Nicotto Town



アスパシオンの弟子39 少年王(前編)

 まっ暗闇の中に落ちた僕は……誰かの呼び声で目覚めました。

『ぺぺ! ぺぺ!』

 黒髪の男の子がびいびい泣いています。

 ウサギの僕をぎゅうっと抱っこして、すりつぶしたニンジンをむりやり食べさせようとしています。

『ぺぺ。しっかりしろ! ぺぺ! これを食べろ! 食べないと死ぬぞ!』

 十歳ぐらいのハヤト……ということは、これは、夢?     

 泣きじゃくる少年が僕の口にスプーンを突っ込んできました。

 あまりにも唐突だったので、ゲホゲホむせたとたん――今度こそ本当に目が覚めました。

 夢は……ほとんど現実でした。

 僕はウサギのままで、無精ヒゲたっぷりの超むさい我が師に抱きしめられていました。

「ぺぺええええええ! 目を覚ましたかあああ!」

 我が師は、すりおろしニンジンを入れた器をほっぽって。

「愛してる! うああああぺぺ愛してるううううう!」

 うっとおしく泣きじゃくり、僕に頬ずりしまくりました。

 王宮に運ばれてまるまる三日、僕は意識不明の重態だったそうです。

 小さな我が身は、全身包帯だらけの上からオリハルコンの上着で包まれた状態。

我が師の腕にがっちりしっかり抱きしめられて、にっちもさっちもいきません。

 我が師はなんとも豪奢な天蓋つきの寝台の上で胡坐をかいておりました。

 メキドの国王陛下から与えられたその客室はとても広く、壁は一面幾何学模様の焼きタイル。 

 僕の銀の右手と残りの衣装一式は、螺鈿のテーブルに置かれていました。

 戸棚も寝台も黒檀で、細かな彫刻がびっしり施されており、ひと目でものすごい価値があると

わかるものです。

なんだか風が吹いてくると思ったら。なんと寝台の両脇には、ダチョウの羽をぱたぱたしている

召使いがひとりずつ立っていました。

 聞けば兄弟子様も、そしてフィリアも、隣続きの同じような客室をひとつずつ、与えられたそうです。

「あのう、離して下さい。きついです」

「やだ。ずっとこうしてたい」

「でも僕は、ぬいぐるみじゃありません!」

 何度訴えても、我が師の嗚咽と頬ずりは止まりませんでした。

 ウサギの姿の僕を見ると、この人はまるっきり理性を失ってしまうようです。

「ぺぺが瀕死で運び込まれてきて、俺は、俺はもうっ……」

「ペペって呼ばないで下さいよ」

「だっておまえ、今ウサギじゃん。ぺぺでいいじゃん」

 ぐする我が師をなんとか落ち着かせ、僕は天の島から王宮へ至った顛末を聞き出しました。

 オリハルコンの布を被った僕が、魔人として全く機能しなくなったせいで、灰色の導師は

天の島の迎撃を受けてかなりの重傷を負ったそうです。

 我が師と兄弟子様は、彼の洞窟船を奪って島を脱出。しかしすんでのところで灰色の導師は

自分の船にとりすがってきて……。

「船室で、三つ巴の戦いになっちゃってさあ」

「は? まさか仲間割れでもしたんですか?」

「エリクの野郎が、『アミーケのもと嫁の俺に免じて命だけは助けろ』とか、わけのわからない

こと言いだしてさ。そんで灰色の導師を船から落っことすか落とさないか、俺とエリクで

じゃんけん勝負になって、あいつが後出ししやがったもんだから、ついその、カッとなっちゃって。

俺、エリクに光弾ぶっぱしちゃったの。そしたら灰色の導師が、『私のルーセルに何をする』とか、

わけのわからないこと言い出してさ。俺を韻律でぶっとばしたの。おかげで船の舵輪が

こわれちゃって操縦不能になって。それで王宮の庭園に不時着したんだよな」

 ……。

 あの、お師匠様。

 それは、三つ巴と違います。

 完全に、相思相愛夫婦VS独身男の構図ですよそれ。

 お、お疲れ様です。

 我が師たちは現在、灰色の導師をなんとか韻律で眠らせて、結界が張られた地下の部屋に

閉じ込めているそうです。

「一日に一回、エリクの野郎が看病がてら地下に様子を見に行ってる。いやあでも、

この国の国王陛下は話が分かる奴で助かったよ。巨人の妃殿下には始め賊と間違われちまったけど、

そのことも十分に謝ってもらっちゃって、いたれりつくせりなんだぜ。俺たち、まがりなりにも

黒の導師だろ? 黒き衣は、つまりは国の後見につけるぐらいの能力の持ち主ってことで、

ほんと最高の待遇を受けてるの。好きなだけここにいて下さいだってさぁ♪」

 僕が意識を失う前に垣間見た、ターバンを被った少年。彼こそが、このメキドの国王陛下。

 そしてあの超人的な全身桃色甲冑の巨人こそが、この国の王妃殿下であられるそうです。

「人間と巨人のカップルも、人間とウサギのカップルと同じぐらい良いもんだなぁ。国王夫妻はめっちゃラブラブなんだぜ」

 我が師は口をタコのようにして、僕のもふもふの頭に口づけてきました。

「ぺぺはおれと一緒の部屋でいいですうって陛下に言ったんだ。俺らもいーっぱい、ラブラブしような♪」

「はぁ? 何気持ち悪いこといってるんですか? いつ僕とお師匠様が、そんな仲に?

僕、陛下に頼んで部屋をいただきますね」

「そ、そんなのだめ! せっかくウサギになってんだから、もっとモフモフさせて? せめてあと一週間ぐら――」

「却下します。お師匠様、僕をモフモフしたくて、わざと人間に戻さなかったんですよね? 下心まるみえです」

「に、人間に戻ったら、さらに傷が痛むぞ? ウサギの方が養生にはラクだぞ? な? もうちょっとモフモフさせて? な?」

「だが断る」

「ぺぺえええ!」

 ため息をつきながら僕が変身解除の韻律を唱えて、むりくり人間に戻ったその時。

隣の客室にいる兄弟子様が、ひょっこり僕らの部屋に顔を見せました。

 我が師の狂喜の叫びに、午睡を邪魔されたとかなんとかぶつぶつ言いながら。

 兄弟子様は、ダチョウ羽の風送り部隊を二人つき従えていました。

「なんだかおもしれえのよこれ。どこまでもついてくるのよこれ」

 メキドは南国でほぼ一年中暑いからなのでしょうが……やっぱりすごい待遇です。

「で、ぺぺよ。なにハヤトと裸相撲やってんの?」

「なっ……ち、違いますよ! 目を覚ましたから、人間に戻ったとこなんです! たった今!」

「でもおまえ、ほとんど裸で抱っこされてんじゃん」

「完っ……全な誤解です!!」

 僕は力任せに我が師を押し退け、急いで青い服を着込んで銀の右手をはめました。

 人間に戻った瞬間、包帯がブチブチちぎれて床に落ちましたが、体の傷はもうほとんど治っていました。

 オリハルコンの布をもってしても、徐々に回復するという魔人の体の特性は抑えきれない

のでしょう。でもそれを考えても、傷の治りが異常に早いような……。

 僕はハッとあることに思い至り、部屋を飛び出しました。

「フィリア! どこ?!」

 もしかして。もしかして……!

 回廊に仄かに漂う、甘露の香り。メニスの少女は、我が師の右隣の客室――紅色の焼き

タイルに壁を一面覆われた、とても美しい部屋にいました。

 部屋の中に入るのを、僕は躊躇しました。

 彼女は螺鈿のテーブルにつっぷして、すうすう寝入っていました。

 とても蒼白く、疲れきった顔で。

 鉄兜の少女に連れ去られた時に噛みちぎった腕とは全然違う場所に……

 どきりとする証拠がありました。

 彼女の右の手首には、布が分厚く巻かれていました。

 真っ白い、包帯が……。

 

アバター
2015/04/08 23:53
なるほど少年王だから子供っぽい王妃がいるのですね
アバター
2015/04/04 19:41
束の間の休息でしょうか?
アバター
2015/04/04 11:25
皆無事な様で良かったですね。

次はどうなるのかな?




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