Nicotto Town



アスパシオンの弟子34 緑のトンネル(後編)

――「ふうん、あんたたち、ずいぶん北から来たんだねえ」

 しゅかしゅか噴き出す蒸気。回転する巨大な車輪。流れていく緑の視界。

 きんきんと金属音を立てながら「運搬車」が緑のトンネルを走っていきます。

 先頭の操縦席で胡坐を崩して振り返ってくるのは、円い鉄兜を被った少女――。 

「まあ、あんたたちの乗り物は気の毒だったけど。あとであたいの組から回収隊を出すよ」

 ……残念ながら。運搬車の鉤爪に掴まれた鉄の鳥はおそろしい勢いでおしやられ、

まっぷたつに折れてしまいました。

 フィリアは修理不可能な残骸と化した鉄の鳥に茫然。僕は今にも卒倒しそうな彼女を

支え、運搬車を急停止させた鉄兜の少女にぎゃんぎゃん怒鳴られながら、なんとか弁解。

 おかげで王都まで乗せてもらえることになったのですが。

「あの乗り物の残骸をもらっていいよね? それで乗車料金はちゃらにしてあげるからさ」

「だめ!」

 先頭車のすぐ次の車両の上に僕と並んで座っているフィリアが、歯を食いしばって叫びました。

 真っ黒い鉱石が積んであるそこは座り心地が悪く、お尻がいたみますがぜいたくは言えません。

 鳥を壊されたフィリアは両膝を抱え、まっ白な甘露の涙を浮かべて悲しんでいました。どう慰めたら

いいか分からず、僕はおろおろするばかり。

 運転する小柄な鉄兜の少女は、ぷうと頬をふくらませました。

「助けてやったのに、拒否らないでよね。ほんとならあたいのポチを進路妨害した罪で、組合

管理官に突き出すとこなのにさ」

「ポチ?」

 フィリアは今にも掴みかかりそうな顔で鉄兜の少女を睨みました。

「それ、この蒸気で走る車の名前?」

「そうだけど?」

「もっといい名前つけなさいよ。こんなにかっこいいのに。アルゲントゥム・アラルムとか、

そんな感じの」

「アル……? なんじゃそりゃ?」

「私の鳥の名前よ。神聖語で銀の翼って言う意味」

「神聖語ぉ? なにそれインテリくさっ。あんた人から頭いいとか言われる部類の人間?」

 鼻白む鉄兜の少女にフィリアはうつむいてつぶやきました。

「ニンゲンじゃないし。そんなこと言われたことなんかないわ。ニンゲンの友達なんか……いないもの」

「なんか大事に育てられましたって感じだね。ま、どうでもいいけど、あたいの

ポチがかっこいいのは当然よ」

 鉄兜の少女は前を向いて胡坐をかきなおし、誇らしげに背筋をしゃんと伸ばしました。

「なんせうちの爺ちゃんが作ったからね。へへ」



 鉄兜の少女によれば。この運搬車は遺物ではなく数十年前に作られた新しいもので、

古代の線路を利用して、鉱山の街から王都へ物資を運んでいるのだとか。 

大昔にここを走っていた乗り物は消えて久しく、どんな形でどんな風に動いていた

かは分からないそうです。

「爺ちゃんはこんな感じのやつが走ってたんじゃないかって、このポチを作ったんだ。

戦で焼けた街を復興させようってんで、うちの組合、このところ大忙しなんだよね。

王様が資材を買ってくれるからさ、鉱石だけじゃなくて山の木とかも切り出して、がんがん

運んでるってわけ」

 緑のトンネルはえんえん途切れることなく続き、ようやく抜けたと思ったら、今度は

山中の暗いトンネルの中へ。運搬車の先端のひとつ目が点灯して、黄金色に輝いています。

「トンネルの壁に紋様がある……レリーフ?」

「古代のもんだよ。大昔には、その壁の模様が光ってたらしいよ。今はまっくらだけどさ」

「へええ」

 感心する僕の隣でフィリアがぽそりと言いました。

「統一王国様式の紋様ね。その雷紋はエレキテルを使うものに使われる認識標よ」

「あんた物知りだね。みたとこ、あたいと同じぐらいなのに」

「お母様に教えてもらったの」

「おかあさま? うへ、 お上品な呼び方だね」

 肩をすくめてふんと鼻を鳴らす鉄兜の少女は、僕と同じ十代半ばぐらい。フィリアも

そのぐらいの見かけですが、成人しているので軽く三十は越えていると兄弟子さまが

仰ってましたっけ……。本当のところ彼女がいくつなのか、僕はまだ聞いていません

でした。女の子に年を訊くなんて、なんだか抵抗があったからです。

『人間の友達なんか……いないもの』

 どれだけの年数、フィリアはあの灰色の導師と二人きりで過ごしてきたのでしょう。

 ていうか。彼女の中で僕は友達じゃないってこと? あ。 

「僕はもう、人間じゃない、か」

「え? なに? なんか言った、ぺぺ」

「いやその。なんでもないです」

 フィリアの陶器のような白い頬に明るい日差しがあたりました。

 運搬車が長くて暗いトンネルを抜けたのです。

「うわ、深い!」

 目の前に現れたのは赤い岩肌の渓谷。長い鉄橋が架かっているその下は、深緑の樹海。

「メキドは森の国。いや、森に食われてる国かな」

 鉄兜の少女が指さす橋の向こう側には、王都らしき大きな都が見えます。

 うっそうと茂る緑の森に半ば埋もれている、まっ白な漆喰壁の高層の建物のつらなり。

映し見の鏡で見た通りの、ひときわ高い円錐形の王宮がはるか彼方にそびえています。

「あ! 蝶ちょ」

 鉄兜の少女が、鉄橋の上を飛んでいるものを指さしました。

 茶色のごつい手袋をはめた手を空に伸ばして無邪気に笑っています。

 空に舞うそれは蝶の群れで、輝く羽は真っ青。まるで蒼い宝石のよう。 

「タママユ蝶だわ」

 ずっとうつむいていたフィリアが顔を上げました。

「きれい……あの蝶、ひとつの繭を作って一斉に羽化するのよ」

「あんたほんとすごいね。知らないものはないんじゃない?」

 鉄兜の少女が振り返って呆れたように言いました。

 美しい蝶に目を奪われていた僕は気づきませんでした。

 その時彼女がにやりと口の端を引きあげたのを。

 橋を渡りきった蒸気車はすぐに森の中に呑み込まれ、再び木々の枝葉合わさる緑の

トンネルを進みました。線路はどんどん下へ降っており、突然洞窟のように暗いところに

がらりと変わりました。

 地下へ潜ったのです。

 見上げれば天井は、巨大な木の根がからみあっているもの。左右に緑に光る灯り球が

ぶらさがって 停車駅まで連なるトンネルを照らし出しています。

「到着だよ」

 蒸気車が大量にふしゅうと蒸気を吐き出して停まり。鉄兜の少女がひらりと飛び降りた

ところは……

「人がいっぱいね」「物もいっぱいですね」

 灯り球に照らされている、広間のような広大な空間。

 大樹の根が天井を這うそこは、物資の山や荷車や人々でごった返し、とてもにぎやかでした。

そこここから威勢のよい声が飛び交って、運び込まれた物資を運んだり、商取引をして

いる人々であふれています。 

「あんたたち宿がないんだろ? こっちおいでよ」

 鉄兜の少女が、蒸気車を降りたフィリアの腕を掴んで強引にぐいぐい引っ張りました。

「あ、待ってください!」

 僕の目の前を鉱石袋を山と積んだ荷車が横切っている間に、二人の少女の姿は

はるか先。

「フィリア! 待って!」

 しかも忙しげな男がどんとぶつかってきた拍子にオリハルコンの布がずり落ちてきて。あわてて

被り直しているうちに。

 みるまに遠のき小さくなった少女たちの姿は、一瞬にして飲み込まれてしまいました。

 忙しく行き交う人の波と喧騒の中へ……。

 そして僕は激しく後悔することになったのでした。

 この時。フィリアを見失ってしまったことを――。

  


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2015/03/30 01:50
寺院は魔法の小世界
これからゆくところは機械文明の世界
なんとなくそんな感じがします
フィリアは機械を操っているけれど、
魔法世界の住人のようにみえます
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2015/03/27 22:13
かいじんさま

ありがとうございます><
そうなんです。人ごみの中に彼女はー(・・;
世間知らずの田舎者には、おそろしい試練でございます^^;
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2015/03/27 22:12
スイーツマンさま

ありがとうございます><
ごちゃごちゃした感じの闇市、見るだけで楽しいですよね^^
絵に描けたらいいなぁと思うのですが……
イスタンブールのバザールとか、日本の狭い商店街とかがミックスされているような。
彩りあざやか、そしてあやしいところです^^
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2015/03/16 20:31
見失ったんですね@@
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2015/03/16 19:36
樹海にあるメギド王国に着いた少年少女
停車場を降りると
なにやら楽しげな予感
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2015/03/05 20:44
よいとらさま

いつも読んでくださってありがとうございます><
この緑のトンネル、ウクライナに本当にあるのですー^^
いまだ現役(一日に三便ぐらい電車が通る)で三キロほど続く鉄道のトンネルで、
別名「恋人たちのトンネル」というのだそうで、
カップルたちのパワースポットになっているそうです。
ええつまり……そうなんです、そういう……お話にしたかったんです。
なのに列車が。無情にも列車が、わたしの頭の中を駆け抜けていきましたw
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2015/03/05 20:40
おきらくさま

いつも読んでくださってありがとうございます><
字数の関係でラブな要素が吹っ飛びましたー;ω;
本当はフィリアちゃんとぺぺがいい感じになるはずだったのに……
次回がんばります><
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2015/03/05 20:39
優(まさる)さま

読んでくださってありがとうございます。
幕間のあとの第四章突入ということで、そろそろ大団円へむけて邁進したいところであります。
この章の題名は「望郷の歌」と仮に名づけています^^
その名の通り、もちろんぺぺは寺院へ――
か、帰れるのでしょうか@@;
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2015/02/28 11:59
おはようございます♪

重なり茂る木々の枝、
緑色の光で満たされた空間、
地面に映る木漏れ日の影

こんな場所でのんびりしたいものですね^^
列車さえ来なければ・・・

古代の鉄路 踏みしめ進む
機関車の
石を木を、二人を乗せて
都まで

どんどん散り散りになってしまいますねぇ^^;
どうなってしまうのか、続きがとても楽しみです。

いつも楽しいお話をありがとうございます^^


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2015/02/28 10:11
待ってましたです。次が楽しみ♪
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2015/02/27 22:20
今後はどうなるのですかね。

続きが気になりますね。

所で、ペペさんは元の寺院に戻れるのですかね・・・。
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2015/02/27 15:11
カテゴリ:友人
お題:友人から見た自分の性格

鉄兜少女に
フィリアさんは「頭がいいお嬢様」と見られたようです(・・
ぺぺはどんな印象を持たれたんでしょうか。たぶん「怪しい布男」^^?


私は……坊と同級生のママさんたちにかつて
「怒鳴って叱ったことないでしょ。優しそうよねえ」と言われたことが・ω・;
いえいえ、がんがん大声で叱り飛ばしてますー><;





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