Nicotto Town



アスパシオンの弟子52 侵食(後編)

 陛下は首を傾げました。

「推定成長分を入れて骨格の計測をしてみたけど、微妙に合ってるような合ってないような」

 骨格計測。陛下は義眼をうまく使いこなしているようです。

「もふもーふ♪ へへへ」

 うう、もふってばかりいないで一緒に考えて下さいよ、お師匠様。

「陛下の目って、熱くなったりしませんか」

「使い始めにちょっとあった。アスワドの右目はもしかして調子悪いの?」

 熱くなったり、勝手に目の記憶が見えたりしたことを告げると。

「使い始めの初期不良かもね。装着は韻律で簡単にできるけど、体になじむまでに

ちょっと時間がかかるらしいよ。それに片目だけだと処理負担がかかりすぎるらしいから、

フル稼働はさせない方がいいみたい」

 なるほど。視神経に直接つないでますもんね、これ。

「でもこんなにすごい機能持ってる目でも、さすがに血を調べる秘術は使えないでしょうね」

「血の成分で家族関係が詳しく分かるっていう? 太古の技術の?」

「大陸同盟に申請したら、封印機械を使わせてもらえるんじゃ?」

 僕の提案に、トルナート陛下は物憂げにうつむきました。

「もしニセモノだったら……その人はどうなるの?」

――「全く何をうだうだやっているのだか」

 こつこつと扉近くの壁を叩きながら、隣の兄弟子さまの部屋にいた灰色のアミーケがウサギ

だらけの部屋に入ってきました。なんだかとてもイライラした表情で。

「向こうは姉君を盾にして、あの手この手で言うことを聞かせてこようとするぞ。ゆえに

一番手っ取り早いのはニセモノだと今すぐ断定して、そ知らぬ顔をすることだ。もし私が

メキドの王なら即刻そうする」

「それはいくらなんでも!」

 憤慨する僕を灰色の導師は恐ろしい形相で睨みつけてきました。

「足手まといの親族など厄介なだけだ。それより我が魔人、ウサギの糞を我々の部屋の

ベランダにまき散らすのはやめろ」

「え」

「臭い。迷惑だ。とっとと掃除しろ!」




 アミーケの主張通り、ウサギたちは用を足すとき隣の部屋のベランダに

侵入していました。

まだ完全にしつけられてないので、砂箱だけでなくベランダ一面にぽろぽろとウサギの糞害が

あって心がブルーになっていたのに、まさかお隣にまでその被害が及んでいたなんて知らされて、

僕の心はさらにどん底。

 陛下を送りだしてから、ため息混じりに兄弟子様たちの部屋のベランダを箒で掃除していると。

「だからすぐに処分すればよかったんだ」

 アミーケと寝台に臥せる兄弟子さまの会話が部屋から漏れ聞こえてきました。  

「羽化不全だと分かった時点で首を絞めていれば、アイテリオンの干渉を防げたのに。

なぜ止めたんだ、ルーセル」

「だってそりゃ、フィリアちゃんがあんなに一所懸命看病してんだもん。いくら精神崩壊してる

化け物だからって、いきなり殺せねえよ。看病の甲斐なくあえなく死にましたってのを期待

してたのは事実だけどさ」

 まさかこれ……ヴィオのこと?

 トルナート陛下の姉君のことといい、アミーケは残酷すぎるんじゃ?

「アイテリオンはこれからじわじわ侵食してくるぞ」

 白の導師様を本当に毛嫌いしてるようですが、あの方は我が師にウサギをくれるほど

フレンドリーです。アミーケの方がマイナスイメージはんぱないんですけど。

「アミーケの不満は、フィリアちゃんをとられたからじゃないの?」

 ヴィオよりも白の導師が嫌なのだと、アミーケはまくしたてていました。

 あの清廉潔白そうな笑顔が生理的に嫌だとか、人がよさそうなふるまいも謙虚な態度も

気に入らないとか。

「おいおい落ち着け。顔がこわくなってるぞ? かわいくないぞ?」

 兄弟子さまにうんざり口調で言われたので、灰色の人はついには怒り出しました。

「妻のくせに私の気持ちが分からないのか?」

「いや俺、今生は女じゃねえし」

「鼻をほじるな!」

「やっと手が動かせるようになったもんで。あーうれしー」

「おまえ、こんな仕打ちをされてなぜ怒らない? 本当にあいつは酷い奴なんだぞ? 

魔力が弱すぎて水鏡の地から追い出された私を、噴煙の寺院に入れたんだぞ?」

「あー、灰色専門のところね」

「そんな慈悲などくれてやらないで、殺してくれればよかったのに!」

「ほんと、アミーケは友達や仲間作るの下手だよなぁ」

「黙れ馬鹿!」

「分かってるって。ちっちゃい頃独りで慣れないところに出されて、辛かったんだよな。

そうだよな」

 箒を動かす腕を思わず止めて、僕はそろそろと我が師の部屋のベランダへあとずさりました。

 かすかに耳に入るすすり泣きと優しくなだめる声。

 それと。

「愛してるアミーケ」

 あまり免疫の無い者には、かなり面はゆい言葉。

 ベランダから見える空は宵の色。

 ごめんなさい。すみません。退散します。お邪魔しました。 

「もふもーふ♪ もふもふもふもふもふぅうう♪」

「お師匠さま」

 我が師の部屋に入るなり、僕は深い深いため息を漏らしました。

「なぁに弟子? 俺今もふもふで忙しいから、三行で言って」

「仕事してください。

 仮病はいけません。

 二行で済みました」

「うんうん、わかってる。でももうちょっと、もふもふしてからね~♪」

 我が師はウサギの群れに埋もれるのに夢中で、現在僕への関心まるっきりゼロ。 

 真面目な顔で僕の伴侶になるとほざいてたのが、まるで嘘みたいです。

『俺もおまえと同じ魔人になる』

 あの宣言、もうすっかり忘れてるみたいなのはいいんですけど、ウサギのせいでずっと

部屋にひきこもられるのは困ります。

 仮病が何日も続かないといいのですが……。





 僕の懸念は当たってしまいました。

 我が師は翌日も「風邪」でひきこもり。部屋から微動だにしませんでした。

 しかもそんな中で――

「アスワド、そいつを取り押さえて!」 

 とんでもない事態が起こり、宮廷は大打撃を受けました。

 再建中の王都を視察中に、エティアの王太子夫妻が暗殺者に襲われたのです。

 ケイドーンの巨人を護衛につけており、僕も遠からずのところにいたので何とか下手人を

捕らえたものの、犯人はその場で毒薬をあおって自殺。王太子ご本人は王太子妃殿下を

かばわれて、大怪我を負われてしまいました。

 都合の悪いことに、下手人はエティア王家に不満を唱えるメキド人ということを

声高に主張して死にました。

「レツ島を返せ!」

 それはエティアとの国境境にある湖にうかぶ島で、百年ほど前に政治的な取引でエティアに

割譲されたそうです。

 まさかこんな不満分子が出てくるとは思わず、宮廷内は寝耳に水で上を下への大騒ぎ。

 しかし兄弟子さまはまだろくに体が動かなくて、しかも他の事案で首が回りません。

 そして我が師は――

「もふもーふ♪ うへへへへ」

「お師匠さま! いいかげんにして下さい!」

「嫌だぁああ! 出てけ!!」

 信じられないことに。僕は結界を張られて部屋から追い出されてしまいました。

「まったくもうううう!!!」

――「とてもお困りのようですね?」

 憤然としてひとりで閣議の間へ向かう僕に。穏やかな声をかけてくる方が現れました。

「あ、アイテリオン、様?」

 白の導師様はそれはそれは優しい雰囲気で近づいてきました。

「黒のお方はお忙しいようですね。代わりにお手伝いいたしますよ」 

 人のよい美しい微笑を浮かべて。



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2015/08/24 20:38
毒舌家アミーケさんを5人パーティーのシナリオ・第二主人公にすると
劇的な死を迎えることが多いといいます
ガッっちゃマンのコンドルのジョーみたいな
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2015/08/02 23:28
人のよい微笑を浮かべて近寄ってくるのは果たして?
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2015/07/12 15:06
よいとらさま

読んでくださりありがとうございます><
トル陛下がんばっているのに白の力がじわじーわ。
いいんだか悪いんだかわからぬままにじわじーわ^^;
場数踏んでる兄弟子様とアミーケはなんらかの対策を講じそうですが、
師匠は大丈夫なのかー^^;
兄弟子様に「こいつはまぁいっか」、とか見捨てられそうでこわいですw
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2015/07/12 15:02
夏生さま

読んでくださりありがとうございます><
白の導師の真意は何なのか、ペペたちはどんな風になってしまうのか……
いよいよお話が大詰め一歩手前に入ってきました。
これからも楽しんで下されば幸いです^^
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2015/07/12 14:59
優(まさる)さま

読んでくださってありがとうございます><
白の導師は何か企んでいそうですよね。
とてもいい人そうに見えますが……真相はどうなのでしょう。
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2015/07/12 14:57
おきらくさま

読んでくださりありがとうございます><
いい人そうなのですが、なんだか雰囲気が……ですよね。
この方は、攻略難易度がかなり高いかもしれません;
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2015/07/07 23:17
こんばんは♪

そうですそうです。国民と国家に真の平和と安定をもたらすのは
地道な外交力です^^
しかもトップセールス付き!コストパフォーマンスの良さは
抜群ですね。

お師匠様と兄弟子様の行動からは目が離せません。
本当に腑抜けで無力になってしまったのか、あるいは・・・
もう、想像が膨らんで仕方ありません^^

そして妙にフレンドリーな白の導師。

物語の続きがとても楽しみです。

いつも楽しいお話をありがとうございます♪
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2015/07/06 20:57
今晩は!

今回は、次作で一波乱が起きそうな雰囲気の結末になっていますね。
白の導師様は味方なのでしょうか、それとも大いなる野望を抱いているのでしょうか。
次作で明確になってくるのでしょうね。
すっかり、御作品の虜になっていますよ。(*゜∀゜*)

では、鶴首して次作をお待ち申し上げます。
m(_ _)m
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2015/07/05 19:34
白い道士様は何をするのでしょうかね。
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2015/07/05 17:38
白い道士様…気になる(;´・ω・)
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2015/07/05 16:54
字数制限で死にましたOrz  八千字後半をぶったぎり次回へー。
今回はお題二つてんこもりです。

カテゴリ:「美容健康」
お題:「片付けや掃除の悩み」
ペットのトイレトレーニングは大変・ω・

カテゴリ:「友人」
お題:新しい友達や友達の作り方
アミーケさんは屈折してるので、お友達を作るのは苦手っぽいです。




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