アスパシオンの弟子46 望郷(中編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/05/23 13:41:06
「アスワド、君たちの話は後で聞く。今はみんなを落ち着かせるね」
陛下は門の二階部分の、バルコニーになっている処へ駆け上がりました。
妃殿下が後に続こうとしましたが、陛下は目配せをして階段のところで止めました。
少年王がたった一人で押し寄せた人々と向かい合うと。人々は一斉に口を閉じ、後ろの者に
静かにしろと合図を送りました。
陛下は手のひらに載せた粉をフッと吹き飛ばし、一瞬にして目の前にキラキラと広がった
光の膜に向かって声をはりあげました。
「みんな、王宮に来てくれてありがとう! みんなの主張はもっともだ!」
驚いたことに陛下の声は、まるで稲妻のようにはっきり大きく隅々まで轟き渡りました。
「ありがとうって、大物だなぁ。エリク、陛下の御身に結界を張ったか?」
苦笑する我が師に兄弟子さまは胸を張りました。
「俺様を一体誰だと? どんな飛び道具が飛んできても大丈夫さ。あの拡声粉も俺様が
作ってやったんだぜ?」
――「僕らビアンチェルリ家の者は革命の時、ひとつの部屋に集められて襲われた。
僕はその時、九歳だった!」
かすかなどよめき。 震える陛下の声。
「姉さまは僕をかばってくれた! そのおかげで僕は生き延びることができた! 革命が終り、
僕がここに戻ってきたとき、みんなは僕に家族を返してくれた! とても感謝している!
でも……姉さまだけは、見つからなかった!姉さまがもし生きているなら、こんなに
嬉しいことはない! 僕は喜んで姉さまに、」
「うわまじ?」「おい、それは」
兄弟子さまと我が師は同時に呻きました。
「姉さまに、王位を譲る!」
歓声が上がる中。しわくちゃの老人が大きな輿に乗って人ごみの中を門のまん前まで
進んできました。
輿の後ろにもきらびやかな服を着た貴族たちが連なっています。
「ロザチェルリ家当主ゴルナートである!」
翁は傲岸不遜にも腰に座ったまま、トルナート陛下に言上しました。
「我は女王陛下より書状を賜り、女王陛下がここに戻られるまで摂政をせよと命じられ
もうした!よってトルナート陛下より、政権委任の宣旨を受けたく候!」
大きな蜜蝋の印章のついた書状を掲げる老人に、兄弟子さまは呆れかえりました。
「あのじじい、相当前からこの茶番を仕込んでやがったな」
「あの勅令状、超うさんくせえなぁ。しかし公衆の面前だから、下手なことできねえぞ」
ウサギの僕を抱く我が師は、はぁとため息。
ケイドーンの巨人兵たちに守られた陛下には敵わない。そう悟った貴族たちは、民衆を
味方につけようと思ったのでしょう。
「これを断ったら、いろいろ難癖つける気だろ」
「でも譲歩したら、あのじじいはきっと好き放題するだろうなぁ」
門の上でトルナート陛下は大貴族の翁と問答を始めました。
姉君を迎える特使を即刻蒼鹿家に送り出す、それまでは国政を預かる、という陛下に
対して、翁は書状を振りかざし、あの言い訳では我々は納得できない、早く摂政位を渡せ、
の一点張り。
そうだそうだと取り巻きたちが喚きたてて、周りの民衆を煽ります。
――「そもそも陛下の母君は他のご兄弟とは違う方であられ……」
しかも耳を疑うような言葉が貴族の翁から飛び出しました。
――「よって正統の王統を継がれるご資格があるとは言いがたく……」
もちろん真っ赤な嘘に決まってます。けれどその「噂」は、姉君の噂と一緒にまことしやかに
流されたに違いありません。
民衆たちもそうだそうだと貴族の翁に声援を送っていますから。
――「ゆえに陛下にはすみやかにご退位あそばされるよう――」
「おのれ! 何たる侮辱ですの?! 許せませんわ!」
桃色甲冑のサクラコ妃殿下が、憤然として陛下のそばへ行こうとしました。
陛下が、だめだ、と手を突き出して妃殿下を止めたそのとき。
『おまえたち! いつまで待たせる!』
しびれを切らしたガルジューナさんが、庭園から鎌首をもたげて躍りだしてきて……。
『一体、何をしているのだーっ!』
その巨体を堂々と門の前にさらしました。
天を突かんばかりの、緑の巨木のように――。
数刻後。
「いやあ、あれ見ものだったよなぁ」
抜けるような青空。香りよい緑の芝生。
清清しい風がそよ吹く下で、王宮の庭園の前に寝そべる我が師は、くすくす思い出し
笑いをしました。
「効果てきめんでしたね」
ようやく人間の姿に戻してもらった僕は、我が師の隣でぶるぶる肩を回しました。
我が師に抱きしめられすぎて体がカチンコチンです。
僕らの目の前の池では、緑虹のガルジューナが鼻歌を歌いながら水浴びをしています。
岸辺に出ている蛇の頭をトルナート陛下がにこにこ顔で撫でています。
日の光を浴びて、その右目がきらきらと赤い輝きを放っています……。
「みなさーん、桃をいただきましょう!」
桃色甲冑のサクラコ妃殿下が、果樹園から桃を運んできてくださいました。
「蛇さんも、お食べになってくださいませね♪」
蛇が出てきた直後の王宮門の光景は――まさに阿鼻叫喚でした。
固まる門の前の民衆。空へと一斉に響く恐ろしい悲鳴。
わきあがる怒号。逃げ出そうとする人々。輿を後退させようとする貴族の翁。
蛇の咆哮に門の上のトルナート陛下は立ちすくみ、桃色甲冑のサクラコ妃殿下が、盾にならんと
陛下のそばへすっとんでいくという大混乱。
我が師は門の階段を駆け上がり、仰天しているトルナート陛下に赤鋼玉の眼を押し付け、
名乗りをあげるように指示しました。
いらついた蛇が鎌首をもたげて咆哮する前で、陛下は赤鋼玉の両眼を高々とかかげて
みせたのでした。
『我こそは、メキドの王、トルナート・ビアンチェルリ!』
「あれ、かっこよかったなぁ。貴族どもはぐうの音も出なくて、みんなすごすご逃げ帰るし。
民衆は陛下を遠巻きにして、蛇を従えるところを目撃して、これこそ真の王だって大喝采。
なにこれ、できすぎ。大笑いだぜ」
そう、トルナート陛下は見事に蛇を従えたのです。
陛下の手にある赤い瞳を見るや、蛇は悲愴な咆哮を放ってのたうち、「騙された!」と
ひどく嘆いたのですが。
心優しい陛下は僕らから事情を聞くと、蛇にこう言ったのです。
『僕のところに来てくれてありがとう。お礼に、竜王メルドルークを探す旅に僕を
加えてくれないかな?』
泣きじゃくりながら門の二階につっこんできた蛇の頭を、勇気ある陛下はそっと優しく
撫でました。
『泣かないで。きっと会えるよ』
蛇は今、鼻歌を歌いながら気持ちよさそうに池の水を浴びています。
陛下は、全く根拠のないことを言ったわけではなかったからです。彼が幼少のみぎりに住んで
いた山国には、竜王に関する言い伝えが残っているのだそうです。
陛下は蒼鹿家と戦うべく、近日中にその山国を訪問することに決めました。少しでも味方を
ふやそうと、同盟を結びに行くというのです。
竜王のことも調べると蛇に約束したので、蛇は今、とても上機嫌です。
「地の大動脈を使えば数日かからず往復できるとはいえ。自ら赴くなんて……」
「心配するな、弟子。陛下は、故郷に里帰りしたい気持ちもあるんだと思うぞ。妃殿下も同行される
から大丈夫さ。しっかし……」
我が師は僕の顔をちらっと覗きこみました。
「いいもんもらったなぁ、弟子」
うらやましげな我が師の瞳には、苦笑する僕の顔が映っていました。
左目が赤く輝く、僕の顔が。
読んで下さってありがとうございます><
家老さんはいったん引き下がるのですが
のちのち、からめ手で攻めてきます。
チェルリがつく家はメキドではかなり古い由緒あるお家のようです。
読んで下さってありがとうございます><
はい^^なんとかうまくいきましたー。
蛇さんもトル王をかなり気に入ってくれた模様です。
蛇さんは女の子なので、母性本能発動?
形勢大逆転
悪家老はどう巻き返す
読んでくださってありがとうございます><
みんなこれからがんばらないとですね^^