Nicotto Town



アスパシオンの弟子54 暴走(後編)  

 フィリアの家で着たことのある灰色の衣。

 なぜそれを身にまとう夢を見たのかというと――。

 翌朝、僕らメキドの一団は、ロルとコルを迎賓館の部屋に置いたまま、交渉場所へ赴きました。

 そこは都の外れの山腹にせり出している平地にあり、ふしゅふしゅと屋根のあちこちから

蒸気が噴出している建物で、「廃院」と呼ばれていました。

 壁や柱は首都にある石造りの建物とは全く違います。金属のようですが、壁や柱が草で編んだ

如き流麗な模様を形作っています。

 案内役のファスの高官は、こここそが「噴煙の寺院」の跡地であると説明してくれました。

 そう。ここはすなわち。

「灰色の導師の寺院……アミーケさんがいた所か」 




 この霊峰には、超合金の材料となる特殊な鉱石の鉱道があります。世界一硬いその鉱石を鋳金する

施設が、この噴煙の寺院の起源であったそうです。

 せり出した平地は、なんと灰色の導師たちによって作られた人工の台地で、山すそに向かって

刺さっている幾本もの太い柱によって支えられていました。

魔力より技術工学に長けていた灰色の導師たちが作った何千フィートもある金属製の大柱。

これを今の人間が建造するのはおよそ無理なことでしょう。

「ふもとと寺院をあっという間に行き来できる装置が、柱の中に内臓されているんですよ」

 平地に入ると、高官が四方に立つ小屋のようなものを指さしながら言いました。

「あれがその装置の出入り口でしたけれど、今は全然稼動いたしません」

 今の世に、灰色の導師はほとんど存在しません。

 統一王国の時代に遺物封印法ができて以来、この寺院は徐々に廃れていき、いまや灰色の技と

呼ばれる超技術を継承する者はいなくなったからです。

 大陸憲章で定められた、「危険なものはすべて黒の寺院に」という古代技術の封印法。これは一説に

よれば、黒の導師たちが灰色の導師たちの台頭を抑えるために画策したことだと言われています。

白、黒、灰。三系統に分かれる導師たちは、実は互いに仲が悪いのです。白の導師様が思わず

兄弟子様を攻撃してしまったのは、その永らく培われてきた互いの反目からだったのでしょう――。

「わあ……!」

 蒼鹿家の交渉団が待つ「廃院」の中へ入るなり。金属の網目美しい壁が一瞬リ……ンと鳴り響いて、

天井がきらきら輝き出しました。

 天井に浮かび上がる、息を呑むほど美しい流線型の模様。照明ひとつとってもえもいわれぬ技術に

僕らは舌を巻きました。

 院の内部は大きな十字の形に作られており、交差点となる中央の広間に相手方の交渉団が

待ち構えていました。

 数十人の紺地の長衣を着た人々。その頭髪は、ほとんどがまばゆい金髪で碧眼。

 その中に。

「エリシア……?」

 いました。あの過去の記憶の中の赤毛の姫とそっくりなその人が。

「エリシア姫?」

 しゅん、と僕の右目が音を立て。その人の顔をいきなり拡大しました。

 やはり瓜二つ。真っ赤な髪。蒼い瞳。緑色の北方風のドレスがとてもよく似合っています。

夏物なのか袖も裾も短く提灯のように膨らんでいて、すとんと筒状の透けた絹地が腕と足を覆っています。

 美しい衣装。でも。なんて、蒼白い貌……。

 蒼鹿家の使者と言葉を交わそうと、僕がついと前に進むと。

――「ごきげんよう、メキドの方々。こちらは誠意を込めてここに姫君をお連れしたのだが。

そちらは、我らが蒼鹿家の殿下お二人を囚人のごとく部屋に閉じ込めているのか?」

 相手方の使節団長がサッと僕のまん前に来て、姫の姿を隠しました。でも僕には、見えました。

金髪の男たちが彼女が逃げぬよう、両肩をぎっちり掴むのを……。

「交渉は、まず二人の殿下をここに連れて来ていただいてから――」  

    

 


 雨が。ざんざんと降っています。 

 どるるっ、どるるっ、とダゴ馬が山道を駆け下りています。

 手綱を持つ僕が片手に抱いているのは――緑のドレスを着た女の人。

 あ……れ? 僕、いつの間に。

 なんで彼女を馬に乗せて、ひとりで逃げるように山道を?

 ええと……何が、起こったのだっけ?

「あ、あの」

 緑のドレスの女の人が、ひどくうろたえていて。震えながらこちらを振り向いて。

「下ろして下さい。私は、違います。メキド人ですけど、姫様じゃ……」

 え……ドレスに血がついてる?

 どこか怪我を?! いやこれは、返り血? 一体だれの?!

 うわ! 僕の青いオリハルコンの服にもいっぱい血が?!

「将軍閣下ぁああ――!!」

 ホニバさん? うわ、すごい。凄まじい勢いで走ってきて、ダゴ馬に追いついてる……。

「なんということを!!」

 え?

「使節団を韻律でなぎ倒すなんて! むちゃくちゃです!」

 ……え?! な……にそれ?!

 刺すような雨に打たれる僕は、茫然と馬を止めました。

「相手方の団長は即死です! 先方の使節団の半数が重傷を負い、蒼鹿家の一団は由々しき犯罪

行為として我々を非難しています!」

「ちょ、ちょっと待って。なんで僕が使節の人たちを」

「かまいたちでいきなり切り刻んだじゃないですか!」


 う……そ?! 


 そのとき。血の気が引いて蒼ざめる僕の肩先を、フッと白い光が横切っていきました。

 白い蝶々がひらひらと――。

 きらめく光を見たとたん、僕はハッとおそろしい推測に思い至ってわななきました。

 もしかして。もしかして。「別人の僕」が……出てきた?!

「そんな! 僕には何も覚えが!」

 刹那。僕の叫びは恐ろしい轟音でかき消されました。

 ざんざん降りの雨にまぎれて、一瞬それが何か分からないぐらいの低音が僕らを包み。

山道が震え。ホニバさんが、目を見開きました。

「将軍閣下! 山が!」

「土砂崩れ?!」

 山が、唸っていました。

 緑のドレスの姫が悲鳴をあげると同時に、僕はダゴ馬の馬首をぐるりと回し。土の波が

押し寄せてくる中を、必死に必死に駆け抜けました。

「呑まれる!」

 馬の後ろ足が土砂に引っかかってもんどり打つや、僕は緑のドレスの姫を抱えて道に転がり。

結界を張り――

「守るから!」

 姫を抱きかかえて、山道を這い……。 

「守るから! 絶対守るから!」

 僕は……狂ったように叫び続けていました。

「君を、守る――!」

 何度も。何度も……。

  

 

  

 フッと目を覚ました時。

 僕はジメジメと暗くて硫黄くさい、窓のない部屋に放り込まれていました。

 口にはロルとコルに嵌めたあの轡をはめられて。手に、手錠を嵌められて。

 オリハルコンの青い服は泥だらけ。

 どうして? なぜ、「別人の僕」が暴走した? 姫は無事?

 事情がわからずただ震えていると。鍵をがっちりかけられた扉の向こうから、暗い呼び声が

聞こえました。

 副官のホニバさんの声でした。

「申し訳ありません、将軍閣下。ご乱心なさった御身を、拘束させていただきました。

でないと我々全員が罪人になってしまいますので」

「エ……ふぁ?」

 ろくに喋れぬ僕が訊きたいことを、ホニバさんは察してくれましたが。

「ご無事です。ファイカの国主様が保護されておられます。ですが閣下。メキドが閣下を

かばい立てすることは……できません」 

 彼の声はとてつもなく沈んでいました。僕はただ、絶望と恐怖に慄くしかありませんでした。


「どうか、お覚悟を」

 



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2015/08/30 15:08
敵方の罠? あるいは、元兎閣下のご乱心か? 姫はどうでる?
 ――ということで次回に
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2015/08/17 14:59
かいじんさま

読んで下さってありがとうございます><
青天の霹靂・急転直下的にぺぺさん大ピンチの巻であります@@
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2015/08/16 21:53
急展開@@
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2015/07/26 15:40
よいとらさま

読んで下さってありがとうございます。
見事に交渉ぶちこわしてきましたw鬼畜すぎるアイテリオンです。
これで蒼鹿家の完全勝利っぽいですが、弟子がどこまで網を張れてるかですね。
クライマックスのがんばりに期待です。
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2015/07/26 15:37
夏生さま

読んで下さってありがとうございます。
大昔の姫と瓜二つなだけなのか、はたまた何かつながりがあるのか、というところですよね。
目の記憶は、その時使っていた人の感情も伝えるのかもしれません。

灰色の衣の寺院はこれからの展開でかなり重要になるかもです^^
灰色の導師になった夢は啓示なのか、それとも目の記憶なのか……
思い描く着地点までがんがんがんばります^^




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2015/07/26 15:35
優(まさる)さま

読んで下さってありがとうございます><
白い蝶は兄弟子さまも痛めつけたので、たぶん弟子くんも……><
ですよね。大変なことになりました。
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2015/07/20 10:09
こんにちは♪

どんな交渉になるのかと思っていたら、ペペさん(裏)の
大暴走でしたか!
これは確かに取り返しのつかない事態です^^;
中立国で相手の使節団をなぎ倒して人をさらっていったなんて
どんな釈明も無力ですからねぇ・・・

退路が塞がれ、ほとんど「詰み」状態のペペさん。
片やお膳立てが整った白の導師の陣営。

ここからどう形勢を立て直すのか、あるいは新たな展開があるのか、
とても楽しみです。

鍵を握るのは黒のふたりか、灰色の導師とフィリアちゃんか
捕らわれの身のペペさんか。
続きが待ち遠しいです。

いつも楽しいお話をありがとうございます♪
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2015/07/19 18:54
今晩は!

予想外の展開ですね。
引きずり込まれるように拝読しましたよ。

朱い義眼の記憶は正しいはずなのに、人違いが生じたとは・・・。
また、今作品の暴走の背景とは・・・。
これらは大いなる陰謀の一片なのでしょうか。

灰色の道士の記憶を持つ主人公。
物語は随所に複雑な糸を絡んできましたね。

規模の大きな物語なので、字数制限がSianさんの
大きな悩みかも知れませんね。

と、思いつつ、次作から目が離せなくなりました。
早く、読みたいものです。
鶴首してお待ち申し上げます。

実に面白い、
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2015/07/19 14:51
白い蝶々が何かをしたのかも知れませんね。
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2015/07/19 11:36
カテゴリ:ファッション
お題:夏のコーデ

赤毛に緑のお洋服って似合うと思うの……(・ω・
北五州の風俗は地球で言う所の中世北欧風で、
ぼんぼり袖のごてっとしたゴシック調の装束が特徴みたいです。
でも夏期にはちょと薄手の生地を使うようです。




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