Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・8

【南で燃えた赤い空】

「ほうい、あんた。見えてきたぞう」
 おおらかな中年の男の声に、うたたねをしていたロランは、はっとしてまばたきを繰り返した。心地よく揺れる馬車の荷台の中、木箱によりかかっていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
 体を起こして、御者台の方へにじり寄る。商人はうれしそうに草原の彼方を指さした。
「ほら、あれがリリザの町だ」
 ロランは目を凝らした。広い壁に囲まれた街並みが、穏やかな春の日射しにかすんで見えた。
「どうもありがとうございました」
 何ごともなく街門をくぐりぬけると、ロランはそこで馬車を降りた。商人も御者台を降りて、ロランの両手をがっちり握る。
「いやいや、こちらこそお礼だよ。あんたのおかげで弱い魔物は寄ってこなくなったし、たまに襲われてもあっという間に撃退してくれたもんなあ。いつもならもっと時間がかかったろうし、下手すりゃ命もなかった。本当にありがとうよ」
 それじゃ、良い旅を。商人は馬車に乗りこむと、馬にひと鞭当てて車を動かした。ロランは軽く頭を下げ、馬車が雑踏に消えるまで見送った。
 助かったのは、ロランも同じだ。歩けばさらに何日も費やすところだったが、思いがけない通りすがりのおかげで日にちを縮めることができた。
(ここから北に行けば、サマルトリアの城か)
 町の人々に、魔物におびえる様子は見られない。道行く人も、ロランに気づいた様子はなかった。王子という身分もなく、ここではロランも旅人の一人である。
 まずは薬草など、道具を調達しなければ。ロランは道具屋を探して歩きだした。商人は楽な旅路だと言ったが、彼と馬を守って何度も戦ったために、服の下は打ち身で一杯だった。
 チュニックの下にはなめし革の鎧を身に着けているが、全力で襲ってくる魔物の体当たりや噛みつき攻撃は、その程度の防具では貫通してしまう。ロランだから身のこなしで軽傷にとどめているが、傷の治りを早くするために、旅立ちの時に持ってきた薬草をすべて使ってしまっていた。
(この辺りは強い魔物はいないから、そんなに心配はいらないけど……。ローレシア領内で破壊された町や村は、ここにはいない魔物の群れだったらしいな……)
 魔物の生息区域は限られている。ローレシアとサマルトリアでは、主に自然の動物に近い魔物が存在している。スライムやおおなめくじ、鉄のように固い表皮を持つ巨大アリのアイアンアントなどである。
 たまに森の奥では、浮かばれない人間の魂が魔物化した幽霊が出るが、きちんと対処すれば、さほど脅威ではない。
 だがムーンブルクを襲撃した魔物は、それらを遙かに上回るもの達だったろう。自然系の魔物をしのぐそれらは悪魔族と呼ばれ、地から湧くのではなく、魔界から召喚されて来るものであるという。
 邪神官ハーゴンは、魔界の門を開く術を持っているのだ。その術は彼の配下にも伝えられ、各地に尖兵として出現しているという。
生き残った人々の証言によれば、町や村の奇襲は、まず白いローブの仮面をかぶった男が訪れたらしい。そして、彼が召喚した魔物の群れが、人々の誘拐や殺戮をしたという。
(ムーンブルクも、その方法で落とされたんだろうか……)
 可能性はありえた。早くムーンブルクへ渡って事実をこの目で確かめたかったが、何日もの野営で体は疲れていた。道具屋に寄ったら早めに宿を取ろうと決め、ロランはいつの間にかうつむいていたおもてを上げた。


 薬草を商う店は、さほど苦労せずに見つかった。リリザは旅人の交流地点なので、ロランと同じように魔物にけがを負わされる人も多い。彼らにわかりやすいよう、看板は大きく目立っていた。
 客はほとんどが旅人や行商人、それに魔物退治をなりわいとする冒険者だった。品数は豊富だったので、ロランも必要なだけ薬を買えた。
(ついでに武器防具の店も見てこようかな)
 宿屋に行くには、まだ日は高いし、旅籠はいくつか見受けられた。急がなくてもどこかで部屋は取れるだろうと、ロランは装備の店を探すことにした。身を守るのに剣だけでは心もとなく、何か盾が欲しかったのだ。
 装備の店は、町の北にあった。町を警護する衛兵が鉄の槍を携え、店の前に立っている。ここは町のもう一つの街門に近いため、町や店に入ってくる人々をそれとなく監視しているのだ。
 駐留するのは、ローレシアとサマルトリアの連合軍である。今立っている若者は、鎧の肩当ての色からローレシアの兵とわかる。
 ロランが店の前まで来ると、中から一人の男の子が走り出てきた。
「あっ」
 ロランの腰に思いきり鼻をぶつけ、男の子は尻餅をつく。
「ごめん、大丈夫かい?」
「へいき!」
 ロランは屈んで助け起こそうとしたが、子どもは素早くズボンの尻を払って鼻の下をこすり、また駆けだして行った。
「やれやれ、謝るのはあいつの方だろう。旅の方、大丈夫ですか?」
「いえ、僕はなんとも」
「そうですか」
 若い兵士は破顔した。
「いや、その服がね。あいつ風邪ひいてるもんで、鼻水付いてませんかね?」
「えっ?!」
 びっくりしてロランが服の腰の辺りを見ると、兵士はおかしそうに笑った。
「いや、無事ならいいんですよ。……しかし君、どこかで見たような……」
 ロランが何と言おうか迷っていると、通りの向こう側から年かさの兵士がこちらへ歩いてきた。
「あっ、小隊長」
 若い兵士が敬礼をする。小隊長も軽く敬礼を返し、兵士の傍らにいるロランに気づいた。
「うん? 旅の者かね? リリザにようこ……」
 そ、と言いかけた小隊長の目の動きが止まった。ロランは思わず目を逸らした。とたん、小隊長がすっとんきょうな声をあげる。
「あ、あなたはもしや……ロラン王子!?」
「しっ!」
 思わず辺りを見回して、ロランは唇に人差し指を当てた。小隊長は慌てて片手で口を塞ぐ。幸い、通りを行く人々はこちらに関心を向けていなかった。
「し、失礼しました……しかし、まさかこんなところでお目にかかれるとは」
 ロランは声をひそめて言った。
「あまり騒がないでほしい。報せは届いていると思うけど、隠密の旅なんだ」
「存じております。ローレシア王子サマルトリアへご出立の報は伝書鳥での書簡で、既に。ここまでよくぞご無事で」
「運が良かっただけさ。君達も、役目ご苦労」
「はっ、光栄であります!」
 再度敬礼をしかけ、小隊長ははっとして上げた腕をひっこめた。若い兵士は王子を見るのが初めてらしく、ぽかんとしている。
「それより、町に変わったことは? サマルトリアに動きはあるか?」
 小隊長は兵士に引き続き任に当たらせると、ここでは何ですからとロランを店の中へ招き入れた。武具店は大きく、壁にはずらりと鎖鎌や鎖かたびらなどが並んでいる。店主が陣取るカウンターも広く、一度に多くの客をさばけそうだった。だが今は客の姿はなく、店主は帳簿をつけていた。
「おい、二階借りるぞ!」
 小隊長が呼びかけると、店主はちらっとこちらを見て、どうぞと言った。ロランには当然気づいていない。小隊長は困った顔をした。
「すいません、ここの店主は客以外愛想がなくて」
「構わない。気を使わないだけ、こっちも気が楽だから。君も、あまりかしこまらなくていいよ」
 ロランは微笑してなだめた。その様子に、小隊長の緊張もほぐれる。
 部屋はせまく、簡素なベッドとテーブルがあるだけだった。ロランに椅子を勧め、自分はその前にひざまずきかけた。
「君も座るといい」
「いや、しかし私は」
「人を見おろすのは、好きじゃないんだ。さっきも言っただろう、気を使うなと」
「し、失礼しました!」
 小隊長は一礼して、ロランの向かいに腰かける。




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