Nicotto Town



アスパシオンの弟子37 オーダーメイド(前編)

「ちょっと待て! なにす……うああああ!?」

 群がるかわいい女の子たち。身包み剥がされる僕。

 あられもない格好にされるなんて。ま、まさかこれはいわゆる……て、貞操の危機?!

 まずい、オリハルコンの布をかぶってなきゃいけないのに!

「返してください!」

 手を伸ばして布をひったくろうとしたとたん。

「おとなしくしてね♪」「動いちゃだめよ」

 ビーッと不気味な音をたてて、女の子たちはそれぞれの手にもつ小さな箱から、ロープみたいなものを引き出しました。

 これ……は? ま、まさか縛られる?! なにそれいったいどんな――

「た! 助けて! いやだハヤトぉおおっ!」

 頭を抱える僕の首や胴に、そのロープみたいなものが何本も巻きついてきました。

「やっぱりほそーい!」「ウエスト58センチぃ? ひええ」

 え?

「これ7号入るんじゃない?」「袖丈は、手の甲が半分隠れるぐらいでいいわよね」

 よくよく見れば、ロープのようなものには目盛りが。これは……巻き尺?

 あれよあれよという間に寸法をとられる間に、オリハルコンの布は、たらいでじゃばじゃば洗われて。

 燃える石炭を入れたアイロンでじゅううと乾かされて。

 型を当てられ、じょきじょき鋏で切られて……!

 蒼ざめる僕の目の前で、女の子たちは変な形に切った布を縫い合わせ始めました。

「この布みたことない素材だけど、ずいぶん丈夫ね」「うん、鋏の刃が傷んじゃった」

「針通る?」「なんとか」

 まさか、服を作ってくれてる!?

――「布被り男のままじゃ、またいかがわしい奴だと誰かに誤解されるよ」

 ふう、とキセルから煙を吐いて女座長が言いました。

「服を買ってやりたかったけど、うちの経営ってラクじゃないからね。あんたのものを加工してやるってことで」

 女座長は僕が着ていたものをつまみあげました。

「ずいぶん器用に草を編んでるけど、丈が短いね。この灰色のスカート?も、生地はいいけど

ただ巻きつけてるだけだし。ほんと、どこの原始人? だわ」 

 恥ずかしさに顔を赤らめつつ、僕は灰色の衣を腰に巻きつけました。

 今は大丈夫みたいですが、かつてこれを着ていた人――灰色の導師がいつ僕に呼びかけてくるか。

 それを受信してしまったら、僕らの居所がばれてしまうのでは……。

「う……」

 しかもこんなややこしい時にフィリアが目を覚まして。ほとんど裸の僕をすぐ間近に見て――

「きゃああああああ! 近づかないでえ!」――「おぶ!」

 見事に僕のほっぺたを張り、蹴り飛ばしてきました。

 取り乱す彼女をどうどうと押さえ、一所懸命事情を説明しているうちに。

 オリハルコンの布は、大勢の女の子たちの手でみるみる形を成していきました。

 仕立ての速さは、驚異的。上着やズボンになっていくそばから、僕があわてて着こんでいくと。

「すごい……! 寸法ぴったりね」

 ゆでだこのようなフィリアの顔から、たちまち怒りの熱が引きました。

 聞けば薔薇乙女一座の子たちは、普段から舞台衣装を手作りしているのだとか。

「手や頭も隠したほうがいいわ」

 フィリアの要請にこたえて、女の子たちは手袋と、上着につけるフードも作ってくれました。

「その布、意外にいい色じゃない」

 くすんだ布は長年の汚れを洗われて、いまやもとの色合いを取り戻していました。

 鮮やかな、青空の色に。

 

 

 

 翌朝――。

「マジ、信じらんない」 

 薔薇乙女一座の劇場では、テーブルと椅子を一所懸命雑巾で拭く僕の姿があり。

 女座長が呆れ顔でその仕事ぶりを眺めていました。

「服の仕立て代を寄こせ」という座長に、僕が「お金を持っていない」と答えたからです。

 ないなら働いて返せ。しっかり支払ってから出て行け、というわけです。

「あんたまで一文無しとか、ありえないわ。あんたたち、路銀もなしでよく今までやってこれたね」

 じつのところ。フィリアが全くお金を持っていない、ということも、さらわれた娘だと確信された理由のひとつだったようです。

 そのフィリアは今、厨房で皿洗いをしてくれています。ありがたいことに、僕が支払うべき代金を、一緒に

稼いでくれるというのです。

 カウンター越しに見える彼女は、まかないのおばさんと楽しげに会話を交わしています。

 あ……おばさんが涙を拭って、フィリアの頭を撫でてる?

「ああ、娘さんのことを思い出してんじゃない?」

 止まっている僕の手を「さぼるな」とキセルで叩きながら、女座長はぽそりといいました。

「娘さん?」

「食堂のおばさんは、さらわれた娘さんを探しに辺境の村からはるばるこの王都に来たんだよね。その子が

売られた先は、あたしらの協力でわかったんだけど……もう死んじゃってた。おばさんは、

同じような子を助けたいってここに残ってる」

「村に帰らずに? 素晴らしい方ですね」

「いや、おばさんの子は、メニスの血を引いてたんだよね。それで村人みんなが共謀して、娘を捕まえて

売り渡したんだよ。そんなひどいとこには、もう帰れないでしょ」

 娘の父親――おばさんの恋人は、しばらく村に滞在していた薬売りだったそうです。

 本人は目に色膜を嵌めて髪を染め、メニスの混血であることを隠していました。

 恋人のおばさんがみごもり、双子を生んだ時、赤子の容姿からその真実が発覚。

 おばさんはそのとき初めて恋人の正体を知り、大恐慌。

 薬売りは村中に知れ渡る前に、菫の瞳をした子だけ連れて村を出ていったそうです。

 普通の目の色をした子の方は、おばさんの手元に残されたのですが。

「その子は成長が遅くてね。それに十五を過ぎたころに、瞳の色が突然、菫色に変わったんだって。

あとから一族の血が出ることもあるんだね。それでかわいそうに、村人に目を付けられたんだよ」

――「フィリアっさーんっ♪ おはようございます!」

 茶髪の楽師が、颯爽と劇場に現れました。白地に紅の刺繍の入ったきらびやかな上着に身を包み、

手には大量の赤薔薇の花束と、大きな箱。

 楽師は優雅な足取りで厨房へ直行。なんとフィリアの前で膝を折り、花束と箱を捧げて何やら言上しています。

 歯の浮くような上品な言葉の羅列が耳に入ってきました。

 なんだか、むかつくんですけど……。女座長もあからさまに鼻白んでいます。

 舞台を掃除している女の子たちは、額を寄せてひそひそ。

――「迎えに来るのは、王家の紋章入りの馬車。四頭立てですよ。さあ、王宮へ参りましょう。

何も心配は要りません。国王陛下が、あなたを庇護して下さいます」

 王宮から、お迎え?!

 チッと女座長が舌打ちしました。どうやら楽師は、フィリアを勝手に王宮へ連れて行こうとしているようです。

「あの落ちぶれ宮廷楽師! フィリアを献上して、宮廷への出入り禁止を解いてもらおうって魂胆か。まったく!」

 フィリアは断るはず。そう思った僕の目に、ボッと耳まで顔を赤らめる彼女が映りました。

 楽師が、艶やかな仕種で彼女の手の甲に口づけしたのです。 

 まるでおとぎ話の絵本の中の、お姫様を迎える貴公子のように。

 そして彼女は――うなずきました。白い歯を輝かせる二枚目貴族に。


「ありがとうございます。どうか私を、王宮へ連れて行ってください」 



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2015/03/27 21:48
かいじんさま

ありがとうございます><
どんどんいきます急ぎます・ω・どんどんどどん。
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2015/03/27 21:47
スイーツマンさま

ですです。妻子も連れて逃げればよいものを・ω・`
そのとき何が起こったのか。おいおい描ければと思います。
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2015/03/27 21:45
優(まさる)さま

コメントをありがとうございます><
すんなり王宮へいけるとよいのですが;
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2015/03/24 22:11
急展開ですね。
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2015/03/21 19:08
おてつきした男は責任をとらずに逃げたのですね
卑劣な…
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2015/03/20 20:49
あらあら、王宮へ行くのですか。これからどうなるのですかね。




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