Nicotto Town



8月自作/紅茶  『茶畑の乙女』(中編)

 藁をもすがる気持ちとはこのことであろう。

 翌朝、青年はリュックに剣を突っ込んで、団長とお伴の騎士二人とともに王都へ出立した。

 騎士たちは馬に乗っていたので、青年にも特別に馬が貸し与えられた。

 大街道を南下し、街道沿いの旅籠に泊まること三夜。あと数刻で王都へ到達するという距離までやって

来たころ、街道の両翼に果てしなく広がる、緑の低木の畝があらわれた。

「うわあ、これ畑?」

『茶畑ですよ』

 幾百もの緑の海のごとき畝は、地の果てまで伸びていた。背に籠を背負ってその葉を摘んでいる者が、

ちらほらといる。

『エティア中央部は大陸一のお茶の産地ですからねえ。さてさて、ここにございますよ』

「なにが?」

『世界最高のお茶です。ほらそこ、前方二時の方向におりますでしょう。かわいい娘さんが』

「あ、ほんとだ。かわいい」

 青年は目をしばたいた。年の頃は十六、七ほどであろうか、少女が開けた平地で一所懸命、茶葉をむしろの

上に広げて干している。頬がほんのり薔薇色で、眉目秀麗なことこの上ない。

『あー違います、その子じゃなくてその隣』

「え?」

 美しい娘の隣に、あまりパッとしない顔立ちの、やはり同じ年頃の娘が茶葉をむしろの上に並べている。

茶葉は茶色で、蒸してほどよく発酵させたあとに最後の仕上げで天日に干している最中のものだ。

『その子が触ってる茶葉を、お買いなさい』

 その子はにこにこ顔で唄を歌いながら、干してある茶葉を撫でていた。

 しかしどうせ買うなら見目が麗しい子が並べてるものを……と、青年がふらふら美しい娘の方に近寄ると。

剣はぴしゃりと言い放った。

『団長さんを助けたいのでしょう? おばちゃん代理』

「う」

「あら、旅のお方なの? 茶葉が欲しい? え? 裏オク家の方に飲ませてさしあげる? あ……それなら、

お代なんていりません。どうか好きなだけ持って行って下さいな」

 渋々、顔がぱっとしない娘から茶葉をもらえば。その娘はにこっと笑みをうかべ、青年の額に生の茶葉を

一枚ぴとりとつけて、旅の安全を祈ってくれた。

「気をつけてね。道祖神のご加護がありますように」

「ありがとう」 

 青年はじっとその娘の貌を見つめた。

 なんと心地よい笑顔であろうか。まるで太陽の光がぱぁっとはじけているように明るい。

 うん。この子も、まんざらじゃない――。

 



 ほどなく行き着いた王都は、一本の大河の両岸にまたがっており、高い塔が針山のように乱立する

大都市であった。

滞在中の宿となる招待主の家――裏オク家の邸宅にも、四方に天へと伸びる塔がついていた。

 見上げるほど高い門をくぐれば。見渡す限り薄暗く苔むした庭園が、青年の眼の前に拓けてきた。

物知りの剣が、川をはさんで北側のこちらは裏区と呼ばれているとうそぶいた。

『対岸の南側は表区と申しまして、表オク家の邸宅があります。こちらは裏区にあるオク家、ゆえに裏家と

呼ばれているのですよ』

「へええ」

『この苔庭はわびサビを表現するものでとても美しいと、昔から大変人気がありますねえ』

「このじめじめした一面の苔が?」 

 どう見ても営舎近くの湿地帯の沼の光景とあまり変わらないのだが。建物と石畳ばかりの都市では、

大変に貴重で珍しいものらしい。

「しかし暑いなぁ。うちの村とは大違いだ」

 青年はシャツの胸元をはだけてぱたぱたした。

 日陰だというのに蒸し暑い。さもあらん、季節は夏。しかも本日は雲ひとつないかんかん照りで、

じめっとした庭園は蒸し暑い。ミンミン啼く虫が、そのじっとりとした暑さに拍車をかけている。

『ほんと暑いですねえ。青年よ、そこの水場にちょっと私を漬けてくれませんか?』

「どこの水場?」

『その三本の木の裏にあるはずです』

 剣の言う通り。庭園の奥の木の陰に、岩をくり貫いて作られた大きな桶のような水場があった。

 地下から昇ってきているのか、金属の管のような注ぎ口からちろちろと清水が流れ落ちている。青年は

邸宅へと先導する使用人にしばし待ってもらい、岩桶にたまった水に折れた剣を漬けた。

 その瞬間。ふおん、と半分しかない剣の刀身が一瞬赤味を帯びて輝いた。

『ふうう……ありがとう、涼しくなりました。そうそう、ここの水を水筒に詰めておいきなさい』

 首をかしげつつも青年は、剣に指示された通りにした。

 邸宅の中は、小さな営舎とは大違い。正面玄関にいきなり両翼へ拓ける大階段があり、ホールには

使用人たちがずらり。なんともよい香りのする、絹の垂れ幕が下がった応接間に通されると。ほどなく、

あの貴族士官が姿を現した。

 なんだか笑顔をとってつけて貼り付けたような貌である。 

「さてもよくぞいらしゃいましたな」

 半年前には軍服を着ていた貴族士官は、当主の息子でまだ若い。青年より少し年上というぐらいか。

この屋敷では、「若」と呼ばれているようだ。本日のいでたちはきらびやかな銀糸を織り込んだ羽織りもの。

頭には宝石をちりばめた頭巾。首には大粒のオパールが煌めき、ひと目で上流の大貴族とわかる。

 一歩足引き、胸に手を当て頭を軽くさげたその上品な所作に、ド辺境からきた招待客たちはたちまち気圧された。  

「団長どの、さっそくきき茶をして遊びましょうぞ。他の客人たちもすでにお揃いであらしゃります」

 一瞬、にやりと「若」の口元が引きあがる。公開処刑かと、青年はごくりと息を飲み込んだ。

しかしリュックの中の剣は余裕でこっそり鼻歌を歌っていた。

『香りよし

くれないの茶の色、目にもよし

けぶる血洗う命の水かな』

「あれ? その唄……」

 それは茶葉を売ってくれた娘が歌っていた唄であった。とたんに青年はあの娘のはじけるような笑顔を

思い出した。なんだか不思議と力が湧いてくる、あのかわいらしい笑顔を。



 

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2015/09/01 21:50
いよいよ次号利き茶に!
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2015/08/31 22:19
お茶屋の娘さんも何者?
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2015/08/28 21:55
良い紅茶が入れられるかも知れませんね。
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2015/08/28 21:15
青年とお茶屋の娘さん、いい感じですねえ
気合いだ!




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