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自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・7

 【遥かなる旅路へ】

 ロランは困り果てていた。
「王子っ……! じいは王子と離れるのがつろうございますぞ! 王子様をお育てして、はや16年。まだお小さくてあそばされたロラン様をこの腕に抱かせていただいたあの時から……なんと月日の早いことか……」
 しきりに絹のハンカチで涙をぬぐい、鼻をかむのはマルモアだ。その傍らに立つシルクスも、涙こそないが瞳が赤い。
「できることなら、わたくしも王子について行きたい……! ああ、いっそ陛下に嘆願してお許しを願おうか」
「おお、そうしろシルクス! お前がついて行けばわしも安心じゃ。陛下にはわしがよく言い含めるゆえ」
「だめだよ。二人とも、わかってるだろうけど」
 自室で旅に必要な荷物を詰めながら、その背後で眼をぎらぎらさせる二人の近臣に、ロランは呆れて言った。手を止めて振り向く。
「でも、冗談でもうれしいよ。ありがとう、二人とも」
「冗談ではございませぬ!」
 マルモアに詰め寄られて、ロランはのけぞった。
「ローレシアの4代目たる大切なお世継ぎを、たった一人で魔物が跋扈(ばっこ)する広野に放り出すなんて……! いくらロト王家の家訓が、『自分のことは自分で』『旅立つ勇者を止めるな』とございましても、せめて腕利きの兵士数人は付けるべきでしょう!」
「わたくしは、王子の装備も不満がございます」
 マルモアよりいささか冷静に、シルクスが旅道具の散らばった広いテーブルをにらんだ。
「よりによって一国の王子が、銅の剣と50ゴールドしか持たせてもらえないなんて! いくら質素倹約を常とするロト王家でも、あんまりではないでしょうか! せめて、わたくしの持つ鋼(はがね)の剣ぐらいあっても……!」
「この辺りの魔物は弱いから、銅の剣で十分なんだよ。国の財政は逼迫(ひっぱく)しているんだ。国庫から余分に僕の分の装備をあつらえるなんてできないよ。みんな税金なんだからね。それに、魔物を倒せばお金(ゴールド)をいくらか落とすみたいだし、路銀はなんとかなるよ」
「そのお気持ち、まことにご立派です。ならば、こっそりわたくしの剣をお持ち下さい。それなら……」
「そんなに派手な装飾があったら目立ってしまうよ。気持ちだけもらっておく」
 ロランは笑って、手際よく必要なものを詰め終えた。やり方はシルクスに教わった通りだ。王子の教育に、野営や買い物の仕方まで組み込まれていたのはそういうことかと、今になってシルクスは思い知った。
 それほどまでに、王家は代々この危機に備えていたのだ。悪を倒す戦士を育てるために。
 大事な世継ぎですら世界のために差し出す王と、それに応えようとするロランの覚悟に、シルクスは胸を衝かれていた。
「王子……どうか、ご武運を」
 あとは言葉にならなかった。ロランが小さいころから面倒を見てきて、まるで自分の弟のように感じていたシルクスである。ぐっと胸が詰まって、唇がへの字に曲がった。涙が勝手に、わななく頬を伝った。
「ありがとう。――二人とも、父を頼む」
 男泣きに泣くシルクスと、既においおいと泣いているマルクスを片方ずつ抱擁して、ロランは背を叩いてやった。


 家族にも等しい近臣達が名残りを惜しみながら立ち去ると、ロランは急にもの寂しくなった。
 夕暮れの光が窓から差し込んでいる。ロランは歩み寄り、窓を押し上げた。うっとりする甘い潮の香りが、重い胸をなだめてくれた。眼下にはローレシアの街並みと、茜色に染まる海が広がっている。
 生まれた時から親しんできた、ここがロランの故郷だ。
(けれどルナは……)
 気持ちが落ち着いてきて、ふいに深い悲しみが胸に落とし込まれた。ムーンブルクのルナは、ある日突然、愛する人も帰る場所も奪われたのだ。
 その悲しみがどんなに苦しいか、ロランは想像もできない。ただ、今も生きているとしたら、きっと泣いているのではないかと思う。
 ルナとは6歳を境にずっと会っていない。思い出されるのは、明るく勝気でおしゃべりだった少女の姿だ。
 自分やランドと同い年なのに、いつもお姉さんぶっていた。
 ままごとが大好きで、その時は必ずお母さんの役をやりたがった。ロランは父親か兄役で、ランドは必ず赤ん坊役だった。
 ルナはめったに泣かなかった。転んだりしたときに、たまにべそをかくくらいで、早くに母親を亡くした悲しみも表に出さなかった。
 強い女の子だった。けれど、目の前で全てを奪われてしまったら、どんなに強い人間でも耐えられるはずがない。
 泣き崩れる彼女の姿が目に浮かんでくる。真っ暗闇で、孤独と喪失に泣く、小さなルナの姿。
 ロランの手は、知らないうちに窓の縁を強くつかんでいた。
(何があっても必ずルナを探し出すんだ。そして、早く暗闇から連れて帰ろう)
 わだかまっていた不安は、早く旅立ちたい思いに駆られていた。
 
 

「では、行ってまいります」
「うむ。サマルトリア王と、ランド王子によろしくな。そして、ルナ王女を見つけることができたら、3人でここに戻ってまいれ」
「はい。――必ず」
 翌早朝。まだ城内の人々が動きだす前のひそやかな時間に、王と近臣、十数名の近衛兵が城の出入り口に立っていた。旅姿のロランは、王に頭を下げ、王はうなずいて応えた。マルモアとシルクスも、さまざまな思いをこめてロランを見つめている。
 ロランはきっぱりと背を向け、歩き出した。両脇に並ぶ近衛兵が一斉に敬礼をする。
 ローレシア山脈から、淡く透き通った朝日が昇ってきた。




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