アスパシオンの弟子 51 隠密(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/06/28 17:31:34
宙に躍り、細身の剣をふるう長靴をはいたウサギたち。
眼の前で消えていく白い蝶々。
「きゅう」「きゅう!」「きゅぴ」
これは、夢?
僕は茫然と、ウサギ三銃士の動きを凝視しました。
とても物言えぬウサギだったとは思えない動作です。目にも止まらぬ素早さで飛び回り、ほとんど地に
足がついていません。
電光のようなウサギたちに切り刻まれ、細やかな光の粒となって散らばり消えゆく蝶の群れ。その光の放散が
ひとつところに集まり、みるみる形をとってきました。
「くされ導師か!」
苦々しい顔つきのアミーケが、光の塊に右手を突き出しました。
灰色の衣の裾がぶわりと舞い上がると同時に、光の矢が飛び出していったものの。
「そんなのきかないよぉ。アミーケは弱いもん」
けらけら笑うヴィオの言葉通り、光の矢は目標に到達するや吸収されてしまいました。
まっ白な輝きは、一瞬周囲にすさまじい爆風を放ってから物質として顕現しました。
ひと目でわかる、メニスの純血種の髪と瞳。銀髪に紫紺の瞳。
灰色のアミーケよりも背が高く。切れ長の目は鋭く。その身にまとっている衣の色は雪のようにまっ白……。
昼空の光を反射して、その衣は煌々とまばゆく輝きました。
「パパー!」
嬉しげに声をあげ、ヴィオが形を成した白き衣の人に走り寄って抱きつきました。
とたんに三匹のウサギ銃士はぴたと動きを止め、剣を落として四つ足であたりをのんびりひょこひょこ。空中を
飛びまわっていたのが嘘のよう。何か憑き物が落ちたような感じです。
「ヴィオ」
光り輝く白い人は端正な顔に優しい微笑を浮かべ、小さな子を抱き上げました。
「ずいぶん探したぞ。しかしなぜ包帯を巻いている? 何かあったのか?」
「ヴィオねえ、森の中で繭になっちゃってー。それで、お外に出たんだけどぉー」
「まさかもう始まったのか? それでこの姿とは……羽化不全か? なんということだ」
「なにそれー?」
白の導師はたちまち顔を曇らせ、僕らを見渡しました。
「私の子が大変お世話になったようですね」
「ちょ! まっ! なんでいきなり俺様を攻撃すん、だ! げふがは!」
蝶の燐粉を激しく振り払い、兄弟子さまが食ってかかると。白の導師は苦笑して謝罪してきました。
「すみません。黒き衣に反応してしまいました」
「はあ?!」
「我が子を守らねば、という親の不可抗力です。黒き衣とは長年の間仲が悪かったものですから、反射的に
手を出してしまいました」
「なにが反射的にだ。白き衣のアイテリオン、一体何を企んでいる?」
灰色のアミーケが兄弟子様をかばうようにして、白の導師の前に近づきました。
「これは灰の衣の人。あなたがここにいるとは。しかし相変わらず言葉遣いがなってないですね」
「誰がおまえになど、かしこまるものか」
アミーケが歯軋りしています。白の導師は一見人がよさそうなのに、相当に嫌っているようです。
「アミーケ、ちゃんと挨拶してよぉ。 ヴィオのパパは、メニスの王さまだよぉ?」
僕の背筋にぞくり、と悪寒が走りました。
白の導師に抱かれるヴィオの紫紺の目が、一瞬すうと細められたからです。
そのまなざしは、ウサギを繰り出した瞬間に見せたのと全く同じもの。
ヴィオは鋭い感触の魔法の気配を下ろしてきて、刺すような口調で囁きました。
口元をにやりと引き上げながら。
『ひざまずけ、ルーセルスカヤ』
とたんに灰色のアミーケは突然片膝をつき、ぎりぎり開いた口から呻き声を漏らしました。
「ごきげん……うるわしく、水鏡の地の長にして我が主……三つの時を統べる時の王。お会いできて光栄……です」
「ヴィオ、強制しなくてもよいよ」
白の導師が苦笑してヴィオの頭を撫でています。アミーケは蒼ざめた顔でガクガクと口を震わせ怒っています。
ルーセルスカヤというのはたぶん、彼の本当の名前。六翼の女王ルーセルフラウレンは「ルーセルの娘」という
意味ですから、間違いないでしょう。
ヴィオが彼の名前を知ってるなんて、父親から聞いていたのでしょうか。それとも、フィリアから?
それにしてもこんなにたやすく、灰色の導師を屈服させるなんて……。
「お、お母様」
さすがにフィリアが驚いて気遣っています。
「大丈夫だ、フィリア。こいつらには、とっとと故郷に帰ってもらおう。水鏡の地へ」
「いえお母様、それはだめよ。あ! ま、待って! まだ帰らないで」
笑顔で暇をつげようとした白の導師に、フィリアがとっさに待ったをかけました。
「お願い、白い御方! マミヤさんに会って! ヴィオのママに!」
「えーと、それでその白の導師ってのは、現在マミヤさんと対面中ってわけ?」
「はい」
神妙な顔の僕の眼の前には、ニコニコ満面の笑みの我が師。三匹のウサギを一度に抱きしめてご機嫌です。
もふもふ要員が戻ってきて僕もひと安心といったところです。
「ひえー、なにその修羅場。つまり白の導師は、まかないのおばさんにひっぱたかれてる最中ってわけ?」
「ど、どうなんでしょう? でも子はかすがいといいますから、お子さんがいる面前で、暴力沙汰とか痴話げんかとか、
そんな風にはならないかと」
「しっかしエリク大丈夫なのー? 白の技もろに受けちゃって」
「灰色のアミーケさんが、部屋に運び込んで様子を見てます。お見舞いに行かれたらどうですか?」
「えー、ヤダ」
そこで渋るとか。
「どーせアミーケとちちくりあってるんだろ? 邪魔したら吹っ飛ばされるからいい」
憎まれ口叩くとか。
気になるくせに、ほんと素直じゃないです。視線がきょろきょろ、動揺してるのが丸わかりですってば。
「それよりお師匠さま、ちゃんと摂政のお仕事してくださいよ。兄弟子様に任せっぱなしじゃないですか?」
兄弟子様はせわしなく動いています。舞台劇を企画したり、博覧市を開こうとなさってたり。なのに。
同じ摂政位にある我が師はウサギで一喜一憂なんて、弟子の僕はかなり情けないんですけど。
「え? 俺? ちゃんと仕事してるよ?」
しかし我が師はきょとんとされて、指折り数えあげました。
「蒼鹿家に式鳥送っただろ? 使者も隠密も送っただろ? あっちこっちにお金を送っただろ? でっかい宝石も
送ったし、木材も送ったー」
は? お師匠さま、それって……
「てなわけで、大貴族も役人もみーんな、すんなり言うこと聞いてくれる状態にしたぜ?」
や、やっぱり賄賂?! たしかにもともと反抗的な大貴族を御すには、それしかないような気もしますけど。
でも、そんな大盤振る舞いしてたら財務が困るんじゃ?
「エリクが稼いでくるだろ」
え。さも当然のようにさらっと言っちゃうし。妙な所で変な信頼をしてるような気がするし。
「あいつが稼ぐ。俺が使ってやる。これですべてはうまーく周る」
え、えっと。いいんでしょうかこれで。
「ああそれでさ、さっき式鳥がきてさ、隠密からの報告読んだぜ。弟子も見る?」
我が師は黒い衣の懐から、折り目のある紙を出してみせました。隠密に何枚か持たせてやったものだそうで、
鶴かなにか飛びやすい形に折られて北五州から飛ばされてきたものでした。
天の道をはるばる飛んできたそれは、ほわほわと淡く輝いてインクで書かれた文字を浮かび上がらせていました。
紙を覗き込んだ僕はたちまち――美しい文字の一行に目を奪われました。
『エリシア姫は生存せり』
物語はクライマックスですかな?