アスパシオンの弟子33 昼下がりの庭園(前)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/02/14 22:11:31
今回は幕間、王妃様視点のお話です。
気だるい午後ですこと。
目の前の池から爽やかな風が吹いてきてますけれど、焼け石に水ですわね。
池の岸辺に置いた寝椅子(びいちちぇあ)は絶妙な角度。可憐な桃色(しょっきんぐぴんく)の
薔薇柄の薄絹しいするうをまとって、しどけなく針金のような白い素足をさらして寝そべって
いるけれど、暑くてたまりませんわ。
人払いして。侍従長の取次ぎも差し止めて。王宮の中庭の青く済んだ池の前に白と可憐な
桃色の寝椅子を二つ並べて。愛しい陛下と午睡を楽しむ準備はカ・ン・ペ・キ。
ああん、でも。
陛下が一緒に飲もうと言ってショコラ・ドゥを持ってきて下さったけれど、いらないって
つっぱねてしまいましたわ。本当は大好物ですのに。
宮廷専属ソムリエが作るショコラ・ドゥには、大陸最高峰ビングロンムシューから湧き出る
清い霊水で蒸留された燃えるようなウォッカに、バニラとショコラ・シロップが混ぜて
ありますの。黄金色のシトロンのスライスが、ギヤマンのゴブレットの縁に添えてあるんですわ。
もちろん吸い棒(すとろう)は、二本さしてありますのよ。でも……。
「拗ねないで」
陛下に優しく囁かれたけれど……池に咲いたスイレンが可憐な桃色じゃないなんて、
どういうことかしら?
あたくしがなんのためにだっさい長靴を履いて、朽ち果てていた池の泥を三日三晩さらって、
水が澄むまでキレイにしたと思ってるの?
なんのために造園業者に再三確認して、大きな球根を何個も買って、いくつも手ずから
植えたと思ってるの?
みんな、可憐な桃色の花のためですのよ?
だって愛らしいくるくる金髪巻き毛のあたくしに、一番似合う色なんですもの。
「でも、白い花もきれいだよ」
ええそうね、陛下。そうですわよね。可憐な桃色じゃなくっても、スイレンの花は
とてもステキですわよね。
「純粋無垢って感じだね。まるで君みたいだ、僕の美しいお妃様」
もう、陛下ったら。ほんとうに口がお上手なんだから。
ふふ、なあに? 顔を近づけて犬みたいにくんくん嗅いできて。
「いい香りだね。薔薇かな?」
あたり。うなじに少しだけ、白薔薇の香油を塗っていますのよ。
「唇にはサトウブナの甘露を塗ってるね? とてもおいしそうだ。口づけしていいかな?」
返事を待たずに陛下はあたくしの手首を握って。
あたくしを見つめながらゆっくりゆっくり、唇を近づけてきて……
「姐さあああああん!」
……。
「姐さあああん! 大変っすううううう!」
……。
「起きてくださあああい!!」
……?
「マジやばいっす! 姐さん、タコみたいな口して寝呆けてる場合じゃないっすうううう!」
この声は……!
ああ、ため息。夢が覚めてしまいましたわ。
あたくしが寝ているところは寝椅子じゃなくて、ただの芝生。
目を開けてみれば……あら、護衛官のセバスちゃんじゃないの。
「ぐふっ……姐さん、胸がっ……胸が潰れっ……」
あら、ごめんなさい。陛下と勘違いして抱きしめてしまってましたわ。
「何度言ったらわかるのセバスちゃん。あたくしはもう傭兵団長の娘じゃなくてよ」
「あっ! お、お許しを! いつもと変わらぬ桃銀甲冑姿の姐さ……いや妃殿下の
お姿を見ると、つ、つい」
「お黙り。好きでこの鎧を着ているのではなくてよ。今うちの宮廷には、新しいドレスを
仕立てるお金が全然ないんですの」
「ああ、姐さんは超キングサイズっすからねえ。布代、超かかりま……」
「お黙り」
「ふがごご!」
「問題はサイズではなくてよセバスちゃん。戦後の復興費に予算を取られて、宮廷費はスズメの涙なの」
あらやだ、セバスちゃんたら本当にひよわだこと。「非力な」あたくしが片手でちょっと
胸倉をつまんだだけで、軽々と地べたから足が浮くなんて。情けないったらないわ。これだから
人間とのハーフはダメダメなんて言われるんですわ。
栄光あるケイドーン巨人傭兵団の名折れというものよ。
「それで、何の用ですの?」
「それが姐さ……いえ妃殿下、ついさっき、なんか得体の知れないものがどどーんと、王宮真正面の庭園に落ちてき……」
庭園に何か落ちてきた、ですって?!
みなまで聞かないうちに、あたくしは血相を変えてセバスちゃんを放り出して、大庭園へ全力疾走。
だって庭園にはあたくしが丹精こめて育てている、お花たちの温室があるんですもの。
桃色の薔薇に桃色の百合に桃色の月下美人。
それにあそこでは今、陛下に見せようと思って秘密のものが置いてあるのに。
あら。速く走りすぎて、金髪巻き毛のカツラが落ちてしまいましたわ。
拾ってるヒマはないのに。でも赤くて短い地毛を人様に見せるなんて。仕方ないわ、小脇に
抱えてる鉄仮面を被って隠しましょ。
あたくしの小鳥のような心臓はもうバクバク。背中の大戦斧を構えていった方がいいですわね。
軽すぎてオモチャのようなものだけれど、何もないよりはましですわ。 もしもの時は、腰に下げている角笛を吹いて、お父様を呼びましょう。
栄光あるケイドーン巨人傭兵団の団長ですもの。鬼に金棒ですわ。
あら! 力んでしまって、庭園の眼鏡橋を踏み抜いてしまったわ。この王宮、度重なる内乱のせいで
あちこちガタがきてるのよねえ。
陛下がお父様率いるケイドーンの巨人傭兵団と同盟して、謀反人どもを退治したのはつい数ヶ月前のこと。
この国はそれまでずっと内乱状態で。何度も戦火に焼かれて。都だけでなく、白亜の宮殿も庭園も、
見る影もなく荒れ放題でしたわ。
世紀の大恋愛の末にめでたく陛下と結婚したあたくしは、毎日一所懸命庭園をお掃除。
芝生やお花を植え、温室を建てましたの。おかげでようやく、なんとか客人を迎えられる
ような王宮になってきたところだったのに……。
温室は? あたくしの温室は、無事?
まあなんてこと! 温室のまん前に焦げ臭い巨体が横たわってますわ。
なんですのこれは? 舳先が鳥の形をした……大きな船?
――「いや、どうも、その、ごめんね?」
だ、誰?! 船の中から出てきたのね?
黒衣でぼさぼさの長い黒髪の……オスの人間……!
「いやさ、その船かっぱらって脱出してきたんだけどさ。船壊れちまってて……いやあ、
広いところに不時着できてよかったわぁ」
な、なんですの? こ、こっちに近づいて来る? い、いやああ、こ、こないでえええ!
「おぶぉ! なにその戦斧! ひいいい!」
動かないでええ!
「たんま! 待て! 落ち着け! 武器下ろせっ! え、えっとあんたは……それすんごい色の鎧だけど、
ここの衛兵か何か? いや、その天を突くようなデカさからすると、もしかして超合金な最終兵器?
あー、えっと、ここの王様に会いたいんだけど?」
あやしいオスの人間が陛下に会いたいだなんて、ま、まさか新手の刺客?
――「ハヤト、謝罪と交渉済んだかー? こちとら怪我人抱えてるし、ぺぺとフィリアちゃん探しに
行かなきゃだし、だから早く……って、うわ?! なにこれ! 巨人?! でっけええええ!」
え?! 船の残骸からもうひとり人間のオスが!
しかも変に甘い匂いのする人間を抱えているじゃないの。そ、そんな。三対一?
かよわいあたくしには、こいつらを一度に相手にするなんて無理ですわ。
絶対手篭めにされますわああ!
読んでくださってありがとうございます><
当の本人は大真面目なところがミソでございます^^
外見と性格のいわゆるギャップ萌えがうまく表現できればなぁと思います。
読んでくださり、ありがとうございます><
お妃、かなり若そうな感じですよね。
口調は学園もののお嬢様チックですし。
純情純愛乙女の思考で書くのは、
意外にむずかしかったですが楽しかったですw
乙女ww
読んでくださりありがとうございます。
>要人襲撃
警護はどうなっていたんだーと現地では非難の嵐?のようですね><
こちらも「ごめんね?」と謝ってますがれっきとした不法侵入。
普通なら即刻捕縛の牢屋行きだと思われます^^;
刃物をもった侵入者……
お妃が出会った人物は敵か味方か……
コメントをありがとうございます。
乙女ちっくな夢を想像するのが意外に難しかったですw
コメントをありがとうございます。
やはり落ちてしまいましたノωノ
ずうっと「セバスちゃん」だと思っておりました~(汗
ゆえに作中の「セバスちゃん」の名前はセバスです。
メキドは巨人の国ではないのですが、
陛下が巨人と仲良しになって、その後ろ盾でもって国を治めています。
でも無事で良かったです。