Nicotto Town



アスパシオンの弟子40 桃色の邂逅(前編)

「お師匠さま、交代です」――「んがっ」

 メニスの繭の見張りを始めて三日目。

 僕は妃殿下の温室で、いびきをかいて長椅子にでんと寝ている我が師を揺り起こしました。

 この温室の中は外に比べて大変涼しいです。ギヤマン張りの壁は特殊な膜が貼られていて、

南国の強烈な日光を遮るようになっているからです。

 おかげで、よだれを垂らしてうとうとできるほど至極快適。

「眠ってたら、見張り役も何もないと思うんですけど?」

「あー、ごめ。ほんっと風が気持ちよくってさぁ」

 身を起こしてよだれを拭く我が師の両脇には、ダチョウ羽の風送り隊。僕の後ろにもしっかりついています。

四六時中風を送ってくれるのが申し訳なくて、一時間おきぐらいに休んでもらっています。

 午前は我が師、午後は僕。夕食後真夜中までは我が師。明け方までは僕。

 こんな感じの半日交代で温室に入りびたりなのですが。繭は、なかなか割れる気配がありません。

「妃殿下を手伝ったらどうですか? 恥ずかしいですよ」

「あら、よろしいのよ」

 温室の奥で、桃色巨人の妃殿下が花鉢に水をやっています。ふんふん鼻歌を歌いながら。

「警戒心なくゆっくり安らかにお眠りになれるなんて、ここがとても心地よい癒しの場所だっていう証拠ですもの。

ここを作った私としては、とても光栄なことですわ」

「い、いえ妃殿下、どうかお師匠さまの首根っこ掴んで起こして、尻叩いてこきつかってやってくださいよ」

「ちょ、弟子! なんだその言い種は」

 なんだじゃないですよ。ほんとに我が師はだらけてばかり。

 長老たちの目を欺く偽装かと思ってましたが、ここに来てもこんな調子ってことは、怠惰な生活が

身に染み付いてしまってるのでしょう。

「さぁ弟子も来たし、こんどは池のほとりで昼寝すっかぁ」

 こきこき首を鳴らしながら、我が師が意気揚々と温室を出ようとしたとき――。

「大変です妃殿下ー!」 

 セバスちゃんという巨人の侍従が王宮からすっとんできて、恐ろしい形相で急を告げました。

「視察先で、陛下がお倒れになられました!」




 血相を変えた妃殿下は音速で走り去り、王宮に運び込まれた陛下の看病をしに行かれました。

 僕も心配でたまりませんでした。繭のそばでやきもきそわそわしていると。

 ダチョウ羽の風送り隊の二人が突然風を仰ぐのをとめて、僕の前にふかぶかと頭を垂れました。

「もしよろしければ」「よろしければ」

「お見張りを交代いたしましょう」「交代いたしましょう」

 で、でも。

「どうかお任せくださいませ」「くださいませ」

 風送り隊は僕の心をくすぐる言葉を言上してきました。

「陛下はきっと」「あなた様に会われたがっております」

 陛下とはこの数日、本当に親しい会話をしました。まるで親友同士のような話を。

『僕のこと、トルって呼んで欲しいな』

 気づけば僕は。風送り隊に後を託して王宮へ走っていました。

 たぶんこの僕も――同い年の友達が欲しかったのかもしれません。

 陛下の寝室の前には、心配する人々がたくさん集まっていました。我が師。兄弟子さま。フィリア。

それからたくさんの侍従や侍女、廷臣たちにケイドーンの巨人たち。

「ついさっき目を覚まされたみたい」

 フィリアがやってきた僕に囁いて教えてくれました。

「妃殿下がとてもホッとされていたわ」

「一体何が? ま、まさか刺客とか?」

「ううん、侍医の方がおっしゃるには過労ですって」

 陛下はほぼ毎日、朝議が終わると王都へ出て行かれ、建設現場を視察なさっていました。そこで必ずご自分も

一緒に手伝ってこられるのです。夕刻になるまで一所懸命働いてくるのですが、その疲れがたまりに

溜まって……ということのようでした。

「無理をなさってはいけませんわ!」

 妃殿下の泣き声が寝室から聞こえてきました。

「お気持ちは解りますけど。こんなに毎日働きづめではお体が……」

「平気だよサクラコさん。みんなそこにいるんでしょ? 入れてあげて」

 陛下は寝室の入り口にいる人々の気配を察して、僕らを招き入れて下さいました。侍従たちも、大臣たちも、

巨人たちも、みな分け隔てなく。

「ごめんね、みんな。心配してくれてありがとう。でも僕、大丈夫だから」

 陛下はやはり、砂埃だらけ。そのお顔は重労働をしてきたのが一目瞭然で泥で汚れていました。

 妃殿下がやさしくそのかんばせを暖かい湯に浸した布で拭き取っておられました。

 陛下は弱々しい表情でしかも顔がとても蒼白かったのですが、それでもにっこり微笑されたので

見舞った者たちはみなホッとしました。

 妃殿下が、陛下の好物の桃を果樹園からもいでくるといって席を外されました。僕らも長居はいけないと

部屋から退出しようとすると――

「アスワド、君はここにいてくれる?」 

 僕だけ、引き止められました。

 アスワドというのはこのメキドの言葉で「黒髪」という意味です。陛下はすでに僕に愛称をつけて

呼んでくれていました。君は僕の友達だからと。

「陛下のことをみんな心配してます」

 寝台のそばに座って、僕は差し出された手をそっと両手で包みました。

「あまりご無理をされないでください」  

 すると陛下は、とても心痛むようなことを話されました。

「先月ね、ようやく父様を王家の墓地に埋葬することができたんだ。都の人たちが父様の首を探し出して、

僕に返してくれたんだよ。一緒に働いてくれたお礼です、って。革命直後、父様の首はしばらく都の

大広場に晒されてて。そのあとは行方不明になってたんだ」

 陛下の弱々しい笑顔がひどく痛々しく見えたと思ったとたん。

 彼は僕の手をぎゅっときつく握りしめてきました。

「僕はみんなのために働く。みんなを守る。だって都の人たちは父様だけじゃなく、母様も、兄様たちも、

お婆様や従兄弟たちも次々と探し出して、僕に返してくれたんだもの。今、僕の家族は墓地で

安らかに眠ってる。一人を除いて……」

 寝台の更紗のかけ布にひと粒、ぽたりと涙が落ちました。

「姉様が、まだ見つからないんだ。僕をかばって死んだ姉様が。都の人たちも、ケイドーンの巨人たちも、

一所懸命探してくれてるんだけど……」

「絶対、見つかります!」

 僕は陛下の肩をぎゅっと抱きました。

「繭を見る仕事が終わったら、僕も協力します」

「アスワドありがとう……でも大丈夫。弱音吐いてごめん」

 陛下はぎゅっと僕を抱き返してきました。

 僕の心中は哀しい悼みと。そして暖かな喜びで満ちました。

 なぜなら陛下はこれまで王としてずっと気を張りつめて、気丈に振舞っていたに違いなく。

 彼のこんな泣き顔を見られる者は、おそらくこの世でたった二人だけだと思ったからです。

 その二人とは。僕と、それから……

「桃をたくさんもいできましたわよ」

 手にいっぱい桃色の果実を抱えた桃色甲冑の妃殿下が、寝室に戻ってこられました。ほわんと、

部屋に果実の甘い匂いが漂ってきます。僕の鼻にもその匂いが入ってきました。

「果樹園の桃だ」

 陛下は嬉しそうにすうっとその香りを吸い込みました。

「アスワド、サクラコさんが育ててる桃は最高なんだよ。一緒に食べよう」

 妃殿下を見る陛下の顔には、明るい笑顔がよみがえっていました。

 とても幸福そうな、心からの笑顔が。 

 

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2015/04/13 21:42
王と言うのもいろいろ心痛が多いものなんですね。
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2015/04/11 11:12
おはようございます♪
ちょっとじわっときました。
ペペさんの人徳はもはや愛の領域に^^
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2015/04/11 10:46
陛下、お疲れ様なんだ…
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2015/04/11 10:39
陛下は働き過ぎですね。

休んだら良いのにですね。
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2015/04/11 10:38
カテゴリ:占い
お題:おススメの癒しスポット
妃殿下の温室^^

大阪にある、みどり博のパビリオンだった「この花咲くや館」。
真夏に行きますと、本当にとても涼しくて心地よいです^^
汗だくで中に入った直後、生き返ったーという感じがします。




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