8月自作 紅茶 茶畑の乙女(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/08/28 22:09:43
「若」は食堂の広間は素通りし、中庭へと招待客を案内した。
そこには瀟洒な形の蒼金色の天幕がしつらえられており、中に置かれた絹張りの寝椅子にはすでに、
煌びやかないでたちの客人たちがしどけなく寝そべっていた。どの面々の胸にも、きらめく宝石の頚飾り。
裏オク家門下の中でも一、二を争う家柄の貴族たちなのであろう。おそらく、公爵とか伯爵とか、
そんな称号を持つ者たちに違いない。
団長がカチンコチンに固まって寝椅子にちょこんと座ったその両脇を、さらにカチンコチンのお供の騎士たちが
固めたが。すでに貴族たちのほとんどが、寝椅子に寝そべらない団長を小ばかにした目つきで眺めている。
これで自分が失敗したら目も当てられぬと、青年はぶるりと全身を震わせた。
「銀枝騎士団の料理人どの。これにある茶葉、これにある水、好きなようにお使いくだされ」
「若」がにやりとしながら、寝椅子の輪の真ん中に置かれたいくつもの円形の水鉢と、台の上に
ずらりと並べられた茶葉の小皿を指し示す。
ご丁寧にそこには小さなかまどがあり、鉄瓶にはしゅかしゅかお湯まで沸いている。
茶葉と水を選べとは、まさに腕試しだ。
『せっかくですが持参しました物を使いますと伝えなさい』
リュックにさしている剣が命じた通り、青年はもらった茶葉と水筒の水を使うと申し上げた。
『水筒の冷水で、水出し茶をお作りなさい。唄を歌いながらやるのですよ』
「歌う?」
『はい、ご一緒に』
香りよし
くれないの茶の色、目にもよし
けぶる血洗う命の水かな
剣が唄う通りに青年が真似すると。寝椅子を押し倒さんばかりの勢いで、ひとりの翁が立ち上がった。
「おぬしは、なぜにその呪文を知っとうや?」
「呪文?」
茶葉を放ったポットを持ったまま、青年はきょとんとした。翁は目をらんらん、まん丸くしている。
「今おぬしが唱えたは、我がオク家の御三家秘義中の秘儀。女神涅槃の呪文であろう」
「は……い?」
「その昔。我が開祖オク・エキューが王都近くの焼け野原に茶の苗を植えたとき、唱えなさった御言葉が
まさしくそれじゃ。
その呪文を知っているは御三家の当主のみ。当主が、秘儀の茶を淹れる時にのみ唱えるものゆえにな」
「とおっしゃるあなたは、もしや……」
「父上様、まあとにかく、茶をいただきましょう」
不穏な顔をしている「若」が、なんとか貌を取り繕い、老人をなだめて寝椅子に座らせた。父と呼んだと
いうことは、この老人こそは裏オク家の当主らしい。
水筒の水でゆるりと出した茶を椀に注ぎ、うろたえている翁や会した貴族たちに差し出すと。まずは
招かれた大貴族たちが感嘆の声をあげた。
「なんとまぁ冷たい」
「暑さが消えまする」
「まろやかでおますなぁ」
「若」が一瞬悔しげな顔をする。かたや父である当主は、ぬうと唸ってしばし言葉を失った。
「なんという冷たさ。なのにしっかと薫るこの香り。そしてこの血のごとき紅の色……やはり、あそこの
茶葉に間違いない。水は、うちの井戸水を使われたか」
「はい。岩の桶から頂戴しました」
すると「若」は鼻白み、水泥棒ではないかと咎めてきたが。当主はだまらっしゃいと鋭く怒鳴って息子を
黙らせた。
「この王都には大河の他に二本、地下に伏流水が流れておる。東西に渡っており、南の水は表家が、
北のは我が裏家が使うておる。北の水の方が、まろやかで甘い。蒸留水で淹れるが佳しとする
昨今の風潮は、表家がそれを妬んで普及させたでっちあげ。跡継ぎもそれを鵜呑みにしていて、
ほとほと残念な次第ではある」
当主がちくりと刺すようにいうや、「若」はくっと悔しげに視線を地に落とした。
「当家自慢は、これぐらいにしておいて」
と、当主は青年が使った茶の葉の由来を、以下のようにとうとうと解き明かしたのであった。
「百年の昔。すなわちこの国が建ったころ。王都の周囲は建国王の悪しき敵におそろしき爆弾を落とされて、
焼け野原とあいなった。
我が開祖オク・エキューはそのとき最愛の恋人を失くし、涙ながらに焼け野原に娘の骸をお埋めなされた。
そしてその盛り土の上に、一本の苗を植えられた。それが現在の、王都郊外に広がる茶畑の始まりと
されておる。
さて、この紅色の茶は。まさしく女神涅槃の地の、今やご神木となっている茶の木の葉をお使いであるな?
すなわち、」
当主の言葉に、青年の顔色はたちまち色を失くした。
「茶畑の、一番始めの一本。まごうことなく、我が開祖の恋人の骸の上にて育ったもの。このまろやかさ。
この色。まちがいない。十年に一度御三家にて、女神となりしかの乙女の恵みと加護を言祝ぐ、恩礼の
秘儀の折に服するものなれば。これぞ、我がオク家にとってはこの上なき茶である。かようにありがたき
気遣いの茶、真にいたみいる」
信じられぬことに。震え上がる青年の前に、当主は深々と頭を下げ。
そして紅色の茶を飲み干した。
この上ない、至福の貌を浮かべて。
「いっやあ、王都観光最高だったな、おばちゃん代理」
それから一週間後。青年は上機嫌な騎士団長と伴の騎士たちと一緒に、王都をあとにした。
『当家開祖エキューが抱いた哀しみと、平和への祈り。しかと我が胸にいただき申した』
裏オク家で団長の面目を大いに立てた青年は、当主にことのほか気に入られ、こっそり引き抜きの
話もいただいたのであるが。
「でかい劇場、川下り。上手いごちそう。いやぁ、いいなぁ、都ってのは。しかしちょっと人が多すぎるな。
空気もちょっと……」
「団長、空気は断然、うちの営舎の方が美味しいですよ」
丁重に固辞して、平民出の団長のもとを離れずに、北の辺境に帰ることにしたのであった。
さんさんと照る夏の陽のもと。あの茶畑を再び通りかかった青年は、茶葉を売ってくれた少女に礼を言おうと
その姿を探した。行きと同じ処と思われるところに、あの見目麗しい少女がいたので訊ねてみれば。
「え? もう一人の女の子?」
そんな子は知らぬと、返された。一週間前のことを話しても、青年のことは覚えているが、そばには誰も
いなかったというのである。
「でも確かにそこに……」
茶葉を天日干ししているむしろを指し示した青年は、ハッとその後ろにある物を見上げた。
「これって……!」
「女神様の像よ」
およそ美女とはいえぬ人懐っこい顔つきの少女の石像が、そこには在り。
その隣にとても美しい紅の葉の茶の木が一本、寄りかかるようにして植わっていた。
香りよし
くれないの茶の色、目にもよし
けぶる血洗う命の水かな
青年のリュックの中で、剣が上機嫌に歌った。
「ここの言い伝え、知ってたんだ」
『面倒見よくて、みなに好かれてる子でしたよ。若くして亡くならなかったら、エキューのいい奥さんに
なっていたでしょうねえ、リーシャちゃんは。ほんとお似合いでした』
「え、知り合い?!」
『じゃなかったら、ご神木の葉っぱをタダでなんて、くれませんでしょうが』
「いやそれは。恋人のエキューさんの子孫に飲ませるって、教えたからじゃ?」
『え』
「え」
『……』
「あ……ごめ。うん。おまえもその、リーシャって子と友達だったんだな? そうなんだな?」
『あーこほん。いやしかしとにかく、このお茶の木の茶葉が世界で一番です』
「あのさ。剣、あんたって一体……何者?」
『英国紳士ですけど、なにか?』
女神像の両手から、あたかも緑の畝が広がっているかに見える。
どこまでもどこまでも、果てしなく。
女神たる少女の石像は、可愛らしい微笑で青年を見下ろしていた。
その貌は、きらきらと輝き渡っていた。
まるで。太陽の光がはじけているように。
茶畑の乙女――了――
読んで下さってありがとうございます><
立身出世?物語、歴史を作る感じでいろいろ妄想ノωノ
折れた剣もそろそろ刀身ほしがるだろうなぁと
いろいろ考えてしまいます^^
読んで下さってありがとうございます><
食堂のおばやん代理、剣に選ばれたということはなにかしら
持っているものがあるのかもしれませんね^^
これは王さまになるまで続く……のかな@@;
剣と立場が逆転する(青年が剣をリードする)感じになるまでは
書きたいなぁと思います。
冒険はまだまだつづきそうですね^^
剣を持っているからか
青年自身にキラリと光ものがあるからか
物語はまだまだ続く感じですね
読んで下さってありがとうございます><
まぶしい太陽、地平線まで広がる緑の茶畑。
夏~!を前面に押し出した感じになりました^^
この大陸で一番メジャーな神さまは太陽神で、
茶畑の女神さまもその属性を受け継いでいるのかなと思います。
平和・豊饒・すくすく育て~^^♪
読んで下さってありがとうございます><
今夏はずっと太陽ギラギラのお天気でしたので、
幽霊さんのお話にもかかわらず、まぶしくさんさんとした雰囲気の8月作品になりました^^
雨続きだったらじめじめな感じのホラー話を書いていたかもしれません。
ファンタジーでも、やはり現実世界に影響されるなぁと思います^^
読んで下さってありがとうございます><
エティア王国建国の歴史に隠されたロマンスでございました。
一万一千歳とかのたまう剣は、とても顔が広いみたいです^^
年齢を考えると蓄積情報がはんぱないような気がします。
読んで下さってありがとうございます><
きき茶名人の茶人オク・エキューさんは
茶を見きわめる舌だけでなく、女性を見る眼も一流だったみたいですね^^
読んで下さってありがとうございます><
爽やか系肝試しになりました。
ここまで明るいと今度は暗いダーク系なお話を書いてみたい気もします。
紅茶、私もいつもは安物ー^^;(ティーバッグ100個千円とかw)
特別な日だけリーフで気張ります^^♪
読んで下さってありがとうございます><
京都をイメージしたお茶話なので、歌はちょっとだけ
短歌風味を入れてみました^^
剣とおばちゃん代理のコンビ、経験豊富な剣がリードしてますが
将来、下克上を起こしたいなぁと思っています。
読んで下さってありがとうございます><
歌や詩はファンタジーにおいてはメジャーな情報伝達手段ですよね。
言い伝えの歌や吟遊詩人の歌など、想像するととても楽しいです^^
読んで下さってありがとうございます><
長生きしているだけあって、剣はかなり顔が広いようですね。
おばちゃん代理は剣のコネクションで成りあがってしまうのかw
しかし剣が見込んだということは、青年にはどこか取り柄があるはず^^;
ということで、将来は青年と剣の力関係が逆転していくお話にしたいなぁと思います。
読んで下さってありがとうございます><
肝試し系のお話を……と書いてみましたが
剣さんが強力な守り神すぎて怖いホラーにはならず^^;
良いお話とのご感想とても嬉しいです。
ありがとうございます^^
たいへんお上手に構成された作品ですね。
結末に来て・・・うーんと唸りました。
ロマンスと亡霊・・・実に、お見事です。
m(_ _)m
同じ幽霊話でも、誰も不幸にならない見守り系のお話はいいですね^^
このお話を読んだあと、紅茶が飲みたくなって久しぶりにお茶のために
お湯を沸かしました。紅茶はスーパーで買った安いものですが^^;
このコンビ面白すぎますw
上手く効果を発揮していると思います。
こんなホラーなら、何時聞いても良いです。
良いお話でした。
赤い葉っぱのお茶の木の下には……。
紅茶は緑の茶葉を発酵させたもので、発酵過程で茶色に変化するのですが、
女神像のご神木の茶の木だけは、もとから赤いようです。
で、それを発酵させてさらに赤ーくした紅茶が
秘儀につかうお茶、ということらしいです。