいのだ。

 泳ぐことが。潜ることが。空に向かって飛び上がることが。

 仲間と生きることが、楽しいのだ。

 なぜなら俺は。

 

 自由なのだから。

 

 

 

 ソラのイルカ――了――

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2015/02/10 14:59
MC202さま

読んで下さってありがとうございます><
イルカくんは機械の脳味噌なので、一秒で何万回という計算をしてたんだろうなぁと思います。
でもそれが壊れて超ファジーに♪
トップガンの曲はかっこいいですよねノωノあの曲は当時めちゃくちゃ流行って、私も大好きでした。

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2015/02/04 15:34
計算? 計算は先入観の素じゃから許容範囲を超えると判断を誤るから 想定外では野生の勘が無難かもなぁ
置いといて...
スピード狂なら トップガン(トムクルーズ主演)のオープニング曲を聞けば ターボdashするかも?
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2015/02/02 09:18
E.Greyさま

 読んでくださってありがとうございます><
 嬉しいお言葉ありがとうございます。
 雲の海をイルカくんが泳いでいるイメージが見えて、
 どうしてイルカくんがここにいるんだろう?と考えながら書きました^^
 
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2015/02/02 08:46
スイーツマンさま

読んでくださってありがとうございます><
そうですね、アスパ本編にちらと出すだけではなく、
帆船王子と侍従の話単体でも展開できそうですよね。
いろいろ考えてみます^^

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2015/02/02 08:40
紅之蘭さま

読んでくださってありがとうございます><
一度滅んだ文明の上に、ヒトはまたまた新たな文明をこつこつと……
イルカくん、軍事に使われないといいですねー><
でも海のトリトンくんみたいなのがあらわれたら、背中に乗っけてがんばるかもノωノ*
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2015/02/02 08:36
Carrieさま

読んでくださってありがとうございます><
入院中はツールを使えなかったのでノートに書き書きしていました。
漢字を書く能力が衰えていてあわわわ;
たまにはアナログに戻って手書きせねばと思いましたー>ω<
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2015/02/02 08:34
かいじんさま

読んでくださってありがとうございます><
これからも広い海でのびのびと好きなところを泳ぐんだと思います^^
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2015/02/01 22:31
外伝的な物語
こじんまりとまとまって
いい話だと思いました^^
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2015/02/01 12:03
本編に合流するかここで完結するかなイルカ
いろいろ試してみるのもいいですよね
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2015/02/01 11:08
シリーズの番外編ですね
地球はまわる
機械イルカさんも世界の海をまわる
敵が滅びた索敵
しかしそれとは関係なく、過去の記憶を引っ張り出して、
戦争をやろうとする勢力が台頭…
イルカさんも再び戦場に?

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2015/01/31 16:09
Sianさん~入院中も執筆に励んでいらしたのですね。^^
この発想というかなんというか、おもしろい!です。主人公がイルカさん~。しかも普通のイルカではない。いったいどうなるんだろう、どうなってるんだろう、とワクワクして読みました。

空の色もとっても印象的。最後は自由を手に入れたイルカさん~良かったです。(*´ω`*)
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2015/01/26 20:52
広い海で自由になれたんですね^^
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2015/01/26 19:25
やあさまのお嬢様

読んでくださってありがとうございました><
イルカくんに逢いたいといってくださってとても嬉しいです。
イルカくんやカモメ、空と海と、それから帆船。
好きなものをいっぱいつめこみました。
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2015/01/26 19:19
ミコさま

読んでくださってありがとうございます><
時代の流れを的確に読み取っていただけて嬉しいです^^
イルカくんは、これからもまだまだ元気で泳ぐのだろうなぁと思います。
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2015/01/26 19:16
夏生さま

読んでくださってありがとうございます><
空にいるイルカくんを海で泳がせたいなぁと思ったら、
こんなお話になりました^^
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2015/01/26 19:13
よいとらさま

読んでくださってありがとうございます><
入院中に性懲りもなくノートに書き書き^^;
頭に浮かんだものを言葉にするのは難しいです。精進あるのみー><
空や海の色合いを感じ取っていただけて、とてもうれしいです^^*
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2015/01/26 19:10
優(まさる)さま

読んでくださってありがとうございます><
自分の好きに泳げるのはほんとうに素敵なことですよね^^
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2015/01/25 21:17
まるで一編の詩のようですね。

半透明の背びれと赤い眼を持つイルカに、
いつか出逢ってみたいと思いました。
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2015/01/25 18:37
古代長文明の兵器としてのアンドロイド・イルカ
軍隊の名残はあるけれど
つくった国は消滅……
500年も索敵をつづけていることは哀しいけれど
それがまた平和なのだなあと思いました
これからもカモメさんの歴代子孫と会話を楽しみにして
泳ぎ続けるのでしょうね

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2015/01/25 12:06
今日は!

素晴らしい作品ですね。
感動しました。(・・||||rパンパンッ

m(_ _)m
アバター
2015/01/25 11:18
おはようございます♪
お楽しみが帰って来ました^^
いつも本当にありがとうございます。

天空のイルカは天の島を守る
永久に。
指令!報告!規律!

大海のイルカは海の島を巡る
永遠に。
自由!自由!自由!


入院中に書かれたものとのことで、もう脱帽です。
光る空と暗い雲の中、光る海と暗い海の底
キラキラとした光線を感じることができます^^

ラテン語のタイトルは雰囲気がでて良いですねぇ♪
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2015/01/25 00:34
空で泳いでいたイルカが、海で泳いでいるのですね。

鉄で出来た生物ですかね。

自由は良いですよ。イルカ見たいに自由に有りたいですね。
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2015/01/24 22:40
クイドリア:容積の単位。
ペース:距離の単位。






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