Nicotto Town



アスパシオンの弟子50 舞台劇(前編)

 薔薇乙女一座に入っていくとは、兄弟子様はどういうつもりなのでしょうか。

 観劇するつもりとか? そ、それはちょっとまずいのでは?

「フィリアちゃんにも話聞いたわ。この劇場、かわいい女の子がいっぱい出るんだって?」

 僕はこの国の将軍で、兄弟子さまは摂政のひとり。

 鼻の下伸ばして女の子たちを鑑賞するとか、最悪スキャンダルになってしまうんじゃ……

「あの、どこに敵の手の者が隠れてるか分からないんですから、軽率な行為は止めた方が――」

 僕の言葉を遮り、兄弟子様は開演前の劇場にズカズカ侵入。舞台で女の子たちが試演して

いるのを目を細めて眺めたあと、すらりとした足を組んで客席に座っている女座長の

もとへ迷わず近づきました。

「座長さんかな?」

「あなたが摂政様? 先ほど先触れをいただきましたわ。歓迎いたします」

 女座長は席から立ち上がり、膝を下げる優雅なお辞儀をしてきました。

 兄弟子様は礼儀正しく彼女の手をとり、サッと口づけするや、彼女と隣合って客席に座り

ました。

「うちのフィリアと甥弟子のぺぺがずいぶん世話になった。俺の提案にも乗ってくれて感謝する」

「いえ、とんでもございませんわ」

「で、進行状況はどうなのかな?」

「練習は順調ですわ。でも脚本が、なんだかいまいちで。いつものように私とベテランの子

三人ほどで作ってみましたけど、やはり専門家のものでないと不安ですわ。啓蒙劇って初めてですし」

 啓蒙?

「まあ難しく考える必要はないさ。トルナート陛下すごい、かっこいい、すてき! をアピールしてくれりゃあ、多少話の辻褄が合わなくてもOK」 

 ええとつまり?

 この薔薇乙女一座が、トルナート陛下を大絶賛する劇をやるってことですか?

「でも内容が悪いとかえって陛下の印象を傷つけてしまいますわ。それに色々と、人手やら資金やらが不足していますの」

「王宮が全面的に後援するから、経費の心配はしないでいい。国内巡業公演の上演場所は、

全国各地の太陽神殿だ。不足している人員はさっそく補充してやる。欲しいのは?」

「はい、早急に舞台音楽家、それから脚本家を」

「わかった。すぐに手配する」

 僕らをフロモスに売った、あのもと宮廷音楽家。ジュージェさんは、やはり解雇された

んですね。って。うわ。ちろちろーって、戸口からこちらの様子を伺ってる人がいますけどー。

「あの、座長さん。ジュージェさんがこっち見てますけど」

「あらぁ、どこにいるのかしら? 私にはさっぱり見えないわ」

 うわ。手厳しい。

 しかし国内を巡って公演とはなるほどです。寸劇等々でトルナート陛下を貶められました

から、同じ方法で陛下の良い評判を流布するわけですね。

 しかもぴちぴちの若い女の子が演者となれば、大人気間違いなし?

 舞台の女の子たちの表情がすばらしく活き活きとしています。どの子の目もキラキラ輝いています。

 女座長もとても嬉しげです。国王陛下のお墨付きとなれば、一座の格はうなぎ上りでしょう。

 公演の巡業開始はひと月後から。それまでにあらゆる手を使って大々的に宣伝することに

なりました。

「さあ乗り出そう! 新しい未来へ!」

女の子たちの溌剌としたセリフを背に、僕らは活気あふれる劇場をあとにしました。

「兄弟子さま、いい計画ですね。でも経費を全部出すなんて、王宮の財務は大丈夫なんですか?」

「心配ないぜ。薔薇乙女一座の興行収入は、一部王宮に入ることになってる。まあたしかに、

メキドの財政がきついのは事実だけどな。だから陛下には山奥の故郷の国だけじゃなくて、

数カ国巡ってくるようにお願いした」

「え? 一度にいくつもの国と同盟を結ぶなんて」

「いや、軍事同盟じゃない。博覧市の協賛国を集めてもらうためさ

 博覧市?

「おまえらが蛇を探してる間に提案したんだわ。どうせ王都復興で建物建てまくるなら、ついで

に国際的な博覧市を開催したらどうかって」

 兄弟子さまは上機嫌に鼻歌を歌いました。

人寄せのためのでっかくて目立つ建物を王都の中心にどどんと作ってだな、その周辺で

大陸中の人が集まるような、平和的で文明的で洗練されたでっかい市を開くのさ。楽しいぞぉ。

古今東西、大陸中の珍しいもんをメキドの王都にこれでもかって集めるんだ。

それから、国内の商人たちもわんさか召集して、メキドの特産品を売り込むってわけ」

 そ、そんなものを主催したら、ものすごくお金がかかるんじゃ?

 不安がる僕に兄弟子さまは、これは先行投資だと仰いました。

 人件費や施設建築費、それに幹線道路整備などなど、始めはかなり元手がかかることに

なるが、経済効果は抜群なのだと。

「おまえ、メキドの主産業が何か知ってるか?」

「森林関係ですよね?」

「当たり。だがな、メキドの木材は意外にも、ほとんど輸出されてないんだわ」

 メキドは自給率がべらぼうに高い国。樹海の木々には果樹の類が多く、食糧生産は申し分

なし。鉄鉱山もありますから、鉄製武器や道具の生産にも困りません。

 ですが、内戦続きだったせいで、文化や医療、教育、経済面だけではなく、保有兵器の

レベルすらも、他の大国と比べると大変程度が低いのだと、兄弟子さまは仰いました。

「メキドは今まで外国とあまり戦をした経験がない。井の中の蛙同士が相撲を取ってた

だけだから、自前の武器でケンカは事足りてきた。だが今回の相手はこともあろうに北五州の

蒼鹿家だ。金獅子家に長年揉まれてるにもかかわらず生き延びてる、しぶとくて老獪な家さ。

超めんどくせえけど、やり合うには本気出して準備しねえとやばい」

 蒼鹿家といえば。

「トルナート陛下の姉君についての真偽って、どうなんでしょうね?」

「ああ、数日前にハヤトが式鳥飛ばしてたよな。さすがにまだ結果が分かるには早いわ」

 我が師は事の真偽を確かめるために、式鳥という偵察用の呪詛や密偵たちを北五州に向けて

放ちました。その結果がとても気になります。もし本物だったら、トルは本当に王位を

譲るつもりなのでしょうか。

「先方と対等以上に渡り合うためには、なにはなくとも富国強兵だ。まずは博覧市で儲ける。ウハウハに

なった国内の商人たちからびっしばし税金を取る。国営会社立ち上げて、たくさん国民を雇う。

樹木の樹液やら木材加工品とかどんどん対外用に開発させて、ガンッガン売り込む。で、

その儲かった金で、最新鋭の兵器だの戦車だの買いそろえる」

 兄弟子さまは指先を丸い形にして眼に当てました。

「つまりさぺぺ。ドンパチやるのは、先立つもんを十分手に入れてからだ」

――「王宮の方々ー! お願いしますううう!」

 さあダゴ馬に乗って王宮へ帰ろう、という僕らの前に、茶髪の音楽家が追いすがって

きました。暗い細道に立ちはだかり、髪を振り乱して土下座までしてくる始末です。

「お願いします! 私、改心いたしましたので! どどどうか再び、薔薇乙女一座の

音楽家に私をお雇いくださいー!」

 相手は必死に兄弟子さまの馬にしがみついてきました。眼に涙を浮かべて、改悛したの大連呼。

「うるせえ! そんじゃ台本の試作品作って持って来い! 出来が良かったら

採用してやるわ」

「あ、ありがとうございます! 誠心誠意、最高の歌劇を作らせていただきますー!」

 めんどくせえ、ほんとめんどくせえと兄弟子さまは顔をひくつかせ、馬の腹をえいやと蹴りました。

「あー、本番の舞台見たかったわー」

 ぶうぶう本音を言う兄弟子様と共に僕は王宮へ戻りました。

 ウサギの籠を、しっかりと抱いて。

 




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2015/08/16 22:59
手つかずの樹海資源
王様は〝宝塚劇団〟プロパガンダ作戦で国民の心をつかむ
いつの世も宣伝は重要ですね^^
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2015/07/13 23:56
どういう作品が出来るんでしょうか?成否や如何に?
アバター
2015/06/20 15:06
戦いはお金が掛かりますね。

何時の世もそうですね。




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