Nicotto Town



アスパシオンの弟子45 王墓(後編)

「宝石?」

 うんとうなずく我が師の顔がぽうと灯り球に映しだされました。

「エティアの王は、即位する時に代々伝わる黄金の杓丈を継承する。だから王名に『黄金の杖

持つ牧者』っていう称号が必ずつけられる。それと同じようにこの樹海王朝の王たちも、王位の

象徴として代々継承してたもんがあったのかもな」

「それが、『炎の眼』?」

 つまり蛇は、その宝物を持つ者を、主人と認めるということ?

 僕らは顔を見合わせてため息をつきました。

「いやあ……そんな宝物、今も残ってるとかないだろ」

「ですよねえ……王宮なら、宝物庫とかあるでしょうけど、すでに盗まれちゃってるとかしてますよね」

「やっぱあの蛇、干からびさせるしか――」

「だめですってば!」

 僕はあわてました。

「どうしちゃったんですか? 最近おかしいですよ! 急にひどく残酷になって」

 う。なんだか切ない顔の我が師が急接近。僕の頭をいじりたそうにわきゅわきゅ手を

動かしてます。

 思わず後ずさる僕。ずいと近づく、お手手わきゅわきゅな我が師。

 さらに後ずさる僕。さらにずずいと近づく、お手手わきゅわきゅな我が師。

「ちょ、な、なんですか?」

「弟子。ご、後生だから、ちょっと、ウサギになって?」

「は?」

「王宮でウサギなおまえを抱っこして以来、俺もうダメ。あのモフモフ感思い出したら

もうダメ。ウサギ抱っこしねえと、禁断症状が出て、も、もうダメっ」

 禁断、症状? お師匠様、ちょっと全身痙攣して……?! 

「た、頼む! 気を紛らわせるために、敵を消し炭にしても、ダメだったぁあ! 

モフモフ! モフモフ! モフモフさせてくれえええ!」

「ちょ! ま! お師匠様! 待っ――」

 まさか禁断症状を紛らわせるために、残忍なことをした?

 なんですかそれは!!

 我が師は右手を突き出し変身術を放ってきました。僕はたちまち縮まって、まっ白いウサギ

になり。すぽんと床に落ちました。

 とたんに我が師の顔は満面のデレデレ顔。

「うっはああ♪ ぺぺ! 俺のペペええ! 愛してるううう!」

「よるな! きもい! クソオヤジ!」

 目をきらきらさせて抱きしめてこようとする我が師を、僕は思いっきり蹴飛ばしました。

必殺後ろ足キックで、容赦なく。

 おぶ、と短い悲鳴を空間に残して広間の奥にすっとんでいく我が師。

 全く、今はそれどころじゃないでしょうが! 

 あれ? お師匠さま? どこに? あそこらへんに転がったと思ったんですけど、姿が

急に見えなく……あれ?

 探してみれば、ぼろっと岩壁が崩れ落ちているところがあり。我が師は壁に

めり込んだ拍子に、その向こう側になだれ込んだようです。

「お師匠さま、すみません! 大丈夫ですか?」

「うへへ、ペペのお仕置きはほんと効くなぁ」

 うわ。痛い目にあったのに、なんだかニヨニヨ超嬉しげな顔。

 なんだか危ない病気の人みたいですよこれ。

 って、あ……。

「ん? どうしたぺぺ? いきなり固まっちゃって。へ? うしろ? うしろ見ろ? 

なんで? うわなんじゃこら!」

 我が師が驚き飛びのいたところに、灯り球がふわふわ流れ込んできました。

 宙に浮かぶ灯りは、その真下のものを煌々と照らし出しました。

 狭い洞穴に横たわる、鎧姿の……骸を。

 その骸は手を組み、広刃の剣を胸の上に置いていました。

 まだ背丈が十代前半かそこらの、少年? でもその顔は、もう完全に白い骨。

「まさかこの子も、王か?」

 我が師が驚いて見つめる視線の先。ぽっかり空いた暗い二つの瞳孔の中に……。

「光ってる……!」

 灯り球の光に照らされて、それは美しく輝いていました。

 まるで夜空を照らす星のごとく。

 血のような紅の双眸が。





 こぽこぽ流れる水音。

 湧き出す泉に差し込む、天蓋の隙間からの光。

「水うまいなぁ」

 ぷはっと泉から顔をあげる、我が師。

「あの、放して下さい」

「やーだね♪」

 そして我が師につかまった、ウサギの僕。

 僕をぎゅうと抱きしめ頬ずりする我が師の顔は、ニコニコ上機嫌。

 僕らは王墓のさらに上層に出てみたのですが、ここは大きな神殿で、そこかしこすでに

樹海に埋まっていました。

 神殿は四方をそびえ建つ大きな建物に囲まれており、その建物がかつての古い王朝の

王宮でした。

 王宮には緑のつる草や樹木の根が一面生え茂り、屋根は半分崩れ落ち、教えられなければ、

かつて王族が住んでいたところとは思えぬほど荒れていました。

 深い草の海と化した回廊のそこかしこに埋もれた、鎧を着た人骨や武器。

 いうまでもなくそれは、いたましい戦いの跡――。

「なんかそういや、樹海王朝は内乱で滅びたような記述をなんかの写本で読んだわ」

 と我が師が言うので、間違いないでしょう。

「しかし本当に、眼に嵌めるものだったとはなぁ」

 我が師は黒い衣から赤鋼玉の義眼をとりだして、まじまじと眺めました。

 僕らは少年王の冥福を祈る鎮魂の歌を歌い。

 彼の魂に許しを乞いながら、彼の眼をそっと外してきたのでした。

 我が師は韻律を唱えて目を覗きました。目に宿った記憶を読み取る間、その表情は

悲しげに崩れたり、涙をうっすら浮かべていました。

「あの若い王は、ここが滅びる時に戦死したみたいだ。樹海王朝の最後の王だから、

今から大体三世紀前のことだな」

 ぽそりと、我が師はその記憶の一部を教えてくれました。

大貴族たちがつるんでさ、ある日いきなり、『王は心の病気』だって口裏合わせて

言い出して、だれも王の言葉を聞かなくなったんだ。王は王宮にたてこもって、なけなしの

手勢で抵抗したけど致命傷を負った。王の親友が、この『炎の眼』と王の遺骸を護るために、

瀕死の王をあの隠し部屋に運んだんだ。でも棺なんて用意できなくてさ。その親友、ボロ泣きで

王様に謝ってたよ……

 我が師はじっと赤鋼玉の眼を見つめてつぶやきました。

「あの王様、いい友達を持ってたんだ。それだけが、救いだな

「その友達の運命は……?」

「それはわからんな。眼にはその記憶は映ってない。でもあの少年王で樹海王朝の王家は

途絶えたからその気になりゃ俺がこの目玉の所有者になることだって、可能といえば可能――」

「だめです!」

 僕は我が師の手をがりっと噛んで、腕から逃げ出しました。

「メキド王のものにするべきです。トルナート陛下のものに」

「おまえ今思いっきり噛んだだろ! いてえぞこら! 血がっ。血がー!」 

「お師匠様、ガルジューナさんに地図は新しい王宮に持ち去られたと言って、陛下の

ところに行きましょう。そして陛下に炎の目を渡して、ガルジューナさんを説得して

もらいましょう

 手をふうふう拭きながら、我が師は引きつりました。

「ほんと、俺のペペはマジメすぎるよな」

 王宮に囲まれた神殿の最下層へ戻ると。

 蛇はまぶたを閉じてすうすう寝息を立てて眠っていました。

 蛇を起こして事情を話すや、彼女は眼球を上げて僕らを心臓の部屋に入れ、

またたくまに広間から躍り出ました。

『地図を盗んだ奴がいるのだな! 盗人猛々しい不届き者め! 我が消し炭にしてくれる!』

 蛇は僕らを乗せて、「地図泥棒」へ呪いの言葉を吐きながら、地の大動脈を

再び走り出しました。

 トルナート陛下やサクラコ妃、兄弟子様やフィリアたち。

 みんなが待つ、メキドの王宮へ。

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2015/07/06 22:46
王宮であらたな動き
では次回はそちらで…
おやすみなさいませ
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2015/06/01 22:03
うまくいくんでしょうか?
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2015/05/24 08:08
夏生さま

読んで下さってありがとうございます><
この赤い眼が今後どうなるか……
新しい記憶が眼に蓄積されていくことになりそうです^^
これから赤い眼が捉えるものを楽しんでいただけたらうれしいです。
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2015/05/24 08:06
よいとらさま

読んで下さってありがとうございます><
ルファの眼はかなり特殊なものです。
のちのち、この眼を作った人を出せるとよいのですが……
もうちょっとで着地点。がんばります><
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2015/05/24 08:02
優(まさる)さま

読んで下さってありがとうございます><
王様のものは王様のものに……とぺぺは思ったようですが
王様と普通の人の違いって何なのでしょうね^^
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2015/05/20 20:59
今晩は!

素晴らしい展開ですね。
文章にぐいぐいと引きこまれてしまいました。

赤い目の秘密の一端が解かれましたが、
次回には予想外のことが起きるのでは・・・
子どものようにワクワクしています。

鶴首してお待ち申し上げます。
m(_ _)m
アバター
2015/05/17 14:13
こんにちは♪

ウサギのペペさんが放った渾身のキックは、
初速、角度ともに良く、お師匠様を美しい放物線軌道に乗せました^^
着弾地点には赤い瞳の最後の王が・・・

お師匠様の精神安定装置となったウサギのペペさんの目も
赤いのでしょうから、赤い目どうしで引力が働いたのかもしれませんね^^;

悲しい記憶を留めた重要なイベントアイテムは、ペペさんたちを
どのような運命の道へ導くのでしょう。
次の展開がとても楽しみです。

目覚めたる赤き瞳
時を超え
時を動かす

いつも楽しいお話をありがとうございます♪
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2015/05/16 20:56
メキドの王ですか。

心変りがない事を祈るばかりです。
アバター
2015/05/16 20:01
カテゴリ:美容・健康
お題:おすすめの五月病対策

力づけてくれる「いい友達」がいれば……(・ω・

樹海王朝の最後の王は「心の病気」と言いがかりをつけられて廃位されたのですが、
唯一無二の親友はそれでも最後まで王を見捨てなかったのでした。




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