Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


走れ!T高バスケ部


最近親父が読書に凝っていて、この小説も中古で9巻まで買って来ていた。

何やら人気の小説とかで、私も親父が読み終わったあとで貸してもらい、数週間かけて読んだ。

かなり巷では有名だとかで、内容をご存じの方も多いと思う。
バスケの名門N高でねたみからイジメに遭い、都立T高に転校してきた陽一と、その弱小バスケ部の個性的な面々が繰り広げる青春群像劇である。

一応文芸作品らしいが、文体やキャラ造形は子ども向けに近く、内容も重くない。
そのためか、子どもにはかなり評判が高いそうだ。

才能をねたまれ、バスケ部できついイジメに遭った陽一は、自分の命と思っていたバスケを辞める決意をしたのだが、下手でも楽しそうにバスケをしているT高メンバーに触れ合って、バスケをやる楽しさを思い出す。

陽一達のまっすぐさが、やがて彼をイジメていたN高のスタメン達も改心させ、最後はみんな仲良くなってしまう。そういうお話だ。
ちなみに、9巻までそういう展開がお約束となっている。


キャラも設定も取り立ててすごいところはない。文章もふつうだ。
この人の最大の欠点として、全て過去形で書いてしまうために、「これが彼を変えるきっかけになるのだった」など、ネタバレ文を出来事の最初の方に書いてしまうことが挙げられる。手法としては、あまりうまくはない。

女の子の描写がいまいちで、陽一と俊介の彼女になる浩子とルミは、描写不足のため、その魅力が全然伝わってこず、なんで陽一達は彼女らと付き合っているのかなあと、不満しきりだった。(結局ルミはボランティアに尽くす俊介と別れたので、そこは絶賛する)
そのくらい、男軍団と女子の落差が激しい。

陽一は浩子にぞっこんだが、読者にはこの娘のどこがいいのか分からない。
(高校時代、陽一に食べさせた弁当は母親製で、陽一が苦手な絶叫系アトラクションに無理に乗らせたり、などである)
でも陽一には居なくてはならない彼女ということになっている。

大変なご都合主義も、読んでいて首をかしげたものだ。
それまで悪だったり、考えがひねくれていたやつらが、陽一達の言動に触発され、次の行で改心してしまうのである。
あまりにも単純すぎて、そりゃないだろう、と思った。

こいつにはバスケの才能がある!と、やたらと誰彼もバスケのビデオを見せたりして洗脳してバスケに引き込む陽一や俊介はあんまりだなぁ。
9巻のアフリカ出身オマール少年は、バスケだけじゃなくてサッカーとかでも才能を発揮できたんじゃないか?

だが…9巻も逃げずに読み通してしまったのは、そのまっすぐすぎる正直さ、正義感にあった。

イジメなどの人間関係、ゆがんだ社会や国際情勢を、われわれは毎日見聞きしている。
この作品では、その時事問題にタイムリーに向き合い、ひとつの解決策を必ず出している。そこがすごい。

その答えは、有識者がすでに出した解答ではあるけれど、作者自身が心で納得し、それがベストだと考えて書いているので、非常に説得力がある。

また、1巻に登場する謎の黒人モーガンや、2巻で登場の、無欲な世捨て人薄野(すすきの)の話はかなり胸に迫った。

モーガンは、交通事故で右手を負傷した俊介の夢に出てきた実在不明の黒人青年である。
夢の中で俊介は痛めた右手を切断し、代わりにモーガンの右腕を移植する。
あくまで夢に過ぎなかったが、彼のおかげで新たな出会いがあり、利き腕ではない左腕でもシュートが打てるようになるのだ。
ここに俊介は神の愛を見てキリスト教に目覚め、アフリカに行ってボランティア活動をするのである。

薄野は、東大出なのにつらい過去が原因でホームレスになったが、陽一達と出会い、彼らに勉強を教えることになる。
ここで、しきりに陽一達は、何も持とうとしない薄野を「いまどき珍しい無欲な人だ」と尊敬するのだが、ここで彼らに共感できた人は、たぶん少ないだろう。
それこそ宗教の教えのように、無欲こそが人間の至高の姿と説くが、みんなが薄野のように無欲になったら社会が成り立たなくなり、世の中が破綻する。

だから子どもの読者には丸のみにしてほしくないんだけど、でも、作中で陽一達が薄野のために食べ物を差し入れたり、テントを直してあげたりする様子は胸を打たれた。
ホームレスはとかく煙たがられ、目を背けられる存在だ。
しかし、陽一達は純粋な気持ちで彼に居場所をつくろうとした。その優しさは、作者の心のありようから来るものだろう。

悪人さえも救われるこの小説は、特に世の中で嫌なものを見てきた大人には受け入れられがたいかもしれない。
子どもに人気があるのは、あっけらかんとした悪の逆転と、正義や善の清らかさのためだと思う。子どもは皆、何が正しくてそうでないのか、直感で分かっているのだ。

子どもがイジメをするのは、まず大人が間違っているから。
小説はそう指摘する。そして、解決するにはどうすればいいか、物語を通じて教えているのである。

文章が未熟だと書いたが、バスケやスポーツの描写は見事だ。
バスケは体育の授業にやったきりだが、専門用語ばかりの内容でも、白熱した試合や緊迫感が伝わってきた。
バスケに詳しい人には、こんなに上手くいかない、など批評も多いが、分からない人には十分すぎる内容である。
作者はスポーツが大好きなんだろう。読んでいるとなんだかこちらも楽しくなってくる。
バスケの試合、今度テレビで見てみようかとさえ思った。
そしてこの人は、スポーツ界が抱える汚職だの協会の小競り合いだのに本当に胸を痛めていたことだろう。

さっきブログを書くために調べたら、なんと闘病の末、亡くなられておられた。
息子が加筆して10巻で最終巻になっている。

日本のバスケリーグは、利権争いから統合できずにもめていて、世界連合から制裁として世界大会に出場できなくなっている。
オリンピックにも出られないのだ。

T高バスケ部の面々がいたら、この醜い大人の争いを集結させ、良い方向へ導けるのではないか…そんなことを考えた。
陽一達は、希望の種であり、黒い水を澄んだ水に変える一滴である。
悪は悪のままで苦しい現実だからこそ、ご都合主義と分かっていて、あえて単純明快な悪の解決法を書いていたのではないだろうか。

この作品は劣悪な環境にいた子どもや大人達が、その改善によって素晴らしい才能を開花させる話ばかりである。
才能主義にも取れて、そんなすごい人間ばかりいるわけないだろう、と穿った目で見たくもなる。

しかし作者が物語を通じて伝えたかったことは、イジメや貧困などで、本来輝きを放つ子どもたちの未来が不条理に閉ざされている、その怒りと悲しみだったのだ。
末は博士か大臣か――。
生まれてきたときはたくさんの希望や可能性に満ちていた子ども達。
けれど、環境などに左右され、才能を開花させられるのはごくわずかだ。

一巻で、子どものための部活なのに、外部の人間であるN高の監督が、自分の名誉のために生徒を兵隊扱いしている場面があった。
これは現実でも問題になっている。
大人は決して、子どもの自由や可能性を摘み取る権利はない――温かく見守り、成長を助けよう。
これを強く伝えたかったのだ。


大人の評価は聞くな。
子ども達にこそ、この小説を読んでほしい。
何が正しいか、知りたいと思った答えが書かれているから。

改めて、松崎洋先生のご冥福をお祈りします。

アバター
2015/03/25 17:45
そらさん、コメント感謝です。

青春群像劇、と書いてますから…↑(笑)
仰る通りでございます。
キャラが大人になって結婚したりするので、大河ドラマともいえますね。
惜しくも作者が亡くなられてしまったので、もう主人公たちの時間は止まってしまいましたが。
アバター
2015/03/24 16:06
青春ものの小説なのかなあ。
いまは、若い人むきの文庫がたくさん出てるので、その中のひとつかしら・・・・・・

アバター
2015/03/24 01:28
鉄蜥蜴さん、コメント感謝です。

おぉ、さすがですね。名前ご存知でしたか。だいたい本屋に置いている気がしますが、それでかな?
書き手の人が亡くなられていた事実は、私もショックを受けました。
病気と闘っていたからこそ、あそこまで希望に満ちた話が書けたのかなと…そう思うと、内容が切実に胸に迫ります。

親父もブックオフオンラインだったかで、でまとめ買いして読んでました。
それ有名だよね、どう、面白いか?と尋ねたら、即答で面白いと申しておりました(笑)
内容がとても分かりやすいですから、子どもから大人まで読みやすいとは思います。
問題のキャラ造形も、頭の中で昔のマンガの絵柄を思い浮かべれは、なんかみんな親しみやすくなります。
つまり、そういう作風なんです。

地方の本屋は、どうしても品ぞろえが悪いですね。売れないと駄目だから、出版社の営業力も関係しますが、どうしてもベストセラーばかり並びますね。
おかげで、本を買う人がブランド(有名作家)じゃないと買わず、他の作家に見向きもしない悪循環ができております。
出版不況の理由のひとつらしいですね。

スポーツの描写はすごいですよ。絵が浮かんできます。
松崎先生はスポーツやってたのかな…いや、むしろ、見る方が大好きだったんじゃないかと思いました。
物語に出てくる薄野は一応小説家なんですが、彼の持論として「とにかく分かりやすく書ければいい」とありました。
だいたい人物を通して語られる小説作法は、作家の持論であることが多いです。
アマゾンだとこの作品、賛否が激しいです。でも自分は自分の書きたいものを書ければいい、そんな気持ちが込められている気がしました。

悪い奴が死んだりして懲らしめられる話は、もう今の時代では通用しないですね。
だから水戸黄門が終わってしまったし。
一生懸命、現代の若者にも受けるように工夫してたけど、無理がありました。
終わって正解だったと思います。寂しいですけどね。

私も、日々報道される悪い奴らを見ると、この世に生きる価値なしと考えますが…被害に遭った人が相手を永遠に憎み続けるよりも、許す方が一番救われるんだと、この作品は一貫して書いています。
とてつもなく難しい解決法ですが、私もそれが一番いいと思いますね。

作中の「私を消して仏になる」
忘れられない一文です。仏道の神髄を見た気がします。
アバター
2015/03/24 00:23
走れ!T高バスケ部、名前は知ってます。
作者の方、亡くなられたんですか。最近、悲報が多いですね…。
ご冥福をお祈りします。人(T T;)

中古でいっぺんに手に入ると、読みやすくて助かりますね。
最近の町の書店は客足も減ってあまり再入荷してくれなくなったから、棚に並んでる時に急いで買わない
とシリーズ物は揃えるの大変で、大変で…。^^;
アマゾンにばっかり頼るのも良くないですね。…でも便利なんだよなぁ。www

スポーツの描写が上手いっていうのは、あやかりたいですねぇ。
スポーツ描写はアクション全般に通じますからね。特に団体競技は。
ちょっと近所のブックオフで探して見ます。…あるかなぁ。

>悪人さえも救われるこの小説は、特に世の中で嫌なものを見てきた大人には受け入れられがたいかもしれない。

こういう演出、意外と嫌いじゃないですよ~。
オイラは読者に都合のいい完全懲悪ってあまり好きじゃないんですよね。かえって嘘くさくて。
「悪い奴ほどよく眠る」って諺があるくらいだから、現実は悪ほど栄えてますし。 (イヤな事実だw)
そういう意味では、やっぱりノンフィクション物を読み漁るのに向いてる人なのかも。www
憤りながらも、利己的にならず、理知的な解決策を模索する人に私はなりたい。 (宮沢賢治w)
…でも、悪者が最後に成敗されるお約束展開って、いつの時代も人気なんですよね~。www



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