Nicotto Town



アスパシオンの弟子49 木槍(前編)

 ドドッ。ドドッ。ドドッ。

 広い円形競技場を、野太いダゴ馬が一直線に走っています。

 馬上には、軽鎧を来た人間兵士。その片手には、一メートルぐらいの短い木槍。その先っぽは、

丸められています。

 ひゅん、と兵士が向こうから近づく馬上の兵士に槍を投げました。

相手の兵士は投げられた槍をさっと空中で掴み。馬首を返して陣地へ戻る馬を追って肉迫し。 

「やあ!」

 投げられた槍を投げ返しました。

 一直線に空を切り裂く木の槍。振り向きもせずに兵士はサッと馬の背から半身を下げ、

馬の腹にぶら下がって槍を避けました。

 とたんに競技場の観客席からあがる、どよめきと歓声。

 観衆――メキドの大臣たちは、固唾を呑んで見入っています。

 逃げた馬が競技場の端につくと、新しい騎手が交代で競技場に躍り出て。槍を投げ返した

騎手を猛追跡。競技場のもう一方の端へと逃げていく騎手に槍を一投。

「当たった!」

 槍が騎手の肩に当たった瞬間、観客席から大喝采が上がりました。

「へええ、変わった一騎打ちだな」

 鼻をほじりながら、我が師は興味津々で競技場を眺めました。隣にいる兄弟子様も

ほうほうとうなずいています。

 ここは、王都の真ん中に位置する太陽神殿の境内。本殿のすぐ目の前が、この立派な

長方形の競技場になっています。東西に伸びた砂地の両端には、二つの陣営に分かれた

騎手たちがダゴ馬に乗ってずらりと並んでいます。

 東は日の出隊。西は日没隊。

 騎手たちは一騎ずつ繰り出し、槍の投げあいで一騎打ち。槍を多く相手に当てた陣営が優勝。

 僕はがたいのいいダゴ馬の疾走の速さに舌を巻き、さらにこの競技場の広さに眼を

見張っていました。

 とにかく広いのです。

 端から端までは、馬が全力疾走しても数十秒はざらにかかる距離。

 騎手たちは来月行われる神事に向けて練習しているのだと、国務大臣は誇らしげに

騎兵たちを指し示しました。

「我がメキドでは年に四回、この競技を太陽神への奉納儀式として執り行っております。

いにしえの樹海王朝よりもはるか以前には、神前審判としてしょっちゅう行われていた

ものと聞きます。戦を行うか行わないかなど、重大な審議はすべて、この競技の結果で

決められたそうです」

 なるほど。だから神殿の境内で競技するんですね。

 でも、メキドの国土は森に覆われているところが多いです。かなり広い土地がないと

出来ないように思うんですけど、全国規模でやらせることってできるんでしょうか。

 心配する僕に国務大臣はにっこりとしました。

「太陽神殿はメキドの全国各地にございます。大きな都市だけでなく、小さな町や村にも

必ず。さすがに本山のここほど広くはございませんが、どこの神殿にも木槍の儀式をする

敷地が確保されておりますし、神事の日にはたくさんの人が見物にまいります」

 つまり、メキド人なら知らぬものはない、というわけですね。

 競技を見学したあと、僕らは大臣の先導で神殿の中に入り、太陽神のご神体を拝しました。 

僕らを出迎えた大神官は、いにしえのメキドのことを語ってくれました。

 それによると。千年以上前の神獣たちの時代には、この国は樹海には埋もれていなかった

どころか、乾燥した平地ばかり。民の多くは、遊牧をして暮らしていたのだそうです。

 広い草地でダゴ馬を駆り、家畜を追う生活。それゆえに、馬を駆って戦う技が発達した

のでしょう。

「槍に使う木は、神殿に植わっているご神木の枝から作られるのです」

 大神官が、祭壇に飾られている先端が丸まった木槍を見せてくれました。

「奉納競技は実戦ではありませんので、刃をつけず、先を丸めるのです」

 なるほど。って……あ……。

「どうした弟子? 眼を抑えて。痛いのか?

 我が師がウサギ姿の僕を抱き上げました。

「なんか、熱いんです。時々、じりじり燃えてる感じになるんですよ」

「かわいそうに。俺がいたいのいたいのとんでけーしてやる」

「結構ですっ! だ、大丈夫ですからっ」

「おぶ」

 僕は我が師の腕から無理やり逃れ、大神官に訊ねました。

「それより、このメキドに全然森がなかったなんて意外です。なぜこんなに緑豊かな土地になったんですか?」

 それは神獣のせいだと、大神官は答えました。

「緑虹のガルジューナ。伝説の神獣がこの地を護るようになり、黒竜家の神獣黒竜

ヴァーテインを撃退してから、この国は樹海に埋もれる国となったのだ」

 黒竜ヴァーテインは北五州の大公家のひとつ、黒竜家が保有した神獣です。

メキドは水を操るこの竜の侵攻を受けたことがある、というのでした。

「言い伝えによると。ヴァーテインは十日十晩、すさまじい雨をこの地に落としました。

しかし雨水は蛇の通り道にことごとく流れ込み、この地は水没せずに済んだのです」 

 蛇の通り道。それはまさしく、メキドの地下に網目のように張り巡らされた地の大動脈

のこと。ガルジューナが通ったあの地下の道は、あの神獣が蛇の形をした鋼の眷属たちに

掘らせたもの、と伝わっているそうです。

 地の大動脈に流れ込んだ水は少しずつ上の地層に染み出して、国土をひたひたと潤し。

 地表の森はその水を今も吸い上げて、爆発的に増え広がっているというのでした。

「神獣ってどれだけ……」

「すごいよなぁ」

 鼻をほじりながら我が師はあほんと言いました。

「北五州が湖だらけなのも、黒竜が暴れたせいだって言われてるし。東にある赤い大砂漠は、

黒獅子が大地を焼き焦がしたてできたって話だしな」

「俺様は大渓谷を作ったぞー」

 ぽろっと兄弟子さまがうそぶきました。

「大地をな、すぱーっとケーキ入刀するみたいにな、六枚羽のかまいたちですぱーっと」

「あー、ルーセルすごいなー、あーすごい」

「黙れハヤト。すっごい棒読みで褒められても嬉しくねえわ」

「なんだと、ああ?!」

「ととともかく、神獣はすごいってことで」

 バチバチ火花を散らしそうな二人の黒の導師の間にあわてて割って入った僕でしたが。

「う? ううう……」

 また、義眼がひどく熱くなってきました。

「お? おい弟子、大丈夫か?」

「ん? それ、壊れかけてるんじゃないか?」

 兄弟子さまがひょいと覗き込んできました。

「王宮に帰ったら、アミーケに見てもらうか。しばらく外してるといい」

 



 王宮に戻って閣議をした結果。メキドの国民に広めるスポーツは木槍競技に決定しました。

 今は神殿兵しか行わない競技ですが、彼らを教師として一般人にも広める。馬を

使わない簡易な競技方法も考案する。ということになりました。

国民の誰もがすでによく知っている、というのが大きな決め手です。

 満場一致の拍手で懸案が決まったあと、僕は義眼を見てもらうため、すぐに兄弟子様

部屋にお邪魔しました。

「兄弟子さま、木槍って、軍事訓練て感じですよね」

 兄弟子様は、僕の義眼を手にとってちらちら眺める灰色の導師とぴったり並んで

長椅子に座っていました。

「もともと、遊牧民族の実戦経験からできあがったものみたいですもんね。メキド人のみなさん、

かなり鍛えられそう」

 僕が二人を見上げつつ訴えると。義眼を見つめる兄弟子様は上の空で答えました。

「だなぁ」

「普段から訓練しておいたら、いざ徴兵する時に楽ですよね

「だなぁ。楽だよなぁ。って? ん? ウサギよ、おまえ何考えてるの」

 ようやくのこと義眼から目を離し、きょとんとする兄弟子様。

 僕は、真剣な顔で切り出しました。


「軍隊。必要ですよね」

 


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2015/08/17 15:11
スイーツマンさま

読んで下さってありがとうございます><

トルコの木槍をそのまま持ってきました^^(シリッド、英語読みでジェリード)
もともとは遊牧民特有の競技です。
メキドが昔は樹海ではなく平地ばかりだった歴史を反映しての選択です。
どのスポーツにしようかとかなり楽しんで選びました^^
この競技でメキドの兵士も鍛えられるといいなぁと思います。

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2015/08/17 15:07
かいじんさま

読んで下さってありがとうございます><
はい^^富国強兵でガシガシと強い国に~というのが
兄弟子様の理想のようです。
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2015/08/15 11:47
木槍
なんとなく銃剣術のようにも感じます

ご存知のように、漢代の中国国技はサッカー
史記にあるように、霍去病なんかは、兵士たちにサッカーをさせて
基礎体力訓練をさせていました
架空の物語ではいろいろできてまた楽しいですよね
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2015/07/13 23:44
富国強兵政策?^^
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2015/06/20 17:12
優(まさる)さま

コメントをありがとうございます><
必要悪。ですよね。どう使役するかによると思います。
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2015/06/13 20:51
軍隊は必要ですが、必要悪ですね。




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