Nicotto Town



アスパシオンの弟子36 薔薇乙女一座(前編)

 どこ? フィリアはどこにいる? 

 押し入った建物の中は暗く、目の前にあるのは奥まで続く長い廊下。

 両脇にアーチ型の扉が向かい合う壁があり、灯りのついている奥間には幾人もの人影。

 奥は広間のようになっているようで、濃い桃色の照明に照らされ、空気が赤く見えます。

 その中にかなりたくさんの女の子たちの姿が見えます。なんだかみな、かなり薄着です。

ガウンだけだの、細い肩紐の胸隠しだの……

「ううううわっ?!」

 な、なにもつけてない子まで? こ、この子たちみんな、もしかしてさらわれてきた子?

「きゃあああああ! だれよあんた!」

 眼を覆って侵入をためらう僕を見咎めるや、女の子たちは一斉に悲鳴をあげました。

 待ってください違います! 怪しい者ではありません! 僕はフィリアを! 

メニスの少女を探してるんです!

 そう叫びながらも眼の隙間から女の子をちらりとすれば。

 彼女たちは鼻血が出そうな姿で逃げまどっていて。と、とても正視できるような状況では……

「イェク! ×××!」「みんな隠れて!」

「なに? なにがきたの? ×××?」

「人さらいよ!」

 

 え?

 

 ち、違います! 僕は君たちを買いに来た商人じゃなくって…… 

――「あらやだ、お婆やられちゃったの?」

 さっき戸口で応対した女が、広間の中でバタバタする女の子たちの中から出てきました。

 細長い棒から煙をふかしながら眉根を寄せ、赤いガウンを気だるげにひるがえして。

 ため息混じりの艶っぽい声が、真っ赤な紅をさした口から煙と一緒に漏れました。

「役に立たないんじゃ、お給料下げないといけないわねえ」

 何度問うても、女は飄々と煙を吐くばかり。埒が明かないので、僕は彼女を押しのけ

広間の奥に入り込みました。

 きゃあきゃあ逃げる女の子たちの右向こうには、幕が下りた舞台のようなものが。

 デクリオンさまの雑誌で見たような、お立ち台です。

 きっとあそこでこの子たちは鎖に繋がれて立たされて悪徳商人たちに値踏みされて……

 あれ? この子たちを見張る奴隷商人は? 逃げないように見張る監視人とかは?

「ジュージェさまぁ! こわいー!」

「奴隷商人よ!」

「おねがい助けてえ!」

 舞台の上に逃げた女の子が甘ったるい声で群がるところに、大きな箱型の楽器のようなものがひとつ。

 じょんじょこ、じょーん 

 その楽器の前に座っている男が、景気良く腕を振り下ろして音を鳴らし、バッと直立。

明るい茶髪の、すらっと細い男です。

「任せろ、淑女諸君。この、もと宮廷楽師ジュージェ・イブン・パヌ・マーン様が、

けったいな不埒者を見事撃退してしんぜよう」

 白い歯をきらりと光らせるその人は、群がる女の子から黄色い声援を受けながら僕のところへ

つかつか降りてきました。

「あー君、ここはだな、」

 しかし僕がぎんぎん睨んで銀の右手を突き出すなり、その人はたちまち腰が引け、ひいと悲鳴をあげて

女の子が落としていった桃色のドレスを盾代わりにかざしました。

「ななななんというか、お客様。でででできますれば、開演時間までご遠慮していただきたく」

 は?! 開……演?

「ももも申し訳ございませんが、団員一同ただいま鋭意稽古中でございまして、今回の演し物は前作より

さらにさらにスケールアップ、大道芸の要素を盛り込みまして空中ブランコを披露させていただく予定で

ございまして、ブランコの下から華やかなる団員たちの衣装の中身も十分ご堪能いただけるご仕様と

なっておりまして、それはそれはもう、薔薇乙女一座始まって以来の優雅華麗、絢爛豪華な舞台に……」

 は……? ぶ、舞台?

 桃色のドレスの向こうから、茶髪の男は弾丸のようにしゃべくり続けました。

「むろん我が一座の一の舞姫、アフマル・シュラザーラの典雅なる炎舞と薔薇乙女たちの乱舞もいつも通り

ご堪能いただけますし、当然、客席においては無制限の呑み放題、おつまみの茶羽虫のから揚げとネズミの

揚げ団子の二種は完全サービスとなっておりまして……」

 一座? それって……

 ぽっかり口を開けた僕がよくよく周囲を見渡してみると。

 背後には、たくさんのテーブルと椅子。そのさらに後ろには、長いカウンター……

「きえええええ!」

 そこから鍋をかぶった野太いおばさんが、いきなり杓子を振り回して突進してきて……

――「出ておいき! この人でなしの人さらい!」

 がこーんという景気のいい音と共に、僕は……壁際にすっ飛びました。

 おばさんの、大きな杓子にぶん殴られて。

 


 ここは、劇場つきの……酒場?

 よろよろ壁によりかかった僕にやっとのこと説明をくれたのは、あの赤いがウンを羽織った

赤毛の女でした。

「マジ、信じらんない」

 第一声が、それでした。

「メニスを連れてる怪しい布男なんて、人さらい以外の何モノでもないでしょ? だからウェシ・プトリはあの

メニスの少女を保護してここにかくまいにきたの。この薔薇乙女一座に」

 かくまう? だってここは、奴隷市場じゃ?

「たしかにこの界隈の、もっと奥まった危険なところに奴隷市場があるけど」

 しかしここは、違う。

 ここは、人さらいから助けた子どもをかくまう所。

 基本親元に返すが、どうしても親が見つからない子は、そのまま一座の団員となってここに残る……

 赤毛の女はそう言いながら、長く真っ赤な爪で髪を撫でつけました。

「でも、入り口の看板は……あの鉄兜の少女こそ、人さらいなんじゃ?」

 混乱する僕。女は怪訝な顔で、あの看板は今興行中の、『囚われの薔薇乙女、自由への脱出』という演目の

宣伝看板だというのです。そしてあの鉄兜の少女は……

「ウェシ・プトリは、あたしたちの協力者。鉱山の組合長の娘よ。あの子のナワバリでとくに子どもが

変な奴に売られないように目を光らせてる」

 赤毛の女は、僕を咎めるように細い棒――キセルで指しました。

 あんたのその身なりとフィリアが言った言葉で、鉄兜の少女は助けが必要だと判断したと。

「あの娘、『人間の友達はひとりもいない』って言ったんでしょ?」

「あ……!」

「だからウェシ・プトリは当然、どこかの王族が飼ってたメニスの混血を、あんたが

盗んできた思ったわけ」 

 そんな! フィリアを縄や鎖で繋いだりなんてしてないのにどうして――

「人さらいは、服従の薬を飲ませて売り物を従順にする。縄や鎖で繋いだら、一発で怪しいと判るから

それは避ける。ごく普通の旅の一行を装って、国境の検閲や役人どもの目を巧みにごまかすのさ」

「だからってやたらに疑わなくとも!」

「なに言ってんの? あんたは、土台クロにしか見えないでしょうが? メニスの混血を連れてたんだから」

 赤毛の女の顔は、怒っていました。燃え上がる炎のようにその貌はほんのり紅潮していました。

 僕が、何も知らない愚か者だということに気づいたからです。

 僕が、どうして、と聞いたからです。

 どうしてメニスを連れているとだめなのか。

 本当にあんた何も知らないの? 周りの女の子が興味津々で遠巻きに僕をとりまいてきました。

「だってメニスは、そういうもんでしょ?」

 赤毛の女はふうと煙を吐いて言いました。

 僕には、信じられない事実を。

「人間に売られて、最後はバラバラにされて食べられる。そういう生き物でしょうに」



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2015/04/11 14:04
ミコさま

読んでくださってありがとうございます><
寺院に帰れる日は来るのでしょうか(・・;
と言う感じですが、着実に
おうちへ近づいてはいるんだと思います^^
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2015/04/11 14:02
かいじんさま

読んでくださりありがとうございます><
はい、かなりややこしいことに@@;
のちのちすっきーりできればよいのですが・ω・;
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2015/04/11 14:00
スイーツマンさま

読んでくださってありがとうございます><
この優男さんの末路も、いずれちゃんと書きたいなぁと思います^^
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2015/04/10 17:34
またまたなにかに巻き込まれました><
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2015/03/22 11:50
いがいな事情になってきましたね@@
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2015/03/19 19:37
いろっぽい女性がいる怪しげなお店
楽師、茶髪、優男……
金と力がなさそうでいいですね
こうでなくては
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2015/03/16 16:17
優(まさる)さま

コメントをありがとうございます^^
箱入りで育ってきたペペくんには、世の中はびっくりすることだらけのようですね^^
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2015/03/12 06:43
どういうことですかね?




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