Nicotto Town



アスパシオンの弟子58 噴煙の技師(後編)

 噴煙の寺院の導師たちは、ほとんどがずんぐりむっくりのおじさんたちです。この辺りの主食

である木の実は大変カロリーが高いので、どうしてもみんな太り気味になってしまうようです。

 修行のかたわら食料を採集したり、温泉街から物品を買い求めてくるのは、緑の衣の見習い

仕事。僕は他の緑の衣の弟子達と一緒に、たびたびお使いに出されました。もう完全に、テツダ師の

弟子扱いでした。 

 テツダ師は僕が「おじいちゃん」のところで嵌められた特殊な首輪――服従の首輪を僕に

しっかり嵌めていたので、逃げたくとも逃げられない状況でした。

 灰色の衣も緑の衣も素晴らしい性能の防火服であると知ったのは、この活気ある寺院に来て

すぐのことです。炉の熱や火花による火傷を防ぐため、この寺院の衣には特殊な断熱材が

織り込まれていました。炉を使う作業では、同じ防火布地でできたフードで頭を隠し、

マスクもします。

 とくに見習いは炉の温度を一日に何度もチェックしたり、大きなふいごを踏み続けたりと重労働。

しかし不思議なことに、防火の衣を着ているとちっとも暑くならないのでした。

「主な繊維はアラミドなんだが」

 テツダ師曰く、他にもいろんな材質を織り込んでいるそうです。

「粘性金属とか銀粉粒とか色々贅沢に使っとる。そばの鉱山で取れる橙煌石の粉末も混ぜてあるしな」 

 砕いた鉱石を炭と一緒に炉で溶かして反応させ、マグマのような鉱物成分を容器に出滓。

冷たい水で冷却。そうして取り出した純度の高い金属をまた溶かし。型に流し込み。金槌で

打って部品の形を整える――

 緑の衣の見習いは、基本的な精錬作業をひたすら行わなければなりませんでした。

 特殊な機械で部品を削って細かい加工をする作業は、一人前の灰色の導師にならないと

やらせてもらえないのでした。

「踏んで三年金槌五年! 研磨の技はそれからだ」

 僕はやけくそになってふいごを踏みまくり、金槌を奮いまくりました。

 時間はたっぷりあるのです。僕には、寿命がないのですから……。

 



 この時代。統一王国はまだ存続していました。王国を建てた灰色のアミーケと六翼の女王は、

この寺院では二柱の夫婦神(めのとがみ)として祀られ、熱心に崇められていたのですが。

王国自体は、斜陽の帝国となっていて崩壊寸前でした。 

 寺院は統一王陛下から直接注文を受けて、様々な細工物や兵器の部品を作ってきたそうです。

しかし王の権力が衰えた最近では、こっそり大陸各地の州官や貴族たちから依頼が来るように

なっていました。

 樹海州の高官プトリもその一人。テツダ師と特に懇意にしているのですが、実はこの師が樹海州出身

であるからでしょう。

「すまんなぁ、ここじゃ『目』を作ってないんだわ。俺の一番弟子がヘイデンで作ってるから、

そいつを斡旋してやるよ」

 ある日その高官に、テツダ師は機嫌よく独り立ちしている弟子を紹介しました。

「ついでに俺の末の弟子も連れてってくれんかね。灰色の衣を貰ったばかりだが、筋がいい奴でな。

一番弟子に預けて、精密機械方面の技術を見に付けさせたいんだわ」

 苦節十五年。

 毎日毎日ふいごを踏んで金槌を叩き続けた僕は、いつしか灰色の衣を貰えるほどのいっぱしの

技師になっていました。

「灰色の衣の? ですがこの方は、青い衣を着ておられるようですが」

 首を傾げるプトリにテツダ師は苦笑しました。

「頑固な奴でなぁ。黒の寺院出身で別に師匠がいると言い張るんだわ。それで自家製で

オリハルコンの布を復刻して、それを身にまとってるのよ。まだ自分は、黒の導師の

見習いだからってな」

 僕が灰色の衣を貰う資格を得られたのは、ひとえにその特殊な布を再現できたからです。

 オリハルコンの布は統一王国の初期に開発されたもので、寺院の倉庫にその切れはしと製法図が

所蔵されていました。その布を織るために必要な金属糸を作るのには、まるまる五年かかりました。  

 出来上がった布が青いのは、瑠璃の粉末を加えたからです。この色だけは……どうしても

譲れませんでした。早く緑の衣を脱ぎたくて、自由になりたくて、それで僕は死に物狂いで

がんばったのです。

 が。

「あの。一人前になったんですから、服従の首輪を外してくださいよ」

 テツダ師に頼むと、とんでもない答えが返ってきました。

「あーすまん。首輪の鍵をヘイデンの一番弟子に送っちまったわ」

「ちょ……!」

「いやぁ、おまえ筋がいいから。ヘイデンでちょっと働いてこいや」

「また修行奉公しなきゃならないんですか? 嫌ですよ! 僕は黒き衣の、アスパシオンの

弟子なんですよ? 蒼き衣の、黒の導師見習いなんですっ!」

「あはは、ほんと一途だなぁ。しっかし黒の技なんてよぉ、呪いで切った貼ったする原始的な技

だろうに、どこがいいんだか。俺にはわかんねえなぁ」

 というわけで僕は有無を言わさず樹海州の高官プトリに連れられて、ヘイデンと呼ばれる所へ

送りこまれました。

 そこはなんと……天に浮かぶ島であり。

 あの鉄のイルカたちが絶え間なく空を泳いで守っているところであり。

 しかも。僕が配属されたのは、まごうことなくかつて僕が灰色のアミーケから逃れて隠れた、

あの島だったのでした。

 そう。「八番目の島」、オプトヘイデン――。




 オプトヘイデンは、遠い未来とはまったく様相が違っていました。

 島は完全に要塞そのもの。州同士の争乱が起こっている地域を鎮めるため、島の格納庫から

ひっきりなしに鮫とよばれる殺人魚たちが繰り出されていました。鉄の魚と一緒に、「ルファの兵士」と

呼ばれる特殊強化された兵士たちも何千人と作られ、戦地に送り出されていました。

 その兵士たちは、一般兵の手足を機械兵器に改造するという機械化手術を施して作り出されており。

しかも……

「みな目が赤いですね!」

「あれが破壊の目、ルファですよ。赤鋼玉の水晶体を利用しております」

 テツダ師の一番弟子、灰色のサナダ技師は誇らしげに、庭園にずらりと並んだ兵士達の列を

指さして樹海州の高官に説明していました。

「一般兵士のものは大量生産品で機能が限定されますが、特注品となればどんな機能でも付加できます」

「ぜひ、注文したい。州長チェルリ様が御所望なのだ。機能はありったけつけていただきたい。

加えて、神獣を操る波動を送れるようにできるであろうか」

「神獣操奏ですか。むろん可能ですが、神獣の再利用を禁止する大陸法に抵触しますよ?」

「統一王国は近いうちに滅ぶ。また神獣の時代が訪れよう。我ら樹海州の民は、王国が倒れたら

緑虹のガルジューナをもってして、独立を果たす所存である。金子に糸目はつけぬ、どうか

注文を受諾されたい」

「……わかりました。では、お作りいたしましょう」

 樹海州の高官が大粒の金剛石をそっとサナダ師に渡したものですから、師は僕を助手にして

さっそく特注の「ルファの目」を作り始めました。

 あらゆる情報を詰め込んだ薄い眼膜を何十枚も貼り合せたものを、赤鋼玉の水晶体と合わせ、

なじませている間。サナダ師は僕の義眼を作業用の顕微眼鏡でのぞきこんで

きました。

「お。このオプトヘイデン製ですね」 

 ずんぐりむっくりの師は、笑いながら言うのでした。

「でも私の銘ではありませんね。しかも製造年号が数百年未来とは。本当にあなたは、未来から

やってきた魔人なのですね。実に面白い」

 こうして。不本意にも、要塞での技師生活が幕を開けたのでした。

 今度は十数年どころではなく。およそ数百年に渡る、とても忙しい島生活が。



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2015/10/02 00:06
軍需はいつの世も繁盛するんですね・・・

それにしても時間のスケールがすごいです^^
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2015/08/30 16:54
過去にさかのぼり失われた技術を継承する魔人青年……
黒に灰色の技を引っさげて元の世界に戻れば白魔人なんぞXXXだ!

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2015/08/23 23:04
MC202さま

読んでくださってありがとうございます><
たたらの国ですねー^^♪ もののけ姫も備前あたりのお話なのでしょうか。
古代のたたらは重労働なので、手足や目をやられちゃう職人さんが多かったみたいです。
それで世界各地の鍛冶神様は足が悪かったり、目がひとつ目だったりするんだとか。
どれほどの負担だったのかと想像すると、職人さんに感心してしまいます。
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2015/08/23 23:00
よいとらさま

読んでくださってありがとうございます><
灰色の衣、アミーケさんのもきっとこの豪華仕様なんだろうなぁと思います。
島で修行の弟子くんは、六翼の女王を作ったアミーケさんには
さすがに叶わなくとも、もしかしたらフィリアを超えるかもしれません@@
ペペが何を作っちゃうのか。楽しみにしていただければ幸いです^^
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2015/08/23 22:55
夏生さま

読んでくださってありがとうございます><
島に足止めをくらって風体になってしまいましたが、
弟子くんはここでさらに腕を磨いて……^^
うまく楽しく種明かししていければと思います^^
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2015/08/23 22:51
おきらくさま

読んでくださってありがとうございます><
弟子くんの歴史の知識は後世書かれた本で得た情報なので
真実かどうかは神のみぞ知る^^;
歴史改変はたぶん不可能な世界なのでご安心ください@@
(=未来からの干渉も常に受けて構築されている世界。
パラレル分岐無しで世界や歴史は常にひとつ。
新スタートレック最終話の設定を拝借しました^^)
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2015/08/23 22:42
優(まさる)さま

読んでくださってありがとうございます><
なんだかこの時代からしばらく動けなさそうな雰囲気ですよね;
ちょっと足止めをくらっているうちに弟子くんは腕を磨いてくれそうです。

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2015/08/20 18:28
溶鉱炉 とか ふいご とか 鍛冶等の技術の 大昔の人々の知恵は素晴らしい

鍛冶で連想するのは 朝鮮半島の鉄の国「伽耶国」 と 日本の備前国(岡山県)
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2015/08/18 22:19
こんばんは♪

トンテンカン、トンテンカン、
ものづくりはたのしいなー♪

いあいあ、半分マジで灰色の衣、欲しいです^^;

数百年のものづくりの末、「島帰り」のペペさんは
どんな活躍を見せてくれるのでしょう。
続きがとても楽しみです。

いつも楽しいお話をありがとうございます^^
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2015/08/18 20:40
今晩は!

未来から過去へ。オリハルコンの布、紅い義眼の発祥が、数百年前に遡るとは!!
一つひとつ疑問が解明されてきました。

さて、過去で身に付けた技術が、いずれ舞い戻る現在で、どのように発揮されるの
でしょうか。興味津々です。

壮大な物語になりましたね。
次作を鶴首してお待ち申し上げます。

m(_ _)m
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2015/08/18 16:56
過去を変えちゃなんねぞ…って心配したりして
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2015/08/17 22:07
この時代で暫くはおとなしくしていた方が良いですね。
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2015/08/17 14:25
カテゴリ:美容・健康
お題:おすすめの暑さ対策

特製防火服で灼熱の熱さもへっちゃらな弟子でありました。
作中には書けませんでしたが橙煌石は冷気を放つ石なので、
地球のアラミド繊維の防火服の弱点である熱中症の対策も万全です。
アミーケさんの灰色の服もたぶん同じ材質のものだと思われます。




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