Nicotto Town



アスパシオンの弟子53 議事録(後編)

 翌日の閣議の時にも、「それ」は起きました。

 ハッと気づけば――閣議が終わっていたのです。

 あわててまた議事録を確認すると。

 自分の記憶が飛んでいるだけで、議事進行は全く問題なし。

 主な議題は、大貴族との会見の日取り調整とエティアへの対応について。

 それから、黒の導師お二人の公務について。

「え……僕、発言してる?!」

 議事録によれば。

 遅々として麻痺が治らぬ兄弟子さまを、エティアの王太子殿下とともに国内の一大温泉地へ

派遣することを「僕が」提案。王太子殿下と共に養生しながら、今後のエティアとの関係修復を

兄弟子様に一任する、という策です。みながそれに賛同していました。

 それから、我が師をメキド全国を巡業する薔薇乙女一座の監督官として、一緒に国内を

行幸させる、ついでに王の名代として、各地の神殿に寄せられた「陳情」を受け取ってくるのは

どうかというのも、「僕が」提案。これにもみなが賛同していました。

 こんなことって……

「よい提案でしたね」

 議事録を持って震える僕に、白の導師様がにこにこと笑いかけています。

 なぜ? どうして? 

「あ、あの! 僕自身には、覚えがないんです」

「魔人としての能力が出たのではないですか?」

 たじろぐ僕に、白の導師様はそう仰いました。

「メニスの魔人は、時間をかけて徐々に元の生物とは全く違ったものに変化していきます。

おそらくその過程の最中で、違う人格が形成されてきているのでしょう」

 僕の中に新しい自分が生まれている?!

「ご心配は無用です。落ち着けば、またひとつの人格に統合されますよ」

 メニスの王が仰るのですから、間違いはないと思いますが……。

 しかし兄弟子さまはともかく、モフモフでひきこもりの我が師が、閣議の決定にすんなり従ってくれるでしょうか?

「おお! 行く行く!」

 え。

「あのな、メキドってさ、ウサギを家畜として飼ってる家が多いんだって。毛皮はいだり

食べちゃったりするんだって。俺、そいつは断固反対。全国周れってんなら好都合。俺、

ウサギ保護キャンペーンしに行って来る」

 え?!

「かわいそうなウサギを、全部引き取ってくるわ」

 そ、そそそれはちょっと……び、微妙?

「任せろ弟子。俺はこのメキドに、ウサギの理想郷を作るっ!」

 というわけで。信じられないことに、「別人の僕」の提案通りに事が運んでしまいました。

 さっそく週末に兄弟子様と灰色の導師は、エティアの王太子夫妻と国内の温泉地へ。そして我が師は

ウサギを抱えながら、薔薇乙女一座と共に全国を巡る旅に出られました。

 黒の導師がいなくなった王宮に、ほどなく州を治める大貴族たちが召集されました。

 会見は白の導師様が仲介人として場を仕切り、しごく平和的に開かれて、あっさり合意に到達。

以前のように大貴族たちを国政の中枢に入れる見返りに、大貴族たちは僕が指揮する

王の直属軍へ万規模の兵力を送ってくれることに。

 これは大貴族達が全面的にトルナート陛下に恭順した、という意思表示でした。

この合意が成された直後、たちまち各地で「島の返還」を訴える団体が鳴りをひそめました。

 国内のごたごたが収束すると同時に、エティアの王太子殿下は温泉地でみるみる回復されました。

 白の導師が特製の薬を送ったからでした。

 しかしてエティア王室の反応は、非常に厳しいものでした。

 もし王太子夫妻が命を落としていたら、メキドはエティアから即座に宣戦布告されたことでしょう。

刺客を放った黒幕の真の狙いはまさにそれだったに違いありません。

 温泉地にいる兄弟子様はエティアの王室に幾度も親書を送りましたが、両国の緊張はなかなか

緩和されませんでした。

 ついにはエティアの軍が国境近くの都市に集結したという情報が入ってきたので、僕ら廷臣団は

右往左往。

 しかしそのとき、白の導師様がにこやかに、何も心配はいらないと宣言されたのでした。

「私がエティア王に口添えいたしましょう。エティアの王室はスメルニアと同様、定期的に

水鏡の寺院から妃を娶っておりますからね。私は、かの王室の親族も同然です」



 白の導師様のおかげで、エティアはただちに、メキドに向けた抜き身の剣を鞘に収めてくれました。

 国境付近に展開されたエティア軍が解散したという喜ばしい報告を聞いた日、国内からは

薔薇乙女一座の巡業は大成功で順調だ、という情報が入ってきました。

 それと、やっかいな動物愛護家の所業も……。

「何、これ。ウサギ?」

 王宮宛に大量のウサギが送られてきたのです。

 我が師は本気でウサギ保護運動に乗り出したらしく、それから連日のように、王宮に我が師が

保護した大量のウサギが搬入されてきました。

「すみません! お師匠様が、ほんっとすみません!」 

 苦笑するトルナート陛下は寛大なことに、ウサギたちを一時預かることを了承して下さいましたが……。 

 エティアとの交渉で力及ばなかった兄弟子様。わけのわからないことをする我が師。

 二人の印象は、がた落ち。

 そして僕は――毎日の閣議のあとで、議事録を読み返すのが日課になりました。

 「別人の僕」は、初めての日を除いては閣議の時だけしか出てきませんでした。

 大貴族たちが入閣したことで、閣議はかなり紛糾するのかと思いきや。

 信じられないことに「別人の僕」が神懸り的な議事進行をして、始終穏やかな雰囲気を

作り上げていました。

 閣議の間には、常に心地よい甘い香りが漂っていました。

 甘い甘い、花のような。果実のような。

 ふうわりふうわり、水の中に浮かんでいるような……。




 王宮の庭園に幾千というウサギが満ち溢れてきたある日。

 その日の閣議の議事録を読み返した僕は、「別人の僕」が自ら提案した作戦に驚きました。

「蒼鹿家と交渉……!」

 「僕」は蒼鹿家にいるトルナート陛下の姉君を救うべく、自ら交渉を行う任につきたいと、

名乗りをあげていました。

 かつて僕らが拘束したロルとコルという風送り隊の二人。ヴィオの繭を切り裂いた彼らを

姫と交換しようというのでした。というのも、ロルとコルは蒼鹿家の出身だからです。

 議事録では、白の導師様が強力に僕を後押ししてくれていました。

『北五州の貴族は親族を非常に大切にいたします。蒼鹿家は必ず交渉に乗ってくるでしょう』

 蒼鹿家からの返事は、とても芳しいものでした。

 僕らの願い通り、先方は交渉に乗ってきてくれたのです。

 交渉場所は、霊峰ビングロンムシューのふもとにある永世中立国のファイカ。

大陸同盟の国際会議が行われる所に決まりました。

 僕自身が。あの姫を救う? 赤毛の姫。あの人とそっくりな、名前も同じ姫を?

 僕は――胸が躍りました。

 彼女に会えると思うと、心臓がどくどくと変な風に脈打ちました。

「ぺぺ、気をつけてね」

 王宮から出立するとき、フィリアが走り寄って見送ってくれたので、これもまた嬉しくて

たまりませんでした。彼女はギュッと僕を抱きしめて……

「絶対無事で帰ってきて」 

 僕の唇に励ましの口づけをサッとしてきてくれたのです。

 そのため愚かな僕はとても浮かれていて、全く疑いもしませんでした。

 王宮に残った白の導師とヴィオのことを。

 そして……全く気づきませんでした。

 これから僕が、取り返しのつかない恐ろしい罠に陥ることを……。



アバター
2015/08/30 14:43
主人公ペペ
落ち着いてきたというか風格がでてきました
ちょっとおっさんくさくなった感じもしますが
前世魔法兎⁺神の目の効果とおもいつつ…
アバター
2015/08/02 23:36
やはり謀り事が?
アバター
2015/07/19 13:25
よいとらさま

読んでくださってありがとうございます><
黒の二人、難易度の高い相手ですので、真っ向勝負は無理との判断なのか、
それともただただ押され気味なのか^^;
フィリアや魔人のぺぺが人質状態も同然なので、おいそれとは
動けないのだろうなぁと思います。
しかし、どうやって倒せばいいんだーw
ぐらい、白のお方は厄介な相手みたいです^^;

アバター
2015/07/19 13:23
優(まさる)さま

読んでくださってありがとうございます><
本当に人格が入れ替わったのか、それとも……
白の導師に関係していそうですが、かなり不気味ですよね。
アバター
2015/07/19 13:22
夏生さま
読んでくださってありがとうございます><
ウサギを大量に……というのは本当にどういうわけなのでしょうね。
師匠のことなので何かしら考えて……いるのでしょうか^^?
これからも楽しんでいただければ幸いです^^
アバター
2015/07/19 13:19
おきらくさま
読んでくださってありがとうございます><
これから大変なことにー><;
アバター
2015/07/13 21:48
いあいあ、
蒼き野望のために実力を遺憾なく発揮する
白の導師の前にペペさん陣営は総崩れ状態^^;
黒い方々は城外に出され、ペペさんはさながら
腹話術のお人形さん・・・

どこまでが仕組まれたことで、
どこからが自分の意思で行動しているのか、
想像をかき立てられます。
特に黒の導師のお二人さん^^;

国のコントロール権を奪われてしまった
ペペさんたちに襲いかかる罠とは、
赤い瞳で見たお姫様とは。

続きをワクワクしながら待っております。
いつも楽しいお話をありがとうございます♪
アバター
2015/07/12 21:58
人格が入れ替わったのかな?

それが有れば、かなり不気味ですね。
アバター
2015/07/12 16:57
今日は!

今作も一気に拝読しました。
実に面白い!!

白の道士の甘い媚香の魔術と罠が漂っていますね。
そろそろ兎愛護運動から黒の道士は目覚めるのでしょうか。
なかなかの役者ですからね。

それにしても紅い義眼の記憶が次作では明確になりそうなので
ワクワクしています。

鶴首して次作をお待ち申し上げます。
アバター
2015/07/12 14:54
カテゴリ:グルメだったかな?
お題:夏に食べたい物

桃の氷菓~^^ 妃殿下の果樹園の桃から作られたようです。

私的には某老舗和菓子屋さんの「金魚」食べたいです~。
透明ゼリーの中に、お菓子の金魚が入ってるのです^^
アバター
2015/07/12 14:49
ああ…やっぱり(;´・ω・)




Copyright © 2025 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.