Nicotto Town



アスパシオンの弟子52 侵食(前編)

 太陽神殿のだだ広い馬場を、ダゴ馬達が駆けていきます。騎上には、木槍を持った神殿兵士の姿。

 二頭の馬が並んだとたん、一方から放たれる槍。サッとかわす騎手。

 沸きあがる歓声。鳴り止まぬどよめき――。

「すごい! 槍の音だけでかわした。ふりむいてない」

 貴賓席に座る少年王が、感嘆して手を叩いています。

 その隣に座る桃色甲冑の大きな妃殿下が、うれしげに何度もうなずいています。

 左目が赤い少年王――トルナート陛下の左に立って警護する僕は、二人のすぐ右隣の迎賓席を

見渡しました。

 れきれきたる面々の姿がそこにあります。

 山奥の王国の公爵夫妻。ファラディア王国の大使。

 山岳部族ターミールからの使者。砂漠の十二部族からの、十二人の使者。

 それから。

「これは素晴らしい。ダゴ馬というのは、なんと見事な体を持っているのだ。

お招き下さった陛下に感謝いたさねば」

「晩餐の会も楽しみですわね、あなた」

 大国エティアからの、王太子夫妻――。




 ひと月かけた陛下と妃殿下の外遊は大成功でした。

 陛下と蛇は結局竜王の魂を見つけることはできなかったのですが、有力な手がかりを得てきました。

『竜王の魂を封じた神器が山奥の国の神殿に隠されていたらしいんだけど、百年ぐらい

前にさる盗賊に盗まれたらしい。砂漠の隊商に流されて、今は南方の赤砂漠のどこかにあるんじゃ

ないかってとこまでわかった。今度砂漠の十二部族を訪れがてら、探すことになったよ』

 山奥の国だけでなく周辺の山岳部族とも同盟を結ぶことができたトルナート陛下は、ケイドーンの

巨人傭兵団を自らのもとに招集。彼らの警護を受けながら陸路でエティアに向かい、その宮廷に

しばらく身を置きました。

 その間ずっと、緑虹のガルジューナは地下の動脈の道に隠れていました。

大陸同盟の理事国であるエティアとスメルニア以外、神獣の保有は認められていないからです。

 トルナート陛下の命令で、メキド本国の広報大臣は大陸同盟向けに公式発表を行いました。

「つい先日緑虹のガルジューナがメキドの鉱山で目覚めたが、トルナート陛下が諌めて

封印しなおした」と。

 この発表は大陸同盟を通して瞬く間に大陸全土に報じられたので、国際人の交流の場として

知られるエティアの宮廷には、「神獣を抑えた英雄」トルナート陛下に会いたいという

王族や使者たちが殺到しました。

 陛下はここぞとばかりに桃色甲冑の妃殿下と共にメキドを大アピール。

 博覧市の話を出し、数多の国や部族の賛同を得ることに成功して帰国してきたのでした。

とりわけ砂漠の十二部族の賛同を得られたことは大収穫といえます。広大な赤砂漠を含む

大陸南部の物流は大陸一の規模で、隊商を営むこの部族が支配しているからです。

「素晴らしい!」 

 神殿の競技場にひときわ沸き起こる歓声。騎手が槍を避けて馬の横にぶらさがっているのを見て、

エティアの王太子が激しく手を打ち叩きました。すでに四十を越えておられる方でとても

思慮深げな面持ちですが、馬を見るのは大好きなご様子。

 他の客人たちもかなり楽しんでくれているようで、僕はホッと胸を撫で下ろしました。

 トルナート陛下は帰国されるとすぐに、同盟国や賛同国の王族を招きたいと思し召しに

なりました。そこで僕らは、太陽神殿の木槍競技をもてなしとして開催することを提案したのでした。

 陛下の左側にいる廷臣団も、軒並み僕と同じ表情。

 明日は再建途中の王都を客人たちに視察していただき、博覧市のための建物や施設を

どう配置するか説明することになっています。

 木槍競技の拡散も舞台劇での宣伝展開も、そして博覧市開催事業もすべて順調。

政権確立と外交だけでなく、国内産業や教育や福祉事業に関する政案も続々と出てきています。

 でも――。 

「アスワド、アステリオン様の具合はどう?」

 廷臣団の席にぽっかり空いた二つの席を見て、トルナート陛下は心配げに聞いてきました。

「まだ手足が痺れてますけど、お元気ですよ」

「アスパシオン様のお風邪は?」

「あー」

 僕は頭を搔いて目を泳がせました。

「だいじょーぶじゃないですか? 一日寝てれば治ると思います」

 棒読み口調。ため息を噛み殺し、作り笑い。

 陛下はたぶん気づいたと思うのですが、早くよくなるといいね、とありがたいお言葉を下さいました。

「あとでお見舞いに伺うよ。見極めはその時にね」

「はい。お願いします」

 『見極め』、というのは陛下の姉君の真贋についてです。

 陛下が帰国してすぐ、僕らは隠密から送られてきた似姿をお見せしたのですが……。

『髪と目の色は合っているけど。当時姉様は十三才で、六年経っているから、うーん、その、僕の

記憶力だけではなんとも判断できない』

 しかも桃色の妃殿下によれば、思春期の女性というものは大激変するんだとか。

『だから山奥の国で姉様の肖像画が残ってないかどうか、探してくれるよう頼んでいたんだ。

それが見つかって、公爵夫妻がメキドに来る際に持ってきてくれるって手紙を貰ったから、

それと見比べてみる』


 


 というわけで。夕刻の盛大な晩餐会と舞踏会の後、トルナート陛下は桃がたくさん入った籠と

布に包まれた肖像画と共に、我が師の部屋にやって来て下さいました。が、

「うわ?!」

 部屋に一歩足を踏み入れるや驚愕のかんばせ。

「すすすみません、今どかしますっ」

 僕はあわててソファの上のウサギたちをほいほいどかしました。

「アスパシオン様、風邪のお加減はどうですか」

「さいこーう♪」

 ああもう、ほんとやめてほしいです。一国の主のおでましだというのに、寝台でダラダラ

ウサギに埋もれてるとか勘弁してほしいです。

 寝台だけでなく、あっちにも。こっちにも。ウサギ。ウサギ。ウサギ。ウサギだらけ。

「もふもーふ、もふもーふ。うへへへへへへ」

「あ、顔がとろけてる」

「すみません! お師匠さまがすみません!」

 苦笑する陛下に僕は何度も頭を下げました。

 バカは風邪を引かない、といいますけど。

 本当に、引かないんだと思います。

「ウサギ、一体何羽いるのかな?」

「た、たぶん、五十羽ぐらい? 白の導師様から、ヴィオにウサギを貸してくれたお礼だって、

昨日ごそっと贈られてきて。トイレはベランダに設置したんですけど、シツケがもう大変で」

「もふもふ。もふもーふ。うへへへへへ」

 何か他のこと言えないんですかこのクソオヤジは! 僕らのこと見えてないでしょうこれ! 

せめてウサギのトイレトレーニングくらい、自分でやれっていうの!

 呆れ返る僕を陛下はまあまあと宥め、布に包まれた肖像画をむき出しにして差し出しました。

「これが姉様なんだけれど」

 ウサギをのけて陛下の向かいのソファに座った僕は、卓に隠密がくれた姿絵と肖像画を並べてまじまじと見比べました。

 赤い髪。目の色は蒼。そこは合っています。

 ……。

 ……微妙。ものすごく、微妙。

 肖像画に描かれているのは十歳そこそこぐらいの女の子。これが、十年ほど後には……?

 占い婆が送ってくれた姿絵に目を移すなり、僕の心臓はどきりと波打ちました。

 何度見ても、胸がざわつきます。

 絶世の美女と僕の美的感覚では迷い無く形容できるその姿。理知的な大人の女性の顔が

そこにありました。

『殿下』

 ニッコリ笑うあの赤毛のエリシア。過去の記憶の人に、本当に、瓜二つ――

 しゅん、と陛下の赤い左目がかすかに音を立て、紅蓮の炎のような煌めきが一瞬閃きました。

「やっぱりよく分からないよね。大人に成長してるんだもの」

 

 

アバター
2015/08/23 20:55
姉君は王に瓜二つ
実の王様は姉君だったとか
――いやレイアウト上の自分の趣味は申しますマシ
アバター
2015/07/29 21:07
意外な展開ですね^^
アバター
2015/07/05 19:28
成長した姿はどうでしょうか?

何処か違うのも有りますが、微妙な違いで終わる可能性も有りますからね。




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