Nicotto Town



アスパシオンの弟子57 ツルギ島(後編)

 暗い顔でてっぺんの部屋に地図帳と本を返しにいくと。

「おじいちゃん」はまだひよこと格闘していました。首を捻り、ため息をついて頭をぶるぶる。

「わかんねえ。なんでズレるんだろ。歯車の削りはみんな完璧だしなぁ」

 そっと本を本棚に押し込んだにもかかわらず、どそどそと本がなだれてきたので、僕はあわてて

本をきれいに整頓して並べました。やはり歴史書はありません。見事に幾何学や物理といった、

およそ僕には理解できそうもない本ばかり。

「あ、何か落ちてますよ」

 本が収納されてあらわになった床に、きらりと光る宝石のような真紅の粒がひとつ。それを拾い上げると、

「おじいちゃん」はひとつしかない目をきゅっとすがめて、おお! と声をあげました。

「ルファネジ一個おっこちてたのかー!」 

 「おじいちゃん」は助かったぞと上機嫌に僕の肩を叩いてきて、さっそくどこのネジが落ちたのか

箱庭を開いて探し始めました。

 肩を叩かれたとき、きらっと彼の右手が無機質に光りました。肌色をしていますが、右手は

義手のようです。

「どうだ、知りたいことはわかったか?」

「残念ながら、知りたい時代を書いた書物がありませんでした」

「ああ、歴史書ってのはみんなウソっぱちだからなぁ。トリオンのはまだマシだから、それだけ置いてる」

 「おじいちゃん」は箱庭の牧場から歯車のひとつを出しました。

「ごめんな、俺、相当な爺ちゃんだから、当時のことはあんまり覚えてないんだ」

 え? 当時?

「今から百年ぐらい前かなぁ、白の導師アイテリオンが、突然四代目のレクリアルに喰われて

ぽっくり逝ったんだよね。あと最低千年は生きるだろうなぁと思ってたからびっくりだった。

それでめでたく、ハッピーモフモフランドの廃墟にかかってたアイテリオンの『監視の結界』が切れたんだ」

 ハッピーモフモフランドって……、あのウサギの楽園のことですか。

 そのネーミング、なんだか誰かを彷彿とさせるんですけど。

「これで晴れておまえをこっそり救えるってことになったんだけど、でも俺さ、超忙しかったから、

明日行くか~って延ばしてるうちに、野暮用ができちゃって。それでどさくさまぎれにすっかり

忘れちゃったんだわ。あははごめんごめん。やるべきことを忘れないように、俺が書いた本、

ちゃんと五巻目だけ残しておいたのにな」

 え?! 「おじいちゃん」が、書いた!?

「誤字脱字だらけじゃんとか、師匠にげらげら笑われたのがトラウマになったかもなぁ。他の巻は

師匠に笑われた時に即効で焼却しちゃったから、俺って五巻目も記憶から消去しちゃいたかった

んだろうなー。あははは」

 まさか! ちょ、ちょっと待って。お、「おじいちゃん」、あなたは……あなたはもしかして―― 

「いやほんと、あんまり構ってやれんでごめんな。今の大陸は三すくみで、俺は超忙しくってね。

箱庭終わったらこの島の改造しないといけないんだよ。黒獅子の皇帝陛下は好きに使えって言って

くれてんのに、家臣どもがこの「島」を、要塞に戻してくれって泣きついてきてさ。また動かすのめんどい

って言ったら、武帝トルナートの時代みたいに不動の要塞でいいですからって、なんだそりゃあだよ。

それじゃ全然意味ないだろうに。でもさ、もとの移動要塞にすんのは嫌だから、移動遊園地にでも

しようかなって感じ」

「おじいちゃん」、あなたは。あなたはつまり……

「家臣たち、少しはあのかわいらしい赤目の陛下の余裕っぷりを見習えって思うよ。変な杞憂

ばっかりしちゃってさ。あ。そうそう、」

 「おじいちゃん」は虹色に光る眼鏡をかけるや、僕のほうを向いてその縁をしきりにカシャカシャと

押しました。

「へへ。記念撮影。これ16万画素もあってすごい画質なんだ。カエラ、俺たちが並んでるところ撮って~」

「な、何ですかそれ」

「幻像記録装置だよ。小型化に成功したから、眼鏡にひっつけた」

 青いミニスカートのカエラが虹色眼鏡をかけるや、僕は「おじいちゃん」に肩をつかまれて

並ばせられ、彼女に向かって笑えといわれました。

「おまえの服、ボロボロだけどまあいいや。ビフォーアフター際立つからな。はい、モフッピー♪」  

「モフッピー?」

「俺が今売り出してる、ウサギより断然かわいい今年のびっくりどっきりギミックキャラさ。

こないだ帝国全国放送の幻像アニメになったんだ。ほら、一緒に言おうぜ。言ったら笑顔で

映るぞ~」

 ギミックキャラ? 幻像アニメ? 

 わ、わからない単語が続々と……。

 それからふと思い出したように、「おじいちゃん」は金属の部品が山積みになった卓を指さしました。

「そうそう、妖精たちに命じて倉庫から発掘させといたよ。持ってけ」

 妖精とは、赤毛の人たちのことでしょうか。って、あれは……!!

 がくがく震える僕は、思わず息が止まりました。

 部品の山の上には、銀色に輝く美しい細工物がありました。

 きらめく――銀の、右手が。





 左右の森の景色が、びゅんびゅん過ぎていきます。

 黒い鉄の獅子の背に乗る僕の頬を、勢いよく風が通り抜けていきます。

 僕の前にはカエラ。後ろにはテラ。

 二人の少女は、僕を元の場所へ送ってくれました。霊峰のふもとにある、三つの泉がある所へ。

 半日かけてそこへ行き着き、昇降装置を昇ってウサギの楽園を再び目の当たりにしたとき。

 塔から僕を送り出した「おじいちゃん」の言葉が僕の脳裏によみがえりました。

『とにかく過去に戻って作れ。ひたすら作れ。周囲に正体ばれないように気をつけて、みんなのために

作りまくれ。いいな?』

 作る。 ……何を?

 その言葉の意味が分からぬまま、僕は三つの泉の前に立ちました。

 服はぼろぼろのまま。魔人なので痛みはあまり感じませんが、体の傷はあまり治っていません。

そんな僕の右腕に、きらきらと銀の義手がはまっています。

 これは僕がフィリアに作ってもらったものに間違いなく、彼女の名前の刻印がはっきりと、

手首の部分に刻まれていました。義手は、僕の右腕にするりとはまってくれました。もとから

そこにあったように。

『すんごい昔に運よく回収できたからさ。闇市に売り飛ばされてたんだぜ。いやぁ、高かったなー』

「真ん中の泉は時間が止まる……」

 未来へ流れる時間の流れ。

 過去へ流れる逆位相の時間の流れ。

 それがぶつかると、真ん中に時間が止まる水溜りができる。

 詳しい原理は分からないのですが、この三つの泉はそんな構造になっているのだと、「おじいちゃん」は

頭を搔きながら教えてくれました。

『あー、どっちが過去に行く泉だったかなぁ?』

 そこをしっかり教えて欲しかったんですけど。

『右に飛び込んだかな? 左だったかな? まあ、確率二分の一だ。間違えたら浮かび上がって、

反対の泉に飛び込めばいい』

 我ながらかなりアバウトで涙がちょちょ切れそうです。 

「カエラ、テラ、送ってくれてどうもありがとう。ごはんとってもおいしかったです」 

 二人の少女は、勘に頼って左側の泉に足をかけた僕に手を振ってくれました。

「気をつけてね、魔人さん」

「また会いましょ」

 ええ、また会えると思います。必ず。

 僕は息を止め、ざぶりと青く澄んだ泉に飛び込みました。

 青いオリハルコンの服を着た「おじいちゃん」の言葉を、また思い出しながら。


 『作りまくれ』



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2015/09/13 21:11
再び過去の歴史に戻るんですね^^
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2015/08/17 14:55
スイーツマンさま
読んで下さってありがとうございます><
こちらの大陸では、オリハルコンは魔力遮断の力を持っているようです。
ぺぺさんはこれからもう作りまくるしかない人生であります@@;

海のトリトンは大好きでした~^^
かなり幼児のころでしたが、唄はいまだにしっかり覚えております@@
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2015/08/17 14:53
よいとらさま
読んでくださったありがとうございます><
幸いにして過去に行けたぺぺさん、これからどの程度彼の力が大陸に影響を及ぼしているのか、
このあとメキドを救えたのか、描いていければと思います。
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2015/08/17 14:49
夏生さま
読んで下さってありがとうございます><
実は次元はひとつ、世界もひとつ。という設定なので、
過ぎ去った過去をすっかり変えてしまうことはできない状況です。
これからのぺぺの行動は、すでに大陸の歴史となっていることなのですが、
うまくメキドに影響を及ぼせるぐらいの力を魔人ぺぺが得たのかどうか。
それを楽しみにしていただければ幸いです^^

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2015/08/17 14:38
優(まさる)さま
読んで下さってありがとうございます><
世界はひとつ次元はひとつ、という設定なので、
歴史改変は実は無理なのです。
ですので、これからペペが過去で行動することは、
実はすでに今までの歴史に刻まれていることです。
彼の力がどこまで大陸の歴史に影響を及ぼしていたのか、
これから描いていければと思います^^
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2015/08/15 11:54
じいちゃま、兎将軍になにをつくりまくれと命じたのかは次回ですね

オリハルコンって、『海野トリトン』で有名になったアトランチスの短剣の素材
検索していみると、天上世界の宮殿を構成する物質なのだとか
未知の元素ですね
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2015/08/08 22:30
こんばんは♪

作りまくれ。

何を作れと言わなくても、そこへ行けば
作るべきものが待っているのでしょうね^^

モノ・コト・セカイ・・・

魔人のペペさんが、みんなのために
作りまくる。

作り続ける。

いつも楽しいお話をありがとうございます♪
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2015/08/08 18:00
今晩は!

首尾良く過去に戻れるでしょうか。
歴史も作り直せれば最高なのですが・・・

次作が楽しみです。
鶴首してお待ち申し上げます。

m(_ _)m
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2015/08/07 22:12
過去に戻って歴史を作り直す、そういう事かも知れませんね。

元に戻れたら、最初から作り直すのが良いかも知れませんね。
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2015/08/07 20:40
カテゴリ:イベント
お題:外せない夏の風物詩

風鈴りんりん♪
「おじいちゃん」は夏の風物詩も錬金魔法アイテムにして
有効活用しちゃうのでした。




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