アスパシオンの弟子37 オーダーメイド(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/03/20 10:12:40
その馬車は地上の、大樹の枝がしだれる路地で僕らを待っていました。
ダゴ馬という、牛のような野太い生き物を四頭繋いだ黒塗りの馬車。
車体には、王家のものらしき赤い飛竜の紋章。
楽師が「通勤路」と呼ぶ、劇場裏の細い螺旋階段を何百段と昇ってきたので、楽師とフィリアは
ふうふう肩で息をしていました。
魔人の僕は全く平気でしたが、 木漏れ日が降り注ぐ路地はとても眩しく、目を慣らすのにしばしかかりました。
フィリアはびっしり刺繍が施された薔薇色の絹地の上着とスカート、そして薄絹のヴェールにフェルトの靴、
という実に美しいいでたちで馬車に乗り込みました。
見るからに高価な衣装一式は、楽師が贈ったもの。大きな箱の中身です。
楽師曰く、王に拝謁するための最低限の身だしなみ、だそうです。
一緒についていく僕の服装については、「従者の格好としては十分ですよ」、だそうです。
しかし文句は言えません。なぜなら楽師は気前良く、僕の『仕立て代』として、
黄金のキセルを女座長に贈ったからです。 それどころか、女の子たちのために彩りすばらしい絹地を
何十反も、それから桜色のお菓子まで大量に配りまくりました。
女座長も女の子たちもおかげでニコニコ。
今度みんなを王宮へ招待する、と請け負う楽師と僕らは、彼女たちに笑顔で見送られてきたのでした。
フィリアの決断に、僕は一瞬とまどいましたが――。
『お母様から常々言われていたの。もし外に出て困ったことに陥ったら、その国の王様を頼りなさいって。
私たちは、保護対象の種族なのだからって』
王家は、メニスを保護すべし。
大陸共通法で定められている法を、灰色の導師はフィリアにちゃんと教え込んでいました。
それに。
『だから王宮へ行って、私の『鳥』をなんとか回収して修理したいって陳情してみるわ。あの鉄兜の娘が、
私のものを全部売りさばく前にね。それからこの楽師さんは王様からご褒美がほしいみたいだけど、
私たちの利害が一致してるなら、それでもいいじゃない』
女の子って……したたかだと、つくづく思います……。
たしかに国王の力添えを得て鉄の鳥の修理ができれば、それにこしたことはありません。
王宮にいれば法に守られて安全だし、我が師も僕らのことを見つけやすいかも。
そんな思いで、僕は迎えの馬車に揺られていましたが、心中はなんだかちょっともやもや。
向かいに座る二人は、美しい王侯貴族カップルといった風情だし。
フィリアにはその気はぜんぜんなくとも、魅惑の甘露の香りは狭い車内に充満するわけで。
たぶん僕がいなかったら、茶髪の楽師はフィリアを口説き倒したに違いなく。
彼の恨めしそうな視線はまごうことなく、『おまえは邪魔だ』と僕を責めていました。
そんな視線をため息で受け流し、片肘をついて車窓から外を眺めれば。
僕が以前、映し見の鏡で視た光景が見えてきました。
大通りに面して並ぶ、明るい色合いの市場。
地下の怪しい雰囲気とは違って光にあふれ、整然と並ぶお店はひとつひとつがとても広く清潔です。
「ここらあたりは内乱でみんな焼け野原になってね。再建されてまだ数ヶ月といったところだ」
茶髪の楽師がとても幅広い通りを指差して、フィリアに説明しています。
「この前、病院が新しく建ったんだよ。ほらそこに。今の陛下が国民のためにぜひ作りたいと
思し召しになったようだねえ。いやあ、陛下は本当に素晴らしい方だ。ははは」
宮廷を出入り禁止になったということは。この楽師は内乱では、王に背く側についていたのでしょうか。
しかし場末の劇場の演奏者をするって……考えてみれば、かなりの凋落ぶり。
よくフィリアの服を準備できたものだと思った矢先。
馬車が、やにわに方向転換。正面に見えてきた王宮から背を向け、ガラゴロすごい音をあげて
みるまに逆走し始めました。
「え? どうしたんだ? 一体?」
きょとんとする楽師を尻目に、馬車は王都のはずれの路地に入って急停止。
そこには、黒い覆面をした男が十数人。
見るからに馬車が来るのを待ち構えていた、という雰囲気です。
「おい! こ、この馬車は王宮のものだぞ! 無礼を働くと――」
茶髪の楽師が車窓から身を乗り出して叫ぶと。
「三ヶ月前はそうだったな。でも今、王は違うご紋を使うようになってる」
「そうそう。巨人印をな」
「かわいそうに、毎晩でかい女にのっかられてぺしゃんこだ」
覆面の集団から湧き上がる下品な笑い。そして。
「俺らのご主人様が、お買い物の代金を支払えといってるぞ、イブン・パヌ・マーン」
楽師の顔から、ざっと血の気が引きました。
「だ、だからそれは、陛下から褒美を貰ったらって言ったじゃないか!」
「衣装の値段は、一億ディールだ」
覆面男に言われて楽師がそんな額は支払えないと目を白黒させると。
「メニスをよこせ。それで足りる」
予想通りの答えが返ってきました。
「……フィリアの服は、ツケで買ったんですね。一座への贈り物もみんな」
僕はためいきをついて楽師を睨みました。
「で、支払いは『メニスの子を助けた褒美で支払う』、とバカ正直に事情説明したわけですね?」
「あ。あー。そう、かもぉ」
「本物の王家の馬車って、ほんとにあの路地に来る予定だったんですか?」
「あー。えっと。王宮への取次ぎの手紙も、その服を買った商人に、お願いした、かもぉ。だって、
王宮御用達の商人のひとり、だから……」
目をふらーっと泳がせる楽師。
だめだこいつ。世間知らずの僕よりバカだ――!
むろん、遠慮する必要は、なし!
『討ち放て、光の矢!』――「うわ?!」
僕が車窓から銀の右手を突き出すや。馬車の扉を開けようとした覆面男が腹を抱えてすっころげました。
『光の矢』は手のひらで練った体熱を凝縮させ、韻律の音波に乗せて放つ技。
熱伝導がいい金属の右手のせいで、放った熱玉は思ったより熱くなったみたいです。
腹を抱えて地べたを転がりまわるそいつから、覆面男たちが一斉に身を引いて遠巻きにしました。
しかし一味の中から、右手を地面に押し付けて叫ぶ奴が約一名。
「韻律を使うやつがいる! 私に任せろ!」
うう。残念ながら韻律使いのようです。かなり低音域の歌声と共に、そいつの魔法の気配が下りてきました。
僕も負けじと我が身とフィリアに結界をかけ、茶髪の楽師の尻を蹴って馬車から追い出しました。
「待ってくれええ! うあああ?!」
楽師が落ちたのとは反対の扉から、僕はフィリアを連れて外に飛び出しました。
地に足を踏んだところから、ぱきりと音を立てて僕らの結界が割れました。
音波震動で地を裂く地走りです。僕はフィリアを抱いて飛び上がり――
『風巻き起こせ、はばたきの翼!』
宙に浮く韻律で浮かした身を御者台に着地させ。御者を蹴落としながら、ダゴ馬の一頭の背に飛び移って……
「フィリアつかまって!」
急いで馬を馬車から外しました。
柔らかな歌声と共に、ふわっとした魔法の気配が僕らを包みました。
フィリアが結界を張り直して援護してくれたのです。
僕はダゴ馬の胴を思い切り蹴りました。馬は重い足音を立てて、猛然と走り出しました。
迫り来る、おそろしい地走りから逃げながら。
読んでくださってありがとうございます><
主人公たちはなんとか……ですが、楽師さんの生死がいまだに不明w
どんな顛末になりますか、お楽しみいただければ幸いです^^
読んでくださってありがとうございます><
オリハルコンの布は、かなり重要なキーアイテムです。
いずれ天の島にあった理由なども書ければなぁと思います。
読んでくださってありがとうございます><
ぺぺさん、そろそろヒロインといい感じになってくれるといいなぁ@@;
というわけで、絶好のシチュエーションを投入してみました。
さて、どうなることでしょう^^;
そう、行くしかないのです。
外の世界はとてもこわいのです><;
メニスにとっても、世間知らずの少年にとっても。
読んでくださってありがとうございます><
大団円へ向かって、ハラハラドキドキ展開でどんどん行きたいと思います。
楽しんで下さったら、とてもうれしいです^^
読んでくださってありがとうございます><
王家はやることいっぱい、責務いっぱい。大変ですー;
王族は、メニスとは結構血縁関係があったりします。
それで保護法ができたようです^^
どんな伏線が隠されているのか楽しみにしてます
オリハルコンの布を服に仕立ててもらって、
これから一座での労働奉仕の日々が続くと思われたペペさん。
フィリアちゃんと馬車で連れ出されて急転直下、運命の風向きは
危険な方角へ・・・
和やかな展開から緊張感のある場面へ。二人を待ち受ける次の瞬間が
とても楽しみです^^
とらわれとらわれ
ながれながれ
にげてにげて
おいかけてにげて
流転の旅路はまだまだ続いてしまうのでしょうか^^
いつも楽しいお話をありがとうございます。
次回をわくわくしながら待っています♪
緊迫感に満ちた文に引き込まれて拝読しました。
これから、どうなるのかな?
次作を鶴首してお待ち申し上げます。
m(_ _)m
王家さんも忙しいみたい…( 一一)
音速で目標に到達。(↑私たち生物は、常に赤外線を放っています)
地走り:音波震動を大地に伝える技。低音域で揺さぶります。かなりの大技だと思われます。拡声器が必要そう。
カテゴリ:グルメ
お題:春に食べたいもの
桜色のお菓子。
春になると桜を実際つかったものだけでなく
桜色とか萌黄色とか、春めいた色のお菓子もいっぱいでてきます。
眺めるだけでも楽しいです