Nicotto Town



アスパシオンの弟子35 闇市(前編)

「待って!」

 運搬車の荷を置いて、鉄兜の少女はフィリアを連れて一体どこへ?

心配して振り返ると、荷台には同じような鉄兜を被った男たちがたくさん群がって、

えっほえっほと物資を下ろしています。

 どうやら少女と同じ組織の者たちのようです。

 運転士はどこに行ったのかと聞いてみたものの、男たちは邪魔だと言いたげに肩をすくめ、ろくに答えてくれません。

ようやく一人が面倒くさげに、「市場」の方じゃないかと顎をしゃくりました。

 僕は二人の少女の姿を必死に探しました。

 樹木の根が這う地下洞は果てがなく、そこかしこに洞窟のようなトンネルがあり、

とても入り組んだ迷路のようです。

 視界の悪さもさることながら、閉口したのはひどい人いきれ。

 どこもかしこも混雑していて、とても走れるような状態ではありません。

 組の男たちが物資を運んでいく通路は太くて天井も高いのですが、その他の所は狭く低く、

入り込むのも躊躇するようなすえた匂いがしていたり、得体の知れないごみが吹き溜まっていたり。

 行き交う人たちに幾度となく二人の少女の行方を聞いても、みな埒の明かない返事をします。

「ポチの運転士! 鉄兜の少女を見ませんでしたか? 市場ってどこですか?」

「ああ、あの子か。あの子ならついさっきそこを……」

 ポチでやっと反応が得られました。あの運搬車は、この界隈では広く知れ渡っているようです。

「ウェシ・プトリか。市場は×××を○○○に行けばいい」

 少女の名前もやっと分かりましたが、目印となる場所の名前がいまいちよく分かりません。

 僕が喋っているのは大陸共通語。けれどもここの人は共通語に現地の言葉を混ぜて使っているようです。

鉄兜の少女の口調はちょっとくせのある共通語でしたけど、僕らに気を使って話してくれていたのでしょう。

 やっと行き着いた「市場」は、灯り球の光が明るかったり暗かったりと一定ではなく、狭い通路のような所に

ごちゃごちゃした露店がひしめきあっていました。

 僕が映し見の鏡で見たような青空の下の整然としたお店とは全然雰囲気が違います。行き交う人々の

服装も並んでいるお店の品物も、ずいぶんといかがわしい感じです。

 路地の端でサイコロを振っている男たちや、細い棒から煙をふかしている女たち。

 革製品を並べて売っているお爺さんの隣で、毒々しい色の薬瓶を並べているおばさん。

 陶器を山と積んだ店、帽子だけを売っている店、樽に張った皮の上でコマを戦わせている

男たちの向こうには、もうもうと湯気を上げてお菓子のようなものを蒸し上げているお店……。

 まるで休日のお祭りのような賑わいですが、ごたごたしすぎ。お店の境界などひどくあいまいで、売っている

もので判断するしかありません。

「おい、×××!」

「すみませっ……」

 人にぶつかりそうになっては現地語混じりの罵りを受け、手当たり次第に「店主」たちに聞いてみては追い払われ……。

「くそ、どこにいったんだ」

 途方にくれかけたとき。僕の鼻を、あの匂いが刺激してきました。

 甘い甘い香り。果物のような、花のような、メニスの甘露の香り。

 痛みも匂いも感じない僕の感覚が、唯一感じる「主人」の匂いが――。

 近くにいる? その香りをたどってみると。

「な……にこれ?」

 オモチャを売る店とランプを売る店の合間に路地があり、その暗い地べたに何かが飛び散っています。

 おそろしく細長いその路地を照らしているのは、蒼白い灯り球ひとつだけ。視界はほとんど真っ暗なのに、

僕の目にはそれがはっきりと見えました。

 甘い香りのする、まっ白な……血。

 見るなり、僕の心がざわつきました。

 この匂いは間違いなくメニスの……血! つまりこれは。これは……!

「フィリア!」

 狭い路地を一気に駆け抜けた僕は、真正面にある大きな木の扉を叩きました。

 その扉の上には看板がかかっていて、仄かに灯り球で照らされています。

 現地の文字で書かれているので意味は分かりませんが、看板に描いてある絵を見て一気に血の気が引きました。

「フィリア! フィリア!!」

×××!? 超うるさいんだけど?」 

 扉が開いて現地語まじりの甲高い声とともに、けだるげな赤毛の女の人が出てきました。

「まだ開店前だよ。出直してきな」

「違います! 僕はっ!」

 ここに少女が来たはずだとまくしたてるや、鼻先で扉が勢いよく閉じられました。 中から鍵がかけられたようです。

 まずい……これ、絶対、まずい……!

 僕の頭上の看板には、女の人の絵が描かれていました。

 鎖に繋がれた、ほとんど裸の女の人の絵が。

 脳裏に……あの、俗世を研究されていたデクリオン様の姿がよぎりました。

 鎖に繋がれた男たちの絵が載っている雑誌を、目を潤ませて眺めていたお姿が。

『かわいそうに、敗戦国の戦争捕虜とか、女子供が売られるのだそうだよ』 

 売られる。

 そう、それ!

 売られる――!! 

『奴隷売買商人は、人さらいと変わらんそうだ。いつも抜け目なく獲物を狙っているとか』

「ちくしょう! 人間を売り買いするなんて! 鉄兜のあいつ!」

 相手は女の子。そう思って油断しすぎていました

 ああ、もっと警戒するべきだったのに!

 後悔に苛まれ自己嫌悪に潰れそうになりながらも。僕は金属の右手を突き出し、韻律で扉を吹き飛ばそうとしました。

大陸法の器物損壊に当たりますが、躊躇している場合ではありません。

 しかし僕が放った光弾は――

「え? ちょっ……! なんで……!」

 まるで鏡返しのように跳ね返ってきて、僕の頬すれすれをかすめていきました。

「結界?! なんて厳重な警備体制なんだ!」

『この手の闇取引はのう、転売を繰り返して売り元をわからぬようにしてしまうそうだ』

 デクリオン様が雑誌を見て語っていたおそろしい言葉が、僕の脳裏に次々よみがえってきます。

『海を越えた外国に向かう船にぎゅうぎゅうづめに載せられておる途中でな、病気が蔓延してバタバタ

死ぬこともあったそうじゃ。それでも奴隷たちはちゃんと弔われることなく、まるで腐った水樽のように

海の中へ投げ入れられて……』

 うああああああああ! 一刻も早く救わなければ――!

――「おや、何をやっているのかね」

 今まで覚えた中で最高の破壊度を持つ韻律を唱えようと右手を振り上げた時。

 背後からひどくゆったりとしたしわがれ声が聞こえました。

 恐る恐る振り返ると、そこには手に平にコマをのせた老婆が立っていました。

とても広い鍔のある帽子をかぶっており、そこからじゃらじゃらと赤や緑の玉が垂れ下がっています。

「何かお探しのものがありそうじゃな。この婆にお聞きなさるかね?」

「あ、あなたは?」

「わしは失せ物探しの名人じゃよ」

 ほほほと老婆は笑って、コマをさっと掲げました。

「ほれほれ、これを見てみなされ」 

 いえ、そんなオモチャを見てる暇はないんです!

「何をおっしゃる。きっとお探しの物が見つかろうぞ」

 強引な老婆にいらついた僕は、彼女から背を向けて右手を扉に振りかざしました。

 その刹那。

「覗けというておろうに!」

 轟く雷のごとき声音が背後で轟き。僕の体は後ろへ吹っ飛びました。

 まるでだれかの吐息に、ふうと吹き飛ばされたかのように――。



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2015/03/31 01:09
フィリアを見失って血…
ペペも慌てますよね
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2015/03/17 19:39
殺伐とした情景
困った少年の前に現れた婆様は
親切というよりなにか魂胆がありそうなムード
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2015/03/16 20:34
大変な事になりましたね@@
アバター
2015/03/06 22:28
探し物は見つかれば良いのですがね。




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