Nicotto Town



アスパシオンの弟子43 告白 (後編)

 茫然とする僕の返事を無視して、我が師はおのれが成した恐ろしい光景に目を向けました。

 崩れ落ちた岩に半分埋まっている、無残な覆面男たちの残骸を。

「敵ってこれだけじゃないよな。こりゃあ神獣のところに行きつかれてるかも」

 殺さなければ、情報を聞き出せたのに……。

「いや。弟子を傷つける奴は、俺、絶対許さない。情報なんか、目玉から記憶取り出せばいい」

 な、なんて恐ろしいことを言うんですか。

「何びびってるの弟子。全体講義で、その韻律の概説されたことあるでしょ。大体、

黒の技ってのは元来こういうものさ。人を呪い、人を支配し、人を殺める。だからこそ

廃れず、いまだに残ってるんだ」

 崩れた岩のすぐ前に転がる黒覆面の頭部。我が師は何くわぬ顔でその前にしゃがみこみ、迷わず

覆面を剥がしました。

「見たくなかったら、顔覆ってろ」

 僕は言われる前に目をつぶっていました。聞こえてくる韻律の音色におそるおそる目を

開けてみれば。我が師は、丸い眼球をひとつ取り上げて覗き込んでいました。

「こいつらがここに来たのは、俺達が来る数刻前って雰囲気だな。偽造した王の勅令状を

見せて、堂々と中に入ってる。管理官にわいろ渡して、俺らが来たら『それはニセモノだから』、

作業場に誘導しろって命令したみたいだな」

 我が師が眼球を持って近づいてきたので、僕は思わず後ずさりました。

「弟子……あの俺、無理強いはしないから」  

 ううう、気持ち悪いこといわないでください。 

「弟子がいやだってんなら、受け入れてくれるまで何百年でも待つから」

 待たなくていいです。魔人になるのはやめて下さい。

「だからさ。その、泣かないでくれる?」

 泣いてなんか……。

「あ、ごめん、眼球持ってるのが怖いんだな? でも俺、覚悟決めたから。たとえ

怖がられても、俺は弟子を守るためになんでもする」

 どうしようこれ。

 女の子に転生してくれた方が、まだ百万倍ましですよこれ。

 どうやったら、我が師の愚考を止められる?

 管理官と別れたところまで戻り、地図を睨んで封印所とおぼしきところへ急ぎながら、

僕はぐるぐる考えました。

 僕に彼女ができても、おそらく無駄。我が師が僕以外の人を好きになる、という可能性に

賭けるしかないような気がします。そう仕向けるしか、僕が助かる道はなさそうです。

 しかし我が師にぴったりの女の子なんて。

 フィリアはとても可愛くてなんというかその、あの人には渡したくないというか、ですし。

ウェシ・プトリは、土台なびいてくれそうにないし。

 ああでも、今はそれどころじゃないのです。神獣を探さなくては――。

 我が師が唱えた人が通った痕跡を視覚化する韻律のおかげで、僕らは覆面団の行方を

見つけることができました。

 熱源が通った気配を示すその穴道は深く長く、坑道ではなくて「封印」の間に続くトンネル

として作られたものだとわかりました。

 灯り球をひとつだけ浮かべて潜るにつれ、しだいにひとひと湿っていく岩面。

どんどん冷たくなっていく空気。

 ほどなくはるか前方に、黒い塊――。黒覆面の男がひとり、力尽きて倒れていました。

 なんとその男には、下半身がありませんでした。切断されたような恐ろしい傷跡。

しばらく這ったのか、その先の道はぬるぬる血だらけ。

 血濡れた道のすぐ先には、遮断された扉がありました。

 金属製で、勢いよく上から落ちてきたのでしょう。我が師が韻律の光弾で扉に穴を開けると、

向こう側にさっきの覆面男の下半身らしきものが転がっていました。

「うわ。扉で切断されたわけか」

 ギロチン扉は五つあり、その罠にはまった覆面男は三人いました。

 上から落ちてくる物と、左右から引き戸のようにいきなり閉まるもの。それから上に向かって

立ち上がるもの。どの方向から鉄の板が動いたのかは、無残な血の跡で一目瞭然。

 そうして行き着いた先は、円く狭い小部屋でした。

 神獣は巨大な生き物だと聞いていましたが、そこは人が一人入れるかどうかという小さな空間。

 その入り口に覆面男たちが十数人、折り重なって倒れていました。その誰もが体を

小刻みに痙攣させ、口から泡を吹いています。

 毒?!

 小部屋からふしゅうと噴き出す空気が色づいているので、僕はとっさに口を抑えました。

 我が師が僕らの体を結界で包んでくれました。

 毒の霧は部屋の奥の台座からでており、その上には、四角い蓋つきの箱がひとつ。

蓋は開いており、中にぎらぎらと緑色にかがやく円い石版のようなものが見えています。

 そして。

 韻律使いなのでしょう、毒霧の中で覆面男のひとりが我が身を結界に包み、今まさに、

その石版に手を伸ばしていました。

 たったひとり、生き残った勝者が。



『我が心臓を取るな』

 あたりに響き渡るしゃがれた囁き声。たぶんそれは、蛇の声でした。

 しかし覆面男は声に従わず、無造作に箱の中の石版をつかみました。

 そのとたん。

 石版がほぐれて糸のようになり、覆面男の結界を突き抜けてするすると腕を這い登り――

 突然カッとそれは口を開き、なんと男の首筋に噛みつきました。

 悲鳴をあげて倒れた覆面男は、痙攣しながらすぐに息絶えました。

 石版と思われたものは、とぐろを巻いた小さな蛇。

 本当に小さな、糸のような蛇。   

 蛇はものすごい速さでしゅるしゅる男から離れ、元の箱の中にとぐろを巻いて納まりました。

 まさかあれが、神獣ガルジューナ?

 サトウブナの大樹五本分の大きさの? 

 いえ、どう見てもマムシぐらいの蛇です。

 我が師は部屋の中に飛び込み、急いで箱の蓋を閉めました。すると台座から噴き出す

毒霧がぴたりと止まりました。

『こんにちは、ガルジューナさん』

 我が師は神聖語で平身低頭に挨拶し、蛇に訊ねました。

『あなたを持ち出していいですか?』

『礼節あるものよ。我が心臓を外へ出すな』

「つまり、箱からは取り出すなってことかな? いや……」

 我が師は小部屋に僕を招きいれ。蛇に咬まれた覆面男を入り口付近の脱落者たちの上に

放り投げ。そして台座の周りを調べました。

「あ、そうか。ここ、蛇の体の中か」

 え?

「小部屋の壁を見てみろよ。岩じゃないぞ」

 たしかに。黒光りする金属の板で一面覆われていますね。通路の壁と明らかに違います。

「この小部屋は神獣の体内の一部ってことだな。そりゃたしかに、自分の体から引きずり出され

たくないわなぁ。まぁ、いちおう聞いてみるか。『ガルジューナさん、引っ越す気はありませんか?』」

 我が師の神聖語の問いにガルジューナはしわがれた囁き声で答えました。

――『ない。我を動かせるのは、我の主人のみ』 

 主人?

『我を動かせるのは、真にメキドを継ぐ者のみ』  

「えっと、『俺たちは、王の勅令状持っています。俺たちは王の代理人です。俺たちを信用してくれませんか?』」

 勅令状。ええ、しっかり持っています。トルが僕らのために通行手形として書いてくれたのです。

 しかし蛇は、納得しませんでした。 

『紙切れなど無効』

 蛇は高らかに告げました。 

『赤鋼玉の瞳を継ぐ者こそ我が主人! 消えよ! 我の眠りを妨げるもの!』

 瞬間。小部屋の入り口が金属の壁で遮断され。

 台座の周囲から真っ赤な炎が噴出しました。

 灼熱の炎が、僕らを包み込みました。

 あっという間に。

 

  

 

 

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2015/05/31 11:27
大蛇との戦い
さてどうなる…
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2015/05/12 23:32
冒険はいろんな事の連続ですね^^
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2015/05/09 10:24
夏生さま

いつも読んでくださって感謝です><
神獣大きいので、知らず知らずのうちにお口の中に……
蛇の心臓は、頭脳でもあるようです^^
蛇とうまく折り合いがつけられるといいのですが。
少々苦労しそうです。

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2015/05/09 10:22
よいとらさま

いつも読んでくださってありがとうございます><
師匠、ちょっと危ない方面へ暴走しそうですが、ウサギストッパーに期待です^^;
インディジョーンズみたいな探索にしたかったのですが、
長くなるので「トロッコでジェットコースター」は自重しましたノωノ
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2015/05/09 10:18
優(まさる)さま

いつも読んでくださってありがとうございます><
蛇を相手に苦労しそうな雰囲気です^^;
アバター
2015/05/04 09:35
おはようございます。

今回も見事な展開です。
まさか神獣の体内に戻ったとは!実に、素晴らしい発想です。

これからどうなるのか・・・
 ・・・次回作を心待ちにしています。

m(_ _)m
アバター
2015/05/03 10:58
おはようございます♪

前編・後編と一気に読んでしまいました^^
どんどん先へ進むお師匠様たち、
どんどん先へ進む物語・・・

本気スイッチON、リミッターOFF、弟子愛全開のお師匠様の前には
人間がゴミのようです^^;

罠しかない細長い空間の最深部でいきなりピンチ!
脱出イリュージョンのように華麗に生還できるのか、
ワクワクしながら次を待ちます♪

蛇の道で不用意は死
進め進め
力あるもの
知恵あるもの
愛あるもの

いつも楽しいお話をありがとうございます♪
アバター
2015/05/03 05:47
これからが、大変な事に成りますね。
アバター
2015/05/02 21:38
カテゴリ:恋愛
お題:青春のアイドル

ウサギくんにとってはハヤトがアイドル?
ハヤトにとってはウサギくんがアイドル?
そんな時期も、ありました。

現在青春真っ只中である弟子君のアイドルは、
フィリアさんみたいです^^

フィリアさん:東大出身アイドル系?
プトリちゃん:インディーズ系?




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