アスパシオンの弟子49 木槍(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/06/13 21:06:22
先の革命で破壊されたのは、王家と王都だけではありませんでした。
王立軍はすっかり解体されていて、今のところ国の護りは、地方を治める貴族たちの私軍頼み。
王宮はケイドーンの巨人たちが警護していますが、その数は千人たらず。
とても国防を担える兵力ではありません。
「もしかしたらこれからすぐに、蒼鹿家とやり合うことになるかもしれないじゃないですか。なので閣議にかけて、
常備軍を編成しようかと」
「ふうん?」
「民衆から大規模な募集をかけたいので、それで今回の木槍競技を、兵士選抜の指針に加え
たらどうかと」
「ほうほう」
「ちょっと聞いてるんですか?」
「あー、いいんじゃね? その方向で」
兄弟子様は難しい顔でまたじろじろと、赤い義眼を眺め回しました。
「どうだアミーケ」
「表面的な傷はなさそうだ。中のシナプスが不具合を起こしているのかも」
「相当古いもんなぁ」
「とりあえず物質固定の韻律をかけて保護してやる。万が一破裂しても周りに砕けぬようにな」
「あの。だから、軍隊の話なんですけど」
義眼を覗きながら、兄弟子様は僕に適当に手を振ってきました。
「いいと思うけどウサギに力説されると、なんか違和感感じるわー。オモチャの兵隊でも集めそうな
雰囲気でさあ」
「僕だって人間に戻りたいですよ! でも解除するそばから、お師匠様が変身術かけてくるんですっ」
我が師はただ今浴室で入浴中。
背中を流せ、一緒に入ろう、体洗ってやるからぁとか、キモすぎるので一発蹴り飛ばして湯船に
沈めてきました。
「ハヤトってほんとにおかしいよなぁ」
「モフモフできないと残虐非道になるとか、信じられません」
「あのさ、ウサギ調達して、あてがえばいいんじゃね?」
「僕も最近そう考えてました」
「じゃあこれから俺様と一緒に地下市場に行って、ウサギ買うか?」
「市場?」
「ちょっくらあそこに野暮用があるからさ。おまえも一緒に来たらいいわ」
――「ウサギ~どこ~? お着替えしよう~?」
回廊から幼い子供の声が聞こえてきました。とたんに襲ってくる寒気。
ヴィオです。また僕を着せ替え人形にするつもりです。
兄弟子様は、こちらを振り向いて二ヤッとされました。
「こえーのが来たなぁ。つかまる前に、特別に人間に戻してやろうか?」
「お、お願いします!!」
久しぶりに人間のすらっとした姿になった僕は解放感いっぱいでした。
湯に当てられて寝台でぐったりの我が師を尻目にこっそり身支度。兄弟子様と一緒にダゴ馬を駆り。
王都の地下の市場に潜り。さっそく三匹ほど、白いウサギを購入しました。
いい手触り。完璧なモフモフ加減です。
「このウサギ、『なんでやねん』ってお師匠様にツッコミいれてくれたらいいなぁ」
「そんなことできるウサギは、この世に一羽しかいねえな」
ん?
地下の市場を行き交うおびただしい人々にまぎれて、なんだか切々とした視線が背後から刺してきます。
これは一体誰の……? 兄弟子様も気づいたようです。
「さて、どこの手の者かねえ?」
恭順の態度が微妙な大貴族の手下?
それともヒアキントス様の息がかかっている大商人フロモスの手下?
フロモスは厄介な奴です。先日我が師がその行いに対して糾弾の手紙を送りつけたのですが、
彼は厚顔にも関与を全否定してきました。
我は陛下の従順なるしもべであると、長大な釈明文を返してきたのです。でもさすがに王都に
いるのはまずいと感じてか、今は病気療養と称して地方の温泉地に逃げ込んでいます。
今頃こっそりヒアキントス様と通じ合って、次の手を考えている可能性大です。
僕と兄弟子様はさりげなく、視線の主をちらりと見やりました。
「茶髪だな。なんか軽薄そうな奴」
「うわ。あれって……」
僕とフィリアを売ろうとした、元宮廷音楽家じゃないですか。えっと、ジュージェさん、でしたっけ?
屋台の影からこちらを切なげにチラチラッて。なんだか密偵というより、僕を見つけてって
懇願してる表情に見えるんですけど……。
「うっ!?」
ジュージェさんの顔が義眼で拡大されたとたん。またもや右目が熱く燃えてきました。
「ぺぺ? お、おい大丈夫か?」
「ち、ちょっときついです」
ものすごい熱さです。ぐるぐると頭をめぐる――炎。
思わず眼をおさえましたが、くらくらします。
熱い……熱い……!
熱い……!
『殿下!』
あ。この人は……。
『馬の蹄鉄が外れるなんて大変! 私が先に行くから、その間に換えの馬を受け取って』
ダゴ馬に乗った、赤毛の女性。馬上の彼女を見上げる僕。
痛そうに地を搔いている、僕の馬。
とても広い、競技場。すぐ横には、巨大な神殿。
彼女は兜を被り、先の丸まった槍を持って馬を走らせました。
馬は、疾風のごとく走っていきます。
どんどん離れていく彼女は、速くて。とても速くて。
相手の陣営から出てきた騎手を追いかけて。槍を投げて――
当たった!
湧き上がる歓声の中、彼女が陣地に退いてきます。
追いかけてくる新手の騎手。どんどん追いついてくる相手。
速い!なんて速さ。
槍を振り上げて彼女を狙っています。太陽の光が、槍を照らします。
槍の先がきらりと光ります。
……きらりと?
あ……!!
槍の先に走るのは。銀色の。
尖った、金属の煌めき――。
『避けろエリシア!』
叫ぶ僕。その瞬間――
しゅん、と彼女の馬の尻に、どこからともなく飛んできた弓矢が刺さって。
彼女の馬はいななき立ち上がって。
一瞬止まった的に、投げられる槍。
ああ……! 槍が。銀色に煌めく槍が。
『エリシア!!』
「う……あああっ!」
また、夢……? 妙にリアルな。本物のような。夢?
いつの間にか意識が飛んでいたようで、僕は兄弟子様に背負われていました。
「ペペ、大丈夫か? 急に倒れてびっくりしたわ。ていうか、おまえおんぶしてウサギのカゴも持つって
辛い。起きたんなら降りて」
「す、すみません!」
「ふいー、重かった」
聞けば僕の義眼は、しゅんしゅんと音を立てて瞳孔が縮まったり広がったりすごかったそうです。
変な夢を見たと話すと、兄弟子様は神妙な顔で言いました。
「夢じゃねえわそれ。眼に蓄積された記憶だわ」
「本当にあったこと、でしょうか」
「だろうな」
赤毛の女性は、本当に存在していた?
彼女は木槍の試合に参加して。そして……
殺された……?
胸が哀しみでギュッと締まりました。たった今、その悲劇を目の当たりにしたかのように。
「顔が真っ青だぞ? 大丈夫か? 野暮用すぐ済ませるから、帰ったら休め」
「は、はい」
兄弟子様はずんずん、地下の屋台市場を進んでいきました。
いかがわしい雰囲気の小さなお店がゴチャゴチャ並ぶ所に入り。僕がかつてフィリアを探した通りに入り。
そして。見覚えのある細くて暗い路地へ――。
「え? ここって!」
兄弟子様の「野暮用」の行き先に僕は驚きました。
「ば、薔薇乙女一座?!」
暗い路地の奥にある、場末の地下劇場。兄弟子様のお目当ては、まさしくそこでした。
「ここ、王都で密かに大人気なんだそうだな。瓦版に紹介されてたわ。入るぞ~」
兄弟子様は後ろからついてくる元宮廷音楽家にも、驚く僕にもかまわずに、するりと劇場の中へ
入っていきました。
ふんふんと鼻歌を歌いながら。
読んで下さってありがとうございます><
巨人兵といえば巨人ゴリアテを思い出しますが、やはり2メートル級となると
天を突く感じですよね^^
阪神の藤浪投手が197センチあり、阪神デパートに等身大のパネルが置いてありましたが、
まさに巨人のようでありました@@(阪神なのに……いやその巨人じゃないw)
読んでくださってありがとうございます><
音楽家さんは目下就職活動中なのでありました^^
それにしても、悪い夢とお調子者の楽隊長はどのような形にペペたちを導くのやら。ではつづきに……
読んでくださってありがとうございます><
メキドの歴史を刻んできた目、うまく活用してメキドの
役に立てればいいのですが、果たして果たして?です。
ぺぺくんへの影響がちょっと心配なところです。
続きの執筆がんばります^^
読んでくださってありがとうございます><
トルコのジリット(英語読みでジェリード)を引っ張ってきました。
遊牧民ならではのスポーツです^^
仰るとおり、片目だけだとかなり負荷がかかるみたいです。
通常は二つの目で情報処理してるのかなぁ。
兄弟子さまはいろいろ考えているようです^^
しかしハヤトの方はー^^;
これからも楽しんでいただけましたら幸いです^^
読んでくださってありがとうございます><
兄弟子さまの思惑がうまくいくといいのですが……
白昼夢、木槍と連続して拝読しました。
「義眼の記憶」が大きなテーマになっており、
楽しく興味深く行を追いました。
これからどう展開していくのでしょうか。
興味津々です。
鶴首してお待ち申し上げます。
m(_ _)m
攻守交代のある馬上槍投げ競技なのですね^^
確かにこれだと中央競馬の競馬場の直線くらいは必要ですね。
そして発熱する義眼。
やはり映像系は計算負荷が高いのでしょうか。
一つだけだと分散処理ができずに放熱が間に合わないとか^^;
兄弟子様の不審すぎる行動も気になります。
劇場はどうなってしまうのでしょうか^^;
物語が膨らんでまたまた楽しみになってきました。
いつも楽しいお話をありがとうございます♪
その先が気になりますね。
お題:気になるニュース
瓦版で薔薇乙女一座が紹介されて、王都で話題に・ω・♪
兄弟子さまはそれで気になったのか、はてさて。