Nicotto Town



アスパシオンの弟子48  白昼夢(前編)

「きゃー! あははははは」

 とてもかわいらしい子どもの声が王宮の庭に響いています。

 太陽の光がはじけるような快活で明るい笑い声。

「フィリアー! フィリアー!」

「こっちよ、ヴィオ。がんばって、ほら」 

 まだ歩くのもおぼつかなげな感じの包帯だらけの物体が、両腕をさしのべるメニスの少女

のもとへよたよた。まるで小さなミイラ男。

 ミイラ男の後ろには、まかないのおばさん――マミヤさんの喜びに満ち溢れた顔。

 ハンカチで嬉し涙をぬぐって。鼻を噛んで。くしゃくしゃの笑顔で我が子を見ています。

 マミヤさんにとっては至福の出来事でしょう。

 赤子の時に別れた子が、生みの親を探してはるばるやってきて。

 しかも晴れて親子で王宮に住めるようになったのですから。

 ヴィオの姉妹――亡くしてしまった娘さんを取り戻したような気がする。

 そう言っていました。

「上手ねヴィオ!」

「フィリアー」

 小さなミイラ男はフィリアのもとに到達。ぎゅうっと彼女を抱きしめました。

 毎日日課となったこの「歩行練習」のおかげで、足取りがだいぶしっかりしてきています。

 フィリアの献身的な看護には目を見張るばかりです。すごい溺愛ぶりで、

実の親のマミヤさんが遠慮してしまうぐらい。

 僕も彼女がヴィオを抱っこするのを見ると、なんだか妙に胸がきゅっとなるというか

なんというか……

「う?」

 ミイラ男がこっちにくる? まずいっ。

「きゃあああ♪」

 伸びてくる腕。有無を言わさぬ瞬発力。

 ぐふっ!

「ウサギさん、かわいーいのぉ♪」

「放せこら!」

 後ろ足で思いっきり踏み切って逃げたはずなのに、僕はあえなくヴィオの腕の中。 

ぎゅっと抱きしめられて頬ですりすり。

 鼻をつく甘い甘いメニスの香り。ヴィオのは特にきついです。

 この匂いに敏感に反応する「魔人」の僕は、吐き気がするぐらい頭がくらくら。

 すぐ逃げたいのですが、おそろしいことに相手には全く隙がありません。

 ヴィオはまだ幼い子どもの外見ですが子どもではありません。

 マミヤさんによれば、彼女が双子を生んだのは三十年ほど前。僕よりはるかに年上です。

喋り方は幼児と変わらないのに、大きな紫紺の瞳の中には、なんだか底知れぬものがある

ような……。

 ていうか。

「いいかげん、僕は人間に戻りたいんですけどー!!」  

 白い手足をばたたと動かして、僕は蒼い空に向かって叫びました。

 無駄なもがきを試みながら。




 困ったことにモフモフ禁断症状を抱える我が師のせいで、僕はここ数日人間に戻れていません。

 トルナート陛下が神獣ガルジューナと共に出立してからというもの、ずっとウサギのまま。

 侍従長のセバスちゃんは僕のことをすでに、「ウサギ将軍閣下」と呼んでいます。

 巨人の彼にひざまずかれて頭を垂れられても、僕の耳の先っぽは彼よりだいぶ下。

セバスちゃんはそれで当初ほとほと困って、僕の前で五体投地してました。

 僕がとても軽い折りたたみ式脚立を背負うようになったのは、そのためです。

 誰かにかしこまって話しかけられるたびに、脚立を広げて乗っています。

 フィリアは僕のために小さな衣装を幾着か作ってくれました。ミニサイズの金糸の肩章や

マントなど、それはもう器用に作ってくれました。オリハルコンの布の手袋を短衣に作り

直してもくれたので、灰色の導師の呪いからちゃんと逃れられています。

 フィリアの母親は今でも時折眼光鋭く僕を睨んでくるのですが、常に兄弟子様がそばに

いて抑えてくれています。もと夫婦だった二人は仲睦まじくて、今は同じ部屋に寝泊り

しています。

 繭から出てきたヴィオは、我が師以上にウサギの僕を大変気に入っていて、抱っこしようと

するだけでなく……

「ウサギさん、ズボンはきかえて?」

「は、放せっ」 

 嬉々として、僕の着せ替えをしたがります。一日に、何度も。

 困ったことにヴィオは、僕のウサギ衣装を詰め込んだバスケットをいつも持ち歩いて

るのでした。

「今度は、くーるな、あおにするぅ? それとも、じょうねつの、あか?」

「い、いや、さっき着せ替えられたばっかりだから」

「えーっ。でもヴィオ、緑のズボンあきたー」

 いや、僕は着せ替え人形じゃないですから! ただのニンゲ……ウサギですから!

 鼻歌混じりにバスケットからゴソゴソ、服を取り出されても困りますって!

 う? なんだか、服の種類が増えてませんか?

「フィリアがねえ、作ってくれたのー」

「また?!」

「はい、ぬぎぬぎしましょうね」

「だめです、僕、忙しいんです。あ、バスケットから服落ちましたよ」

「えっ」

 よし、隙をついて猛ダッシュ!

「ああん! まってよウサギいー」

 無邪気なヴィオの前からようやく脱出成功。

 矢のごとく走って逃げた僕は、宮殿裏にいる我が師のもとへ駆けていきました。

――「うらぁあああ! くらえええ! いなずまサーブ!」

 ……って。

 スコーンパコーンと球を打ち合う音?

「ちょっと! お師匠さま!」

――「うんがぁあああ! エース! リターンエース!」

「ちょっと! 兄弟子さまも!」

 何ですかこれは。二人とも、黒い衣の裾をたくしあげて結んで。ごわごわのスネ毛出して。

 大臣さんたちと閣議してるんじゃなかったんですか? 

 なんで摂政二人が、庭球(テニス)のコートで汗ぷったらしてるんですか?

――「30ー15」 

 しかも能面のような顔で灰色のアミーケが審判してるとか、一体何の冗談ですか?! 

 廷臣たちの群れがコートの中を行ったりきたりする球を、右に左に首を動かして追視しています。

「お師匠様! ちょっと何やって……」 

「あ、ウサギ将軍閣下ご機嫌麗しく」

 セバスちゃんが五体倒地しかけたので、僕はあわてて折りたたみ脚立を広げて上に登りました。

「こ、これどういうことですか?」

「審議に出された政案を、実際にお二人が試されているところでして」

 政案? 

「戦後で殺伐としたこの国に幸福を与え、陛下への敬愛を育んでもらうことを目的とする政策

を考えることになりまして。そのひとつの方策として、陛下奨励の国民的スポーツを制定し、

全国民に普及させたらどうかということになりました」

 で、庭球?

「候補をいくつか挙げました。貴族たちに領地内での普及を推進してもらい、ゆくゆくは

国内各地において、陛下の御名で大会など開いたらよいのではないかと。とにかく、国内

での陛下のご評判を上げるのが急務です。陛下の名のもとに広まる娯楽は、その効力が

見込めます」   

 貴族達によって貶められたトルナート陛下の評判。

 それはすでに国中に広がっています。貴族達が民衆を味方につけて王宮門に詰め寄った時の

逆転劇の話は、まだ王都とその周辺ぐらいまでしか広がっていません。

 神獣ガルジューナがトルナート王に服従した――。

 いまや赤い義眼で蛇を従えた陛下の継承権に、不服を唱える者はいないでしょう。

 ですが陛下が国民に真に愛されて磐石な支持を得るためには、不十分です。神獣ときいて

密かな恐怖も広がることでしょう。

「できますれば国内のあらゆる教育機関で、広めることができればよいのですが」

――「あー、だめだめ。ダブルスでもこれ一度に四人しかできねえし。お上品すぎるわ」

 コートの中で我が師が突然ポイッとラケットを放り出しました。 

「全国各地、どこでもだれでもできて、王都で優勝決定大会できるようなやつ

って何だろうなぁ」

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2015/08/13 13:42
 まずは教科書に事実の歪曲をやめさせることから……云々……はじめましょう
(どっかの国やどっかの新聞のいいがかりのような)
 うさ将軍様が成敗~
 スポーツで決着をつけるのです
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2015/06/24 23:14
ウサギ将軍閣下ww
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2015/06/07 09:57
ドッチボールでも考えましたかな?




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