アスパシオンの弟子58 噴煙の技師(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/08/17 12:42:18
キン キン キン キン
打つ 打つ 玉はがね
キン キン キン キン
打つ 打つ 金の床
聞こえてくるは、蒸気の音
天立ち昇る、白き怒張
負けじと金槌打ち鳴らせ
はがねの聖地の名のもとに
「角度がちがーう!」
すぱーん、と僕はハリセンで頭をはたかれました。
ハリセンを持っているのは、灰色の衣をまとったずんぐりむっくりのおじさん――
導師のテツダ様です。
「ぐううう」
痛いです。悔しいです。なんで。こんな。ところで。
「どうして。僕が灰色の導師の弟子になって、金槌一日中振り下ろさなきゃならないん
ですかぁあああ!」
「だーまれこのくそ魔人! おまえのせいで寺院の結界装置が壊れたんだっての! 直していけったら直していけー!」
「うううう!」
涙目になってがっつんがっつん金槌を振り下ろす僕の頭を、ずんぐりむっくりの匠が
ビシバシハリセンで叩きまくってきます。
このままじゃ僕は、マジで灰色の導師になってしまうような気がするんですけど……
ていうかもう強制的に、灰色の導師の見習いの服である、緑の服を着せられてるんですけど……
「うらあ! 振りがおっそーい! 一投入魂!」
「は、はいいいい!」
僕はひたすら、金槌を振り下ろしました。
熱く白熱する鉄の塊に向かって。
やっと過去に着いたと思ったら。こんな大変なことになってしまったわけですが。
そもそも三つの泉の左側に飛び込んだ僕は、ものの見事に未来へすっ飛ばされてしまったのです。
泉の中では時間が怒涛のように流れていました。僕の青いオリハルコンの衣がすっかり劣化して
ぼろぼろの糸くずになるぐらい。
慌てて浮き上がってみれば――どうも万年単位で時間跳躍してしまった
ようで、泉の外はいきなり海中になっていました。僕が死なない魔人じゃなかったら、
たちどころに息が続かず死んでいたでしょう。
すっぽんぽんの僕は、その時代で一番進化している知的生物らしい半漁人に捕らえられ、
しばらくの間彼らの娯楽施設で見世物として展示されました。施設は海にぽっかり浮かんだ
ドーナツ型のコロニーで、半漁人たちはいくつものコロニーを行き来して暮らしているようでした。
コロニーの壁面には、この星に氷隕石が飛来して落ちたらしき伝説が描かれていました。
隕石衝突のために陸地がほとんど水没したらしいのです。僕ら人間は、その時滅んでしまった
ようです……。
僕はひと月ほど展示されたあと、ようやく隙をついて逃げ出すことができ、三つの泉の
左側へ飛び込むことができました。
逃げる時に半漁人の美しいおねえさんが僕に協力してくれたのですが、僕はその見返りに
おねえさんとしばし恋人のように付き合わなければならなくなり、おかげでげっそりやつれて
しまいました。
「子供いっぱい作る♪」
とかそんな意味の言葉をニコニコして連呼してましたけど、なんとか貞操は保持。迫られた時は
もうだめかとかなり恐怖でしたが、辛くもかわせて幸いでした。
ようやく過去へつながる泉に飛び込めたのはよかったのですが。
半漁人のおねえさんにもらった銀鱗の服はやはりばらばら。というか、数匹の銀色の魚に変じ、
それから小さな稚魚と化し、最後には魚卵になって消えてなくなっていきました。
本当に泉の中では、時間が遡っていたのです。
しかし今度は遡るのが足らず、「おじいちゃん」と出会った時代より少し前に出たようでした。
眼の前に見えるウサギ保護区にはウサギだけでなく、家族連れの観光客が沢山いました。
この時代にはここは立ち入り禁止ではなく、ウサギと触れ合える動物園のごとき仕様になって
いたようです。僕のすぐ目の前、廃院の窓のすぐ下でも、美しい金髪の美丈夫が膝を落として
ぶつぶつ言いながらウサギにニンジンをやっていました。
「宵の殿下、気分はいかがですか? 落ち着かれましたか?」
「ふん、落ち着くものか。なぜにこんなところでウサギの餌付けなどせねばならぬ」
その金の獅子のごとき人はとても見目麗しい赤毛の青年を連れていたので、僕はつい見とれて
しまいました。竪琴を抱えたその青年は片足が悪いのか、美丈夫の腕に支えられていました。
「ラデルなら喜んだろうが、俺は好かぬ」
「ラデル兄様は、ウサギがお好きなんですか?」
「昔、使い魔を飼ってみろとウサギを渡したら、大喜びで俺の寝床にまで持ち込んできやがった。
朝起きたら俺の寝床はウサギのフンだらけで……」
うわ。どこかで聞いたような話。使い魔だなんて、この人は韻律使いか何かでしょうか。
黒い衣は着てませんけど。
僕は踵を返し、また過去への泉に飛び込みました。
どのぐらい流されていたらどのぐらい遡れるのか、皆目わかりませんでした。適当にまた
上がってみたら。今度はとても強力な結界が張られていて廃院の外に出ることができませんでした。
白い胡蝶がそこかしこ飛んでいたので、白の導師アイテリオンが張り巡らしたものだとすぐに分かりました。
おそらく僕が封じられてまだ間もない時期であったのでしょう。金髪の美丈夫がウサギに人参をやっていた
場所には、意外な人がいました。
「お、お師匠さま……!?」
それは間違いなく我が師で、ウンコ座りでべそべそ泣きながらウサギたちに人参をやっていました。
「うううう。ぺぺぇ……かわいそうになぁ……こんなところに封じられちゃって」
あの。お師匠さま、僕は壁一枚隔てたところにいるんですけど……
「こうしてウサギにエサやるのが、せめてもの供養だよなぁ」
我が師の隣にはなんとヴィオがいて、頬杖をついてきゃっきゃと笑ってウサギを撫でていました。
「だよねえ。ぺぺかわいそー。きゃははははは」
結界を破って出て行けば、僕はたちどころに白の導師に感づかれてしまいます。それでは
元の木阿弥。またここに封じられるか、もっとひどいところに幽閉されるに違いありません。
僕は後ろ髪をひかれる思いで、また過去への泉に飛び込みました。
もっと昔へ。白の導師の目の届かぬところ、僕が事件を起こす前へ――。
で。
出てみた所が。
「ほら! 手を休めるんじゃねえ!」
「は、はいいいいい!」
まだ廃院になっていない時代の、噴煙の寺院だったのでした。
泉から上がったとたん、何も知らない僕が踏みつけたのは人工的に結界を張る機械。ものの見事に
寺院中に警報が鳴り響きました。即座にぞろぞろと大勢の灰色の導師たちが駆けつけてきて、
すっぽんぽんの僕を驚愕のまなざしで眺めていました。
やはり、有限の有機体がそっくり泉から上がってくることはまずありえないことなのだそうです。
ここは、神聖暦で言うと六千五百年。つまり僕が事件を起こす、およそ八百年前でした。
噴煙の寺院にあるいくつもの炉は赤々と燃えていて、灰色の導師と緑の衣の見習いたちが
日々、鍛冶の技の修行を積んでいました。
灰色の導師たちに囚われた僕は、有無を言わさず見習いの緑の衣を着せられて――。
「結界装置、僕が壊したんじゃ、ないんですけどおお」
「黙れ。お前が俺の放った光弾を避けなかったら壊れてなかったんだぞ。ほら、手を動かせ!」
僕を狙ったがためにテツダ師が破壊した、結界装置の部品を作れと命じられてしまった
のでした。
こうして僕は思いがけなくも鍛冶の技を覚えることになり。運命の道へと踏み出したのです。
ルーセルフラウレンを生み出した灰色のアミーケと同じ。灰色の導師となる第一歩を。
ここから物語が動くんですね^^
なにをやっても器用にこなして
着実にスキルアップするのですねえ^^
宵の殿下:黒獅子の皇帝陛下の国、魔道帝国の高祖です。もともとはアスパと同じ、黒き衣の導師でした。
見目麗しい赤毛の青年:宵の殿下の五番目の弟子。
ラデル:宵の殿下の一番目の弟子。
(「真紅の妃」第一章幕間『朝の訪問』から)