アスパシオンの弟子56 鉄の獅子(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/08/02 10:32:46
びゅんびゅん風切る獅子に乗る双子の姉妹。と、尻尾にしがみつく僕。
蒼かった空がほのかに橙色に染まるぐらい、獅子は木々の間をかけ続けました。恐ろしく速いので、
相当な距離を走ったでしょう。
鉄の獅子の尻尾の先は鋭い棘になので、彼女達の根城に着くまでに僕はあちこち血まみれ。
って、その前からかなり血まみれでしたけど。
まばたきする瞬間ほどしか感じなかった永久凍結。僕がとじこめられていたその泉は、本当に時間を
止めてしまう力があるらしく、吊るされて石打ちされた僕の傷は少しも治っていませんでした。
一体どんな原理であの泉ができているのか。あんな狭い空間にそんなすさまじい力を持つ者が
どうして収まっているのか。皆目分かりませんが、あと他の二つの泉も似たような力を持っている
のでしょうか。
「あ。だからアミーケさんは隣の泉に飛び込めって?」
隣。
隣に飛び込んだら、時間が止まるのと似たような何かが起こる?
つまりそれは……
「も、戻らないと! 泉のところに」
しかしすでに時遅し。尻尾を離そうと思ったとたん獅子は根城に到着してしまい、首輪の鎖を
ぐいぐい引っ張られ、僕は有無を言わせず中に引っ張りこまれてしまいました。
根城は森の中にある泥土を固めたような、丈高い塔でした。つる草が一面這っており、
ところどころから小さな木々や草が生えていて、まるで緑の化け物のようです。しかし中は――
「石? 金属? すごい、少しも隙間がない」
壁はびっちり光沢のあるつるつるした石が組まれ、とてもすっきりした内観。僕はえんえん、
中央でとぐろを巻く螺旋階段を昇らされました。
階段の周囲にはたくさん穴があいていて、そのひとつひとつは大小さまざまな部屋でした。
驚くことにどの部屋にも、短いスカートや短パンを履いた赤毛の人がたくさん。静かに糸を
紡いだり、布を織ったり、縫い物をしたり。それからなにやらキンキン、シュンシュンと音を立てて、金槌で
金属板を加工している子たちや、木を削っている子。彫刻をしている子……。
「な、なにこれ?」
年はバラバラっぽいけれど、みんな赤毛。そしてみんな顔がどことなくそっくり。
下はまだ歩くのもおぼつかなげな子から、上はかなり年を取ったおじさん、おばさんと言って
いい年齢の人まで、塔の中にはたくさんの赤毛の人たちがいました。
テラとカエラは僕を塔のてっぺんの部屋に押し込みました。
そこはかなりごちゃごちゃしており、筒型の瓶や山積みの書物や天球儀、羅針盤、地球儀と
いった道具、それから金属の……
「鳥?」
まるでアミーケの隠れ家の工房のように、精巧な鉄の動物たちがいました。鳥やネズミや、犬、
ネコ……その部品であろう金属の破片もいっぱい散らかっています。
「おじいちゃん?」
カエラが部屋の中に声をかけると。書物の山の向こうから、ゴソゴソ音がしました。
「おじいちゃん、言いつけどおり魔人を引き上げてきたわよ」
テラが呼びましたが、返事はなく。ただモゾモゾ音がするだけ。
「おじいちゃんたら!」
カエラがずかずか部屋の奥へ入り、足の踏み場のなさそうな床をひょいひょい越えて、本の山の向こうへ行きました。
「わあ、なにこれ!」
「うーんうーん」
カエラのそばからなんだか唸り声が。テラが僕を引っ張って興味津々部屋の奥に進みました。
そばの本棚に「師に捧げる歴史書」がずらっと並んでいるので、僕は息を呑みました。
何冊、あるんでしょうか。ていうか著者名が軒並み「アスパシオンの弟子」。
これを全部僕が書いた? 信じられません……。
本に手をのばした瞬間、僕はテラにぐいっと鎖を引っ張られました。
「おじいちゃん、また何か作ってるの?」
「うーん」
本の山の向こうに、小さな瓶の前にしゃがみこんでいる人がいます。片目が悪いのか、右目に
眼帯をしていて、とても長い黒髪。そして、真っ青な衣。
あれ? この衣の布……オリハルコンの布じゃ……?
「黒獅子家の皇帝陛下にお世継ぎが生まれたんで、ご出産祝いを作ってるんだけどさー」
「注文品?」
「うんにゃ、俺個人から。お中元のお返しにって思って。こないだ、貴重な緑髄を貰っちゃったんだ。
あそこの一族は気前がいいのよ」
青い衣の人は瓶の前で首を傾げました。とても「おじいさん」には見えないほど若々しい青年です。
「なんか微調整うまくいかねえ。ひよこがでてくんのがコンマ一秒遅いのよ」
ドーム型の瓶の中には、精巧な作り物の牧場の箱庭がありました。キラキラ輝く緑や土色の金属。
牧草地を模したその台にかわいらしい農家の家の模型が建っていて、オルゴールのような音楽と
共にその扉から次々と、鉄製のかわいらしい牛や豚やめんどりが飛び出してくるのです。
その動物達が牧草地を模した舞台に走ってくると、モーと鳴いたりぶうぶう鳴いたり、ぴちぴち
歌ったり。そして、めんどりは……
「あ、卵生んだ!」「この卵割れるの?」
「毎時00分にこれが始まって、三分劇場かます仕掛け時計なんだけどさ」
なるほど、ドーム型の瓶の下の台座には金の象嵌を施した美しい時計がついています。
「あ、卵割れた! ひよこ出た!」「かわいーい!」
少女達が手を打ちたたくそばで、青い衣の「おじいちゃん」はがっくり頭を垂れました。
「やっぱタイミングずれてるわ。もしかして下の時計部分から作り直しかよー」
「ええー、大丈夫だよおじいちゃん」「遅れてるなんて全然感じないよ」
「いやいや、技師のはしくれたるもの、妥協はしちゃいかんのよ」
すごい仕掛けです。すごいですけど……
「あの」
僕は思わず言ってしまいました。
「なんでウサギは出てこないんですか?」
「ウサギ?」
青い衣の「おじいちゃん」ははたと一瞬体を硬直させ。次の瞬間、
「ウサギうぜええええ!」
頭を抱えて悲壮な声を吐きだすと。
「あー、もう! バカでアホで頭おかしい俺の師匠思い出しちゃっただろ。だれだよウサギ
なんて言った奴は。って……あ?」
そこで初めてようやく。「おじいちゃん」は僕に気づきました。
「あれ? 君……」
「あ、おじいちゃん、依頼通りに魔人を引き揚げてきたわよ」
テラがずいっと鎖を引っ張って僕を「おじいちゃん」の前に押し出しました。
「破壊の目の魔人ぺぺってこれでしょ」
「あー、まだ破壊の目じゃないよ。ていうか、魔人引き上げろって頼んだっけ?」
「言ったでしょ、昨日! あたしがこの本読んで興味津々質問し出したらさ、」
カエラはぶんぶんと古ぼけた革表紙の本を振りました。
「あ! 忘れてた! とかいきなり叫んで、魔人を引き上げてきてってあたし達に頼んだじゃない」
「あー、そうだったっけか」
「おじいちゃん」はボリボリ頭を搔き、僕をちらっと一瞥しただけでドーム型の瓶の蓋を
外しました。
「今忙しいからさー、ちょっと待ってて。ひよこ直さないと~」
「ま、待てません!」
僕は反射的に叫びました。
「聞きたいことがたくさんあるんです! メキドはどんな歴史を歩んできたんですか?
大陸は今どうなってるんですか? 教えてくださいっ」
「本、読んだらいいんじゃね?」
「おじいちゃん」は親指で後ろを指差しました。視線は、眼の前の細工物に集中したままで。
「では失礼して、情報収集させていただきます!」
やっと少女達の「主人」?からお墨付きをもらった僕は、遠慮なく本の山に飛びつきました。
歯を食いしばり。何を見ても冷静でいようと、覚悟を決めながら。
次回へのヒント兎の楽園……
アスパシオンの弟子ペペがアスパシオンについて膨大な書籍を著したとしたらその正体は~
読んで下さってありがとうございます><
ぺぺは未来でうまく情報収集できるかどうか、心配なところです。
一筋縄ではいかない神のような相手に弟子がどう立ち向かうか、
がんばって書きたいと思います。
読んで下さってありがとうございます。
タイムスリップギミック投入で一気に未来へきてしまいました。
塔内部はかなりの自給率を誇っているようです。
おじいちゃんのシュミここに極まれりみたいな赤毛の子たち……^^;
これも一種のあの世的楽園かもしれません。
物語は大きな転換をしましたね。
未来へと一挙にワープしました。
失われた時を求めることが主人公の課題になりましたね。
その後に来るであろう白い道士との対峙に期待を寄せています。
次作が本当に楽しみです。
よろしくお願いします。
夏の暑さに負けず、ご執筆を!
m(_ _)m
首に縄をかけられて連行されてきた先は、
大きな家内制(?)手工業の塔でした^^
0.1秒。
「おじいちゃん」の気持ちはよくわかります。
0.1秒って意外と長いのです。
シャッタースピードを1/10秒にして撮ると、だいたい手ブレします。
光の速さなら3万km進みます。
音楽ならリズムの狂いと認識できるでしょう^^
さて、ペペさんは本の山からなにを見つけるのでしょう。
そして「おじいちゃん」はペペさんをどうしようというのでしょう。
わくわく。どきどき。
続きがとても楽しみです。
いつも楽しいお話をありがとうございます♪
お題:お中元に欲しいもの
おじいちゃんが黒獅子の皇帝陛下からもらった緑髄は、
翠鉱というこの星特産の鉱石の髄で、高エネルギーの結晶体です。
飛行船の燃料に使うとジェット機並みに速度が出ます。
とても貴重なものなので、鉱山主である黒獅子の皇帝陛下が独占しており、
市場には全く出ません。
読んで下さってありがとうございます><
トルナート陛下の王国がどうなったか気になるところですよね。
次回は未来のことに少しだけ触れて、とあるところへ向かいたいと思います。
読んで下さってありがとうございます><
そう、まだアレは未完成なのです。時限爆弾ちくたく。