Nicotto Town



アスパシオンの弟子57 ツルギ島(前編)

 ふしゅうと噴き出す蒸気。ガラガラ回る歯車。リンゴロンと鳴り響く、時を知らせる鐘の音――。

「おじいちゃん」と赤毛人たちが住む塔は、表面はびっしり木や草に覆われているのですが、内部はとても

機械的な音に満ちていました。そこかしこ、金属の壁や管や歯車だらけです。

 しかし上の方の階には、赤毛人たちの生活感あふれる居住空間がありました。

 ずらりと並んだ寝台のある寝室。温水が出る大浴場。丸窓にはたくさん風車がついていて、

ひゅんひゅん音を立てて回りながら、乾季の暑い空気を冷たく心地よいものに換えています。

その風に揺られて軽快に鳴り響いているのは、いくつもの大きな風鈴。その音はなんと人工の韻律を

発生させていて、いくつもの円窓から目に見えて漏れ出ており、淡い緑色の音幕の結界を張っていました。

 糸を紡いだり機を織ったり、鍛冶場のようなところで金属を溶かしたりしている赤毛の人たちは、「おじいちゃん」

手がける細工物の原料となるものを一日中作り出していました。「おじいちゃん」は珍しい細工物を王侯

貴族に売って、食べ物以外の日常品や鉱石などを手に入れているそうです。

  塔を案内してくれたカエラとテラは自慢げに教えてくれました。ここはひとつの小さな街そのものだと。

「外の街でのお買い物は楽しいけど、大体の物は私たちで作っちゃうの。この服や石鹸や、料理器具や

農具とか。みーんな自家製」

「そうそう、全部作っちゃうわよね。ごはんもそうだし」

 階下の方には、穀物や果樹を育てている部屋がいくつもあります。そこでは不思議な色の光を

浴びながら、りんごや桃や葡萄、それに見たことのない果物がたくさん実っています。まるで天空の島に

あった温室のように、果樹園の空気はとても濃く、滋養に満ちていました。

 食堂は塔の中ほどにあり、カエラとテラと一緒に僕は食事を摂りました。飾り気のない銀の四角いトレーに

載っているのは、パンのようなふわふわした実や、肉の味がする豆を煮込んだスープ。全部ここで採れた

ものだそうで、どれもとてもおいしかったのですが。僕には悠長に味わっているひまはありませんでした。

「食事の時ぐらい、本読むのやめたら?」

 呆れ顔のカエラ。

「勉強熱心ね。ていうか、片手で器用にめくるわねえ」

 苦笑するテラ。

 二人の真ん中で僕は口をもぐもぐしながら、地図や数冊の本を読み続けました。銀の右手を

失ったので、左手だけで

読書と食事をなんとかこなしています。

 両手の花、二人の赤毛の少女はちょっと不機嫌顔。というのも、僕の首にはもう、服従の首輪がついて

いないからです。

 本を探していた時に、ひよこをいじる「おじいちゃん」が、ふと思い出したように服従の鎖を外すようにと

命じてくれたのでした。

「私てっきり、この『ツルギ島』の警備を魔人に任せるのかと思ったんだけどな」

「私もー。監視鳥、ぶっ壊れちゃったもんね」

 二人の少女は、ふわふわのパンの実を割いて口に放り込みながら愚痴っていました。

「こないだみたいに、どこかの隠密が来たら困るわよね」

「ほんと。ここでは兵器なんか作ってないのに。とんだ誤解よね」

 少女達の言う『島』とは、この森の山のような塔のこと。

 もともとはなんと移動要塞だったそうですが、「おじいちゃん」が黒獅子の皇帝陛下から

褒美としてもらい受けたのだそうです。

 本棚から引っ張りだした五百年後の大陸の地図には……

 国の名前が三つしかありませんでした。

 一番広いのは大陸西部一帯を版図とする魔道帝国。この国の国主が、黒獅子の皇帝陛下です。

 それから北部・東部を支配するスメルニア皇国の、太陽の女帝。

 そして南東部と多島海を統べるノア・ケルティーヤ帝国の、黄金豹の大君。

 三国の三国主が、大陸に覇を唱えんとしのぎを削っている。というのが、今の大陸の状況のようです。

 僕が居た時代にメキド王国だった地域は、魔道帝国の数多ある州のひとつ、緑虹州となっていました。

 この州の州都に、サクラコの名前がついています。その位置は間違いなく、かつてのメキド王国の

王都。トルが自ら汗水流して復興を手がけている、あの都の在った場所です。そしてこの「ツルギ島」は、

サクラコから鉄の獅子で三刻、緑虹州のはずれにひっそり在るそうです。

 僕が今読んでいる、『トリオンの歴史書』という本によれば。

 大陸が三カ国にまとまったのは、この百年ほどの間のことで、それまでは他の諸国と共に

「メキド王国」も、かろうじて存続していたようでした。

 でもトルナート陛下の王朝がどれほど続いたのかは――

「うう、わからない」

 『トリオンの歴史書』は大陸共通語ながら大変な美文で叙述されていますが、残念ながら

今の時代から二百年前ぐらいまでの歴史や戦役のことしか書かれていません。

 しかも。

 僕が書いたらしい『師に捧げる歴史書』の第五巻目は、神聖暦7300年の

エティア王国建国から、

7371年の魔人ペペの永久凍結に端を発する大陸同盟の総会議召集で、メキド王家と蒼鹿家の調停が

決裂した、というところで終わっていました。

 決裂――。

 僕が知りたいのはその先。メキドは戦に巻き込まれたのでしょうか……。

 書棚からあふれかえる本をほとんどほっくり返して探したのに、まともに歴史系の記述が

あったのはこの二冊だけ。他の本はみな難しい数式や気味の悪い生き物の図鑑や解剖図、細やかな機械の

図面ばかりでした。

「『師に捧げる歴史書』って、ほんとにこれ一冊しか残ってないんですか? 続きの六巻目は?」 

 二人の少女に聞いてみれば。

「おじいちゃんがすっごい昔に処分しちゃったみたい」

「この本見せた時、何で残ってんだー! とかあたふたしてたよね」

「あたしたちから取り上げて捨てようとしたけど、カエラが巻末の魔人の話読み上げたとたん、

あなたを引き上げなきゃって話になって、うやむやになってるわ」

 捨てる……ま、まあ、僕が書いたらしい本は、たしかに『トリオンの歴史書』の流麗な美しい文体と

比べると、お世辞にも文才があるとはいえませんけど……なんだかちょっと複雑な気分です。

「あれ? この記述は……」

 ふと聞き覚えのある名前が目に入ったので、僕は「トリオンの歴史書」の一節をのぞきこみました。

『神聖暦7755年、楽園にて封ぜられし日々送りし時の王、白の癒やし手アイテリオンは水鏡の地の底、壮麗なる琥珀の都にて身罷られたり。

 アリステル、レイスレイリ、アイテリオンの不死たる血の連なりを継ぎしは、第四代目の時の王にして白の癒やし手レクリアル。

 そはアイテリオンとメイスカヤの珠のようなる美しき御子にして、天空の城に憩う天上の玲瓏なる御柱なり。

 魔王フラヴィオスの異母弟である汚名も、その神々しくも聖なる真紅の涙を流す御身には、露ほどの翳りともならず……』

 アイテリオン? フラヴィオス?!

 白の導師様は、僕が凍結されて384年後に亡くなっている?

 そしてヴィオは――魔王?!  

 魔王って、一体……ヴィオは何をやらかしてそんな称号を後世つけられることに?

 もしかしてメキドの未来は。トルナート陛下の将来は……!

 たちまち僕の心に暗雲がたちこめました。

 絶望と不安の暗い翳りが。


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2015/09/13 21:06
一番肝心の部分は明らかにならないんですね^^
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2015/08/30 17:28
歴史を知ってしまった青年魔人
しかも何回も繰り返せば実質的に意のママタイムトラベルできてしまう
永遠の命
黒と灰色の魔法を手に
その気になれば世界を意のままに操れる神に……
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2015/08/17 14:32
優(まさる)さま
読んで下さってありがとうございます><
白の導師はアスパの時代では残念ながら倒せなかったようではありますが……
トルナート陛下の王朝が存続しているといいですね><
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2015/08/07 22:03
白の魔導士、何かしたのかも知れませんね。




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