アスパシオンの弟子46 望郷(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/05/23 13:16:19
思いがけない宝物を得た僕らは一路、トルナート陛下がおわす王宮を目指しました。
とはいえ、緑虹のガルジューナは永い間鉱山で眠っていたので、新しい王宮の場所を知りませんでした。
勢いよく飛び出し地の大動脈に出たものの、突然ひたと止まり、
『どこの番地だ?』
と聞いてきたので、僕らは一所懸命今の王宮の位置を教えました。
『樹海列車の終点駅? そんな北の僻地に今の都があるというのか?』
蛇は大変驚いていました。
幸い、メキド王国の版図は蛇の時代よりあまり変わってはおらず、しかも地の動脈は
今の王宮の敷地内に繋がっていました。
王宮の庭園の端から頭を出し、僕らを外に出した蛇は、さらに驚いていました。
『なんとまあ立派な宮殿か。一の一の一番地。ここはノアルチェルリ辺境公の所領。たしか
この出口は町の小さな広場に通じていたのだがな』
「へええ。樹海王朝を倒してメキドの次の王朝を開いたノアルチェルリ家って、もともとは
辺境貴族だったの?」
我が師がほうと声をあげると、蛇はふんと鼻を鳴らしました。
『なんだと? ノアルチェルリの子孫が次の王朝を開いたというのか? 樹海王朝の開祖に
して我が主人エルッダールの廷臣たちの中でも、一番の末席にあった家が?』
「そうだよ。そして今はその遠縁のビアンチェルリ家が王家となっている」
『ビアンチェルリ? そいつは末席から二番目の格の家ではないか。世も末だな』
蛇がトルナート陛下の血筋を鼻で笑ったので、僕はとても不安になりました。
しかしそれにしても。
「あのぅ。お師匠様、いいかげん僕を人間に戻してくださいよ」
「やーだね♪ もう少し抱っこする」
このクソオヤジ、一体いつまでしらばっくれるつもりなのでしょう。
『ウサギよ、そのままでいていいぞ。腹が減ったら丸呑みにしてやる』
ぞく。い、いえ僕小さいですから腹の足しにはならないと思いますよ?
蛇はくつくつ笑って庭園の芝生にでんととぐろを巻きました。
「あれ?」
しかしなんだか王宮の雰囲気が……おかしいです。
見回りの衛兵や巨人兵たちが、蛇を見咎めてすっ飛んできそうなものなのに。
広い庭園の向こうを、巨人兵たちの一団が急いで突っ切っていくのが見えました。
庭園の隅にいる僕らには全く気づかず、息せき切って王宮の門にまっしぐら。
しかも……王宮の向こうからはわあわあと、もの凄いざわめきが聞こえています。
『竜王がおわす地図を盗んだのはここの王か? ならばひと息に宮殿を焼き尽く――』
「いやいやいやいや! 違うから! それ違うから! えっと、盗賊。フツーの盗賊の
しわざだから! ていうか、焼いたら地図も焼けちゃうから」
「ぼっ、僕らで地図を取ってきます。ガルジューナさんはここで大人しく待っていて下さい」
今にも口から火炎放射をかましそうな蛇を宥め、僕たち師弟は庭園をつっきり、巨人兵の一団を追ってみました。
「これは……!」
ただならぬ雰囲気は気のせいではなく。なんと王宮の門の前に、わらわらと群集が集まっていました。
見れば王都にすむ一般民衆のようです。
ひしめく群衆たちに押され、今にも宮殿の門が破られそうな状態。
巨人兵たちが門を必死に抑えています。
「一体、どうなってる?」
――「うわちゃあ」
目を見張る僕らの視界に、騒ぎの様子を見に来たらしい兄弟子様の姿が見えました。
「やられたわー。こりゃまずい。あれ? ハヤトとウサギ? おお、戻ってきたのか」
「ハヤトっていうなエリク。こりゃ一体何なんだ? なんでこんなに人が集まってんのよ?」
「エリクって呼ぶんじゃねえ。くそ貴族どもに、まずい噂を国中に広められたっぽいんだわ」
兄弟子さまは額に手を当てました。
「生きてるらしいんだよ」
「何が?」
「トルナート陛下のお姉さん」
「えっ?!」
王家の人々はみな殺されて、陛下の姉君だけまだ遺体が見つからない。
そう、陛下から聞いていましたが……。
門の向こうのどよめきはどんどん大きくなるばかり。巨人兵たちのバリケードの向こう、
格子門の隙間から、手を振り上げて叫びたてる群集が見えます。
その中にせわしなくひるがえる大きな旗。旗には手描きで大きく、大陸共通語の
文字が書かれています。
『女王陛下に玉座を!』
『姉を売り渡した王は去れ!』
「うそ! 何あれ!?」
兄弟子さまが仰るには。今朝王宮に、貴族たちの署名入りの請願状をたずさえた特使が
来たんだそうです。
「トルナート陛下はただちに退位して、『奇跡的に生きてた姉君』に譲位しろって内容だったわ」
なんでそんなことに?!
「革命を起こしたパルト将軍に従ってた輩が、ケイドーンの巨人兵のことを気にいらねえ
貴族どもと手を結んだようだ。
『トルナート陛下は、革命時に姉さんを敵に売り渡す代わりに助命されて国外追放になった』。
そんな噂が国内にどんどん広められてるようだぜ。しかも件の姉君は、先日亡命先でメキドの王位継承権を
主張し、弟の譲位を求めるよう公式に宣言したそうだ」
兄弟子さまは苦虫を潰したような顔をされました。
「北五州の、蒼鹿家のお城でな」
「ぶへえ! なんじゃそらぁ」「うわぁ……」
我が師と僕は茫然と口を開けました。兄弟子さまはやれやれと門の向こうの群集を眺めました。
「噂の広め方が巧妙でなぁ。口コミだけじゃなく、ビラや雑誌といった各種報道機関は
もちろんのこと、詩人の歌や芸人の寸劇で、こっそり観衆に広めてやがったらしい。
革命の時、トルナート陛下が姉を売り渡して逃げるってシーンを何度も上演したんだと。
しかも陛下の姉さんが超イケメンの蒼鹿家王子と結婚して、メキドの王位を宣言して、弟と戦争して
勝っちまうオチで」
「う、うわぁ……」
ヒアキントス様が後見なさっている蒼鹿家。そこにトルナート陛下の姉君が亡命している?
メキドの王位を要求している?
そんなばかな!
その姉君という人が本物だとは……とても思えません。
反王派の貴族たちが、ヒアキントス様と手を結ぶなんて……。
王宮の門の向こうは恐ろしい人だかり。王都中の人々が集まっているような勢いです。
退位しろ、という叫び声がいまやひとつの大合唱になっています。
だれひとり、トルナート陛下を信じる人はいないのでしょうか。
だれひとり……
――「陛下がそんなことをするはずがない!」
あ……。
「だまされるなメキドの民よ!」
ああ! 声が。とても小さいけれど、声が聞こえます。
「都の復興に力を尽くされるあのお方が! ひどいことをなさるはずがない!」
「陛下は当時十歳になっておられなかった!」
よかった! トルナート陛下を信じてくれる人たちがちゃんといます。
でもその声は、ごくごくわずか。退位しろ、という大きなうねりのような波音に
ほとんど呑まれています。
――「アスパシオン様! それにアスワド! 帰ってきたんだね!」
「トルナート陛下!」
群集が今にも門を破りそうになったそのとき。
桃色甲冑のサクラコ妃殿下と共に、少年王が駆けつけてきました。
口を引き結び。真摯な瞳で、門の向こうを見つめながら。
民衆、「マジで退位しろ!」
次回はそんな展開に――なりませんよね。
読んでくださってありがとうございます><
メキドの王権はかなり弱いみたいですね。
前・中・後の三部です。