Nicotto Town



アスパシオンの弟子47 幕間 白の契約(後編)

 私が再び「その方」にお会いしたのは、我が師の葬儀の時でした。

 私は必死に師を呪いからお守りしたのですが、病魔を追い払うことはできなかったのです。

 岩の舞台で導師たちとともに弔歌を歌い終わり、岩の階段を降りた時。

 私の視界に壁画の踊り場が映りました。

 そこには――銀の髪の「その方」が、おられました。以前にお会いした時と、やはりまったく

変わらぬお姿で。

「氷結のミストラス様は、よき導師であられましたね」

 踊り場に入った私は、その方に深く頭を下げました。

 かぐわしい甘い匂い。

「我が師を偲んでのお悔やみ、かたじけのうございます」

「おや」

 微笑がその方のお顔に広がり、私の頬に白魚のような手が触れました。

「今回の契約の遂行対象物でしたか」

 契約? 対象物?

 その方の紫の瞳の中に、私は吸い込まれてしまいそうでした。

「ミストラス様とつい先日、契約を交わさせていただきました」

 なんですって? 

 師は、一体どんな契約をあなたと結んだのですか?

 聞くのが恐ろしくて、私は口を半ば開けたままためらっておりました。

 その方は踵を返し、小首をわずかにかしげて目の前の壁画にそっと手を触れられました。

「神聖なる白き契約により、これより半世紀、私があなたの御身を守護いたします。千の精霊と

万の神霊があなたを不死のごときにするでしょう」 

 私の背筋は凍りつきました。その方がにこやかな笑顔で述べたその言葉に。 

「契約主の魂を、しかと受け取りましたゆえ」

「そん……な!!」 

 師が身罷られるまでのこの数週間。私はずっと師に付き添っていたのに。

 一体いつの間にそんな契約を?!

「手始めに十体、我が眷属をあなたのそばに配します。これでほとんどまかなえると思い

ますが万一――」

「返してください」

 私は、即座に訴えました。 

「我が師の魂を返してください。私の魂を、代わりにお取りください」

「契約報酬の変更をなさりたいと? それは無理です。あなたは契約主ではございませんので」

「では新たに、あなたと契約を結びます。私の魂を対価にして、我が師を……」

 声が、震えました。


「父上を……返して下さい……!」


 師は何も仰いませんでしたが、私は察しておりました。

 私が幼き頃。数年に一度蒼鹿家へ視察にやって来られた我が師は、私をことのほか可愛がられ、

必ず膝の上に乗せてくださいました。

 あの頃から、私は察しておりました。

 夫のいない我が母が、なぜ皆の尊敬を一身に受けて蒼鹿家の本家に住まっていたのかを。

 だから導師になりたいと、私は自ら志願してこの寺院へ来たのです。

 父のお役に立ちたかったのです……

「そう求められましたら、こう答えろと。契約主様からお言葉を託されております」

 その方は紫の瞳でじっと私を見つめてこられ、私の目からこぼれる涙を長い指でそっと

すくい取られました。

「大望を果たさずして、我の復活を成すことは決して許さぬ、と」

「!」

 刹那。

 いまわのきわの我が師の顔が私の脳裏に浮かびました。

 切々と訴えてくるあのまなざしを。瞳からこぼれるひと筋の涙を。

 私の腕をギュッと握ったあの、暖かい腕を。


『どうか蒼鹿家に神獣を……おまえにならできる。私のメル』




『やっほー。うっほー。うわあすげえ! ちょっと弟子、おまえも見てみろよ。すてきなお部屋が見えるう』 

 水晶玉を前にして、頬杖をつく私はため息をつきました。

 アスパシオンの馬鹿声は、大変耳障りです。彼のアホ面も見ていて呆れます。

 コルとロル。メキドに送り込んだ弟弟子二人の素性がばれるとは。

 少々奴をみくびりすぎていたようです。

『やっぱなんだかんだ言って、こいつアリンのこと……』

 ……好きですけど何か?

『弟子い、見て見て。ほら碧眼。かっこいい? ボク青鹿アリン。すごく、つよいんだよ。

ぶっ……ぎゃはははは!』

 ……。

 ふん。

 レクサリオンにお目こぼししてもらった落ちこぼれのくせに。

「我が守護者殿」

「はい。お呼びになられましたか?」

 水晶玉の回線を切り、私は背後を振り向きました。

 銀の髪の方が小首を傾げて微笑んでおられます。私の刺すような視線を、その方は柔らかな

表情と甘い香りで受け止めておられます。

「守護者殿。メキドにいる黒の導師どもが、私に攻撃をしかけてきそうです」

「それは大変ですね」

「黒の導師どもを排除してくださいますか?」

「かしこまりました。ご契約に従い、あなたの御身をお守りいたします」

 その方は軽く頭を垂れ、次の瞬間、霞のごとく消え失せました。

 いつものように。

 彼の鉄壁の守護のおかげで、私は寺院で着々とそれなりの地位を築くことができました。

金獅子家のレクサリオンを排除できましたし、まだ寺院内だけですが、ラ・レジェンデの札遊びを

禁止させることもできました。

 私が切望するものも、もうじき得られることでしょう。

「お師さま! なんで最長老の位を固辞されたんですか? 長老様方がみんな推されたん

でしょう?」

 息せき切って蒼い部屋に駆け込んできた我が弟子に、私は目を細めました。

「レスト、私はまだ若輩ですよ。一気に上りつめては敵を増やすだけです」

「でも!」

「もう一度長老の皆様が求めてきましたら、お受けします。披露目の宴を開きますから、

魔法の花火をあげてくれますか?」

「は……はい! 任せてください! お師さまのためにたくさん、たくさん打ち上げます。

俺の腕前をごらんになってください!」 


 お師さま。

 私は必ず大望を果たします。

 無邪気で無知な蒼鹿の子が、このまま辛さも哀しみも知らないでいられるように。

 あなたが死の奈落から呼び戻されて再び目を開ける時。

 あなたはきっと知ることでしょう。

 

 我らのアリンが世界中の神獣を従えて。 

 北五州を統べる、王家となっている様を。




アバター
2015/08/17 14:31
スイーツマンさま
読んで下さってありがとうございます><
金獅子家を倒すのに必死な蒼鹿家。
メルちゃんは、世にも恐ろしい悪魔と契約してしまいました^^;
アバター
2015/08/17 14:28
かいじんさま
読んで下さってありがとうございます><
敵方の視点も少し入れたかったので書いてみましたらこんな話にー(・・:
アバター
2015/08/13 09:42
蒼鹿家の子弟、密かなる野望
やはりだんだんと邪悪化するかの気配
アバター
2015/06/21 20:29
壮大なスケールになって来ましたね^^
アバター
2015/06/12 10:58
よいとらさま

いつもありがとうございます><
実はこの幕間をなろうさんにアップしたら、評価が駄々下がりしましたw
エリクとハヤトがアホな悪者に見えるからでしょうか^^;
それとも勧善懲悪じゃなくなったからでしょうか;
仰るとおり、それぞれに戦う正義があるということです^^
メルちゃんはイジメられっこでひねくり曲がっちゃったので
これからひねひね~のひねり技で攻めて来るんだと思います。
しかし白い人は本当に難易度高いと思います^^;
 
アバター
2015/06/12 10:45
優(まさる)さま

いつもありがとうございます><
敵さんサイドはかなり強力な模様です。
アバター
2015/05/31 18:29
こんにちは♪

蒼鹿家視点のお話、実はちょっと期待していました^^
ラ・レジェンデが出てくる回で蒼鹿家の苦難っぷりが
語られたとき、たたかう当事者それぞれに事情というか
正義というかが、やっぱりあるよねぇって、や、
そうでなくちゃいけないよねぇって思っていたのでした^^

白い御仁は何者で、
どうして契約できたのか、
どんな取引だったのか、興味はつきません。

この難易度高そうな相手にペペさんたちがどう挑むのか
とても楽しみです。

いつも楽しいお話をありがとうございます♪
アバター
2015/05/31 15:43
何か怖い段階に往きそうな感じですね。
アバター
2015/05/31 11:33
いつも読んでくださってありがとうございます><
カテゴリ:ファッション
お題:お呼ばれ時に着る服

弔問というよりむしろ、契約のために呼ばれて出張してきた白い御仁様でした。
なのでおめかしして来てます。
ルデルフェリオとカラウカスは彼とどんな契約をしたのでしょうね・ω・
カラウカスは雲間にいるところをみると、魂をあげたわけではなさそうです。
「契約」は等交換なので、必ずしもあげる報酬が魂とは限らないみたいです。




Copyright © 2025 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.