アスパシオンの弟子45 王墓(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/05/16 18:09:39
一面真っ赤な鉱物に囲まれた空間。
そこに横たわる太い筒のような長い巨体。
『赤の広間。美しい我の寝床』
巨体の主、緑虹のガルジューナがとても懐かしげに囁きました。
『我はここでしばし休む。さあ、地図をとってこい』
振り向けば。僕らが出てきた小部屋の入り口に、半透明の緑の膜のようなものが下がっています。それが
突然ぎょろりと動いた震動で、入り口の周りの岩がぼろっとこぼれ落ちました。
くっきり表れたのは丸い枠。
緑の膜のような物は球体でうっすら盛り上がり、その中央には黒い瞳のようなものが動いています。
「え? これって、眼……?」
ぶるん、と蛇が体をゆすると、またぼろっと岩が落ちて、もう一方の蛇の眼が現れました。蛇の頭部も。
緑に透けた二つの眼球の向こうに、僕らがいた小部屋がうっすら見えます。台座に載った箱にある蛇の
心臓は、「頭脳」と呼ぶ方がいい位置に鎮座しています。
長い間封印されていたせいで、蛇の体にはかように岩や土砂がびっしりはりついていました。けれども淡く
発光する彼女の体は、今やひどくぼろぼろ。緑の鱗がほとんど逆むけており、体液がドクドク大量に
流れています。
いったいどれだけがむしゃらに、地の動脈を突き進んだのか。
どれだけ、無我夢中だったのか……。
「あのう、ガルジューナさん。ここって王宮じゃないような気がするんですけど」
首をひねる我が師に、蛇は、「何を言う」と反論しました。
『樹海王朝の王宮はここで間違いないぞ。地の動脈の七の七の七番地。忘れるものか』
「樹海王朝? おいそれは――」
我が師はハッとして指折り数えあげました。
「革命前の王朝……つまりトルナート陛下のお父上一族の王統がビアンチェルリ朝で、大体五十年だろ、
その前はノワルチェルリ朝で大体二百五十年。樹海王朝はその前だから、ここは三百年以上前の
古い王宮ってことか?」
『なにをしている早く行け!』
蛇の二つの眼がカッと輝いたとたん。緑色の光の破門が飛んできて、僕らは赤い鉱石の広間の隅に
吹き飛ばされました。
我が師は僕の腕を引っ張り、微妙な顔をして広間の奥にしゃがみこみました。
「弟子、蛇さ、はじめなんて言ってたっけ? 誰が自分の主人って言ってた?」
「はい、たしか――」
蛇にトルナート陛下からの勅令状を見せたとき。そんなものは無効だと言われました。
そのとき蛇が言った言葉は、『我を動かせるのは、真にメキドを継ぐ者のみ』。それから、
「たしか、赤鋼玉の瞳を継ぐ者こそ我が主人、とかなんとか、言ってましたね」
我が師は眉をひそめ、腕組みして首を傾げました。
「トルナート陛下の目って、赤かったか?」
「いいえ、蒼です。あ。もしかして樹海王朝の王家の人って、目が赤かったんでしょうか?」
「うーんちょっとやばいかも。ビアンチェルリ家って、樹海王朝の王統の血は引いてなかったはずだぞ」
我が師はますます眉間に皺を寄せました。
「トルナート陛下じゃ、蛇を説得できないかもなぁ」
そ、そんな。蛇がトルナート陛下を認めてくれなかったら大ごとですよ。
「まぁ困ったら、また箱からなんとか蛇を出してだな、干からびさせ……」
「それはだめ!」
僕は反射的に叫びました。
「だめ! 命をとらないでください」
あの、悪魔のような我が師の顔。とても残酷な顔。
あんな顔、もう二度と見たくありません……
「う。で、弟子がそう言うなら、極力そうしないようにするけどさ。でも俺は、弟子を守るためなら――」
「僕のためとうそぶくならなおのこと、無益な殺生は止めて下さい! 僕が悲しむようなことはしないで
くださいよ! でないと、嫌いになりますからね?」
僕の剣幕に我が師は一瞬固まり。それから申し訳なさそうに目を落しました
「わ、わかった。ごめん。ちょっと……自重する」
「いいですね? よろしくお願いします」
「う。は、はい」
よ、よかった。
僕はホッと胸を撫で下ろしました。
当分はこんな調子で我が師の暴走をくい止めつつ、道ならぬ愛にひきずりこまれずに済みそうです。
ヘイデンの野辺
白雲の流れ
いと高き空
ふるふると鉱石が震えています。体を休める蛇は、上機嫌で鼻歌混じりに歌っているのです。
まるで花畑で花でも摘んでいる少女のように、その声はうっとり陶酔しています。
竜王に会えるのが楽しみで楽しみで仕方ないのでしょう。
もし本当にそうしてあげたら、蛇は言うことをきいてくれそうですが……
「古王宮、ちょっと見ていくか。樹海王朝の王統について、何かわかるかもしれないしな」
我が師と僕は、でこぼこしている広間の奥に進みました。
蛇の体から離れると、あたりは真っ暗。広間の再奥には、上層へ通じる階段がありました。
すでに崩れて、天上にはぽっかり黒い穴があいています。
僕らは浮遊の韻律で階上へ飛びました。 空気はしっとり冷たく湿り、ここも洞穴と変わらぬ
静謐な雰囲気。
我が師が手のひらに灯り球を出現させ、あたりを照らしてみれば、この層も一面赤い鉱物でした。
ぽっかり空いた洞窟は広く、人工物とおぼしきものはすぐそばにある崩れた階段だけです。
またふわりと飛んで階上へ上がると。
「これは、棺?」
上層はさきほどよりはるかに広く、木の根のようなものでびっしり覆われており、細長い棺がいくつも安置
されていました。
棺は木製で、蓋には人物の全身像が彫刻されています。冠を被った男性と女性の棺がひとつずつ
並ぶその周囲が、木の根のような材質の円輪の柵に囲まれている、という形態です。
その円輪が、距離を置いていくつも連なっています。
「王宮の地下に……墓所がある?」
我が師は興味津々で、灯り球で一番近くの棺を照らしました。
「神聖文字が彫られてるぞ」
棺の蓋の彫刻は、冠を被り鎧を着込んだ男性。中で眠っている人に似せて彫られているのでしょう。
文字は、彼が持っている大きな盾にびっしりと彫られています。
「王の名前か。長い称号だなぁ。太陽神の息子……恵みと慈悲、美と良き者をもたらす者……
炎の眼を受け継ぎし……緑虹の、偉大なる主人」
僕らは厳かな気持ちで棺に頭を垂れて敬意を表し、他の棺も眺めてみました。
どの棺にもびっしり神聖文字が刻まれ、故人の名が刻まれていました。
「お妃さまには、ついてないんですね」
「何が?」
「炎の眼を受け継ぎしっていう称号ですよ。王様たちの棺にはついてますけど」
円輪を五箇所ほど越えたところで、僕は我が師にそう言いました。
奥に進むと。王夫妻の棺を安置した円輪の中に、小さな棺がいくつか並んでいる形態のものがありました。
蓋には男の子や女の子の彫刻。幼くして亡くなった王子や王女でしょうか。その蓋にも
びっしりと、彼らの名前が彫られていました。
「あ……ないですね」
「何がだ、弟子?」
「炎の眼を受け継ぎしっていう称号ですよ」
「んーとぺぺ、何が言いたいわけ?」
「ええとつまり、炎の眼を受け継ぎしっていうのは、王様専用の称号なのかな、と」
「うん。まあ、王家の人の遺伝的特徴ではなさそうだな」
「だからガルジューナさんに主人だと認めてもらうために、トルナート陛下に、赤い眼膜を
嵌めてもらってもダメなんだろうな、と」
「そりゃダメだろうな」
我が師は棺の連なりをまじまじと見つめました。
「俺が思うに、炎の目ってのは……たぶんでっかい宝石かなんかだろうよ」
読んで下さってありがとうございます><
南米の文明はとても神秘的ですよね^^
日常的に生贄を捧げていたというこわい側面もありますが;
絵文字みたいなものはあったようですがどうなんでしょうね・ω・
口伝が主な手段だったのかなぁ?
読んで下さってありがとうございます><
赤鋼玉はルビーのことなので、師匠はそう思ったのでしょうね^^
読んで下さってありがとうございます><
これからもわくわくしていただけるようがんばります・ω・>
中南米の文明は構成された文字が無いから 伝承方法が気にナル
赤い宝石が有るのかな?