Nicotto Town



アスパシオンの弟子39 少年王(後編)

 僕の全身が、ざわっと震えました。

「やっぱり、そうなんだ? フィリアは僕に、また甘露をくれたんだ? メニスの血を……」

「うん。自分が治してやるんだって、手首切って、瀕死のウサギに血をぶっかけてたわ」

 後ろからついてきた兄弟子様が、ぼふっと僕の頭に手を載せました。

「フィリアを守ってくれてありがとな」

「うう、ぺぺを看病しまくりたかったのに。フィリアちゃん、余計なことを……」

 我が師が自分の部屋から顔を出して、悔しそうに黒い衣の袖を噛んでいます。

 眠っているフィリアはかわいそうなことに、楽師から貰った薔薇色の服をまだ着ていました。

覆面男たちに破かれた無残な服を。

「フィリア……ごめん……ありがとう……」

 回廊で僕が潤む目をこすっていると。

――「まあ、ぺぺさんでは?」

 長くて広い回廊の彼方から、全身桃色の鎧に身を包んだ妃殿下がやって来られました。

「目を覚まされましたのね。それに、人間の姿に戻られて。さっそく陛下にお伝えいたしますわ」

妃殿下は、足音を忍ばせてフィリアの部屋に入っていきました。見れば野太い腕に桃色の

布の塊を持っておられます。それは……なんと絹地の衣服一式でした。

 妃殿下は衣服をそっと螺鈿のテーブルの上に置いて、そろりそろりと戻ってきました。

「侍女たちに仕立てさせたの。きっとフィリアさんによく似合ってよ」  

 鉄仮面の奥の妃殿下の片目が、チャーミングに一瞬閉じられました。

「よかった……!」 

 僕が思わず大声をあげたので――

「ん……? ぺ……ぺ?」

 フィリアは目を覚ましてしまいました。

 ハッと身を起こす彼女。僕らは皆、なぜか反射的に戸口から姿を隠しました。

 それからおそるおそる息を潜め、皆でそうっと部屋の中を覗いてみれば。

 目前に置かれた物に気づいたメニスの少女は、驚嘆のため息をついていました。

 彼女はそれをうっとり眺め。とても嬉しそうに手にとって、抱きしめました。

 桃色の絹地には、一面びっしり金糸の刺繍。一緒に縫いこまれた円いビーズが、半円形の窓から

差し込む日の光に照らされて輝いていました。

 きらきらと、宝石のように。

 

 

 

 巨人の妃殿下の取次ぎで、僕はすぐに国王陛下に拝謁することができました。

 新しい衣服にさっそく袖を通したフィリアは涙を浮かべて妃殿下に礼を述べ、国王陛下にも改めて

挨拶したいと僕についてきました。

 桃色の服は、色香が漂っていた薔薇色の衣装よりもはるかに上品なもので、フィリアはまさに

王女かとみまがう可愛らしさ。そして彼女にも、あのダチョウ羽の風送り隊がつけられていました。

 僕らはそよ風を背に受けながら、妃殿下に先導されて玉座の間に入りました。

 美しい焼きタイルに覆われていたであろう壁が、そこかしこ無残に黒く焦げていることに驚いていると。

 国王陛下が奥の間から入ってこられ、妃殿下をいざなって、正面に置かれたふたつの象牙の玉座に

仲良くお座りになりました。妃殿下の玉座はおそらく特注。その超弩級の玉体にぴったり合っています。

「まっ黒こげでごめんね」

 少年王はとても哀しそうな顔をされました。

「前国主……パルト将軍が、王宮に火をかけて逃げたせいなんだ。緑の王都も将軍の親衛隊に

蹂躙されて、焼け野原になってしまった」

 パルト将軍はもと王室陸軍所属の軍人で、革命を起こして陛下の父上から王位を奪い、メキドに

恐怖政治を敷いていたのだそうです。

 ひっきりなしに誰かが粛清される陰惨な日々に、明日は我が身と恐れた貴族たちがついに叛旗を翻し、

将軍に退位を迫ったのはつい数ヶ月のこと。

国外へ逃亡しようとした将軍は国境付近で捕らえられ、処刑されたそうです。

 革命。粛清。叛乱。流された血。この黒こげの壁は、その証人。

 忘れ去られぬよう、この玉座の間はずっとこのままにしておくつもりなのだと、陛下は仰いました。

「でもサクラコさんのおかげで、庭園と大広間はとてもきれいになったんだよ」

 はにかんで鉄仮面を外された妃殿下は、金髪巻き毛のかつらを揺らしてにっこりされました。意外に

可愛らしいお顔です。

 フィリアがご夫妻に感謝の意を伝えますと。陛下は奥の宮をこれからの住まいとするよう、彼女に

告げました。

「歴代の王が後宮に使っていた処だけど心配しないで。僕は、側室を娶る気はないから。王宮で一番

安全な所はそこなんだ。どうかゆっくり過ごしてほしい」 

 その日のうちに、フィリアは奥の宮に移りました。

 そして僕は、フィリアが使っていた客室を与えられました。畏れ多いことに、ダチョウ羽の風送り隊も。

 こうして数日間、僕らは王宮で穏やかに過ごしました。

 というのも。

 我が師たちは、かねてからある出来事を待っていたからです。

 妃殿下の温室になんと「メニスの繭」があり。羽化が間近であるというのです。

 不時着直後、灰色の導師はその繭に反応してひどく暴れたそうです。

 兄弟子様が、国王夫妻と一緒にその繭を僕に見せてくれました。

 ありとあらゆる桃色の花が咲き誇る温室の一角に、その真っ白く大きな物体がありました。

「妃殿下が森の洞窟で見つけて、タママユガの繭と間違えて持ってきちまったんだと。十中八九、

成人したメニスが出てくるからさ、みんなでその誕生を見届けようって話になったのよ」

 兄弟子さまはガシガシ頭を掻きました。

「まったく、数奇な運に恵まれたもんだぜ。メニスの羽化なんて、めったに見られるもんじゃねえ。その

瞬間には、アミーケにも立ち会ってもらうつもりだ」

「灰色の導師さまに?」

「無事出てくりゃいいんだが、万が一羽化不全とか起こしたら、対処できるのは同族のあいつ

だけだ。少なくとも、娘のフィリアの羽化を見届けてるからな」 

 フィリアもかつてあんな真っ白い繭を自ら作って、その中から出てきた……?

 なんだか信じられない神秘的な話です。  

「たぶんあと数日だな。そろそろ見張りが要るんだが……ぺぺ、ハヤトと交代で繭を見ててくんない?

兆しが見えたらすぐ俺に知らせてくれ」

 というわけで。僕は我が師と交代で、繭を監視しつつ結界で守る仕事につきました。

 温室の中で始終詰めているので、時間をもてあますだろうと、妃殿下は僕らに王宮の

書庫から本を貸してくださったり、温室の植物の世話を手伝わせてくださったりしました。

 国王陛下は都の再建事業を連日見に行かれ、帰ってくると妃殿下と一緒に仲良く庭仕事をされました。

 陛下は毎回、全身砂埃だらけになって帰ってきました。現場で作業員と一緒になって作業してくるからでした。

 僕らが妃殿下に救われたあの時も、陛下は資材を運ぶ手伝いをしていたそうです。

 そんな陛下は僕と特に親しくしてくれました。

「僕のこと、トルって呼んでくれたら嬉しいな」 

 陛下は僕と同じ十六歳。もしかしたら、同じ年頃の友達が欲しかったのかもしれません。

 僕らは互いに身の上話をしましたが、陛下のお話は僕には想像がつかぬほど、とても哀しく辛い

ものでした。

 屈託なく笑う陛下の手足には、刀で斬られたような痛々しい傷跡がありました。

 革命で、父王も母君も、兄弟姉妹も、みな殺されてしまったのだそうです。

 トルナート王子はたった一人だけ、運よく生き永らえたのでした。

 全身刀で切り刻まれてなお。

 運命の女神は、彼を見捨てなかったのでした――。


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2015/04/11 13:55
kobitoさま

読んでくださってありがとうございます><
はじめ戦記的な要素を入れようと構想していたせいか、
このお話はわりかた戦闘描写の多い展開になりました。
架空の国のことはいえ、その政体や歴史はどうだったんだろうと考えると、
やはり人間の性(さが)である戦争も、あったのだろうなぁと考えてしまいます。
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2015/04/11 13:18
かいじんさま

読んでくださってありがとうございます><
人間なのでもう切ったはったの大混乱><
いつの世も争いごとは絶えないようです。
羽化できるかどうか、楽しみにしていただければ幸いです^^
 
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2015/04/11 13:17
夏生さま

読んでくださってありがとうございます><
お褒めいただき大変恐縮です><
私は歴史が大好きなので、王様が出てくるようなお話も大好き。
自分でもこんなお話が書けたらよいなぁと思って書いています^^
完結めざしてがんばります^^!

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2015/04/11 13:13
よいとらさま

読んでくださってありがとうございます><
確率的には奇跡のようなこの出会い。
そして次回、またまた意外な事実が判明(・・;

この辺りの奇跡と偶然の確率を「小説家になろう版」では
かなり修正しています^^;
こちらは後世に伝わったおとぎ話、
なろう版が真実、と言う雰囲気になっています・ω・

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2015/04/11 13:09
優(まさる)さま

 読んでくださってありがとうございます><
 平和な雰囲気の王宮なのですが。やはり上手くことは運ばないようで……
 生き物だもの・ω・`という感じで、またまた騒動が起きそうです。
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2015/04/10 16:46
ファンタジーの牧歌的世界と、現実の政治闘争を絡めると、人の罪深さが浮き彫りになってやるせないですよね。
Sianさんの場合は、ファンタジーの方もけっこうハードな描写があるから、現実の闘争と違和感なく調和するのかもしれない。
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2015/04/06 21:50
権力抗争と言うのは血生臭いものですね。

次回で羽化するんですね^^
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2015/04/05 19:07
今晩は!

実に素晴らしい作品ですね。
情景描写、心理描写ともに優れ、作品の展開も見事です。
一気に拝読し、こうした作品を書ける人は羨ましいと思いました。
今週も楽しいひとときを過ごしましたよ。
鶴首して次作品をお待ちします。

m(_ _)m
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2015/04/05 12:45
こんにちは♪

九死に一生。
生存確率 10%

ペペさん、フィリアちゃん、お師匠様、兄弟子様、灰色の導師さん
そして国王陛下。

九死に一生な者が6名、同時に存在している確率は
0.1^6=0.000001、つまり、0.0001% =1ppm
ぃぁーぃぁー^^;

さてさて、意味不明な計算は置いておいて、
国王陛下と妃殿下の保護のもと、ようやく訪れた
安息の日々。
ここでしっかりとHP、MP、ステータス異常を
回復しておきたいですね^^

傷ついた
心、体、国
立ち直る
心、体、国

静かにまっすぐ流れるお話のその先には・・・
繭の変化は・・・

続きがとても楽しみです。
いつも楽しいお話をありがとうございます♪
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2015/04/04 15:35
助かって良かったと言う所ですかね。

後は、今の平和が長く続けば良いですね。
アバター
2015/04/04 14:37
カテゴリ:占い
お題:あったらいいな、○○運。

・九死に一生を得られる運。

次回は赤毛のトルとサクラコさんのなれそめ話がちょっと入る・ω・?




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