Nicotto Town



アスパシオンの弟子51 隠密(後編)

「父さま~♪ 母さま~♪ フィリアぁ~♪」 

 庭園にヴィオの無邪気な笑い声が響き渡ります。

 一夜明けて、この得体の知れないメニスの子を見守る人がひとり増えました。

 歩行訓練をするヴィオの前方には、手招きするフィリア。母親のマミヤさん。そして父親の白の導師。

微笑を浮かべる両親は、庭園に置かれた長椅子に並んで座っています。

 よちよち歩いてきたヴィオを抱きしめるフィリアの顔は、前にも増して幸せ一杯。まるで、四人家族のよう。

 まかないのおばさんは白の導師としっかり手を握り合っています。

『涙、涙の感動的な再会だったわ』

 フィリアがこっそり、二人の対面の場面を教えてくれました。

『白の御方はマミヤさんをいきなり抱きしめて謝罪なさったの』

 白の導師の故郷である水鏡の寺院は、メニスの一族の隠れ里。ゆえに普通の人間であるマミヤさんと双子の

かたわれを、当時すんなり連れ帰るわけにはいかなかったそうです。

彼はメニスの血が出たヴィオだけを連れて故郷に戻り、人間である妻子も隠れ里に迎え入れたいと一族の者を

説得しようとしました。ところが……

『一族の者たちはかんかんに怒って拒否して、白の御方とヴィオを幽閉してしまったそうなの。三十年経ってようやく、

二人は外に出ることを許されたのですって』

 ヴィオは自由になるなり、生みの母親を探しに出ました。

 逐一白の御方に経過を手紙で報せていたようですが、王宮近くの森で繭化して音信不通に。それで白の導師は、

我が子を捜しにメニスの里から出てきたというのでした。

『じゃあ、白の導師はマミヤさんを見捨てたわけじゃなかったんですね』

『ええ、ずっとずっと、想っていたみたい』

 幸せそうなマミヤさんの顔を見るにつけ、白の導師は、灰色のアミーケが警戒するような人にはおよそ

見えないのですが……。

「マミヤを水鏡の里に連れて行く方法がひとつだけある」

 美しいメニスの王の囁きが、彼らを眺める僕の耳に入ってきました。

「一族の者は、その方法をとるならマミヤを認めると言っているんだ」

 白の導師は、まかないのおばさんのふしくれだった手を両手でギュッと握りました。

「どうか、私の魔人になってくれぬだろうか」

 

 

 

『それはだめ!!』

 思わず僕はそう叫びそうになるのをあわててこらえました。

 魔人になるということは、死ねない体、輪廻できない魂になるということ。たとえ主人のメニスが死んでいなくなっても、

その呪いは解けません。

 僕はその選択を後悔してはいません。でも、他人には絶対勧めたくない道です。

「マミヤ、じっくり考えてくれ。永遠の若さを得るか、このまま年老いて安らかに死ぬか」

 僕はごくりと息を呑みました。人間にとって、永遠の命や若さは、何にも変えがたい誘惑です。

 永い永い寿命を持つ恋人に願われる、というだけでとても心動かされることだのに。心の内にある

暗い欲望を刺激してくるなんて、なんだかちょっと卑怯かも。

「あ、ぺぺ。丁度いいところに」

「やあフィリア」

「あのね、またウサギを貸してくれるようハヤトさんにお願いしてくれない? ヴィオが寂しがってるの」

うううう。

「ねえ、お願い」

 ……断れないということは、僕はフィリアに惚れてるのかも。

 かわいいフィリア。鳶色の髪はどことなく赤毛っぽくて。菫の瞳はどことなく青い感じで。

 って、僕、一体誰と比較してるんでしょうか。


『エリシア! エリシア!』

 

 あ……過去のあの、悲劇の姫君……。

 でもあの姫は過去の人。思い出すだけで胸がつぶれそうになるなんて、ちょっと僕、おかしいかも。

――「ぺぺさぁぁああああん!」

 回廊を歩いていると、ドップラー効果な声と共に茶髪の楽師がやってきました。

「徹夜で書いてきましたぁぁああ!」

 あ、追い抜かれました。すごいスピードです。

「摂政殿下に見せるので一緒に来てくださぃぃいい!」

 ふう、戻ってきました。僕は仕方なく行き先を変更し、お見舞いがてら兄弟子さまの所に伺いました。

 気の毒なことに兄弟子さまは床に臥せっており、灰色のアミーケが心配げに付き添っていました。

「胡蝶の神経毒にやられて、全っ然手足動かねええ! なにが不可抗力だ」

 兄弟子さまはかろうじて喋れるようです。

 僕は茶髪の楽師の強いまなざしに促され、押し付けられた台本を二人の前で読み上げてみせました。

「ふうん? エリシア姫はトルナート陛下が落とした無垢の涙を唇の隙間から偶然受け止めて? 奇跡の涙で

大復活? うんまあ、いいんじゃね?」

 後で報酬を支払うと約束し、兄弟子様は有頂天になった楽師を部屋からさっさと追い出しました。

「ペペ、あいつにはフロモスの手がついちまってるから、雇うには危険だ。金貨だけ送る」

「了解です。あの、我が師から聞きました? トルナート陛下の姉君のこと」

「あー、さっき言霊が来たわ。エリシア姫は生きてるって?」

 すぐ隣の部屋にいるのに、じかに会いにくるのを渋るなんて。まったく……でもエリシアという名前を聞くと

なんかどきりとしてしまいます。

「本物かどうかはまだ判断がつかないようです。でも確実に『メキドの王位継承権を主張する姫君』が

蒼鹿家の食客となっていることは確かみたいです」

「厄介だなぁ。とこんで、式鳥を飛ばせる隠密って一体どこから雇ったんだ。ハヤトってば使える奴持ってていいなぁ」

「あ、それは僕が推薦しました」

「ふうん?」

 それから兄弟子さまの部屋には続々と廷臣たちが訪れてきて、指示を仰いできました。 

 税金などの財務に関することだけなく、国民の文化教養や福利厚生、国内のインフラの整備などなど、

裁可を求められる事柄が山のようにありました。加えて王都の政についても宰相や役人がやってきて様々な

案件を持ってくるので、兄弟子さまはとても忙しそうでした。

「ふひー、ちょっと正直、俺様首回んないわー。ハヤトサボりすぎ。もっと働くよう言ってきて」

「了解しました」

 すぐ隣の部屋に行くと、我が師は大きな水晶玉を覗き込んでいました。

 北五州にいる隠密から直接連絡が入ったようです。

「あの、」

 僕は一緒に水晶玉を覗き込み、映っている人に手を振りました。

「どうなんですか? 陛下の姉君は本物なんですか?」 

 水晶玉に、小さな玉をいっぱい下げた帽子を被った老婆が頭を横に降る姿が映りました。

『そこはまだわからん。しかし「姫君」は実在し、蒼鹿の大公とは仲が悪い。というかその』

 老婆――薔薇乙女一座の用心棒をしていたかの韻律使いは、暗い表情で告げてきました。

『無理やり、婚約させられておるようじゃ』

「囚われのお姫様が、おじさん大公に迫られてるの? 何かぞくぞくしちゃうなぁ」

 ちょっとお師匠さまなんですかそのにへら顔は。いやらしい妄想しないでくださいよ。

『しかし蒼鹿家の城になんとか入り込んだが、もう命がけじゃて。くわばらくわばら。姫君の似姿を送るゆえ、

陛下がご帰国されたら確認していただいておくれ』

 数日後。予告通り、北五州から式鳥がやって来ました。

 我が師が鳥の形に折られた紙を広げると、そこには墨か何かでかなり写実的な肖像が描かれていました。

「うわあ、めっちゃ美人だなぁ!」

 感嘆の声をあげる我が師の隣で、僕は息を呑んで言葉を失いました。

 蒼鹿家に囚われている姫君の顔は……驚くぐらいそっくりだったからです。

 僕が見たあの――

 赤毛の悲劇の姫君に。 

 

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2015/08/23 08:57
師匠は式を操れるのですね
しかも美人に化けさせる
安倍晴明みたいな
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2015/07/05 19:11
夏生さま

いつも読んで下さりありがとうございます。
ようやくひとつ、前章からのお話がひとつの道にまとまりました。
ぺぺさんの恋心?、一体どうなるのか楽しんでいただけましたら幸いです^^
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2015/07/05 19:08
よいとらさま

いつも読んでくださりありがとうございます。
人の上前をはねていく師匠の図ぅ。
裏でいろいろやっちゃっているみたいですが果たして。
白い一家はこれからいろいろと……^^;
思い描く着地点までがんばります。
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2015/07/05 19:06
優(まさる)さま

読んで下さりありがとうございます。
クライマックスの章のはずなのですが上手く盛り上がるかどうか。
がんばります。
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2015/07/01 20:12
今晩は!

先週はバタバタし、しかも風邪まで貰ってしまい、
やっと落ち着いて御作を拝読しました。

ヴィオと白の導の関係が整理され、赤い義眼の
記憶がメインになってきました。

これだけこみ入った筋をお上手に纏められるもの
だと感心しています。

では、次作を拝読します。
m(_ _)m
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2015/06/28 22:34
こんばんは♪

だいぶ役者が揃ってきましたね^^

お師匠様が使う分を兄弟子様が稼ぐ。
実に正しい^^
予算をたてて税金をとり、計画どおりに使っていく。
財政の基本ですねぃ^^
しかし、兄弟子様。過労で倒れないか心配です。

一家団欒を楽しむ白の導師は敵か味方か、
姫君の情報の真偽は・・・

運命の輪はどう動くのでしょうか。
続きがとても楽しみです。

いつも楽しいお話をありがとうございます♪
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2015/06/28 18:50
さて物語は佳境(かきょう)ですね。字はこれで良いかな?

さてハッピィエンドでこの物語は終わりますかな?
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2015/06/28 18:13
カテゴリ:家庭
お題:家族への感謝の気持ち

ヴィオの家族がついにそろった~!のですが。
このまま幸せ家族できるのでしょうか・ω・?




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