Nicotto Town



アスパシオンの弟子33 昼下がりの庭園(後編)

「……それで我が娘ローズマリイ・マーガレット・サクラコよ。三人とも倒したわけだな」

 あたくしはおずおずと指を二本立てて、駆けつけてきたお父様にお答えしました。

「二人、ですわ」

 あたくしたちの足元には、気絶した侵入者が二人。それから、今にも死にそうな針金のように細い怪我人が一人。

「ふむ。黒き衣の導師といえども、そなたには物足りなかったとは思うが」

 何を仰るのお父様。あたくしもうこわくてこわくて、鉄仮面の下は涙でびしょびしょですわ。

「着ている服からすると……黒の導師二人。灰色の導師一人。しかもこの灰色の御仁は

メニスではないか? なんだかすごい面子だが、わしひとりの判断ではなんともできん。

陛下のお帰りを待とう」

 ええ、そういたしましょう。陛下はすぐに戻ってまいりますわ。都に建てたばかりの、

病院の視察をしているだけですもの。

 両手の指を胸元で組んでうなずくあたくしを、お父様は深いため息をついて見上げております。

 お父様はあたくしよりも十センチだけ背が低いんですの。 

「とりあえず怪我人の手当てをさせる。侍医のところへこのメニスを運ぶとしよう。

黒の導師は部屋に軟禁だな」

 灰色の衣を着ているメニスはなんだか息も絶え絶え。この白いドロドロって血液かしら。

 だとしたら全身血まみれですわね。それにしても、とても甘い芳香に頭がくらくらいたしますわ。

 抱き上げたお父様のお顔がなんだか緩みまくっているような気がするのですけれど……

 あら、お父様と入れ違いに、セバスちゃんが近衛隊を引き連れてやってきましたわ。

 ちっちゃな人間の兵士たちは、おどおどしながらも黒の導師二人をふんじばって。

 猿ぐつわをはめて。担架に乗せて、撤収。

 これで一安心。韻律を唱える口を封じてさえおけば、導師などおそるるにたらない存在ですもの。

 さて、温室は無事かしら。早く調べないと。

 それにしても、落ちてきたのはずいぶん古い船のようね。船室部分がそのまんま浮遊石の洞窟ですわ。

 壁に断熱材を分厚く巻いておいてよかったこと。

 船の先端がちょっと温室の壁にめりこんでいるけれど、かろうじて穴は開いていないみたい。

 ああ、よかった。どうやら無事のようね。

 可憐な桃色の胡蝶蘭と百合にはさまれた温室の一角に、大きな白い繭がふたつ。

 甘い甘い香り。芳しい芳香……すてきな香り。

 こっちの繭からはいつも甘い匂いが漂っていて、うっとりしちゃいますの。

「――なぜそこに……繭……が……」

 ひ! 灰色の衣のメニス? お、お父様は? 

「なぜそこに……メニスの繭がある!?」

 なんなの? メニスの? 繭?

 まさか。これは、タママユ蝶々の繭でしょう?

 群れなす蝶々の幼虫たちが、羽化するために大きな大きなひとつの繭を作るものよ。

 一斉に羽化するから、とってもすてきなことになるのよ。森で見つけたからこっそり運んできたの。

 羽化の瞬間を、陛下と一緒に見ようと思っているのに。

「その匂いは……我が同族の匂いだ!」

 えっ? こっちの方? でもふたつとも同じような形をしているし。全然見分けがつかないし。

 というか、灰色のあなた、そんなにだらだら体液を垂らして大丈夫?

 まあ! お父様が温室の入り口で倒れているわ。あなたがぶん殴ったの?

「おのれ……いけすかぬ巨人め! 我が同胞の繭を盗むとは!」

 ちょ、ちょっと待って、右手を突き出すなんて韻律をかけるつもり?

 いやあああ! やめてえええ!

――「サクラコさん! 大丈夫!?」

 この声は……陛下?

「もう斧を振り回さなくてもいいよ、サクラコさん。灰色の導師は、君の始めの一撃で気絶したから」

 陛下! 帰ってきてくださったのね! 

 ああ、温室の入り口にあなた様のお姿が。なんて可愛らしくてりりしいんでしょう。

 ほんと、持つべきものは十代の夫ですわねって……あらあら蒼いターバンに土埃が。

また都の復興工事を手伝ってきたんですの? 

「うん。戦で焼けた家を直すのを手伝ってきた。しかしすごいねサクラコさん。花に当てないように

烈風斬放つなんて。さすが傭兵団一の戦士だね」

 何を仰るの陛下。あたくしとってもこわかったんですのよ。

 鉄仮面の下では涙だけじゃなくて鼻水まで出てましたわ。

 でもこの導師たち、陛下を狙っていたらしいんですもの。

 あなた様を護るためだったらあたくし、たとえ火の中水の中……

「それでその繭は、何?」

 タママユ蝶の繭だと思うのだけれど。

「……なるほど、メニスの繭とそっくりなのか」

 でもそういえば、こちらの繭の匂いはかなり甘いですわね。倒れてる灰色の導師の匂いとそっくり。

「どこで拾ってきたの?」

 狩場の森ですけれど、そこに洞窟があって。奥の方に繭が二つ並んでおりましたのよ。

「なるほど。もしかしてひょっとするとひょっとするかもね」

 メニスの繭といいますと。たしか、メニスが成人する時に作るものでしたわね。

「うん、メニスは蝶のように繭を作って、その中で大人の体になるんだよ」

 もしそうなら、ここから出てくるのは大人のメニスというわけですわね。

「もし出てくるのが赤ん坊なら、僕らが育ての親になっていたところだけどね」

 陛下ったらなんてお優しいんでしょう。もしかして子どもが欲しいのかしら。

 でもあたくしたち、きっと近いうちに親になれますわ。

「あ、サクラコさん。繭が……」

 あら。繭のひとつがうぞうぞうごめき出しましたわ。

 もしかして。ああやっぱり。繭が割れそうですわ。

 この動き方、やっぱりこちらの繭は間違いなくタママユ蝶ですわ。

 ほら、だんだん繭が割れてきて……

「サクラコさん! すごい! 出てきたよ!」    

 陛下が目を輝かせて繭のひとつを指さして。とても明るい声をあげて大喜び。

 なんてステキな笑顔なの。

 みるまに蝶々がたくさん出てきましたわ。繭につかまって羽を伸ばしてますわ。

「幻燈機を持ってくる。記録をとらなきゃ!」

 陛下はお父様を起こして、灰色の導師を運ばせて。それからはしゃぎ顔で幻燈機を

持っていらっしゃったの。

 蝶々が羽を伸ばして飛べるようになるまで、あたくしたちはゆっくり温室で見守ってましたのよ。

 ああ、なんて美しいんでしょう。

 青や緑の美しい光沢の羽がキラキラと温室中にまたたいて、宝石をばらまいたみたいですわ。

 あたくしの桃色のお花たちに蝶々が止まって休んでいますわ。

 なんて夢のような光景かしら。

「記録をとったから、これでいつでも、部屋で見ることができるよ」

 ありがとう陛下!

「こちらこそすごいものを見せてくれてありがとう。それじゃ、温室の扉を開けて蝶々を逃すね」

 はい。

 あたくしはうなずきましたわ。鉄仮面の下で笑顔を作って。

 輝く蝶々たちは次々と温室の外へ流れて、群れをなして飛んでいきましたの。

 それは蒼い空にかかる虹みたいに見えて、あたくしたちはしばしうっとり

「サクラコさん、僕はこれから黒の導師たちに事情聴取してくる。もうひとつの繭の方は、

温室の前に見張りをつけておくね」

 ええ、それがよろしいですわ。

 蝶々かしら。それとも灰色の導師の言う通り、メニスの大人が出てくるかしら。 

 甘い甘い香り。かぐわしい芳香の繭。

 一体どちらかしら。

 うふふ。とても楽しみですわ。

 

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2015/03/16 16:16
スイーツマンさま

読んでくださってありがとうございます><
そうなんです。のちのちこの妄想全開のお妃さまは、
ご夫君とともに歴史の教科書に出てくるようなお人になるのです(ェ
超合金ロボットのような巨人なのに心は乙女……というギャップ萌えをめざしました^^;
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2015/03/13 06:51
うふふ。とても楽しみですわ
という最後が悪女めいて感じるこの女性……
でも善玉なのですよねえ
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2015/02/27 15:06
Kobitoさま

読んでくださってありがとうござます><
第三章突入で舞台一新、新しいキャラも続々登場です。
世界が広がってとても楽しいです^^
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2015/02/27 15:05
ミコさま

読んでくださってありがとうございます><
繭から出てくるもの、はたしてそれはいいものなのか新たなトラブルの種か……(・ω・;
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2015/02/24 18:15
新しい出会いによって物語が変化して行く、この雰囲気は書くときの喜びですよね。^^
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2015/02/21 12:48
のどかな庭園の日常を少しだけ壊したハプニング
芳香の繭からなにがでてくるのでしょうね
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2015/02/20 16:19
かいじんさま

読んでくださってありがとうございます><
語り口調……昔読んだ少女マンガを必死に思い出しました@@;
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2015/02/20 16:16
よいとらさま

読んでくださってありがとうございます><
乙女心が分からず苦労しましたw
たぶん口調おかしいです; でも「えせお姫様」ということで勘弁して下さいw

ギヤマンのゴブレットは、きっとどどーんと超弩級サイズですねー。
ショコラ・ドゥのウォッカ率は40パーセントぐらいだったかと思いますが、
サクラコさんのはもっとありそうですよね^^;

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2015/02/20 16:13
優(まさる)さま

読んでくださってありがとうございます><
主人公は弟子なのでこちらの状況はサイドストーリーになります。
たぶん味方になってくれるとは思うのですが、
灰色の導師が今後どうなるかですね^^;
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2015/02/18 21:37
コミカルな語り口で面白かったです^^
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2015/02/15 11:03
おはようございます♪

映し見の鏡で眺めていた王国の王宮の敷地に
無事不時着したものの、その後は無事では済まなかったようで^^;

花咲く南国の明るさと、復興を遂げつつある明るさと、
最強の王妃の乙女的浪漫とでどこまでもまっすぐな彩りに包まれた
お話を楽しく読みました^^

ショコラ・ドゥは大人のバレンタインデーにぴったり。
優雅な夢に出てくるギヤマンのゴブレットの大きさと
ウォッカ率がちょっとだけ気になります^^;

いつも楽しいお話をありがとうございます^^
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2015/02/15 07:15
これから事情聴取されるのですね。

訳を言って、旨く味方に出来れば良いですね。
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2015/02/14 22:57
カテゴリ:ペット
お題:触って見たい動物
モスラの繭(・・;(動物なのか?)

カテゴリ:イベント?
お題:バレンタイン
ショコラ・ドゥはウォッカベースのチョコカクテル・ω・♪
サクラコさんたちは蝶々の群舞でステキなバレンタイン・デーを満喫した模様。











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