アスパシオンの弟子56 鉄の獅子(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/08/02 10:14:43
表紙が取れかけた革の本。その著者が、「アスパシオンの弟子」?
基本、導師の名前にひとつとて同じものは存在しないはず。
導師の名前は俗世間では使われることのない神聖語で、最長老によって慎重に名づけられるものです。
同じ名前を使う時は師の名を継ぐことが多く、二世、三世とあとに付けられます。でもそんなケースは
めったにありません。
ゆえにこのアスパシオンはわが師その人を指すに違いなく。しかもその弟子というのは、現在――
いや、五百年前? には僕一人だけ。
つまり。もしわが師が7371年? 以降、弟子を一人も取らなかったのだとしたら、この本を書いたのは……
「僕自身?」
思わずめくれば、中表紙に献辞の言葉。
『我、アスパシオンの弟子は、愛するすべての者に時の神の加護を願う』
歴史書の名の通り、その本にはのっけから年表がついていました。
具体的な叙述は――なんと僕がやってきた時代よりももっと以前。7000年になる前から始まっているようです。
「あのあとメキドは、蒼鹿家はどうなったんだろ……おわっ?!」
「本はいいからこっちにきて」
双子の姉妹は目を皿のようにする僕から本をとりあげて、僕の腕をつかんでぐいぐい。
「根城に帰るのよ。あたし達の言ってること、分かる?」
ほぼ大陸共通語みたいですから、よく分かりますけど。
うわっ? いつの間にか、首に首輪が巻かれてる? 革? 金属? 材質がよくわかりません。
ほのかに青白く光っている首輪の先には、長い鎖。双子の一方が鎖を引っ張って僕を無理やり外へと出せば。
青空には、しゅんしゅんと飛び交う鳥の群れ。
いや、あれは鳥ではなくて……竜? でも生身の生き物ではなさそう。全身が金属で出来ているようです。
「カエラ気をつけて。スメルニアの鉄竜(ロンティエ)が行き交ってる」
「大丈夫よテラ。結界張ってるから」
赤毛の女の子たちは僕の首輪の鎖を引っ張り、平地を横断しました。
しかしあの、ちょっと目のやりどころに困るんですけど。この二人、ものすごく短いスカートを履いてて――
「きゃあ」
「なにずっこけてんの」
「石。石があったのっ」
うう。丸見えじゃないですか。ほんのり桜色。
「あんたどんだけお嬢様なのよ」
「お嬢様じゃないわよ。でも、お姫様なんでしょ」
「おじいちゃんはそう言ってるけどねえ」
五百年の間に廃院の廃墟化はかなり進んでいて、寺院の壁は腐食して黒ずんでおり、蒸気は全く
出ていませんでした。
ですが一面草地だったこの人工の平地には、あたり一面まっ黄色の花と――
「あ……ウサギ?」
ひょこっと巣穴から顔を出す野ウサギがいました。そこにも。あそこにも。あっちにもウサギ。毛の色が
茶色いので季節は夏でしょうか。
「あの? ウサギ多くないですか?」
「ああここ、ハッピーモフモフなんとかって呼ばれてたらしいわよ」
え? 『廃院』じゃなくて?
「ウサギ保護区だっけ? 大陸同盟で定められてるんだってね」
「大陸中にあるウサギ保護区のひとつよね。ほんとは人間は立ち入り禁止なの」
ぺろっと舌を出すテラという女の子。カエラとの区別は短いスカートの色でつけるといいみたいです。
青がカエラ。緑がテラ。
あ。またウサギ。一体どれだけいるんでしょうか。ウサギ。ウサギ。ウサギだらけ!
『俺はウサギの理想郷を作る!』
そんなこと言ってた人が、約一名いたような。まさか、ね。
しかし僕がいなくなったあと、わが師は一体どうなったんでしょうか。
革表紙の本を読みたくてたまらない僕を、赤毛の少女達はぐいぐい平地の隅に引っ張って行きました。
はるか向こうにはファイカの首都へ繋がる道。その道端に草に埋もれた大きな看板が落ちていました。
この保護区の名前を掲げていたものらしいのですが、すっかり腐食していて
その字はほとんど読めませんでした。
その道に出るのかと思いきや。少女達は平地の四隅にある小さな四角い建物の中に入って、
壁についている宝石板をぽんぽんと押しました。すると。箱のような建物の内部がぐわりと揺らいで
動き出したのです。
「うわ?! 下降してる?」
これって五百年前にファイカの役人が説明してくれた、昇降する通路? もう動かないはずなのに……
動いてる?!
「あのこれ、誰か修理を?」
「燃料を入れただけよ」
え? この燃料?
この装置少しも痛んでなかったわよねと、女の子達はころころ笑いました。燃料タンクに魔力を
秘めた石を入れるだけで済んだというのです。
「ほんとうちのおじいちゃんってすごいわよね。パパッと魔石作っちゃうんだから」
「ほんとなんであんな辺境で、万年子守りしてんのかわかんない。サクラコあたりに引っ越したらいいのに」
「おじいちゃんほどの技師だったらサクラコどころか、帝都に呼ばれて当然じゃない?」
え? サクラコ? それって……桃色甲冑の妃殿下の名前だったような。でもこの話しぶりからすると。
「あの、サクラコって、もしかして地名ですか?」
「そうよ」
「メキド王国の、どこかの都市ですか?」
僕は期待に目を輝かせて聞きました。英雄や賢王の名が都市の名に冠されることはよくあることです。
「メキド王国?」
しかし女の子たちはきょとんと首を傾げました。そして僕の期待を容赦なく打ち砕く
答えをくれたのでした。
「ああ、緑虹州って昔、王国だったっけ?」
「そういえばそんなこと、おじいちゃんが言ってたわね」
五百年。一体何世代分の月日でしょうか。
僕にとってはまばたきする間に過ぎた時間。なのに、外では……。
確かにかの樹海王朝は二百五十年余りしか寿命が無く、戦乱をはさんで建ったその次の王朝も、
二百年に届くか届かぬかで革命が起こって滅んでいます。でも、メキドが独立した王国では
なくなってるなんて。まさか僕がいなくなったあの時代に、すぐ滅んだんじゃ……。
箱がひときわ大きくずんと揺れて止まり、扉が開きました。蒼ざめる僕を少女たちは引っ張りたてて、
木陰の下に葉っぱで隠されている大きな塊に近づきました。
それは――鈍い黒色に光る鉄の獅子でした。四肢の先には鋭い刃のごとき爪。尻尾の先も尖っていて
突き刺さると痛そう。細長い金属板のたてがみは美しく整っていますが、その先端はやはり針のごとし。
「獅子(レヴ)に三人乗れる?」
「乗れるんじゃない?」
女の子たちが鉄の獅子の背に乗ると。鉄の獅子はぐおん、と咆哮のようなものをあげ、
目の部分が赤く点灯し、いきなり走り出しました。
「速い! ってうわぁああ?」
「あら。カエラ、魔人がいきなり落ちちゃったわ」
獅子は疾風のように駆けたので、僕は勢いよく後ろにすっ転げていきました。うっそうと茂る、
草むらの中に。
「大丈夫よ。服従の鎖付けてるから」
青いミニスカートのカエラが快活に笑うなり。ぐい、と僕の首輪がおそろしい引力で引っ張られ。
まるで伸びきったゴムがいっきに縮まるように、鉄の獅子めがけて体がすっとんでいきました。
「うぁああああ?!」
「ほら、乗って!」
一瞬天に舞い上がった僕は、獅子の背にどそりと落ちて。あまりの速さにまたすっころげたのですが。
「ぐぬううう!」
なんとか獅子の尻尾につかまり、地に滑り落ちるのをこらえました。
獅子は木立の間を器用に抜けて、ずんずん走っていきました。
まるで空を裂く風の精霊のように。
このままでは、まったくキャラがかわってしまう
ここで世界観説明ほか情報およびアイテムゲット、そして元の世界への帰還?
超波乱の展開のあとに待ち受けるものは、怒涛のひっぱり~