アスパシオンの弟子59 チーム・八番島(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/08/23 20:32:39
大昔の八番島は、居住環境的には良い所でした。
人口温泉に果樹園。美しい庭園に、なんと職員用の娯楽施設もあるのです。
が。
「せっかく卓球場あってもなぁ」
手取り月二十万ディール、起床五時、就寝十時で夜更かし禁止。日替わり定食風食堂での
三食の食事時間は一時間ずつ、午後休憩ありの完全週休二日。という待遇のはずですけど。
――『ピピ五級技師、こちら受注センターのヤマダです。明日までにBランクのルファ兵士
五十体、シベルネ駐屯地から注文入りましたー。北緯三十八度前線に直接落下傘投下要請です』
衣の袖につけている小さくて四角い端末(フォン)は、本日も鳴りっぱなし。
「ヤマダ四級技師、ルファ眼の水晶体が足りなくなって、現在焼製中です。注文数揃えるのに
最低三日かかります」
『了解。今すぐ投下できる兵数はどのぐらいですか?』
「十五体です」
『それじゃ十五体、即時投下してください。残り三十五体は三日待ってもらいます。ドンパチ
やってるわけじゃないので待ってもらえそうですから』
「よろしくお願いします」
ピピというのは、僕が島で名乗っている偽名です。
風の噂によると、僕がもともといた時代から八百年ぐらい前ながら、すでに白の導師
アイテリオンはこの世に生れていて、水鏡の寺院にいるらしいのです。ゆえにぺぺという本名を
名乗ることは控えることにしたのでした。
しかし下っ端技師の忙しいことといったら。端末(フォン)を通して、上司たちからひっきり
なしに報告・連絡・相談がきます。
徹夜はあたりまえ、トイレに行くヒマもありません。休日返上で作業・雑用に追われる毎日です。
各部署に配置された技能師の下で、常時五十人ぐらいの助手や作業員が働いています。
技能師には五つの格があり、五級が一番下っぱ。今の僕はこの地位で担当部署がないゆえに、
上のみなさんからこきつかわれているというか、パシリにされているというか。常時呼び出しの
嵐なのでした。
――『ピピ五級技師、第二工房のカネダだけど。鮫の新型スピアどっちの型で作ればいいのよ?
今週の企画会議でどれにするか決定したんだろ? 』
「カネダ二級技師、その会議は来週に延びたって、昨日ご報告入れたはずですけど」
『あれ? そーだっけ? あ、ごめんごめん、ほんとだメール見てなかったわ。でもスピアは
β型にって、サナダ技師長は根回ししてんだろ? 作り始めるから技師長にそう言っといて』
「だだだ、だめですよ、勝手に作り始めちゃ」
フライング王の異名をとるカネダさんはいつも勇み足してしまうので、止めるのが大変です。
――『おーい、ピピ五級技師はん、ドックのイマダや。イルカの調子が悪いんや、ちょっと一緒に
みてくれんか? いま三頭ドックにあげたんやけど、一頭任したるわ。すぐきてやー』
「イマダ三級技師、僕は今、水晶体焼製してて……」
『つれないこと言いなや、焼きの待ち時間にはヒマになるやろ。バイトの助手じゃ話にならへん
よって、技師資格持っとるあんさんに頼んでるんやで。飴ちゃんやるから、はよおいでー』
イマダさん、僕は子供じゃないです。キャンディーなんかじゃ心動きませ……
『アン・レッドゲイブルズの壁紙もつけたるで』
う。
赤毛の清純派女優、アン・レッドゲイブルズのブロマイド?
『ガッコの制服のやつやでぇ? ほしいやろぉ?』
彼女が主人公の学園青春ドラマの?!
ううう。なんでこの人、僕が今ひそかにハマってる幻像番組知ってるんでしょう。端末(フォン)の
待ち受け、アンちゃんにしてるのいつばれたんでしょうか?
超忙しい僕の娯楽は、衛星放送の幻像とか、歌謡曲。端末(フォン)で
片手間に楽しめる
からです。特に歌謡曲は端末にイヤホンつけるだけで聴けるので、ヒマさえあれば聴きまくって
います。女優のアンちゃんは今売り出し中で歌も出してて、歌声がすごくかわいくて……もとい。
「わ、わかりました、それじゃ炉に水晶体入れたらそっちに行きます」
『よっしゃ! まっとるでー』
第一工房にいた僕は、ルファ兵士の投下地点と時刻を操作板に入力。それから水晶体を並べた
トレイを次々炉に入れ、サナダ師に断りを入れて、地下深層のドックに降りました。
昇級すればどこかの部署の副になって。ちょっと余裕ができ。卓球できるはずですが。
昇級は三年に一度、噴煙の寺院での厳しい資格審査に通らないといけなくて、一度に
ひとつだけ上に上がれるというシステム。
しかし一級になれる人――噴煙の寺院の師範になれる灰色の導師は、なかなかいません。
技術長のサナダ師すら、三度一級昇格試験に挑戦して失敗しているそうです。
技能導師の名前に「ダ」がついているのは、噴煙の寺院出身の灰色の導師である証拠。
最長老から贈られる古い伝統の名前です。
もともとスメルニア語の「打つ」という意味の言葉が由来だそうで、噴煙の寺院は数代に渡って
スメルニア州出身の最長老が続いたために確立した伝統がだそうです。
「あんさんも名前をもらえばよろしかったのに」
ドックに入ってイルカを解体し始めるなり。ずんぐりむっくりの中堅イマダさんは、いつもの
ように僕をいじり始めました。
「ダ名は、おのが銘やぞ? 自分が作ったもんに刻む名前やで? ピピなんて、なんやウサギや
ネズミみたいな名前おまへんか」
かく言うイマダさんの名はたしかにかっこよく、スメルニアの文字で書くと「鋳眞打」。
イルカたちの胴体のさりげなく目立たない所に、その銘が刻まれています。
「言うたら失礼やけど、タマやポチとあんま変わらんで? ピピは呼び名やろ? あんさん
本名なんていいますのや?」
――「あー、まーたイマダさんがピピくんいじめてるぅ」
事務所から伝票を抱えたヤマダさんがドックに入ってきて、イルカの機械脳の部品を床に並べて
いる僕らをのぞきこみました。
「イルカ部品の追加原料、指示通り下に発注しておきましたからね。これ控えです」
ヤマダさんが差し出した伝票には、「冶眞打」というほれぼれするほどかっこいいサインが
書かれてありました。
「ヤマさんは紙に名前書かんと、金属に刻まなあきまへんで。事務処理ばっかやあかんあかん、
ほら、ヤマさんもイルカ診てや」
「勘弁して下さいよう、イマダさん。そうやってすぐ、仕事を人に押し付けるんですからー」
涙目のヤマダさんを巻き込んで、僕らは動きがおかしい哨戒イルカを調べました。
このイルカは……僕がいた時代にもずっと空を泳ぎ続けていました。でもまさか、自分がメンテナンス
することになるなんて。そしてこれから八百年も、ずっと泳ぎ続けるなんて――
「ピピはん? 手ぇ止まっとるで」
「あ、すみません。この子たちって、寿命永いなぁってなんだかしみじみ思っちゃって」
腕を褒められたのだと取ったのか、イマダさんは上機嫌に笑いました。
「そらそうやろ、わしが作ったもんやで? 千年はもつわ」
「いやその、永遠に島をずっと周回してるだけって、なんかかわいそうというか……」
「なに言ってんねん!」
ぽかりとイマダさんは僕の頭を拳骨で殴り。胸を張って誇らしげに言いました。
「わしのイルカは人畜無害や。カネダの鮫みたいな人殺しの能力はいっこも持ってへんわ。
こいつらは空泳ぐのも、この島も大好きや。島を護りたいていう本能を持っとる。このわしが
そういう人工知能に作っとる。かわいそうなこと、いっこもないで」
去年でてきたアウトサイドストリーのイルカがここででてきましたか
渡り鳥が自らを幸福とも不幸とも考えないように
海底火山や新島の堰き止め湖で進化した生物群はそこでしか生きられないけれど
自分が不幸であるとは考えていないでしょう
何のために生きるかではなく心臓が動くから生きていると考える拙であります
――達観してませんよ。……私は19歳独身、青い思考方法
これから、ずーっと泳ぐ羽目に成るのですからね。